新入生編⑧-アラン坊やの暴走-
昼休憩は結局食堂館でアランと私とリッツ君とで、昼食を食べることになった。
とりあえず、アランには、ストーキングはやめてよね! と言うことをコンコンと語って聞かせ終わったところだけれど、アランは理解してるのかしてないのか、『ん、分かった!』という軽い調子だった。私、心配よ。
「なあ、リョウ、俺の呼び方なんだが、『様』はいらない。好きに呼んでいいぞ」
とアランは、先ほどまで親分から説教を食らっていたとは思えないほど偉そうな口調で話しかけてきた。
ねえ、誰かこの子分、チェンジして!
そういえば、呼び方は、小間使いのときの癖で『様』付けのままだった。しかも、ここは基本的に貴族の学校だから、大体女子は男子を様付けで呼ぶから、気にしてなかった。
でも仲のいい子達同士では、結構呼び捨てとか、愛称で呼び合っている子もいるので、そういうのに憧れているのだろう。
「あーそうですね。わかりました。好きに呼んでいい言いということなので『クソガキ』でいいですかね」
「いやだよ! なんで悪口で呼ばれなきゃいけないんだよ!」
アランが全力で拒否してきた。
え? だめ? そう?
「じゃあ、子分とか?」
「いやだ!」
注文の多い子分だこと。
「はあ、しょうがないですね、ではアラン坊やでよろしいですか?」
「坊やはいらないだろ! いいから、俺のことは呼び捨てでいい! いいな!」
なんだよ、呼び捨てで呼んで欲しいんだったら、はじめからそう言ってよね! 好きに呼んでとか言うからサー。
「はいはい、わかりました。アラン、これでいいですか?」
「な、何で、いやいやな感じなんだよ……」
と、ぶつくさ言っているアランが面白いからだよ。
と心の中で返答してあげると、アランの隣にいるリッツ君が声をかけてきた。
「なんか、二人とも様子が変わったね? 昨日何かあった?」
素朴そうな少年なのに結構鋭いリッツ君! そう昨日は、仲直りという一大イベントがありました!
「ああ、昨日は……」
とアランがつぶやくと、意味ありげに私のほうをチラリと見た。
「昨日、俺とリョウで、大人の階段を上ったんだ」
「ブゲッフゲッフ!」
思わずたべていたジャガイモのスープで咽た。
なんという表現をするんだね、君は! わざとなのか!?
そら見ろ、リッツ君の顔がみるみる赤くなっているじゃないか!
「変な言い方をするのはやめてください! ただちょっと喧嘩して、仲直りしただけでしょ!」
「な、なんだー、そういうことか! アランが変な言い方するから、僕、変な誤解しそうになったよ」
と、素朴系少年は安心したように、ホッとため息をついた。
純情系少年を弄ぶのは良くないよ、アラン!
しかし、当のアランは、解せん、見たいな顔をして首をかしげている。
「変な誤解って、なんだ?」
え?
説明必要? それともやっぱりわざとなの? 可愛い子にいやらしいセリフを言わせて満足するタイプなの?
「ぼ、僕も良く分からないんだけど。ちょっと兄さんに聞いただけで……」
と、素朴系少年が再び顔を赤くしながら、混乱した様子で口走った。
いや、やめよう。この話題を広げるのはやめよう! リッツ君、ステイ!
要領を得ないリッツ君の言葉にますますアランは首をかしげて、気になり始めている。多分あのアランの様子だと、セクハラをしたいわけじゃなくて、本当に知らないんだろうなと思えた。
「そういえば、お母様から大人になるための男の教育があると聞いたことがある! それのことか!」
おいおい、今日は、どうしたんだい! 冴え渡ってますね!
これ以上その話題を膨らませたら、おそらくゆくゆくはアランの黒歴史になりますよ!
「確か、セイ教育というやつだ。昔リョウがその教育係になる予定だったのに、リョウがいなくなって、お母様が困っていた! 昨日の出来事がセイ教育になるのか?」
正解だろ? という得意げな顔でアランが私を見ている。
そうか、黒歴史にしたいのか。わかったよ。
「違います。性教育とは全然ちがいます。あと、あまりその話題をするのは良くないですよ。ゆくゆく恥ずかしい思いをします」
ほら、リッツ君がゆで蛸みたいになってきてる!
