山賊編⑯-いい子で待っていればいいと思ってた-
親分とバッシュさんとの密会のため、騎士達が捕まっているところから、声が聞こえないくらい離れたところに移動した。
精霊使いのセキさんは、一応、音がもれない様に風の精霊にお願いをしてくれるらしい。風の精霊って便利だね。
結局、バッシュさん一人と山賊メンバー全員での対談となった。
「アレク、すまない! まさか、こんなにバタバタするとは思わなかった!」
「すまねぇじゃねぇよ。お前はいつも、うかつすぎるんだよ」
「ハハハ、まあいいじゃないか、過ぎたことだ。ところでなんで、神の御使い様と一緒にいるんだ?」
「神の御使いってリョウのことか? お前、あのハゲの言ってること真に受けてんのか? 花から生まれてるわけねぇだろ」
「ハハハ! そこまでは信じてないさ! ただ、タゴサク先生が熱心に語るものだから、一部の騎士やリュウキ君はかなり傾倒してるけどね」
やだ怖い。
それにしてもバッシュさんは常に朗らかな感じで笑ってる。親分とはまた違うタイプの人ですな。いい人そうだ。
「傾倒って……まあ確かに、そんな感じだったな。……リョウはレインフォレストの商爵から攫ってきて、今は俺達と一緒に生活してる」
「人攫いしたのか? しかも商爵って、準貴族じゃないか……」
「むしゃくしゃしてな。それに、幼児趣味の男に嫁とか言われてたし……まあ、なんとなく攫った」
「なんとなくって……」
そこまで言って、バッシュさんは大きくため息をついた。
「全くアレクは本当に突拍子もないな。まあ、いい。そのおかげで、私は神の御使い様に会えて、こうやって、穏便に話し合うことも出来たわけだしな」
神の思し召しだな、とか何とか言って、軽く笑いあいつつ、他の山賊メンバーにも、久しぶり! と言う感じでバッシュさんは声をかけて、その後は和やかに会話が弾んでいた。
ただの同窓会やん! と思っていたら、
「で、準備は進んでんのか? こっちは鉱山の奴らに話をつけたぞ。貴族側には黙って、鉱石をいくつか横流ししてくれることになった。あと、いくつか村を回って、力になってくれそうな奴らもいる」
と、親分がいきなり爆弾を投下した。
すると、バッシュさんが先までの朗らかな顔を歪めて、申し訳なさそうな雰囲気を漂わせてきた。
「そうか……。その、なんだ、アレク。申し訳ないんだが、例の件は、もう少し待ってもらいたい」
「ああ? どういうことだ!?」
「あまり怒鳴らないでくれ。お前が怒鳴ると恐すぎる。知ってると思うが、今はタゴサク先生のお力で、農作業の効率が上がっている。民が飢えで苦しまなくても済むかもしれない。もう少し様子をみたいんだ」
「様子を見たいってお前! 正気か! 今まで様子をみて良くなった事があったかよ!? 農作業がうまくいったとしても、王政は続くんだぞ! 教育も制限され、行動も制限され、思想も制限されて! あの時お前は言ったじゃねぇか! それなら家畜と一緒だと! 俺達は家畜や愛玩動物じゃない、人間だろ!?」
親分は、まるで親の仇に言うように、バッシュさんを怒鳴りつけた。バッシュさんは、両手を前に出して、落ち着いてくれと、どうにかお怒りを納めようとしている。
「分かってる、分かっている。お前の気持ちも分かる。ただ、やはり無謀すぎる。余分な民を捨てるように開拓村に行かせる王政に疑問をもって、もうやるしかないと思ったが……今は少し状況が違う。私は領主だ。この国の領民が何より大切だ。生きる道が残っているかもしれないのに、民を危険にさらすわけにはいかない」
さっきまで、親分の怒鳴り声にビクビクしている風だったのに、そう告げたバッシュさんは、頑固親父のように、どっしりと構えていて、もう何を言っても無駄そうだと言うことは私から見ても分かった。
ハァと、親分が深いため息をついて、そのまま黙る。他の山賊の人達も、みんな神妙な顔つきだ。息をするのも苦しいぐらい。
「お前の考えは分かった。お前は様子をみていればいい。俺達は俺達で、このまま準備を進める。時間はかかるかもしれないが……俺は必ずやる」
親分の決断に、そうか、と言って、バッシュさんは下を向いた。そしてその後、すまない、と小さくつぶやいた。
「バッシュ……わりぃと思うなら、一つ頼まれて欲しいことがある」
そう言って親分は、隣にいた私の頭に手を置いた。下を向いていたバッシュさんの顔が上がって、私と目があう。
「こいつの面倒を見て欲しい。学校に行かせてやりてぇんだ」
ええ!?
