新入生編③-寂しくて泣いちゃう私像-
コウお母さんが営んでいる小さな薬屋さんの扉を開けると、ちょうど接客中だった。
一応接客業もあるので、コウお母さんは、コウお母さんらしいクネクネした動きは封印して、格好も白いシャツに茶色のベストにズボンという男性のような格好をしている。髪も後ろで縛って清潔感はばっちりだ。
実は、王都に入る時やこの部屋を借りたりする時もそうだったけれど、オネエ口調なコウお母さんに対して、明らかに嫌ーな態度をする人がいて、私はすごく憤慨した。憤慨した勢いで、嫌な奴らの服にこっそり頑固な油汚れをつけるという復讐を行なっていたけれど、コウお母さんに気づかれて途中で復讐は断念。
しかし、そんなこともあったので、普段の生活では、極力オネエらしさは隠してるコウお母さん。
ということで、一見すれば、オネエであることはばれなそうだが、たまに油断すると口調がオネエのそれに戻る。でも、薬の受付で、そこまでぼろが出るほどの会話はないので、今のところは順調だった。
私は、お店にいるお客様にお辞儀をすると、そのまま奥の部屋にアランと一緒に入った。
「薬屋をやっているのか? 店にいた奴が、リョウの世話をしているのか? 従者か何かなのか?」
部屋に入るなり、立て続けに質問を浴びせるアラン坊や。
まあ、待ちたまえ今お茶を淹れるから待ちたまえ、と心の中で思いつつ、お茶を用意しながら、まあ、そんな感じ、と答えておいた。
あんまり詳しく話すと、色々あかんことになるような気がするので、軽く流す。
そしてお茶をアランの前に差し出すと、さっきまで、眉間に皺を寄せてばかりだったアランの表情が少し和らいだ。
「リョウにお茶を淹れてもらうのも、久しぶりだな」
ああ、確かに。小間使いのときは毎日お茶淹れてたね。
昔を思い出したのか、アランがすこし元気になったみたいで、顔が嬉しそう。
「あの頃のアラン坊ちゃまは大変かわいらしかったですね。私のことを親分親分と呼んで、金魚の糞のようについてきてました」
今じゃあ、金魚の糞は変わらないけれど、ただのストーカーになってしまっているアラン坊や。ああ、嘆かわしい!
「な、なんだよ! リョウのこと親分なんてよんでなかっただろ! うそ言うなよ!」
おお、久しぶりの憤慨のアラン坊や。その小憎たらしい顔も全て懐かしい。
「あら、でもアラン様は私の子分でしたでしょう?」
「なっ! 調子乗るなよ! 一時的に、子分にはなったが、一時的にだ! すぐに実力的な問題で子分じゃなくなってたんだ!」
なんだよ、実力的な問題って。なんの実力だよ。初耳だよ。
「でも、今でも私の後をつけてくるのは変わりませんね。子分体質はなかなか抜け切らないのでしょうか?」
「全然、子分体質じゃない! 今なんか、むしろ俺のほうが親分でリョウが子分じゃないか!」
何でだよ!
昔のごっこ遊びみたいな親分子分体制がなくなったことは、まあいい。でも、その上下関係がひっくり返ることは許さん。
心配させてしまったことが申し訳なくて、大人しくしていたけれども! これだけは譲れないよ!
だいたい私の身が心配でストーカーとか……子分の癖に親分の身を心配するなんて、10年早いわい!
感情に任せて、スカートに仕込んだ唐辛子爆弾を放ってやろうかと思っていた時に、部屋の扉が開いた。
「リョウちゃん? どうしたの? 今日はお友達も一緒なのね?」
扉を開けて問いかけたのはコウお母さんだった。
「コウおか……コウさん! もうお仕事いいんですか?」
「……そうだね、一段落着きそうだから、ちょっと早いけれどお店を閉めようかと思う。それに、リョウが初めてお友達を連れてきてくれているみたいだし」
コウお母さんが、オネエ口調を封印して話しかけてくれた。多分、私が思わず「コウさん」って呼んだからだと思う。でも、アランには従者みたいな感じって説明してしまったし、男口調で話しかけてきてくれて、ちょっとホッとした。
「はい、あの、前にも話したことがあると思うんですけれど、こちら、レインフォレスト伯爵家のアラン様です」
「はじめまして、レインフォレスト伯爵家のアランです。リョウ嬢とは、学校で仲良くさせて、もらっています」
アランにしては、バカ丁寧にお辞儀をした。しかし、ちょっとかしこまった挨拶がしなれてないのだろう、動きがぎこちない。貴族なんだから、もう少し精進したまえよ。
コウお母さんが、そんなにかしこまらなくてもいいと優しく笑いながら、挨拶を返す。
「はじめまして。コーキといいます。ルビーフォルンからリョウと一緒に王都に来たものです。今後もリョウをよろしくお願いします」
と言って、さわやかな男性のように振舞ってくれたコウお母さん。
よかった、アランを見て、いきなりとって食ったりしないで、よかった。アランは予選外だったのかな、まだ子どもだしね!
