新入生編⑨-HIYOKOちゃん-
お昼休憩も終わりに近かったので、授業が始まる前に女子トイレに向かう。アランはようやくストーカー体質が改善されつつあるようで、トイレにはついてくる様子はなかった。
よかった。親分は心底安心したよ!
私は久しぶりにすがすがしい気分でトイレで用を済ますと、外から女の子の声が聞こえた。しかも結構のっぴきならない感じの声。
トイレの裏口、外につながるほうの扉を開くと、少し離れたところで女の子達が集まっていた。
中心にシャルロット嬢とカテリーナ嬢がいる。
「ねえ、シャルロットさんはいつになったら、授業についてこれるようになるのかしら? あなたみたいな方が同じグエンナーシス領出身だなんて、私恥ずかしくて、恥ずかしくて……」
カテリーナ嬢がシャルロット嬢にそういうと、左手を額にあてて、今にも倒れそうなのよ私、という様子を表現していた。
「ああ、なんてお労しいカテリーナ様!」
カテリーナ嬢の取り巻きたちが、そう声高に言うと、シャルロット嬢をキッと睨んでいる。
え……何、この現場は? 何かの小劇場?
と、とりあえず止めるか。
「シャルロット様に、カテリーナ様、いかがされたのですか? なんだか不穏な空気のようでございますが」
私がにっこり笑ってそう声をかけると女の子の集団が、いっせいに私のほうをバッという感じで顔を向けた。
あ、怖い。思ったより怖いよ、これ。
「あなたは……ルビーフォルンの……」
と、取り巻きのご令嬢達は、私の顔を確認するなり、声を潜めてなにやら怯え始めたり、怪訝な顔をしたりしている。
何、その反応! 何か怯えてる人もいるけれど、私のほうが怖いんだからね!
「あなたは、ルビーフォルンのリョウ様ですわね? 私達は今シャルロットさんと大事なお話をしているところですの。あなたには関係ありませんのよ」
怯える取り巻きを落ち着かせるようにカテリーナ嬢が不敵な笑みで答えてくれた。
「大事なお話というのは、授業のことでございますか? ご迷惑でなければ、シャルロット様には私が教えて差し上げようかと思っておりました。朝も少しお話をしていたのですけれど、熱心な方ですし、しばらくお時間は頂くかと思いますが、カテリーナ様に恥をかかせないぐらいにはすぐになれると思います」
私がなんともすばらしい提案をしているのに、カテリーナ嬢は気の強そうな眉を寄せて、すごく険しい顔をし始めた。
「……貴女、何が目的ですの?」
え! 別に目的だんなんて! 勉強を教えることにかこつけて友達が出来るかもとか、考えてないよ!?
「特に目的なんて大それたものは……。カテリーナ様もシャルロット様もお困りのようでしたので、お手伝いできればと思っただけでございます」
ニーッコリ笑って、私がそう言うと、カテリーナ嬢は腕を組んで、上から下までジロジロと睨んでくる。
「……そう。秀才と噂の貴女でしたらきっと期待通りにしてくださるのでしょうね。楽しみにしているわ」
カテリーナ嬢はそう言うと、バッとスカートを翻して、取り巻きを連れて歩き出した。取り巻きたちが、『おうおう、今日は見逃したるが次はねぇよ』みたいな顔でチラチラ見てくる。
あ、あれ、この学校って確か貴族の学校だよね? 極道の学校じゃないよね?
