新入生編⑥-決闘と仲直り-
今日は3話更新しました。
こちらのお話は3/3話目です。ご注意ください
次の日、朝起きて、窓を開けると、なんとも気持ちのいい風が吹いていた。
昨日のおそろしいストーカー体験の恐怖を全て吹き飛ばしてくれそうな風だ。
よし、いい天気。今日、決着をつけよう。決闘だ!
私は、制服のロングスカートの中に様々な秘密道具を仕込み、また革で出来たショルダーバックの中にも、道具を詰め込んだ。
朝のうちに、今日決闘しよーぜ! っていうテンションで声をかけて、5時限目が終わった現在、私達は学園内の裏庭的なところに集合していた。
デュエリストの私とアランと、審判のカイン様の合計3名。これから神聖な決闘である。
「ということで、今回も、先に尻餅をついたり、膝をついた人が負け、と言うことでいいですか? ちなみに道具は何を使ってもいいという感じですからね」
と、私は、確認と説明を行なう。
アランは、分かったといって頷く。
「アラン様も何か必要なものがあれば用意してくださいね」
アランは、明らかに色々なものが詰め込まれている私のカバンを見て、ちょっと眉を寄せて頷くとローブのポケットから、こぶし大ぐらいの鉱石を取り出した。
「キミガタメ ハルノノニイデテ ワカナツム ワガコロモテニ ユキハフリツツ」
呪文を唱えると、握っていた鉱石がみるみると姿を変えて、盾に変化した。
ほほう、盾ですか。なかなか考えましたね。ここで、剣とか武器的な物を出さないと言うことは、やっぱり気を使ってくれてるんだな、と思いつつ、まあ、私は容赦しないけれどと、カバンの中身を再度確かめた。
一応、少し、道具の置く場所を変えておく。
よし、これでばっちり。
「それでは、準備もいいみたいですし、はじめましょうか」
そう言って、私は風上の場所に陣どる。
アランは、5歳の時の敗因を気にしているようで、私をチラチラみながら、私からちょっと離れたところに陣取った。10mほどの距離が開いている。
私とアランの準備が終わったことを確認して、カイン様が、『はじめ!』と言って、手を振りあげた。
私は、開始の合図と同時にカバンの中から唐辛子爆弾をいくつかつかんで、アランのほうに投げまくった。
リュウキさんとの戦いでも使おうと思った秘密道具。土を焼いて作った筒の中に唐辛子等の粉末を入れているだけのものだ。
10mなんて距離は、私の投擲術の前ではなんの意味もなしませんぜ、とばかりに、それをアランめがけて投げ込みまくった。一応頭には当たらないようには配慮はしつつ全力投球。
しかし、アランも私が何か投げてくることを見越していたようで、さっき用意した盾で、自分に当たりそうなものは、防いだり、叩き落したりして、直接アラン坊やにあたることはなかった。アランの前の地面には、割れた土器の破片が散っている。
そして、砂煙のように粉が舞う中、アランは、全部防いでやったぜ、という感じで、ニヤリと笑って、呪文らしきものを唱えはじめようとしているのを確認して、あ、もう勝負ついたわと思って、カバンに突っ込んでいた手を抜いた。
するとさっきまで得意げな顔をしていたアランが、目をつぶって、
「目がっ、目がぁー! グ、ゴッホゴッホ」
と言って、うずくまった。
私は、唐辛子の粉が風で完全に飛ばされるのを待ってから、アランのほうにいって、うずくまっているアランを押して、尻餅をつかせることに成功。
そして、顔を赤くして苦しんでいるアラン坊やに、水と用意していた目薬とうがい薬をカバンから出して、目を洗って、うがいをさせてあげた。
私の後ろで、いきなり苦しみだしたように見える弟をカイン様が心配そうに見ている。
「ア、アランは一体……?」
「私の放った唐辛子の粉末を、思いっきりすって、喉を痛め、目にも入ってしまったんだと思います。風下にいましたから」
もし、アランが、唐辛子爆弾を避けて、移動とかをしたら、また次の手を考えていたのだけれども、叩き落してしまったアランは、次の手を使うまでもなく最初の一手で詰んでしまった。ここまであっさり決まるとなんかちょっと今までの準備がもったいなく感じる。
あそこには小さな落とし穴があるし、あそこを踏めば蛇が出てくるし、草の中にはまきびしをまいたところもあるし、カバンの中にはまだまだとっておきもある。
でも、まあ、早く決着がついて良かったかな。
唐辛子爆弾の治療用に自分で配合した目薬で目を洗い終わると、何とかアラン坊やは目が開くことができた。ちょっと充血して、涙を流している姿が痛々しい。
すまんかった、アラン。大人気なかったね。唐辛子爆弾は危険だよね。良い子は絶対まねしちゃいけないよね。
私は、尻餅ついているアランの背中をさすって、炎症を抑える薬を入れた水を飲ませる。
「アラン様、大丈夫ですか? 声はでますか?」
私がそう声をかけると、アランは、うつろな目で私を見た後、下を向いた。
「……また、俺、負けたのか」
少し、かすれた声だが、キチンと声が出たことに安心した。
「親分に勝とうだなんて、まだ10年は早いですよ」
「そっか……やっぱりリョウはすごいよ」
と言ってアランはうなだれる。
あ、思ったより、アランがしゅんとしてしまった! 年頃の男の子のプライドをぎちょんぎちょんにするのは良くなかったか!?
