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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第一部 転生少女の幼少期

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山賊編⑤-コウお母さん-

 何かに押されたような衝撃があった。だけど、爪に裂かれたような痛みはない。

 目を開けると赤いものが目に入った。血だ。

 血は誰かの背中を濡らしていた。その誰かが、9つ目の熊と私の間に入って、かばうように私を抱えていたのだ。そしてその人はそのまま川の中へ押し出すように駆けた。


 私を抱きしめている人の肩から背中にかけて、おそらくさっきの化け物に切り裂かれたのだろう、血で真っ赤になっている。


 その人は、そんな怪我をしながら、私を抱えて、川を渡りきった。そして私を川の岸に下ろすと、力尽きたように膝をついて、呆然としてへたり込んでいる私にきつい視線を送る。

 この人にそんな目をされるのは初めてだった。


「川の向うには、行くなって、あれほどいっただろうが!」


 地獄から這い上がってきたような恐ろしく低い声で乱暴に怒鳴りつけるコウさんだった。

 コウさんのそんな声をはじめて聞いた。


「ご、ごめんなさ……あっ!」


 私がやっとこ謝罪の言葉を搾り出そうとしたとき、コウさんがうつぶせに倒れた。

 背中にはたくさんの血が滲み出ている。


 血を、血をとめなきゃ……!


 止血できそうなものを探して、まだ洗ってない、乾いた服が目に入った。ばい菌の心配もあるけれど、このまま血を流し続けるほうが危険に思えて、私は洗濯物をひったくって、傷口を強く押さえた。


「親分っ! クワマルさんっ! ねえっ! 誰かっ! 助けてー! コウさんが! コウさんが!」


 そのまま誰かの助けを求めて大声を出した。みんながいる野営地まではそんなに遠くない。耳のいい彼らならきっと聞こえるはず。聞こえてもらわなければ困る。


 叫びながら、川の向うを見ると、あの9つの目をもつ熊はいなかった。お母さんみたいな姿をした何かもいない。



 きっとあれが、マモノなんだ。


 そして私は親分達がくるまで、止血しながらずっと叫び続けた。

 

 私のせいで誰かが傷ついて、死んじゃうなんて……絶対に嫌だ!



*



 すぐに親分達が来てくれて、止血をしながら野営地にコウさんを運んでくれた。


 あまりの衝撃にに呆然としている私を見て、親分が『今、おめぇしか治療の知識があるやつはいねぇんだぞ! しっかりしろ!』と言われ、顔色の悪いコウさんを見ているだけだった私はやっと正気に戻った。


 そうだ、私しかいない。コウさんを助けるためには、私がやらないといけないんだ。



 私は傷口に当てていた布を取って、血で汚れたコウお母さんの背中を水で洗い流し、特製の止血軟膏を塗る。ヨモギをベースにした緑色の塗り薬。



 以前クワマルが枝に腕を引っ掛けて、腕に大きな傷を負ったとき、これは縫わないといけないんじゃ? と思うぐらいのぱっくりとした傷だったけれども、この止血薬で止血して、傷もふさがったことがある。

 こっちの世界では前世のときよりも人の体が丈夫に出来ている感じがする。それともコウさんの薬の効果がすごいのかもしれない。


 止血薬を惜しみなく傷口に塗りたくって、その上で、煮沸消毒をしている布を当てて、そしてぐるぐると布を巻いて固定させる。


 きっと、きっと大丈夫。傷口は大きいけれど、以前、クワマルが怪我したときほど深くない。



 それからは寝ずの番で私はコウさんの看病にあたった。

 ていうか眠れなかった。


 しばらくするとコウさんは熱と痛みでうなされはじめる。


 私は鎮痛作用や解熱作用のある薬湯を飲ませたり、かいた汗を拭いたり、包帯を替えたり、濡れタオルで頭を冷やしたり……コウさんが苦しまないように、助かるように、出来ることをした。


 そしてコウさんはたまにうなされながら私の名前を呼んで、うわ言のように大丈夫かどうか確認してくるので、手をとって大丈夫と答える。むしろ大丈夫じゃないのはコウさんだけど!