内心焦っていると、カテリーナ嬢が、途中で立ち止まって振り返った。
「でも、ご自分が懇意にする魔法使いはよく考えたほうがよろしくてよ。伯爵家のご令嬢と言っても、あなたがどこの馬の骨とも知れない偽りの貴族だと、みな存じてますの。そんな怪しい身分で、汚らわしい闇の精霊使いに関わって、後悔なさらないように」
それだけ言うと、ザッザッザッザという音とともに取り巻き立ちと去っていった。
軍隊みたいだった。
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「カテリーナ様は、とても厳しい方だから、私のような出来ない子をみるともどかしい気持ちになるんだと思います。それに、私、魔法使いとしてもまだまだで……」
シャルロット嬢は弱弱しい笑顔でそう言った。
今は昼休憩中で、シャルロット嬢と一緒にランチをとりつつ昨日のカテリーナ嬢とのやり取りを思い出しての話である。
隣に座っているアランとリッツ君が興味深そうな顔をしている。
「え? リョウ、お前昨日カテリーナ嬢と揉めたのか!? グエンナーシス領か……なかなか手ごわいが、当然勝ったんだろうな? あいつのところの組は女ばっかだから俺はあんま強く出れないけど……言ってくれれば陽動ぐらいは……!」
アランが抗争関係の話だと思って、ノリノリになってきている。
アランは相変わらず抗争問題が好きなのね。確か私が小間使いしていた時も隙あらば抗争問題に着手しようとしてたもんね。しかし、私にその気はない!
こういうときは無視するに限るので、極力顔を合わせないようにして、隣に座っているシャルロット嬢に向き直った。
「そうですか……。確かに、カテリーナ様は気の強そうな方でしたわね。まあ、でも、大丈夫ですよ。とりあえずは授業についてこられるようになればいいわけですし、シャルロット様はとても熱心ですからすぐにできますわ」
ニコっと微笑みかけると、シャルロット嬢も白い頬を赤らめてニコリと微笑み返してくれた! やだ、可愛い!
「私、リョウ様はもっと、とっつきにくい方かと思っていました。伯爵家のご子息をいつも側に置いていましたし、勉強もおできになって、謎も多くて他の方とは違う雰囲気でしたから」
伯爵家のご子息は別に側に置きたくて置いてたんじゃないよ、勝手についてきてたんだよ、ストーカーだよ、と心のなかでつっこみつつ、ちょっと気になることが。
謎も多くて? 何か、私、謎めいてたかい?
確かに、昨日もカテリーナ嬢から、
『あなたがどこの馬の骨とも知れない偽りの貴族だと、みな存じてますの』
みたいな事を言われているので、私が養女だと言うことは結構有名なんだなーとは思ったけれど。多分『どこの馬の骨とも知れない』と言う部分がミステリー要素なんだろうか。
「って、リョウ! 俺の話聞いてたのかよ!」
ずっと無視をしていた荒ぶるアランが話に割り込んできた。
さっきから、抗争だの何だのブツブツ言っていたのは知ってるけれども、派閥抗争には参加しないってば!
しかし、一定時間スルーしていたため、生意気アランが憤慨のアランに変身しそうになっている。隣でリッツ君がどうにか落ち着かせようとしているが、彼のフォローレベルじゃあ手に負えまい。
ここはガツンと親分として言ってやろう。
「アラン、静かに。私は抗争関係には参加しません」
「なんでだよ、大事なことだろ! 怖気づいたのか? だから太腕のコフィンを連れてくるのはどうかって……」
「アラン? 親分の言うことは?」
「な! 俺はリョウのことを考えてだな!」
「親分の言うことは?」
「……絶対」
分かってればいいんだよ。
一気に沈静化したアランを見て、満足げに頷くと、食卓テーブルの近くでよく知っている人が立っていることに気づいた。
「アハハ! リョウ、流石だね。アランの声が聞こえてきたから来てみたんだけど、私は必要なかったかな」
