山賊編⑬-魔術師VS山賊幼女-
魔術師がいる! 私がそう叫んだときには遅かった。
ガイさんが何かに引っ張られたみたいに、いきなりガクッと前のめりになった。私はその勢いで、上に飛ばされ、近くの木の枝に空中ブランコのサーカス団員みたいに捕まると、くるっと回転して、木によじ登る。
ターザンのような私。山暮らしでよかった。
下を見ると、ガイさんやクワマルのアニキ、ルーディルさんが、ひざをついて、倒れている。足元を見ると、地面に触れている膝の辺りから足先まで氷付けになっている。
クワマルのアニキが木に登ってなんとか無事な私を確認すると、懐からアニキお手製の神殺しの剣を私に投げてよこした。
投げてよこすのはいいけど、早すぎるよ! 私じゃなきゃ見逃しちゃうよ!
そう思いながら無事になんとかキャッチした短剣を握って、革製のウエストポーチからお手製の唐辛子爆弾を確認する。大丈夫、割れてない。
私がイノシシ狩をするときに使う秘密道具の一つ。粘土で焼いた小さな筒状の入れ物の中に、唐辛子と山椒と灰を細く粉末にしたものを入れてふたをしたもの。
これをイノシシにぶつけたり、あたりに粉が飛び散るようにすると、イノシシは目と鼻をだめにして、逃げながら勝手に木にぶつかって死んでしまうと言うおそろしい狩兵器である。
人間にだって効果はある。クワマルのアニキの尊い犠牲の上で、その効果は立証済みだ。
魔法使いを見つけたら、投げつけてやる! と思って、あたりを見回すけど、周りの木とかが邪魔で、視界が悪い。私は木を伝って、まずは親分達がいたほうまでこっそり動く。
「これは……リュウキだな! どういうつもりだ!」
そう叫んだのは赤髪の精霊使いだ。
「それはこちらが伺いたいですよ、父上! 何か数日前からこそこそ怪しい動きをしていたと思ったら、こんな悪人面の奴となんの密会ですか!?」
すると、親分達がいるほうよりも、もっとずっと奥から若そうな男の声が聞こえた。
え、あんな奥のほうから、ここまで魔法つかえるの? 範囲広くない? 魔法使い怖い。
というか、リュウキ? って、たしか、ガリガリ村に来た魔法使いだ! イケメンだったから覚えてる。色の薄い金髪で長髪の美少年だった。
それに、バッシュさんといる赤髪の精霊使いは、やっぱりあの時の精霊使い。確か名前はセキさんだったはず。
父上と呼んでいると言うことは、この二人って親子だったのか……。
そう思いながら、唐辛子爆弾が当たる距離まで近づこうと、木を伝って前に進む。どうやら私が木に登って、助かってることは気づいてないみたい。ちょっと遠かったもんね。
「おい! 人を面だけで悪人にしてんじゃねぇぞ、小僧!」
親分の荒ぶる声が聞こえる。
しかし、親分、山賊は悪人なのでは? あ、でも最近は、大人しくしてるから大丈夫なのかな。ギリギリセーフなのかな。
「その凶悪な顔は、危険思想家のアレクサンダーの特徴に似てる。父上やバッシュ様は騙せても、僕は騙されない。お前らの言い分は捕まえてから聞く!」
「リュウキ! 落ち着け! いいから氷の魔法を解くんだ」
「いいえ、父上もバッシュ様も誑かされている。こいつらを見逃すつもりだ!」
「……話にならんな」
そう言って、精霊使いのセキさんが呪文を唱えようとした時、木の影から、のっそり出てきた騎士風の格好をした人によって、セキさんは口元に布を噛まされ声を封じられた。
そして、そのまま別の騎士が、すいませんセキ様とか言いつつ、手を背中に回して拘束する。
「な! どういうつもりだ!」
と、叫びながら、近くにいるバッシュさんも同じように、騎士風の人に拘束されていた。『すみません、リュウキ様の指示で』みたいなことを言いながら、しっかりと腕を後ろに回して拘束してる。
「大人しくしていてください。バッシュ様に父上。僕が彼らを捕まえます。話はその後で聞きます」
そういうと、周りにいる騎士に合図を送ると、ガシャガシャと、金属がこすれる音がして、騎士風の人達数人が、動けない親分達にお縄をかけている。
これやばい、これはやばいよ、これやばい。
私は心の俳句で落ち着かせつつ、状況のやばさを確認した。
リュウキさんが、私の唐辛子爆弾の射程距離に入ってきたけど。これを投げつけて、よし呪文封じたぞ! やったー! と簡単に解決する感じじゃない気がする。
まず、親分達の足にかかってる魔法を解いてもらわないといけないから、唐辛子爆弾でリュウキの喉をつぶしちゃうとアウトだ。それに、他の騎士の皆さんには退場してもらわないと……。
よし、人質作戦で行こう。
私は、木をつたいつつ宿敵リュウキの真上まで来ると、クワマルアニキの神殺しの短剣を握って、ヒューンと落ちた。目指すは、リュウキの肩の上。
トスンとかわいらしい音で、リュウキの肩に跨ったけれども、リュウキさんはいきなり降りてきた重みにバランスを崩したらしく、前のめりに倒れた。
ちょっと、その様子だと私が重いみたいじゃないか! 失礼しちゃう!