「リョウ、これから夕食の準備してくるよ。大したものは出せないけれど、アラン君も夕食はここで食べていくといい」
とコウお母さんが提案すると、アランは遠慮なくありがとうございます、といって夕食のご相伴に与ることになった。
こういうときは、一回は遠慮するそぶりを見せるものですよ、アラン氏。それが日本人の生き方! まあ、アランは日本人じゃないけれど。
「あの! 私も手伝います!」
私がそう声をかけて、腰を上げたけれど、コウお母さんが首を振って制止してきた。
「今日は、お友達が来ているのだから、大丈夫。用意もすぐに終わるから」
と言って、そのまま扉の向うへ行ってしまった。
「ふーむ。悪い人ではなさそうだな」
と、隣にいたアランが、コウお母さんが出て行った扉を見ながら、偉そうに顎に手をあてて、頷きながらそんなことを言っている。
何様だよ!
「すごーくいい人ですよ。とってもお世話になっているので、失礼なことを言わないでくださいね!」
「まあ、相手のでかた次第だな!」
何様だよ!
アランは、やっぱりアランだな。そこはかとないクソガキ感が懐かしい。なんか、根本が変わらない。
学校に入学して再会してからのアランは、突然しょぼーんと落ち込む時があるし、私が山賊に攫われてしまったことを気にしているみたいで、何かと私の心配をしてくる。
私がアレク親分達と過ごしていた間に、おそらくアランの中で、私はか弱い女の子になっており、アランが側にいないと寂しくて泣いちゃう子だと思われている気がする。
だから、私がちょっとでも側にいない時があると不安のようで、それがストーキング活動に繋がっている。
そういうのもあって、再会してからの私とアランの関係はどことなくぎこちない。私も私で、負い目というか引け目みたいなのがあって、全然昔みたいに接することが出来なかった。
でも、なんか今は、あの頃に戻ったみたい。
うん、なんか落ち着く。やっぱりアランは元気なクソガキで、私の子分っていうポジションというのがホッとする。
本人はもう子分じゃなくて、俺のほうが親分だという世迷言を言っていたけれど……。
「ねえ、アラン様、今度、また勝負しません? 前やったみたいに……負けたら子分にでもなりますよ」
「え? でも、お前、女じゃないか……しかも、俺、剣術も続けてるし、魔法も使えるし、相手にならないだろ」
昔を懐かしんで、結構テンション高めで提案したのに、このクソガキは、平然と断ってきた。しかも、何言ってるんだ? 頭大丈夫? 見たいな感じで断ってきた。お前が俺にかなう訳ないだろと、その目が言っている。
アランの癖に生意気な! こちとら山育ちだぞ!
というか、今さら私を女の子扱いして、女の子には手を上げないジェントルマンを気取っているけれども、君が以前ケンカふっかけたのは、5歳の幼女だった私だよね?!
くそ、このままではいけない。
正直、決闘なんて、若干興味本位で提案したような感じだったけれど、アランをこのままのさばらせてはいけない気がする! ちゃんとアランを子分的なたち位置に戻さなければ。
「あらやだ、アラン様ったら、また私に負けるのが怖いのかしら?」
「何言ってんだよ。お前、久しぶりに会って……なんか、ちょっとは、なんか、いい感じになった思ったけど、全然ダメだな」
やれやれ、と、アランの目があきれた色を見せている。
なんか、悔しい! ていうか、いい感じって何!? はっきり言いたまえよ!
あ、だめよ、だめ、落ち着いて私。相手はアランだ。落ちついていこう。うまく決闘にもつれ込む方法はいくらでもあるはず!
「そんな事言って、怖いんでしょう? 分かります。5歳のあの時も、速攻で負けてましたからね。負けて、半べそかいてましたからね」
「は、半べそはかいてないだろ! 」
よし、餌に食いついてきた! ちょろい! あともう一息!
「あら、そうでしたか? うーん、でも、私の記憶だと、アラン様は常に半べその弱虫少年だったような……」
「そんなわけないだろ! リョウの中の俺どうなってんだよ!」
「でしたら、決闘で、強いアラン様を見せてくださいませ。本当に私を負かすことが出来るぐらい強くなったのでしたら、子分にだってなりますよ」
すると、アランは、ちょっとびっくりした顔をしてから、「子分……」とつぶやいて、一度目線を下げ、そしてまた私と目を合わせてきた。
「なあ、もしリョウが俺の子分になったら、俺のいない時に外出はしないって約束できるか?」
と、アランはまじめな顔で聞いてきた。
お、おう。子分になった時に要求する内容が、何かすごい束縛男なんだが……。アラン坊やの将来が心配すぎる。
この束縛男の根幹に私が山賊に攫われたトラウマがあるとしたら、大変申し訳ない。
「そうですね……。約束は出来ないかもしれませんが、善処しましょう」
曖昧な表現で返したが、問題なかったみたいで、アランは腕を組み、思案気な顔でうんうんと頷いている。如何にも重大な決定を今からします! という仕草だ。そして口を開いた。
「よし、分かった! その決闘! 受ける!」
よしきた!
「ふふ、懐かしいですね! 場所と日時は私が決めますから、また後でお知らせします。学園内の庭を使うと思います。よろしいですね?」
私は笑顔で、そう最終確認をすると、アランは構わない! と偉そうに了承してくれた。
よーし、しばらくは準備で忙しくなるかな。
アランには悪いけれど、容赦なくいかせてもらう。
そんなに心配しなくても、私は大丈夫だよーということが伝わればいい。
アランの中の『アランがいないと寂しくて泣いちゃう私像』をとりあえず壊そうと思う。









