女神編④ 親分の気持ち
「親分! これじゃダメですよ! ちゃんとまとめてください!」
「わかってんだろ? 俺はこういうのは苦手なんだ」
苦手にも程があるよ!
「好き嫌い言ってる場合じゃないんですよ!」
だいたいね、そういうことするのが嫌なら、反乱とかやめてもらえる!?
もうね、君たちのせいだからね! こんなに大変なの!
君たちがヒャッハーしなかったらカスタール王国は、ゆっくりと変わっていく予定だったんだからね!
私はふんすふんすと鼻息を荒くして腕を組んだ。そしていやそうな顔をしている親分の顔を睨む。
だめ、親分得意の怖そうな顔をしたってもうビビらないぞ。
「んじゃ、俺の代わりに別のやつを騎士団長にすりゃあいい」
なんて無責任な!
私の怒りが伝わったのか、コウお母さんが渋い顔をした。
「なんだかんだ言って抜ける気ね? ダメよ、アレク。あんたにはやることがいっぱいあるのよ。あんたが起こした戦争の後片付けに、その後片付けを頑張ってるバッシュの補佐に、アタシとの温かな家庭作り」
「……最後のやつはいらねぇだろ」
「一番大事よーう!」
そう言って、コウお母さんはぷりぷり怒った。
そうだそうだ! 親分にはやることがたくさんある!
しかし親分は私とコウお母さんの猛抗議に屈さない。
「だが、実際、俺がいなくてもこの国は成り立つだろ? 今までは俺についてきた若い奴らも、最近はウヨーリがどうとかタゴサクがどうとか、そればっかりで俺の話なんてききやしねえし」
親分を慕って集まっていた人たちにもタゴサクの魔の手が……!?
い、いやだからって、親分が投げ出す理由にはならない、うん……。
親分が少々かわいそうではあるけれども。
「知ってるか? この前なんてよ、クワマルのやつも、ウヨーリのご神体とか言って木彫りの人形持ってんだぞ。それ持ってると金運があがるとか言ってよ……」
クワマルの兄貴ー!!!!!
クワマルの兄貴がタゴサクダークサイドに落ちてる!
でも、クワマルの兄貴は正直、乗せられやすいところはあったからな……。
「それに、ガイのやつも、タゴサクの取り巻きの言葉を信じて、タンポポ茶とかいうの飲み始めてるしな」
「タゴサクさんの取り巻きの言葉?」
「確か……『これを飲んだらウヨーリ様の力で筋肉がついて女性にモテました』とかいう謳い文句だったな」
ガ、ガイさーん……!
そんな雑誌の巻末に載ってそうな広告みたいなのにノセられて!
無口系大男のガイさんは、ほら、純粋だから……。
親分の口から語られる現在の神聖騎士団の現状に気が遠くなった。
思わずため息をついた私に、親分が「つまりよ……」と話を続ける。
なんだ、まだ何かあるの?
もう私の精神力は限界よ……。
「俺がいなくても、なんとかなるんだ。今までは確かに、俺が柱になってやってきた。だが、仲間たちは目的を果たしてそれぞれ違うところに目を向け始めてる。俺はよ、奴らにとって目的地に立つ旗みたいなもんだった。その目的地についたら、もう旗はいらねぇ。それぞれがそこで好きなようにするべきだ」
「親分……」
思わず息を呑んだ。
確かに、親分の言うことは正しいのかもしれない。
親分の報告書はマジで雑だった。
親分も、あまり騎士団のことを把握しきれてないのだと思う。
だけど、今のところ騎士団に問題行動を起こす人も見かけないし、ちゃんとまとまってるように見える。
つまり、親分がいなくてもやっていけてるってことなのだろう。
でもそれって……。
「親分が、自由になりたくてわざとそう仕向けてたりしませんか?」
胡乱な眼差しで親分を見ると、うっと言葉に詰まった親分が、誤魔化すように斜め上を見た。
目は口ほどにものを言うとはまさにこのこと!