「恥ずかしい? 何でだ? でも、確かに、昨日の出来事は、俺とリョウじゃなきゃ乗り越えられないことだった。お母様はリョウがいなくなって、結局、クロード叔父様が、リョウを探しに出かけた時に、人身紹介所で買った女性に任せるというようなことを言っていたし、別か」
おお、さらっと、クロードさんの聞きたくない事実を聞いてしまった!
この国には、人身紹介所っていう、人を金銭で売り買いできる店がある。つまり奴隷商店という感じなので、私なんかは人身紹介所ってきくとドギマギしちゃうけれど、この世界の倫理観は前世の世界とはずれているみたい。
この国の人は私みたいにドギマギしない。
王都とか大きい町だと結構当たり前にあるし、見つかったら国に捕まるような店じゃなくて合法なお店なのだ。
そうか、山賊の親分が、そういうところに私を売ったと思って、探しに来てたのかな。
クロードさんにもお世話になって、心配をかけてしまったと思うのに、女性を買ったらしい話を聞いて、素直にごめんなさいを言えない私を許して欲しい。
私を探すためにそういうところに出入りをしたというのは、頭では分かっているんだけど、どうか心の狭い私を怒らないでほしい。
「ち、ちなみにクロードさんが買ってきた女性は何歳ぐらいですか?」
大事なことだ。これで彼が幼児趣味なのかどうかがハッキリする。
「たしか、14歳と、17歳と、23歳だったかな。クロード叔父様の仕事の手伝いをしているって聞いてる」
まさかの複数かい! 一人だけかと思ったよ!
クロード氏、幼児はさすがにいなかったけれど、若めの女性をお買い上げになったんですね。そしてまさかのハーレムで、私もうおなかいっぱいだよ。
でも、幼児がいなかったので、健全だったと喜ぶべきなのか……いやでも14歳はあかんよね。この世界の基準でも未成年だよ……。
「そうですか……。まあ、時期が来ればおそらくその方達のどなたかが教育してくださいますし、もうこの話は終わりにしましょう」
私はそういって、お話にピリオドを打った。
そうか、アラン坊やの坊や卒業は既に準備されてるんだね……。あれ、ということはカイン様はどうなんだろう? もうお済みに?
あ、だめだめ、深く考えるのはやめよう。こういうのは一度想像すると後に残る! さっき自分でピリオド打ったんだし、忘れよう!
そういえば前世の本で、動物園などで隔離されて育ったゴリラ同志では交尾が出来ないという話を読んだことがある。野生のゴリラは群れの大人のゴリラ達が交尾しているのをみて、あーそうやって子孫を残すのね! と学んではじめて交尾ができるようになるのだとか。
少し理性が発達した動物は本能とかじゃ子作りは無理になってしまうらしい。
いつかアランが、そういうことを学んだ時に、今日のことが黒歴史にならないことを祈るよ!
「いや、気になる! いったいどんな教育なんだ? リョウは知ってるんだろ?」
ハイ、食いついてきましたー! さっき私がいい感じにピリオド打ったよね!?
すごくワクワクした顔で私の説明を待っているアラン坊や。い、言うべきか!?
「……男になるための一つの儀式ですよ」
「え? 俺はもう男だぞ? 女になる可能性があるのか?」
何とかオブラートに包みつつ、教えてあげようとしたところ、アランが女になる可能性を考えて怯えはじめた。なぐりたい。
「男の方がより男になるための大人の儀式です。時期が来れば分かります!」
「男がより男になるための? ふーん? よくわからないが、男にするための教育っていうのなら、そういうのはリョウとかじゃなくて男の中の男に教育係を頼んだほうがいいんじゃないか?」
男の中の男……。いや、まあ、アランがそういうのがいいというなら私は止めないがね!
「私も、よくわかりませんが、一般的には女性が男性に教えることのようです。ただ、まあ、男性からでも、ある意味新しい世界に目覚めさせてくれるかもしれませんね! ということでもうこの話は終わりです! これ以上続けるようなら殴ります!」
ご立腹の私をみて、一瞬眉を寄せたアラン坊やは、すぐに何故か満足げな顔をして頷いた。
「つまり、リョウも良く知らないってことだろ? それならそういえばいいのに」
と言って、笑った。
コ、コイツ! まあ、確かに詳細はちょっと良く分からないけれどー!
アランの憎らしいドヤ顔を睨みながら、私は勢いに任せて、アランが大事そうに残している焼き菓子を引っつかんで、モシャモシャと食べてやった。
絶望したような目で私を見て固まっているアラン。その横でリッツ君が、今のはアランが悪いよと言ってくれていた。