新入生編⑩-魔法についてのお勉強-
シャルロット嬢に勉強を教えることも兼ねて、授業が終わると図書館へ行くことが増えた。
図書館は、50mほど盛り上がった場所にあるので、私一人が行く時は階段を上るのがすごく大変なのだけど、実は魔法で手軽にいける方法がある。
図書館の近くには2m四方の軽石のプレートが用意されている。それに魔力をこめて、軽石の体積を上に上に増やしていくと、エレベーターに乗ってるみたいに、昇っていくのだ。降りる時も呪文を唱えればするすると下がっていく。
めっちゃ楽。
魔術師アラン坊やお得意の土魔法である。
子分よ、いつも大義である。
ということで今日も、シャルロットちゃんとアランとリッツ君とで図書館に来ていた。
7階建ての円柱状の建物で、1階に受付があり、3階までは歴史や地理などの一般教養関係の書物が所狭しと本棚に並べられている。4階はカフェみたいになっていて、1階から3階にある本を持ってきて、読みながらティータイムできるという優雅な仕様。おしゃべりもOK。
私は自分用に歴史関係の書物をいくつか持ってきつつ、いつも座っているテーブルに4人で腰掛けると、シャルロットちゃんが申し訳なさそうに口を開いた。
「す、すみません、今日ちょっと遅れてしまって」
いつも図書館のエレベータープレートの前に集合してからみんなで昇っていくんだけども、確かにちょっとシャルロットちゃんの登場が遅かった。
「大丈夫ですよ。待っている間にアラン達から、魔法についてのお話をお聞きできたので、有意義な時間でしたし、シャルロット様だって、色々とお忙しい時もあるのは当然です。むしろ、私の都合に合わせていただいておりますし、逆にご迷惑ではないですか?」
図書館で勉強をする日は、私の都合に合わせてもらっている。
この日はコウお母さんと夕食一緒にしたり、お話したりするんだい! という日を決めているので、その日は勉強会はなし。勉強会をすると思いのほか遅くなって、コウお母さんのところでご飯が食べれないことがあるからである。
「いいえ! そんな! 迷惑だなんて! 本当に、いつも助かってます。最近はやっと授業で指されても、大丈夫になってきました。文字もつっかえずに読めるようになりましたし、本当にありがとうございます!」
にっこり笑うシャルロット嬢の可愛らしさと言ったら! その微笑、プライスレス!
「なら良かったです。私も、魔法のことを教えてもらえるので、助かってます。まさか、魔法が使えない生徒は、魔法関係の書物を見ることが出来ないとは思わなかったので……こうやって教えてもらえて私も助かっているんです」
そう、私は、念願の図書館だったけれども、とってもがっかりしている。私が求めていた知識がこの図書館にはない。こーんなに大きいのに! この国唯一的な図書館なのに!
私が読める階層にある本は、同じような内容ばかりの本で私が知りたいことは教えてくれない。
「でも、なんでリョウは魔法のことが知りたいんだ? 魔法使えないのに」
このメンバーの中だと唯一の魔術師であるアランが心底不思議そうな顔をして聞いてきた。
いいから、黙って教えればいいのだよ、子分め! と言いたいところだけど、図書館内では私の魔法の先生でもあるアランなので、従順な大人しい私である。
使えないからこそ知りたいのですよ、おほほと優しく答えてあげた。
先生のご機嫌は損ねないほうがよろしいからね。
しかも、アランは、このメンバーの中では唯一の魔術師だし。まだまだ聞きたいことはいっぱい。
この世界では魔法使いを大きく魔術師と精霊使いの2種類に分けており、アランは魔術師、シャルロット嬢やリッツ君は精霊使いにあたる。
プレートエレベーターは魔術師であるアランしか出来ないので、図書館前での集合になるのだ。
アランから教わった内容によると、魔術師は物を増やしたり、減らしたり、形を変えたり、抽出したり……という細かい魔法を得意としていて、逆に精霊使いは大雑把だけど、大掛かりな魔法を得意とするらしい。