フォロリストカイン様やで! 暴走するアランを止めに来たの? さすがすぎる。何かセンサーでもついているんだろうか。
私とアランがカイン様の登場に目を輝かせて挨拶をすると、その隣にいた人物が話しかけてきた。
「カイン、こちらがご自慢の弟君? というか私の甥か」
「ええ。私の弟で、ヘンリー様の甥でもあるアランです」
カイン様と一緒にやってきたのは、キラッキラの貴公子ヘンリー王弟だった。
そういえば、アランとカイン様のお父さんって、王族だった。ヘンリー王弟と同じ前王の子。と言うことは、ヘンリー様は二人にとって叔父に当たるのか。
腰の辺りまである色素の薄い金髪。アメジストの瞳に、整った柔和な顔立ち。穏やかそうな雰囲気が少しカイン様に似ている。
なんというイケメンだろうか。近くでみるとまぶしすぎる。正直17歳以上じゃないと守備範囲外なんだけど、ここまで綺麗だといいんじゃないかなという気分になってくる。
「は、初めてお目にかかります。アラン=レインフォレストと申します」
流石のアランもキラキラな王族を前にちょっと緊張しているみたいで、固い顔で挨拶をしていた。
「はじめまして。私は、ヘンリー=カストール=ゲースフォムタール。ヘンリーと呼んでくれ。君の兄さんはどうしても様を付けたいというのでつけているが、なんと呼んでも構わない。だが、『叔父様』だけはやめてくれよ」
ニカッ! と白い歯がまぶしいヘンリー様。
キャー優しい笑顔! 入学式の時に私より目立った罪で罪人にしたけれど、想像以上にイケメンだから釈放しようかしら。
そんなことを考えていたら、ヘンリー様と目が合った。
「おや? 君、どこかで見たことがあるな。……確か、今年の入学式の時に一般の部で代表挨拶をした子かな?」
えーやだー覚えていてくれたんですかー。照れるー。
「はい。まさか覚えていてくださるなんて、光栄です。リョウ=ルビーフォルンと申します」
私も立ち上がって、スカートをつまんで華麗に挨拶。
アラン、良く親分を見習うことね。これが上流階級の挨拶よ!
私がお辞儀をして顔を上げると、思いのほかにヘンリー様との距離が近かった。
ヘンリー様が腰を屈めて私と同じ視線に合わせている。
キャ! 近いわ。ヘンリー様、そんな、皆が見てますわよ! キャー!
そして、毛先だけ少し巻いた私の金髪を一房つかんで、掬い上げた。
「綺麗な金髪だね。ふわふわで可愛い小鳥みたいだ。よろしくねヒヨコちゃん」
……。
あ、お、おう。
HIYOKOちゃんて……。さっき名乗ったんだから名前で呼べばいいんちゃいますのん?
さっきまですごく盛り上がってたんだけど、なんかちょっとタイプが合わなかったのかな……鳥肌が。まさかこの鳥肌を見越してのヒヨコちゃん呼びかしら……。
私が無難な笑顔でやり過ごすと、カイン様とヘンリー様は去っていった。
「わあ、素敵でしたね、ヘンリー様。それにアラン様のお兄様もかっこよかったです」
シャルロット嬢が熱のこもった目でヘンリー様御一行の背中を見送っている。
うん、そうだね! 見る分にはすごくかっこよかったよね!
そうだそうだ!
そう思いなおして、食事の続きを楽しもうと思ったら、いつの間にか隣にアランがいた。キミのいつの間にか忍び寄る技術はホントすごいよね!
アランはおもむろに私の髪の毛を一房つかむ。たしかさっきヘンリー王弟がつかんだところだ。そしてそのままギュッギュっと上から下へ何度かこすってきた。
やめて! キューティクルが痛んじゃう!
「ちょっと! アラン! 何するんですか!」
私は一歩退いて、アランの魔の手から髪の毛を救う。
「……別に。ゴミがついてたからとっただけ!」
アランは不機嫌そうにそういうと、席に戻った。
え、嘘、ゴミ? と思って髪の毛を見たけれど特に見当たらなかった。
さっきアランが全部取ってくれたのかな。
……それにしたって、こすらなくってもいいじゃん。
私はキューティクルを優しく労わるように、手ぐしで髪を梳いた。