でも、ストーカー行為を止めるためだし、ていうかもうひき下がれない!
「アラン様が私を心配してくれるのは嬉しいのですが、もう少し私を信用してもらえたらなって。私、アラン様の親分なんですよ? 毎日スト、じゃなくて、見守らなくても大丈夫です!」
「……でも不安なんだ。けど、ずっとリョウを見張ってるわけにはいかないってのも……分かってる」
「不安にならなくても大丈夫ですよ。特にここら辺は王城も目の前で、治安だって良すぎるくらいですから、攫われたりすることなんてそうそうあるものでは無いですし、私は自分でどうにかできます」
私がそう言うと、さっきまで力なくうなだれていたアランが、キッと睨んできた。
「分かってるよ! リョウなら、きっと何が起きても大丈夫なんだろうって、一人で解決するんだろうって、頭では分かってる! 山賊に攫われても、ちゃんと無事に生きて、しかも伯爵家の養女になってるし!」
そこでアランは一度口をつぐんだ。何か、いいにくそうに口をもごもごさせて、そして下を向いて再び口をあけた。さっきまでの勢いがなくなって、またしょんぼりアランだ。
「でも、山賊に攫われたと聞いた時、リョウを救い出せるのは俺しかいないんだって思ってた。きっと俺が助け出すのをリョウは待ってるって思って、いっぱい修行して、そしたら、リョウは無事だっていう知らせが来た。けど、実際にリョウに会うまではリョウが無事だって、信じてなかった。きっと、心細い思いをして、やつれて、俺の助けを待っているに違いないって、思いこんで……。でも、実際あったリョウは、キレイになってて、俺の助けなんて待ってなかったんだって思ったら、どうしようもなくなって」
またそこで、途中で口をつぐんで、私をみた。さっき唐辛子を追い出すために潤んでいた瞳が、さらに潤んできている。
あ、私のせいだ。私が、誰かが私のことを心配して、苦しんでいるってことを考えないようにして、自分のことしか考えてなかったから。
私は、謝ろうと思って口を開こうとしたら、アランの手が私の口元をおさえた。
「違うんだ。俺、最悪なんだ。リョウが元気な姿でいてくれるのが一番のはずなのに、元気な姿のリョウを見たら、憎らしく感じた。その時、気づいたんだ。……怒っていいよ、リョウ。俺、きっと、リョウのことを心配しながら、弱りきってやつれたリョウを期待してた。そして、そんなリョウをかっこよく救うのは自分なんだって、思いたくて……最悪だろ? 俺、結局自分のことしか考えてない」
そう言って、私の口元を押さえていた手を下げると、とうとうアランの目から大粒の涙がこぼれた。
「そ、そんなことないと思いますよ! 再会したときも怒ってくれたじゃないですか! あれは私を本当に心配してくれていたからですよ! むしろ心配させてしまった私が悪いんですよ! それに、ちょっと邪な気持ちがあったっていいじゃないですか!」
私は、今にも地獄に落ちてしまいそうな勢いで落ち込んでいるアランをどうにか引き上げたくて、必死に声をかけたけれど、アランと目が合わない。
「今思えば、学校でリョウを見張ってる俺もそうだ。リョウを心配していれば、そんな最悪な自分をなかったことに出来ると思ってたのかもしれない。いや、きっとそうなんだ。全部、自分のためなんだ」
「深く考えすぎですよ! 私は、今の話を聞いても、全然アラン様のことを最悪だと思っていません! それに、だいたい、それが何だって言うんですか! ちょっと振り返ってみて、結局自分のことしか考えてなかったって気づけるなんて、すごいですよ! それに、自分のためだっていいじゃないですか! まあ、ちょっと今回のストーカー行動は褒められたものじゃないかもしれませんけど、そういう後ろめたい気持ちは皆当たり前に、持っているものなんじゃ、ないかなって……」
どんどん力をなくしていく私の言葉に、アランは曖昧に微笑んだ。でも、きっとそれは自分を許した微笑じゃない。
お願いだから許して欲しい。そうじゃないと私、自分が……!