魔法の効果も魔術師にしか出来ない魔法、精霊使いにしか出来ない魔法、魔術師も精霊使いも両方出来るけどちょっと出来上がりに差がでる魔法というものがあるようで、魔法使い様たちにとっては、精霊使いと魔術師は全くの別物と言う認識らしい。
私からすれば精霊使いも魔術師も、ただのファンタスティックヒューマンだけど。
「それでは、シャルロットさんは引き続き読み書きの練習を。分からない単語があれば聞いてください。で、アランとリッツ君は私に魔法について教えてください。先ほどは、確か属性と、呪文についてのお話の途中でしたよね?」
時間は有限だぞ! とばかりに、アラン先生とリッツ先生に魔法のお話をせっついた。
だって、本がないんだもの。いやあるんだけど私読む権限がないんだもの! 口頭で教えてもらうしかないじゃない。
魔法についての概念は前世にはないものなのですっごく新鮮。私はアランとリッツ君の講義に優等生らしく相槌を打ちながら聞き入る。
今日は属性と呪文について。水を操る水魔法、火を操る火魔法とか、魔法によっても色々な属性が分かれていて、魔法使いによっては不得意の分野の魔法は全く使えなかったりするのだとか。逆に得意な属性は、ものすごく難しい魔法を使うための呪文も覚えることが出来る。
そう、呪文を覚えることができる、のだ。
魔術師も精霊使いも、呪文を覚えて初めて魔法を行使することが出来る。 でも、自分が不得意な分野の呪文は何度見ても覚えられないどころか、文字を見ながらでも口に出せないらしい。呪文を覚えるために文字を読もうとしても、突然文字の読み方が分からなくなる感覚になるとか。ゲシュタルト崩壊と言う奴なのかな。一文字をずっと見てると、あれ? これこんな字だっけ? あれ? みたいになることがあるけれど、そういう感覚なのかなという気がする。
その感覚は馬車酔いのような気持ち悪さを伴うので、どう足掻いても読めない属性の魔法は、もうあきらめるらしい。
それに、耳で聞くにしても、うまく聞き取れないので、耳で覚えることも出来ない。
以前、私が魔法使いリュウキ氏と対戦して、呪文の判別をしてしまったが、アレは本来なら出来てはいけないことなのだ。戦闘中、確かにリュウキさんは驚いた表情をしていた。
私含む魔法使いじゃない人は、呪文なんか見ても聞いても、何も理解できない人種でなければならない。リュウキさんはあの後、判別してしまった私を問い詰めることがなかったのは、多分タゴサク教徒だったので、神の使いであると言われる私なら当然! という謎理論に乗っかってくれたからだと思う。
そして、なぜ私が、魔法を判別できるのかというと、おそらく私はもう既に覚えているからだ。
だって、この世界の呪文は、古典の短歌なんだもん! 百人一首とかなんだもん!
なぜいきなり、古典の和歌がこの世界に登場しているのか。最大の謎。
この世界の魔法の呪文は、何故か知らないけれど、前世の古典の授業で習った和歌だ。テストで点を取るために、古典関係は丸暗記をしていたから、私メジャーなものはほぼ覚えている。
しかも前世での読み方そのまま。きっとこっちの世界の住人的には、ただの意味不明な言葉に聞こえると思われる。
深く考えてもそこら辺の事情を突き詰めるのは難しそう。何個か仮説は立てたけれど、その仮説があっているのかどうか、確認するのは難しい気がする。
私が立てた仮説の中で一番の有力候補は、私みたいに前世の知識をもったまま生まれ直した人がいるのだから、他にもそういう人がいて、そういう人が呪文制度を作ったのかも説。
呪文が出来たのは神話の時代と呼ばれたパンドーラ王国が終わった後からということなので、700年ほど前。神話の時代は呪文を言わなくても自由に魔法を使っていたって習ってる。それが突然、呪文がないと魔法が使えなくなったという話なのだから、おそらくその辺りに私と同じ故郷を持つ転生者がいたのかもしれない。
あくまで、推測だけど。
「ちなみに、呪文を唱える時って、その言葉の意味とかを理解しているんですか? 古代の言葉とかそういう感じだったり……?」
「意味? なんてないぞ。呪文は、意味のない音の羅列だ。呪文は呪文。別に昔の人が使ってた言語って訳じゃない」