「親分……もっともらしいことをいって騎士団長の任を離れたいだけですよね? もしかしてルービルさんを探しにいくつおつもりですか?」
私が苦々しい気持ちでそう問うと、親分はむっつりとした顔を私に向ける。
そして親分は、多分無意識に自分の脇腹を触った。
そこはヘンリーを刺そうとしたルービルさんを、親分が体を張って止めた時にできた傷がある。
「……あいつは、何をしでかすかわからねぇからな」
それは確かにそうだけど……。
親分の言葉に、ルービルさんがいなくなった時のことを思い出す。
半狂乱状態のルービルさんを親分が止めて、その後ヘンリーの起こした砂嵐の魔法で私達はバラバラになった。
そして砂嵐がおさまった時には、もうルービルさんの姿はなかったのだ。
あれから半年が経過した今となっても、彼がどこにいるのかわからない。
どこかへ行ってしまった。
今のところ手がかりもなくて、もしかしたら死んでる、のかもしれない……。
それを親分が見つけ出したいと思う気持ちはわかる。
けど……さすがに親分に急に抜けられるのは困る。
「新しい国がうまくやっていけるかどうか、今は大事な時です。親分は抜けても平気と言いますが、急に抜けられれば困る部分も必ずでてきます。正直、今はルービルさんを探すよりも優先させなくてはいけないことがたくさんあるんです」
私がそういうと、親分はポリポリ頭をかいた。
「奴と再会するのが、怖いのか? まだあいつにされたことを許せないか?」
親分にそう言われて、私は眉根を寄せた。
別に、怒ってるとか許せないとか、そういうわけじゃない。
……でも、確かにルービルさんに会うのは恐いけど。
だけど、それは親分が抜ける話とはまた別だ!
「話をすり替えないでください! 私はルービルさんのこととは別に、親分が勝手に出ていかれたら困るって話をしてるんです!」
「すりかえたわけじゃねえが、まあ、すりかえたようなもんか。だが、いい機会だから言っておくがな、お前を害そうとした奴はルービルだけじゃねえ。俺も目的のためにお前を利用しようとした。わかってんだろ?」
親分にそう言われて私は思わず口を噤んだ。
私を薬漬けにしようとしたのはルービルさんの独断だったけれど、ウヨーリ教を利用して私を内乱に巻き込んだことは、親分も承知の上だと聞いた。
正直、それについては少し、いやかなり傷ついたけれど、親分ならやりかねないからしょうがないなぁと思ってなんやかんや許してしまう私がいる。
我ながら馬鹿だと思うけれど、やっぱり親分は私にとって特別だから。
まあ、だからこそ、かなり傷ついたんですけどね!!
「知ってますし、私は親分のこと十分怒ってますよ! 許してないのでこれからガンガンこき使う予定なんです!」
素直に許してると言うのがなんだか悔しくてそう言うと、親分がにやりと笑う。
「ははあ、なるほど、そういう魂胆で俺を縛り付けるわけか。なら、しょうがねえな。しばらくはここにいてやるがよ。それにしても度量の狭い奴になったもんだ。周りの奴らが言うような聖女様とは程遠い」
と言ってさらにクククと笑う親分に、目くじらを立てた。
いやいやいやいや、結構私心広いよね!?
なんだかんだで親分罰してないんだからね!?
「だがよ、一つ言っておく。俺がさっき言ったように、俺がいなくてもきっとこの国はなんとかなる。そして、それはお前もそうだ。お前一人いなくなったとしても、それで急にダメになるとは決まってねぇ。むしろお前が消えてすぐ駄目になるような国なら、さっさとつぶしちまった方がいい」
まっすぐ、私の目を射抜くように親分はそういうと、ふっと表情を和らげた。
「だからよ、お前もしたいことがあるんなら、してもいいんだ。誰もお前を縛ってない。お前を縛ってるのは、お前自身だ」
その言葉にハッとして目を見開くと、親分は背を向けた。
話はもうこれで終わりだとでも言いたげに片手を上げて去っていった。
「ほーんと、アレクって素直じゃないわよね。こんな回りくどい言い方しかできないなんて。でもそこが好き」
コウお母さんの明るい声が耳に入る。
もしかして親分、私にレインフォレスト領に行きたいなら行けって言ってるのかな……。
『お前を縛ってるのは、お前自身だ』
確かに、そうかもしれない。
私があの時、アランに隣の国に逃げようと言われた時、別に誰にも行くななんて言われてない。
私が、私自身が、そうしなくてはいけないと思って、テンション王のもとに向かった。
後悔は、してない。してないけど。
いや、アランのことでくよくよ悩んでるのって後悔してるってことなのかな……。
私は親分が伝えようとしていたことを、何度も何度も反芻していた。