女神編⑦ さよなら
【お知らせ】
本日、転生少女の履歴書12巻の発売日なりました!!(感涙)
そしてウェブ版の転生少女の履歴書は、今回のお話を含め、あと残り三話です!
残り…三話…!!(涙ぶわ
本当にいつも応援ありがとうございます!
そして、昨日も更新してるし、最近頻繁に更新してるので、最新話から読むと前の話を読み飛ばしている可能性があります!お気をつけてくださいませ!
風で髪がなびく。
潮を含んだ風は、どこかべたりとしていて生ぬるい。
耳を澄ませばさざ波が聞こえる。
目の前には白い帆をひらめかせた帆船があった。
「リョウちゃん、大きくなったわね」
背中に涙にぬれた声がかかる。
振り返ると、瞳を潤ませて笑みを作るコウお母さんがいた。
「コウお母さん……」
「出会ったころは、こんなだったのに。いつの間にかこんなに素敵な女の子になってた」
そう言ってコウお母さんは、多分こんなに小さかったのよ! と言いたいのだろうけれど、自分の膝のあたりに手をかざした。
流石にそこまで小さくなかったかもしれない。
まあ、でもコウお母さんが言いたいのはそう言うことじゃないのは分かってる。
私は、本当に、小さい頃からコウお母さんに助けられてきたんだから。
「……もし、私が素敵な女の子だとしたら、それはきっと、コウお母さんがいてくれたからですよ」
泣きそうになるのを堪えてどうにかそう言って微笑んだ。
まさか私が、自分からコウお母さんのもとを去ろうとする時が来るなんて思ってもみなかった。
何があってもずっと一緒にいて、しがみつくつもり満々だったのに。
「あーん、もう! リョウちゃん! 好き! というかなんでアレクはリョウちゃんの見送りに来ないのよ! アレクは、リョウちゃんが燃えてないってこと知ってるはずなのに!」
憤慨したようにコウお母さんは言うので、思わず苦笑いを浮かべる。
私は、炎に包まれて死んだ。
ことにしていたけれど、実際は炎に包まれて死んだふりをしただけだ。
断熱剤を服に大量に仕込み、舞台の下に仕掛けを作って炎が広がるタイミングで下から脱出していたのだ。
タゴサクさんが涙ながらに拾った灰は、適当に暖炉から拝借した灰である。
ウヨーリを永遠の女神にするために、一芝居打ったのだ。
さすがに、私、命大事だもの。
ウヨーリを永遠にするためだけに命は捨てられない。
それに、私にはやりたいことがあるのだから。
「アレク親分は見送りには来てくれませんでしたけど、私の決心は応援してくれてましたよ。私がやろうとしてることを言ったら『悪くねえな』とかかっこつけて言ってましたし」
「ああん! ニヒルに笑うアレク素敵!」
コウお母さんは、そう言って腰をくねらせた。
コウお母さんは、変わらない。ずっとアレク親分が好きだ。
途中、不穏な時もあったけれど、なんだかんだと元鞘に収まってる。
コウお母さんの愛って、本当に大きくて暖かい。
親分もそのうちコウお母さんの愛にほだされるはず。いや、もうほだされていてもおかしくない。
「それに、アタシもリョウちゃんの決めたことは大賛成よ。確かに、もう会えないのかもしれないと思うと寂しいけれどね」
そう言って、少しの寂しさを滲ませてコウお母さんが笑う。
「コウお母さん。ふふ、コウお母さんのおかげで、決めることができたんです。私もコウお母さんみたいに、人を愛せるようになりたいから」
「さすがアタシの子ね、そうこなくちゃ。いい人を見つけたら、絶対に手放しちゃだめよ」
「はい、地獄の果てまで追いかける、ですよね?」
「そう、その意気よ!」
コウお母さんはそう言うとバチッとウインクをした。
大丈夫だよ、お母さん。私はちゃんとコウお母さんの熱い気持ちを受け継いでます!