やっぱり、アラン達にとって、和歌は意味不明な言葉なんだ。もしかしたら、ここは、実はすっごく未来の日本なのでは説もあったので、古代の言葉とか言ってみたけれど、そういうことでもないみたい。
でも、この国の歴史には不自然なところがある。このカスタール国が建国される前は、パンドーラという魔法王国があったらしいが、それより前のことがまったく記録に残っていない。
図書館に来れば、魔法王国が出来る前はどのように人々が暮らしていたのかとかが分かると思っていたのに、そういった情報がまったくない。どの本でも語られている歴史はパンドーラ王国が建国されてからで、どうしてその国が出来たのかとか、以前のことが書かれていない。
いや、まあ、神話の時代とか言われているくらいだから、あんまりがっちりした国じゃなかったのかもしれないけれど……。
「確か、パンドーラ王国時代の魔法使いは呪文がなくても魔法が使えたんですよね? それが突然、パンドーラ王国が滅んだら、呪文がないと魔法が使えなくなった。その時に、カスタール王国の建国王が持ってきたのが呪文書なんですよね?」
「そう、呪文書っていうか、『救世の魔典』。学校に入る前に見たけど、結構綺麗だった! こんな分厚い本で、1頁ごとに呪文が書いてあるんだ!」
私の質問にアランが少し興奮した様子で答えてくれた。
『救世の魔典』とうのは、魔法使い=神様だった時代が終わり、いきなり魔法が使えなくなった魔法使い達を救うように突如現れた本。全ての呪文が記載されている『救世の魔典』と呼ばれる呪文書の原本のことだ。
この学校に入学する前に、魔法使い達にペーパー試験はないけれど、一応魔法使いの適性検査はある。簡単な質問と魔法のお披露目で魔法使いであることが確定されると、この『救世の魔典』を見させられる。読めそうな呪文、読めなさそうな呪文を一度把握して、自分の得意な属性を確認するためだ。
もし、もしも、この呪文書を作った人が転生者だとしたら、何かしらその本にそれを裏付ける何かが隠されているかもしれない! しかも、その本はこちらの図書館の最上階に厳重に保管されているらしい。
すごーく見たい!
ほんと、すごーく見たかった……。
魔法の使えない一般生徒は、魔法関係の書物は見れないという謎規則のせいでその呪文書が見れない。
持ち出しも禁止なので、アランに借りて来てもらったりすることもNG。
何これどういうことー。どうせ魔法使えないんだから、読んでもしょうがないでしょ? ってこと? もー嫌になっちゃう!
別に魔法使えなくたって、魔法の本読んだっていいじゃないかー! と学園の中心で叫びたい。
ちなみに、たまにアランが唱える魔法の呪文をこっそり夜中に唱えてみたりするけれど、魔法は発動しない。小間使いの時ももしかして、と同じことをやっていたけれどだめだった記憶はある。しかしあきらめの悪い私は、こっそり言うのがよくないのかなと、気合を入れて叫んだけれど、やっぱり発動しない。いや、まてまて魔法を使うのにもそれなりに作法がある、と思い直して顔の左側を右手で隠して中二病っぽく唱えてみたけれどもだめだった。
アランが言うには、魔法を使う時、呪文を唱えながら、大気中に漂っている魔力を操っているらしい。魔術師の目には、大気に漂っている魔力と言うものがキラキラと光って見えるのだとか。
ちなみに精霊使いの場合は、魔力は見えないけれど精霊の姿が見えるのだとか。精霊使いは、呪文を唱えてから、して欲しいことを精霊に命令して魔法を行使するらしい。
「ちなみに、精霊ってどんな姿をしているんですか?」
ちょうど、リッツ君から精霊使いの魔法の使い方を聞いていたので、その姿が気になった。前世のイメージだと、やっぱ精霊っていうと、綺麗な半裸なおねえさんという感じ。
「精霊によって、まちまちみたい。人の姿に似ているのもあるけど、鳥の姿だったり、牛だったり、ただの四角だったり……。実は今も僕の頭の上に上半身が半裸の女性で、下半身が鳥の精霊がいるよ」
へー! と思って、ジロジロといろんな角度からリッツ君の頭の上を見てみたけれど、やっぱり何も見えなった。