 他の山賊達は、心配そうにしていて、コウさんの側から離れたがらなかったが、親分が

「こぎたねぇやつらが集まってちゃ、治るものもなおらねぇ!」

 と言って、追い出していた。


 私は親分に、私がマモノに誘われて川の向うに行ってしまったこと、コウさんがかばってくれたことを話し、謝罪をする。こんな馬鹿みたいなことをしてしまった私は怒った親分に殺されるかもしれないと覚悟してたけど、親分は『そうか……』とつぶやいただけだった。


 そしてうなされているコウさんはたまにアレク親分の名前を呼ぶのだ。


「アレク、生き急がないで」「逆らったって……」「アレク、無理なのよ……」


 アレク親分は何を言われても、「大丈夫だ」しか言わなかった。


 そのまま夜通し看病をした。親分に、お前はもう寝ろと言われたが、私は頑なにそれを拒否した。親分の顔は険しかったが、それよりもコウお母さんの側を離れることのほうがこわく感じた。



 明け方には、コウお母さんの呼吸が安定してきた。うなされたりもしないし、熱も下がってきている。落ち着いてきたのかもしれない。


 その様子をみて、徹夜の看病や心労とかで疲れ果てていた私は、コウお母さんの近くで横になり、どうしてこんなことが起きてしまったのかを考えていた。


 お母さんがこんなところに来るわけないのに、まんまとだまされて川の向こう側に行ってしまった。アレがマモノなのだろう。私をだまして、川の向こう側に来させようとしたんだ。マモノっていうのがドラゴンとかスライムとかそういうのだと思い込んで、本当に馬鹿だ私。思い出すだけで手が震えた。



 そもそもどうして私は『お母さん』なんかにつられたんだ。あきらめたはずじゃないか。もうどうでもいいって、忘れようって、そう思っていたのに! そう、思ってたのに!


本当に馬鹿みたい。どうして、コウさんはこんな馬鹿みたいな私を助けようとしてくれたんだろう。




 私は、誰かが頭をなでてくれたような感じがして、目を覚ました。色々考えてるうちに眠ってしまったみたい。

私の頭を優しくなでてくれたのはコウさんだった。


 どうにか峠を乗り越えてくれた。コウさんが無事だったこと、自分のせいで誰かが死なずにすんだことに安心し、そしてコウお母さんの手の暖かさが心地よかった。


「ご、ごめんなさい。コウさん、私のせいで、ごめんなさい」


「いいのよ。……無事でよかった。包帯とか、薬とかを用意したのはリョウちゃんなの?」

 こくり、とうなづく。


 よく分からないけれど、のどの奥がつぶれたような感じがしてうまく声が出そうになかった。


「そう、すごいわ。ありがと。リョウちゃんのおかげよ。あなたはとっても、優秀ね」


「でも……どうして、私なんかのために体をはって、こんな……」


「“私なんか“じゃないわ。リョウちゃんだからよ。……あなたは昔のアレクと似てる。世界と自分に嫌気がさしてるような、あきらめたようなその目が、ほっとけないみたい」


 近くに座っていた親分が、もぞもぞと動いて、「なんだそりゃ」とつぶやいた。ぶっきらぼうだけど目を開けたことにホッとしているのが分かる声だった。


 私はどうにか、喉を絞り上げて、かすれた声で、コウさん、と名前をつぶやいた。


「それに最初に会ったときに言ったでしょ? あなたの面倒を見るって。それにあたしのことはコウお母さんって呼びなさい」


 そう言って、コウお母さんはにこりと笑った。

 そして私は、つぶれそうな喉の痛みを我慢して、どうにか声を絞り出す


「うん……コウお母さん。ありがとう」


 

 嬉しかった。少し世界が輝いて見えるほどだった。


 なんだかふわふわとした心地のなかで、もう一人の冷静な私が、どうせ売られるんだよ、裏切られるに決まっている、と囁いてくる。


 そんなのは分かってるし、理解してるし、それでも。


 どうしても何かを期待してしまう自分がいた。





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