小間使い編⑲-突然の襲撃-
「お前が主人か?」
クロードさんの目の前に剣を突きつけたまま、山賊スキンヘッド男は、悪そうなイメージ通りのドスのきいた声でクロードさんに問いかける。
「・・・・・・そうだ。積んでいるものは全て渡す。命だけは助けて欲しい」
顔は青ざめてはいたが、思いのほかにはっきりとした口調でクロードさんがそう答えると、山賊スキンヘッドは、大きくうなづいた。
「よし、分かった。・・・・・・じゃあ馬車から降りろ」
剣をクロードさんの目の前にあてがったまま、私達が降りるのを待つと、前方に顔を向けてスキンヘッドらしいドスの聞いた大声を出した。
「おい! クワマル! こいつらに縄かけて拘束しとけ!」
へーいといって、サルみたいなヒョロっとした男が、顔を上げた。その近くには、すでにこちらがつれてきた護衛2名が両足・両手を縄で縛られている。
護衛2人は、ぐったりとはしているが、生きているようで苦しそうなうめき声が聞こえた。
サル顔のクワマルと呼ばわれた男は、私と、クロードさんと、御者さんも同じように、両手、両足を細い縄みたいなもので縛って、道の脇に放り出した。
ただ、私達が変なことをしないためなんだろう、クロードさんのほうに短剣をちらつかせて逆らわないようにしていた。
その間に、山賊たちは荷車に積んだ品物をその山賊たちが乗ってきたであろう馬に積んでいる。
そこまでただぼーっと見守って、私はやっと正気を取り戻した。
前世でもこんなびっくりすることはなかった。山賊が現れてから今まで驚きすぎて頭真っ白だった。
山賊こわ! 何あのスキンヘッド! 腰巻と、なんか毛皮のベストみたいなのを羽織っていかにもな山賊スタイル。筋肉とかやばいんですけど!
メイド服の下にはお守り代わりにアランの短剣を忍ばせているけれども、私一人で短剣もってギャースと暴れたところで、もうだめそう。あの筋肉は貫けまい。スキンヘッドだし。
ビビッてる私とは違って、クロードさんのほうをちらりと見てみると、そんなに焦ってない。
そういえば出発するとき、山賊にあったら積荷をわたしちゃえばいいし、とか言っていた気がする。クロードさん的には、まあ、しょうがないよね的な出来事なのかもしれない。さすがに図太い。
ということは、この荷積み作業が終われば開放してくれるのかな? 私的には、山賊って問答無用で殺しにかかるイメージなんだけど。
「思ったよりしけてるな」
一通り積荷の移動が終わると、スキンヘッドがそうつぶやいた。
もともと、クロードさんは、万が一山賊にあっても品物あげちゃえばいいし、といってるぐらいだから、本当に積んでたものは、たいしたことないものばかりなんだろう。
「まあ、いいか。しかたねぇ。ずらかるぞ」
スキンヘッドは、やれやれみたいな様子で、乗ってきた馬の積荷を確認し、何か他のものも載せるつもりなのか、荷物を固定する紐を新しく取り出していた。
スキンヘッドの声にあわせて、やってきた山賊たちがそれぞれ荷物を持って、去っていく。馬に乗る人もいたが、馬に乗らずに徒歩で帰る人達もいるみたいだった。ちなみに、馬車を牽引していた矢の刺さったお馬さんは連れて行くみたいで、山賊に引っ張られている。おぼつかない足取りが痛々しい。
お馬さんには申し訳ないけれども、よかった。マジで私達の命は助けてくれるんだー。よかったー!
そしてあの恐ろしいスキンヘッドも帰り支度。
よいしょっと荷物のように私を腹の脇に抱えて去ろうとした。
え?
「ちょっと! 何で私を抱えてるんですか!」
思わず口を出してしまった私を、ああん? という感じでスキンヘッドがにらんだ。
やだ怖い!
「そうだぞ! 命は助けてくれる約束じゃないか。その子を置いていきなさい」
基本的に終始落ち着いていたクロードさんが慌て始める。
クロードさん的にも予想外だったらしい。
「子どもは売れる。こいつは戦利品だ。それにこの格好はどうせ使用人だろ? いいじゃねぇか」
当然だろ? という顔をして山賊がクロードさんに問い返す。
「その子はただの使用人じゃない! 私の妻になるんだ!」
クロードさんの大暴投で、その場の空気が固まった。
明らかに、スキンヘッドが、うわぁこいつやべぇなロリコンかよ、という目線でクロードさんを見てから、私に心なしか憐憫のまなざしを向ける
「安心しろ、変態。こいつは商品だから殺すつもりもないし、渡り渡ってお前みたいな変態のところに行くだけだ。こいつにとっちゃ何も変わらん」
確かに。
私は妙に納得しそうになるが、しかし、これから待ち受ける変態がクロードさん以上の変態かもしれない可能性がある。
「私は変態ではない! その子は返してくゴファ」
クロードさんが腹を蹴られた。
「おい、うるせぇよ。命があるんだからそれでいいだろ」
そういって、スキンヘッドは私を馬の背に乗せて荷物のように紐で固定し、そのまま自分も馬に乗ろうとしていたが、クロードさんが芋虫のようにこっちに這ってきていた。
「しつけぇな」そうつぶやいて、スキンヘッドがいかにも殺しそうな雰囲気をかもしだしてきた。
や、やばい。
「クロード様、私は大丈夫ですから!」
しかし、クロードさんは止まらない。
この人こんなにガッツのあるタイプでしたっけ!?
このままじゃ、クロードさんがスキンヘッドに殺される!
「山賊さん、早く出発してください! 彼らをこれ以上傷つけたら舌を噛み切って死にます!」
私が死んだら、商品価値がなくなるはずだ。舌を噛み切る度胸は正直ないが、言うだけ言っとけばそれなりに効果はあるはず、たぶん。
ここは俺に任せておまえはいけ! という死亡フラグ的な台詞を吐いた私をスキンヘッドがギロっとにらんでから、視線をクロードさんに戻した。
「フン、よく躾けてるじゃねえか。優秀なお前のお嫁さんに免じて見逃してやるよ」
そういって、山賊は馬に乗って駆け出した。
馬の上で積荷のように、横に寝かせられたまま、どうにか体勢を整えてクロードさんのほうを見ると、既にどんな顔をしているかまでは見えないが、顔を上げて呆然とした様子なのは見て取れた。
まさか、山賊に攫われるなんて事が起こるとは・・・・・・。
呆然とした様子のクロードさんにはなんだか申し訳なかったが、護衛も含めみんな無事そうなので、それだけはよかった。 この世界の山賊は問答無用で殺したりしないんだね。といっても前世の世界の山賊事情もよく分からないけれど。
クロードさん達は縛られているけれども、細い縄だから、近くにあるもので削っていけば切れそうな感じだし、クロードさんなら何とかするだろう。
問題は私だな。うん。このまま山賊に攫われ、また売られて、めぐりめぐって新たな変態と暮らすことになるのだろうか・・・・・・。
山賊の馬の背に揺られながら、以前、アランやカイン坊ちゃまが私に言ってくれた〝自分を大切にしてほしい″という言葉がふと思い浮かんだ。
今回の出来事も、自分を大切にしていないという部類に入ってしまうんだろうか。どうしようもない出来事だとはわかってるけれど、なんだか二人に申し訳ないことをしてしまったような気がした。