山賊編③-山賊ご一行との旅-
それからはずっと山賊ご一行と馬の旅。ちょっとした休憩をはさんだり、夜になれば野営したりはしたけれど、ここ数日でめっちゃ疲れた。
後ろでコウさんが支えてくれていたけれども、それでも馬に乗るのって疲れる。太もも痛い。そして全身筋肉痛。全身筋肉痛ってなにこれ、つらい。
しかも、風景も代わり映えしない山中の景色って感じだったから、最初こそ興奮した馬上生活にも数日たてば飽きが来ていた。
山賊達は馬になれてるのか、平気そうな顔をして、しかもたまに馬に乗ったまま弓をつがえて、飛んでる鳥を射殺して夕食にしてしまう余裕さえ持ち合わせている。
さすが山賊、流石は山の賊を名乗るだけはある!
何度目かになる野営地に着くとみんなそれぞれ野営の準備。
私は馬から下りると、コウさんからもらった塗り薬を赤くなった内腿に塗り塗り。この薬本当にすごく効く。
鎮痛作用のある炎症を抑える薬ということで、名前を『乙女の抱擁で忘れさせてあげる薬』というらしい。
名前から分かるとおり、オネエさんの手作り軟膏だった。腰の痛みや、しりもちをついたときなど、切り傷はないが痛みを伴うときに塗る薬だと説明を受けた。作り方についてはまた後日作るときがきたら教えると言われてちょっと楽しみにしている。
コウさんは馬の旅の道すがら、おそらくお手伝いをさせるためだろうけれど、結構丁寧に治療の仕方を教えてくれる。
コウさんは、この山賊団の唯一の治療師だという話だった。
治療なんて、よくゲームとかで出てくる回復魔法みたいなやつで一発なんじゃないの? と思っていたのだけれども、この世界では、回復魔法と言うものはないらしい。怪我や病気は治療師が作る薬でどうにかするしかないということだった。なんていうかこの世界の魔法と言うのは、私が想像するよりも少し不便。
そうえば、レインフォレストの町の市場にいったら、思いのほかにお薬のコーナーが充実していて驚いた覚えがある。あれは回復魔法がないからなのか。
私は塗り薬を塗り終えたので、コウさんと一緒に、野営の準備を始める。
本日の野営地は、大きな木の下の辺りで、ぽっこりいい感じにスペースが空いているところである。
周りは木ばかりだけれど少し歩けば川もあるみたい。ただ、この川の向うは絶対にいっちゃだめだと言われている。川の向うに行くとマモノが出るらしい。
ガリガリ村では山に入るとマモノが、と言われていたが、ここら辺の地域では、川の向うに出ると言われているのかな。
山賊でもマモノはこわいらしく、ちょっと川から離れたところのここを野営地にしたわけです。
ていうかマモノってなんなのだろう。最初聞いたときは、野犬とかクマとかかと思ったけれど、この世界のことだから、マジでドラゴンとか出るんだろうか。そんな大きい爬虫類と遭遇したら、私こわくて動けまい。
野営の準備は毎回、男達は主にテント張りなどの力仕事をしていて、女子陣である私とオネエ(男)で火をおこしたり、食事の準備をしたり、という感じだ。
オネエ山賊のコウさんは山菜などを私に見せながら、採取の仕方や食べ方、また、その効果のようなものを教えてくれる。
この世界の治療の考え方は、前世の世界の漢方の考え方と似ているみたい。医食同源。薬と食物は一体のものという考え方が根本にある。
食事の内容は毎回簡素で、持ってきた干し肉とか、狩で手に入れた鳥とかと穀物と山菜を鍋にぶっこんで、煮込む。味付けは塩味のみ。という毎回簡単なものだけれどもそこそこにおいしかった。
野営の準備が終わった頃には、山賊の人達は最初こそ疲れていて、死人のような感じだけれども、食事を食べて一息ついた頃には、毎回陽気になって、一つの焚き火を囲んで、お酒を飲んでのお祭り騒ぎという感じだった。
そう、あの親分も笑っている。笑っているのに怖かった。にやりと言う感じで、赤子をパクパク生で食べそうな笑い方だった。
私は極力親分のこわい顔を見ないようにしつつ焚き火の近くで、コウさんに渡された薬学の本を読むのが日課である。
それに特に今日はいつもより盛り上がっている。いったんここの野営地で、しばらく暮らしてバッシュさんとやらの連絡を待つことにしたらしいのだ。
どうやら親分はここら辺だとお尋ね者で、街には降りれないらしい。だから来て貰うようにするんだとか。一体何をやらかしたんだい、アレク親分。
しかし確かにあの顔で街に降りられたら、困るだろう。あの顔だもの、何もしてなくてもきっと通報されてしまうにちがいない。
なので、明日になれば筋肉男のガイ、頭のよさそうなルーディルと村人山賊の一人ポルンが街に下りて、バッシュさんと連絡を取るみたい。だから今日は3人の送迎会をかねての宴なのだ。料理とかいつもどおりだけども。
ちなみに私含む残りの人は野営地でお留守番。私的にはもう馬の旅がしばらくないと聞いて安心した。私の柔らかい太ももはもう限界。
*