「ははは、なんだか懐かしいな。私も、兄さんに言われて、妻を城から連れ出した」 横からセキさんが苦く笑いながら口を挟む。
セキさんの亡くなった奥さんは、もともと王女。
駆け落ち同然で一緒になったと聞いていたが、なるほど、コウお母さんの後押しのおかげか。
「セキのあの時の行動力には、驚いたな。だがいい思い出だ」
そうしみじみ言ったのは、バッシュさんだ。
バッシュさんとグローリア奥様も、私を見送りに来てくれた。
「リョウさん、貴方がいないと寂しくなるわ。もし、隣の国の生活が嫌になったら、いつでも戻ってきていいのよ」
グローリア奥様が、心配そうにそう声をかけてくれるけど、私は笑顔を返した。
「そうですね。でも、一応この国では死んだことになっているので、しばらくは戻れないとは思いますけど」
「大丈夫よ! 変装とかすれば! ね!? だから……辛い時は気にせずもどってくるのよ!?」
ぎゅっと両手を握りしめて、本当に心配そうにそう言われて、私はちょっと照れて笑いながら頷いた。
そしてここに来てくれた人たちの顔を改めて見渡す。
コウお母さん、セキさん、バッシュさん、グローリアさん。
私が、一芝居打ったことを知ってるメンバーだ。
……たぶん、これからあまり会うこともなくなる。
なぜなら、私はこれから隣の国にいくのだから。
「リョウさん、もうこっちの準備は大丈夫よ!」
船の方から声がかかり、振り返ると風にスカートをはためかせたカテリーナ嬢がいた。
もちろん隣にはサロメ嬢がいる。
二人とも動きやすそうな服を着て、すでに船に乗っていた。
あの船は、これから私が乗る帆船
隣国に渡るためには船で行くしかない。
しかも隣国に渡るためには潮の流れに逆らって進まねばならないので、風魔法を使わないとたどり着けない。
そのため、今回は、隣国までカテリーナ嬢が送ってくれることになった。
私は準備できたと教えてくれたカテリーナ嬢に向かって軽く頷くと、再びコウお母さんたちと向かい合った。
とうとう、お別れの時間だ。
「皆さん、お見送りに来てくださって、ありがとうございます! 十年か、二十年か……ちょっとほとぼりが冷めた頃にでも、絶対また会いに来ますから!」
私は目いっぱい笑顔を作って、大きく手を振った。
コウお母さんやみんなの顔をみたら、やっぱり寂しくなって決意がにぶりそうなのを、断ち切るように。
◆
「カテリーナ様、まだ怒ってるんですか?」
「……別に」
いや、怒ってるじゃないか。
明らかに不機嫌そうな声を出すカテリーナ嬢に、私は困ったものだと眉根を寄せた。
今、隣国に渡るため、帆船に私とカテリーナ嬢とサロメ嬢の三人だけが乗っている。
舟に乗ってからどんどんカテリーナ嬢の機嫌は悪くなって、とうとう私と顔を合わせてもくれなくなってしまった。
「だいたい、あんな風に国に居づらくしなくてもよかったじゃない。アランだって、連れ戻せばいいだけよ」
カテリーナ嬢が、私に背中を向けたままツンケンとした言い方でそう言った。
カテリーナが怒っているのは、私が、一人で隣国に渡ろうとしてることだ。
別にそんなことしなくてもいいじゃないかと言いたいらしい。
「カテリーナ、リョウさんはリョウさんで考えてきめたことよ。とやかく言わない」
そんなカテリーナ嬢に、皆のお姉様サロメ嬢が軽くたしなめる。
さすが、皆のお姉様サロメ嬢……。
「だ、だってぇ……」
「それに、あのままリョウさんが女神のふりをするのはよくないわ」
サロメ嬢が不満そうに唇を尖らせたカテリーナ嬢に物申してくれて私は深く頷いた。
「確かに、女神のふりで騙されてくれるのも限界が来ますからね」