私は、振り落とされないようにしがみ付き、ずっこけたリュウキが手を前に出して、四つんばいの体勢を整えたところで、短剣を喉元に突きつける。
「命が惜しかったら、親分たちを解放して」
「君は……」
「勝手にしゃべらないで! とりあえず騎士の人達に親分達の縄を解くように命令して!」
しかし、リュウキが命令するまでもなく、魔法使いのピンチに気づいた騎士たちが、大人しく親分達の拘束を解いた。
おお、なかなかいい動きをする騎士達よ。魔法使いは神様だもんね。よろしいよろしい。
「あ、その二人はそのままでいい」
バッシュさんやセキさんを拘束している騎士にはそう伝える。二人には悪いけれど、拘束されたままのほうがいい。だって、彼らについてはまだ信用できない。
親分解放作業が終わった騎士たちには、ちょっと離れたところで、一列に並んでハンズアップしてもらう。
「氷の魔法を解除して」
縄とか、騎士の人達からは解放された親分達だけど、氷はそのままだから、動きは取れない。私は、出来る限り怖そうな声でリュウキに命令する。でも可憐な私の声だとあんまり迫力が出ない。可憐だからしょうがない。
すると、なんかリュウキがフッと馬鹿にしたような笑い方をして了承した。
「アサボラケ ウジノカワギリ タエダエニ アラワレワタル セゼノアジロギ」
確かに、解除の呪文だ。アイリーンさんやアランが、魔法を解くときに言ってた呪文と一緒。
でも、氷の戒め解けてないんですけれど!
驚く私の視線の下で、同じように驚いているリュウキ魔法使い。でもリュウキの視線の先は私が持っている短剣を見ている。
あーなるほど。
「これ、神殺しの短剣だから。魔法で消えないよ。小賢しいことしてないで、早く魔法を解除して」
さっきの余裕のフッという笑いはそういうことか。
神殺しの短剣を前に、ちょっとリュウキ氏の顔色が青くなる。
もう、いいから早く魔法を解除して! 私だって、人に刃物向けるの嫌なんだからね!
「子どもだから刺せないとでも思わないでね! こちとら毎日捌きまくってんだから!」
そう、おもにイノシシを。私の宿敵イノシシを捌きまくっている。嘘は言ってない。
そして、リュウキは意を決したようにまた呪文を唱える。
私はその呪文の冒頭を聞いて、慌ててリュウキの背中から飛び降り、彼の髪の毛をつかんだまま、すかさず顔面に膝蹴りをお見舞いする。
「ちょっと! ふざけないでよ! それ解除の呪文と違う!」
私が怒鳴ると、鼻から血を流して、驚愕の表情をするリュウキ。
驚いたのはこっちだよ! 君なんなの!?
親父にだってぶたれたことないのにー! って顔してこっち見てるけど、私だって、人を膝蹴りしたのは初めてだよ! びっくりだよ! だって、早く止めないと魔法が発動すると思って、思わず足がでたよ! ちょっと膝がジンジン痛いし! やだもう慰謝料請求しようかしら!
「君は……呪文が分かるのか!?」
わかるっていうか、だって、さっき唱えようとした呪文と明らか違うし、そちらこそどうして分からないと思ったんだ。
「いいから、早く解除して。次はない」
幼女の可憐さを脱ぎ捨てて、低ボイスで脅しつつ短剣を突きつける。
そうして、やっと、リュウキは解除の呪文を唱えて、親分達の足元の氷の魔法を解いてくれた。