山賊編⑩-逃げるように村を去る-
迷わなかったといえば嘘になる。
でも、もう決めたことだったから、答えはすぐに出た。
「私は、行きます。親分たちと一緒に」
親分の険しい顔が、びっくりしたような、少し間の抜けた顔に変化した。
多分、私の答えが意外だったのだろう。
「……いいのか?」
私はこくりとうなづいた。
その奥で、村人山賊の背をさすっていたコウお母さんが、信じられないという顔で、フラフラと私のほうに来た。
膝をついて、私と同じ目線になるようにして見つめてくる。
「ほんとうに、ほんとうに、いいの?」
「はい。……嫌ですか?」
もし嫌だったらどうしようと、考えるだけで怖い。スーッと体温が下がっていくような感覚がする。
「全然! 嬉しいに決まってるじゃない! 」
コウお母さんは、目に涙を、鼻に鼻水を溜めて、がばっと私を抱きしめた。
私は、抱きしめられながら、コウお母さんが私と一緒にいることを喜んでいることを知って、思わず、頬が緩む。
「コウお母さんが嬉しいなら……私も嬉しい」
そして、ぎゅっと私もコウお母さんの背中に手を回して抱きしめる。
誰かを抱きしめる感覚って何でこんなに気持ちがいいのだろう。コウお母さんに背中に回した自分の手から、体温とやわらかさと息遣いが伝わってくる。
私を抱きしめているコウお母さんも同じような気持ちなのだろうか。
私が、人のぬくもりを堪能していると、私の耳のすぐ横で、
「ありがどう、りょうぢゃん、ごmざばsjfhグンー」
と、濁音交じりの言葉が聞こえた。
濁音過ぎて最後のほうが聞き取れなかったけれども、コウお母さんが、私のために泣いてくれて、私といることを喜んでくれていて、抱きしめてくれている。
それだけで、満足だった。
私はコウお母さんを抱きしめている自分の腕を見る。いつもの、肌色の腕だ。
私は家族が出来たら、興奮のあまり角が生えたり、肌が緑になったり、私じゃない何かに進化しちゃうんじゃないかと思ってたけど、そんなことはないみたい。
ずっと誰かに愛されたいと思ってて、愛されないと価値がないような感じもしてたけど、私は誰かを愛してるだけで幸せだったんだ。
その証拠に、私はとっくに山賊のみんなが好きで、私はとっくに幸せだった。
*
日が暮れたら出発と言う話だったので、村に残る村人山賊3人に、唐辛子の苗を渡した。
畑のイノシシ対策として、もってきていたものだ。
本当は、スゴリョウの名を欲しい侭にするための小道具だったので、村人には私が直接レクチャーして広めつつ、経過を観察したかったけれども、難しいみたいなので、ゴズルさんに簡単に説明だけして預けた。
イノシシから畑を守るために、よくイノシシが降りてくるところを中心に唐辛子の苗を植えて欲しいこと、もってきた分だけじゃ足りないだろうから、山から採ってきて植え替えたりして欲しいこと、それでも足りないなら、実をすりつぶしてパラパラ撒くのでも効果はあるかもしれないと伝えた。
肥料のおかげで畑に芽が出てきたといっても、害獣に襲われたんじゃ意味がないもんね。
ゴズルさんはちょっと半信半疑な様子だったから、試してくれるかは分からないけれど、とりあえず伝えるだけは伝えた。
そして、唐辛子の苗を渡す代わりに、可能だったらでいいからと念を押して、この村にやってくる魔法使いに伝えて欲しいと伝言をお願いした。
『私は元気でやっているので、大丈夫です。レインフォレスト領にはもう戻ってこないと思うから、出来れば、山賊の人達も含めて探さないでください』
村人山賊(元)はその伝言をきいて複雑そうな顔をしていたけれど、とりあえずは預かってくれた。
そして、日が暮れたのと同時に、村人に気づかれないように、私達はこっそり村をでた。
私はいつもどおり、コウお母さんの前に座らせてもらう。
クワマルもガイさんもコウお母さんもあのルーディルさんですら、みんな元気がなくてしょんぼりしてた。
これからまたルビーフォルン領に行く予定。
出発前にどこに向かうかということを相談した結果、次の目的地は、やっぱりバッシュさんのところに行こうという話になったのだ。
農地の巡回で回っているというなら、それを追いかけようということで話はまとまった。
実際バッシュさんが、どの辺りにいるのかは分かってないみたいだけど、大体の方角に向かいつつ、現地の人に聞きながら進んでいけばいいだろうと言うことらしい。
正直、バッシュさんにめぐり会うまでにどれくらい時間がかかるのか分からない。もしかしたら1、2年かかってしまうのかもしれない。
それでも、親分はバッシュさんに会って、どうしても話したいことがあるみたいだった。
どんどん離れていく、グリグリ村の様子を見ながら、ちょっとだけセンチメンタルな気分。グリグリ村は、私にとって、すこし複雑な気持ちにさせる村。
私が攫われて連れてこられた村でもあるし、そして、いざ山賊と一緒に暮らそうと決意したところで、裏切った村でもある。もちろん村人全員が全員親分を裏切ったのではないと思うけれど。
狩や略奪をしながらの不安定な生活よりも、魔法使いに守られながらの生活のほうが、安定していていいと考えるのは当然だし、そういう人のほうが多いと思う。
私だって、ガリガリ村にいるときに、同じような選択肢を与えられたら、安定している方を選ぶと思う。
でも、それによって、何か大切なものを失っているような気もした。
色々思うところはあるけれど、私はこの村を嫌いになれなかった。ガリガリ村と似ているからかもしれない。
ふと前方をみると、親分の背中もやっぱりちょっぴりしょんぼりしているように見えた。
そらそうか。親分は村人山賊の3人も弟みたいにかわいがっているような感じだったし、私が攫われてすぐに旅立った時は、親分たら村のみんなからすごく慕われている様子だった。
まさかそんな村から逃げるように去る日がこようとは思ってなかったのだろう。
元気出してよ、オヤビン。あとで背中さすってあげるからさ。