「ちがうそうじゃないわ。あのままだと、リョウさんはがんじがらめになって、何もできないもの。ウヨーリが死んで、これでやっと自由になれた」
「サロメさん……」
思ってもみなかったことを言われて目を見開いた。
「確かに、そうね……」
カテリーナ嬢も、サロメ嬢の言葉には納得したようで、少し声が柔らかくなる。
そして、やっと私のほうを見た。
「でも、やっぱり寂しいわ」
そう素直に口にするカテリーナ嬢が可愛い。思わず頬が緩んだ。
「カテリーナ様。私も寂しいですよ」
「寂しいなら、ずっといてくれればいいのに」
「……ウヨーリ聖国が、ウヨーリ亡き後も本当の意味で落ち着いたら、そのうち遊びに行きますよ」
「本当に……?」
「ちょっとお約束はできないですけど」
「もう! そこは約束してよ!」
ぷんぷん怒るカテリーナ嬢が、本当にかわいくて、そして同時に寂しくもなった。
隣国に渡ったらこんな風に気軽にお話もできなくなる。
でも、もう決めたから。
「ウヨーリ聖国のこと、よろしくお願いします。カテリーナ様がいるから、私は安心して旅立てるんですから」
「わかってるわよ……。ま、大船に乗ったつもりでいなさい。貴方がいなくなっても、大丈夫ってところ、見せてあげるから!」
「はい。楽しみにしてます」
私が笑顔で頷くと、ふとカテリーナ嬢が真面目な顔で私のことをまっすぐ見た。
「……離れていたって、私達はずっと友達よ。覚えていてね。貴方が辛い時や悲しい時は、絶対にあなたを助けるから」
そうカテリーナ嬢がいうや否や、また振り返って私に背を向けた。
その背中が眩しくて、思わず目を細めた。
最初に出会った時は、取り巻きがたくさんいて、気が強そうで、ツンケンしてて、いつも私のことを睨みつけていた女の子だった。
まさかこんな風に、心強い友人になるとは思いもしなかった。
「リョウさん、私もカテリーナと同じ気持ちよ。何かあったら、頼ってね。アランさんに振られて出戻ってきても、優しく迎えてあげるから」
そう言って、ちょっと意地悪そうにサロメ嬢が微笑んだ。
サロメ嬢は、カテリーナ嬢の取り巻きの一人で、でも、他の取り巻き達と違って、カテリーナ嬢のことをいつも心配そうに見ていた女の子だった。
度胸があって、同い年とは思えないくらい色っぽくて、暴走しがちなカテリーナ嬢を見守ってくれる。
こんな風に、長く付き合える友人になるとは、思いもしなかった。
学園時代のことが昨日のことのように浮かんだ。
カテリーナ嬢がいて、サロメ嬢がいて、シャルちゃんがいて。
女の子だけで市場にいって、買い物をしたこともある。
アランやリッツ君がいるとできない話を、夜中にこっそり部屋に集まって語り明かしたこともある。
同じ学園で、同じ寮で、同じ時をすごしたかけがえのない友人達。
ずっと、なんだかんだで一緒にいられるような気がしてたけど、シャルちゃんはカストール王国に残った。サロメ嬢とカテリーナ嬢はウヨーリ聖国に。
そして私は、アランを追って隣国へ。
別々の道を行く。
でも、今まで過ごした思い出は、記憶はちゃんと心の中にある。
私、二人の友人になれて、本当に良かった。
たぶん私は、きっと、波の音を聞くたびに、海を見るたびに、この時の二人のことを思い出す気がする。
切ない思いとともに。
【大事なことなのでお知らせ】
大事なことは何度でも伝えていくスタイル!
本日、書下ろしたっぷりの転生少女の履歴書12巻が、発売となります!
書下ろしたっぷりです!今までの既刊を読まずとも、その書下ろし部分の大体は楽しめる仕様になっております!
そしてweb版の転生少女の履歴書は、あと残りエピローグ二話分を残すのみ…!
寂しい…!寂しい…!どうぞよろしくお願いします!