バッシュさんを呼びに3人が山を降りて行ってからは馬での移動もなく、私的には穏やかな生活が送れていた。
アレク親分達が狩をして、私とコウさんで山菜を採りにいったり、洗濯したり諸々のことを行なう。
今日もコウさんと山菜採り。
いつもみたいに薬草の効能とか使い方とかを聞きながらの作業。
それにしても、いつも不思議だったんけれども、この山賊さんは一体何者なのだろう。
最初にいたあの山賊村出身と言う感じでもないし、でもだからと言って、ずっと山でたくましく生きてきた野生児と言う感じでもない。
猿顔のクワマルさんと頭のよさそうなルーディルさんなんかは算術が出来るし、ここら辺の地理についても頭に入っているみたいで、色々なことにすごく詳しかった。
それにコウさんのもつ治療学の知識はすごい。普通に過ごしていたら得られないものだと思う。
きっと彼らはどこかで学んだんだ。でも、確かこの世界では、学べるところは一つしかない。王立の学校ただひとつ。でも、その学校に入るためには貴族でないとだめだったはず……。
「どうしたの? リョウちゃん ボーっとしてるけど、疲れちゃったぁ?」
くねり、と動いたコウさんが目の前にいた。
「す、すみません。ちょっと考え事をしていて。あの……皆さんは一体何者なのだろうと、思って」
「あら? あたしたちに興味があるの?」
「興味というか、皆さん色々な技能をお持ちだから、どこで学んだんだろうと」
「むふふ。うれしいわ。あなたからあたしたちのことについて質問してくれるなんてー」
オネエ山賊は本当に嬉しそうに、グーにした右手を口元にもってきてクネクネと笑っている。
「あたしたちって、今は山賊になってるけれど昔は貴族のお坊ちゃん、お嬢ちゃんだったのよ。信じられないでしょぉ?」
「では、やっぱり王立の学校に通っていたんですね」
やっぱりそうだったんだ! やはり私は、見た目は子ども、頭脳は大人の名探偵。でも、お貴族様が山賊にお成りになるなんて、一体何があったんだろう。
「そうそう。よくわかったわねー。あたし達は学校で出会ったのよ。私は治療科で、クワマルとルーディルが商人科、ガイとアレクは騎士科って感じで学んでることは違ったけれど仲良しさんだったの。ちなみに今から会おうとしてるバッシュは商人科。もう一人私の弟も一緒に仲良くしてたんだけど、弟とは疎遠になっちゃってねー、最近は会ってないわね」
弟さんの話をするときは少し顔を曇らせていたけれども、その他学校での出来事を楽しく語って聞かせてくれた。
クワマルさんが最初は騎士科にいたけれど練習がきついから商人科に移ったこと。コウさんが、当時はオネエじゃなくて普通に男っぽくしていて、結構女子に人気があったけれど、そのときからずっとアレク親分が好きだったこと。
「色々あって、山賊になっちゃったのよねー。でもいいの。あたし愛に生きるって決めてるから。ずっとアレクについて回るわよ」
完全に肉食動物の獲物を狩る目をするオネエさん。
しかし、私の見た感じ、アレク親分にその気はなさそうだけれども……。報われない恋にほろり。
それにしてもやはりここでも親分人気。あの顔がこの世界ではイケメンなの?
というか、コウさんの恋話ではなく、どちらかと言うと色々あって、山賊になったというところの『色々』が気になる。
そして、それよりも、ところどころ出てくるバッシュさん。私の卸先の情報が知りたい。
「バッシュさんは今は何をされてらっしゃる方なんですか?」
「ああ、バッシュはね、このルビーフォルン領の領主よ。ルビーフォルン伯爵なの」
領主、伯爵ってことはつまり、また貴族? 小間使いになっちゃう?
小間使いとしては既に私、キャリア積んでますからねぇ、なるほどなるほど、いいんじゃないでしょうか。
「ちなみに、バッシュさんは変態ではないですよね? 幼児趣味もありませんよね?」
「? 変態じゃないと思うわ。魔法使いの奥様娶ったし、子どももいるし」
私は心の中で盛大にガッツポーズを決める。
再就職先は思ってたよりもいいのではなかろうか。いやでも、油断は禁物だ。その子どもが手の付けられないクソガキと言う可能性もある。
でも、クソガキの生息状況は分からないけれど、ちょっと売られる先のことが分かってホッとした。
「そういえば、コウお母さんは色々あって、山賊になったと言ってましたけれど、どうして山賊になったのですか?」
今まで、基本ニコニコしていたけれど、少し表情が硬くなった。あんまり聞いちゃいけない質問だったみたいだ。
すみません、卸先が分かって調子に乗りましたすみません。
「山賊になった色々の理由は、あたしの口からは言えないわ。……あたし達の考えを押し付けたくないのよ。それより、いつの間にか川辺の近くまで来ちゃったわね。そろそろ戻りましょう。」
あんまり話したくない雰囲気をぷんぷんさせつつコウさんは、テントのほうに戻っていく。
慌てて後ろについていくけれども、あの話の逸らし方がすごく気になる。