そして、ふと気づいた。
私は、そんなことを思いつつ、何もアランに言っていない。
ここまで来て、自分の身可愛さで、何も伝えてない。自分の恥ずかしくなるような卑しい気持ちを隠して、自分の中の強さや明るさを示すことしかしてない。
私は一体何に見栄を張ろうとしているんだ。
『邪な気持ちがあってもいいじゃないですか』『それが何だって言うんですか!』『後ろめたい気持ちは皆当たり前に、持っているもの』
アランに伝えた私の言葉は、自分にかけてほしい言葉だった。
「それに!」
と、自分の弱さに勝つために、私は大きな声をだした。
アランは、やっぱりすごいよ。目を背けたくなるようなことを見つめて、そしてそれを伝えることが出来るんだから。
そして、私は、覚悟を決めてそのまま言葉をつむいでみた。
「私がいけなかったんです。私のほうこそ自分のことしか考えてなかった。アラン様や、残されたみんなの気持ちを考えたことがなかった。自分の気持ちだけ優先して……誰かが傷つくことなんて、考えないようにして……! しかも、こんな身勝手な私を隠して、何食わぬ顔でまた仲良く出来ればなんて、甘いことも考えて……! 自分のことしか考えてないのは私なんです! アラン様が最悪だっていうなら、私のほうが最悪ですよ!」
一息に言い切ると、アランの様子を見ようとしたけれど、視界が滲んでよく見えなかった。
するとガシっと、誰かに後ろから体当たりされたような衝撃が背中に走った。
恐る恐るふりかえると、カイン様がいた。
あ、うっかり存在を忘れていた。
カイン様は、私とアランを抱きしめながら、顔を赤くして涙を流している。
そういえばこの二人兄弟なんだね、泣く時に顔を赤くするところがすごく似てる、と、どうでもいいことを思った。
「アラン、リョウ! 僕が……いや、私がいない間に、こんなに素直に育ってくれたんだね! ありがとう、ありがとう!」
と、何故かカイン様は、盛大な感謝の言葉とともに大泣きしている。そしてさりげなく私とアランを向かい合わせにして抱え込んだ。
「アランも、リョウも、いいんだよ! 前に私も言われたんだが、人っていうのは傷つけあいながら、大人になるらしいんだ。自分を傷つけて、他人を傷つけて、そのたびに立ち止まって動かないでいたら、まったく進めなくなるよ。二人はいい子だ。私が保証する! さあ、涙を私の胸で拭いて、自分と仲直りをしよう!」
と言って、カイン様は声を出して泣きまくっている。
そ、その前にカイン様が涙を拭いておくれ。涙と、あと鼻水でせっかくのイケメンが台無しだよ!?
カイン様はこんなキャラだっただろうか。はじめて見る熱いカイン様に戸惑いつつ、多分さっきまでちょっと緊張していたのが緩んだことで、涙と鼻水でデロンデロンなカイン様がおかしくて笑えてきた。
カイン様には悪いが、ブフッとちょっと笑ってしまいそうで、しかしここで笑ったらKYだなと必死に笑いをかみ殺す。
そして、私と同じように、カイン様に抱えられているアランを見てみると、アランはウワンウワン泣いているカイン様に驚いた様子で見上げていた。
そんなアランの様子をみていたら、目が合った。
何か、自分の胸のうちを言って、すっきりしていた私だったけど、アランも同じようにすっきりしたような顔をしている。
私は、懺悔を口にして、許して欲しかったのかも。悪い自分、恥ずかしい自分に蓋をしないで、さらけ出して、それを謝ることができてすごくすっきりとしてしまった。結局それも、自分がすっきりするためのわがままになるのかもしれないけれど、言ってよかった。
「リョウ、お前でも、俺みたいに後悔したり、泣いたりするんだな……俺だけが子どもじゃないんだ」
ウワンウワン泣いているカイン様の声がちょっとうるさかったけれど、距離が近いのもあって、アランの声がはっきり聞こえた。
当たり前だよ。私だって、人間だもの。前世の記憶があるから、少し大人なつもりでいたけれど、前世の私は何も知らないままで死んでしまったのかもしれない。前世の時は、こんな気持ち知らなかった。
アランと、目を細めて笑いあった。目を細めたら、涙が零れ落ちたけれど、近くに、拭いてもいいといわれた胸があるので気にしない。
そうしてやっと私達は仲直りをすることが出来た。