見えたとしても妖気を感じたようにピンと跳ね上がったリッツ君の寝癖ぐらいだ。今朝は忙しかったのかな。
「残念ですけれど、見えませんね。アランやシャルロット様は見えますか?」
「俺に見えるわけないだろ。魔術師なんだから」
と言いつつ、あきらめの悪いアランはリッツ君の頭の上を凝視していた。
文字の勉強中だったシャルロット嬢も私が呼びかけてしまったので、顔を上げてリッツ君をしばらく見ていたけれど軽く首を振った。
「私も見えません。リッツ君の得意な風の精霊とは相性が悪いようなんです」
「えっ! 精霊使いでも見れない精霊とかがあるのですか?」
「ええ、私の場合は、精霊使いなら誰でも見れる空の精霊と、得意な属性の精霊は見えるのですが、不得意な属性の精霊は全く見えません」
へー。精霊使いにも色々あるんだね。
「あら、そうなんですね。得意不得意があるんですか。リッツ君は風の魔法が得意なんですか?」
「うん、そうだね。でも、一番得意なのは火かな……あんまり使い道がないけど。植物精霊魔法が得意ならよかったんだけどなー。僕も使えないわけじゃないけれど、ちょっと苦手」
「植物精霊魔法って、作物とかを育てたりする?」
あれ、すごいよね。ニョキニョキ作物がはえるもんね。
「そう! 今は精霊使い不足で、うちの領地も大変で、ザーガン伯爵様もお困りだから、早く一人前に魔法を使えるようになってお手伝いしたい」
そういって、ふふと笑うリッツ君。なんて純粋な子なの! 生意気アランにはない可愛さだ。リッツ君はたしか、北東にあるゴルバデンドール領に所属している魔法爵のお子さんだ。レインフォレストにいた精霊使いのおっさんと同じような立ち位置みたい。
この純粋な気持ちも、ブラック企業に勤めて心が疲れ、レインフォレスト領の精霊使いのようにくたびれてしまわないようにお祈り申し上げます。
「それでは、シャルロット様もリッツ君と同じように植物魔法とやらの研鑽に励んでいるんですか?」
「あ、私は、その、植物魔法もちょっと苦手で……」
と言って、シャルロット嬢は悲しそうな顔で下を向いてしまった。
えっ! どうしたの?
と思って、アランに助けを求めようとしたら、前に座っているアランとリッツ君が、『あ~あ、リョウが余計なこと言ったよ』みたいな顔で私を見ている。
えっ! 何か、私いけないことした!? 苦手なことに触れてしまったからかな……。
「に、苦手なことって誰にでもありますわ! 得意なものを伸ばしていけばいいんじゃないかしら!」
「得意なもの……」
どうにかフォローしようとそう声をかけると、ますますシャルロット嬢が落ち込んだ。
えっ! なんで!?
私はまた慌ててアランとリッツ君を見ると、『あ~あ、こりゃあ救いようのないKYだわ』と言う顔をしていた。
何でー!!
私が内心焦りながら、シャルロット嬢の様子を見ていると、シャルロット嬢のスカートが目に入った。
あれ? 何か濡れてる? 汚れてる? 何かの汚れがこびりついてる。
あ、これでちょっと話題をそらそう!
「シャルロット様? 少し汚れがついているようです! 拭いて取れるかしら」
私がそう声をかけつつ、ハンカチを取り出すとシャルロット嬢が慌てながらパンパンとスカートを払った。
「だ、大丈夫です!」
「そ、そう?」
ものすごい勢いだったので、びっくりしてハンカチを取り出した手を止めた。
でも、こんな汚れ、昼にはなかったような。
それに、シャルロット嬢のこわばった顔がなんとも言えず、不穏な感じ……。
シャルロットちゃんがスカートの汚れた部分を隠すように太ももの下に追いやり、泣きそうな顔をしている。
その様子を見ていたアランが、彼にしてはなかなか険しい顔をして「おい」と低い声をシャルロットちゃんにかけた。
「5時限目が終わった後、カテリーナに呼ばれてたみたいだが、何かあったのか?」
アランがそう問いかけると、シャルロット嬢の顔が青くなり、また下を向いてしまった。
リッツ君も心配そうな顔で見ている。
え? どゆこと? なんか、あったの? ……魔法の授業で何か、あったの?