何、それって、つまり、私をバッシュさんのところに預けるってこと!?
「アレク!? 何を言ってるのよ!」
コウお母さんがすかさず話に入ってきてくれた。ほんとだよ、何を言ってるんだ親分。
「なんだ、コーキ。お前だって言ってたじゃねぇか、こいつを学校に行かせてやりたいってな。それに、巻き込みたくねぇんだろ?」
「それは……そうだけど……」
コウお母さんは、親分と、びっくりしすぎて放心状態な私を交互に見る。
「バッシュなら安心して預けられる。バッシュだって、神の御使い様とやらを預かれるんだから光栄だろ?」
「ああ、まあ、私としては、むしろありがたいぐらいだが……いいのか?」
そういって、バッシュさんは、周りでざわざわし始めたほかの山賊メンバーに視線を向けた。
「親分マジっすか? リョウは……もう俺らの……!」
クワマルのアニキも戸惑ってくれている。
そうだよ、考え直してよ、親分!
「……そのほうが、こいつにとってもいい。こいつはすげぇ奴だ。さっきだって見たろ? 魔法使いとやりあってよ。……それに、これからバカみてぇなことをする俺達と一緒にいるよりも、もっとマトモな奴らと一緒にいたほうがいいだろう」
親分の決意は固そうにみえる。
でも、私は嫌だ。そんな風に勝手に決め付けないで欲しい! マトモって何!? 親分達は、私にとってはマトモ以上だよ! もう一人になりたくない! 置いていかないでよ! 離れていかないでよ!
もう誰にも捨てられたくない……。
「リョウもそれでいいよな?」
親分が、私にそう聞いてくる。
いいわけない! 嫌に決まってるじゃないか!
でも、そんなことを言ったらあきれられる? 嫌われてしまう?
それに、嫌だといっても、私の意見を聞かないかもしれない、そしたら私、また……。
色々考えていたら、私はいつの間にか、下を向いていた。親分は下を向いた私が頷いたと思ったらしい。
話が進んでいく。
「そういうことだ。こいつのことはよろしく頼む。あんまり長居はしたくねぇ。バッシュとの話も終わった訳だし、俺達はもう行く」
親分は、私に背中を向けて歩き出した。呆然としている私に目を向けながらも、他の山賊メンバーも親分の後についていっている。
コウお母さんが、チラチラと私のほうを見ながら、親分のほうに歩いていってる。
まただ。
ガリガリ村の時、親に売られた時みたいに、意識が遠くのほうに行く感覚がする。
これって現実? さっきまで、魔法使い倒して、アタシ達の娘だって、笑ってそう言ってくれていたじゃないか……。
こんなこと何回私は繰り返せばいいの?
ガリガリ村で1回。前世で、何万回。
前世で仕事や愛人に会いに行くために出かける両親の背中を見て、私はいってらっしゃいと言う。いつ帰ってくるかも分からない背中に、とりあえず手をふる。
自分が頑張れば、その背中がいつか振り返るに違いないと信じていた。皆に注目されるようになれば、その背中も振り返ってくれるって、私はずっといい子にして待っていた。
このまま親分が言うように学校に行って、優秀な成績とやらを収めればコウお母さんは、いつか、振り返るだろうか。親分は? 私に振り返る?
嫌だ。このまま離れるのは嫌だ。コウお母さん、気づいてよ! 親分も、私を見てよ!
私は嫌だよ。
でも、声が出ない。
だって、そんなわがまま言ってもし嫌われたら……でも、私、私、でも……。
なんか、目が熱い。目玉が溶けてこぼれそう。
また、置いていかれるの?
私、どうすればいいの? 誰か、教えてよ。
「嫌だよー! 一緒にいだいよ! 娘だっで言っだじゃないかー! 自慢だっで、言っだじゃないかー! 嘘づき! 嘘づき! 私ど一緒にいでよぉ!」
どこかから、濁音ばかりの小汚い声が私の気持ちを代弁するように叫んでいた。
誰だ? と思ったら、皆が私を見てる。親分もコウお母さんも振り返って私のことを見てる。
あまりにも皆が私のことを見てるので、自分の顔をさわると、鼻水と涙でべとべとだった。
さっきの声は私の声だ。出ないと思っていた私の声だ。
急に恥ずかしくなった。子どもじみたことをして、皆に嫌われたんじゃないかと思って、下を向いた。
もう、やだ。
突然、ガシって、すごい強い力で、誰かに抱きしめられた。
顔を上げると、コウお母さんだった。
「ごめんねぇー。リョウぢゃん! ごめんねぇー」
そういって、泣きながら謝っている。
そして、コウお母さんは親分のほうに、視線を向けた。
「アレク、悪いけど、あたし、抜けるわ。リョウちゃんと一緒にいる。リョウちゃんを巻き込んだのは私だもの」
「……コーキ。気持ちは分かるが……リョウを巻き込んだのは俺だ。俺が勝手に攫って、勝手に情をかけちまったから……」
「違う!」
そう、コウお母さんが親分に向かって、叫んで、そしてそのまま話し続けた。
「子ども好きなアレクがリョウちゃんに情がわくのは分かってた。分かっていてこの子をあの時、預かったのよ! 私は、アレクがやろうとしてることに正直反対だった。理想のために死ににいくなんて、信じられない。私は、アレクのためなら命は賭けられるけど、アレクがそんな、叶うかも分からない夢のために死ぬのは許せない。だから、何か守るものがあれば、考えを変えてくれるんじゃないかって思った。けど、女として中途半端なアタシじゃ、アレクの守るものにはなれない。でも、だからって他の女をアレクにあてがうのは嫌だった。そんな時に、リョウちゃんが来たの。もしかしたら、この子がいれば、アレクは考え直してくれるかもって、そんな根拠のない思いつきで……アタシが、リョウちゃんを巻き込んだのよ!」
「コーキ……」
親分は名前をつぶやいて、そのまま無言で、固まった。
私は、親分に顔を向けて泣き叫ぶように訴えかけているコウお母さんを見ていた。するとコウお母さんは、今度は私のほうに顔を向けた。
「リョウちゃん、ごめんねぇ。こんな汚い大人でごめんねぇ。でも、今ね、あなたを大切に思っている気持ちは本物なの。あなたが、こんな勝手なオトコ女を許してくれるなら、あなたのお母さんとして、これからも一緒にいたい」
私は何も言えずに、ただ、何度も頷いて、コウお母さんを抱きしめた。このままどこかいかないように、戻ってきてくれたコウお母さんが幻か何かじゃないかと確かめるように。
コウお母さんが戻ってきてくれた。振り返って、こっちにきてくれた。
きっかけなんて何でもいい。私だって、最初からコウお母さんのことを特別に思ったわけじゃない!
いま、コウお母さんが私を娘だといってくれて、私と一緒にいてくれるって、もうそれだけでいい、私の言葉に振り返ってきてくれた、それだけで……!
何で今まで、私はいい子にして待ってるだけだったんだろう。そうだよ、最初から言えば良かったんだ。見栄を張って、嫌われるかもって怖がって、私は今まで、自分の気持ちを何も言ってなかった。
最初から、私はただ、寂しいって、もっと一緒にいたいって素直に言えばよかったんだ。
「アタシは、女としても半端者、あなた達の仲間として半端者だった。でも、この子の親として、もう中途半端なことはしたくない。アタシは、あなたたちの仲間から抜けるわ」
抱きついた私をそのまま抱えて立ち上がり、コウお母さんは毅然とした態度で親分にそう告げた。









