小間使い編⑱-出発の日-
クロードさんの仕事の引継ぎは順調で、思いのほかに早く終わった。
怪しい男が私を詮索しているということもあって、急ぎ目の引継ぎだったらしいけれど、結構前から、その謎男がめっきり現れなくなっていた。アレは一体何者だったのだろうか。
引継ぎも終わったので、私がとうとう屋敷を離れる日がやってきた。
まだ日も昇ってないような時間の出発。旅のメンバーは、クロードさん、スミスさんという御者さんに、あと何故か護衛ということで2名ほどの騎士がついてきてくれるみたい。
どうやら最近山賊が出るとか言う噂らしい。ほんとに山賊が出るなら護衛が2名居たところでどうにかなるものなのだろうか、と思っていたら、クロードさんが「最悪、取られて困るものもないから、品物をあげちゃえばいいし」と言う話だった。この世界の山賊というのは、結構ぬるい感じなんだろうか。クロードさんって本当に考え方が大胆。
出発するときは、アイリーンさんとカーディンさん、坊ちゃま二人に使用人代表でステラさんが見送りに来てくれた。
見送りに来てくれた皆さんにお別れの抱擁をする。アランは涙をこらえるので必死で、何もしゃべれていなかったが、カイン坊ちゃまがイケメンスマイルで、私にミサンガのような腕輪をくれた。自分で糸を紡いで編んだという至高の一品だった。アランが短剣をあげるとなった時に、自分も何か作ってあげようと思ったらしい。それにしても手作りミサンガとか、なんという女子力の高さ。
私は、皆さんにお世話になったお礼を改めて伝えて、出発した。
今は既に馬車に揺られてからずいぶん経過しているので、もうとっくに屋敷が見えないところまできていたけれど、私は布で包まれたメイドインアランの短剣をにぎにぎしたり、ミサンガをひっぱったりして、今までの小間使い生活に思いを馳せていた。
「やっぱり寂しいかい?」
そんな様子の私をみて、クロードさんが話しかけてきた。
「少し寂しいですけれど、でもまた会えますから」
私はそういいながら、少し今後のことが脳裏をよぎる。
そういえば私クロードさんの養女になるんだよね。でも、独身の男性で養女を迎えるっていうのは、どうなんだろう。奥さんをとるときに気まずい感じにならないだろうか。もしくは、継母にいじめられてシンデレラストーリーみたなことにならないだろうか。
「クロード様は私を養女として迎えるということでしたが、いつごろからそうなるんでしょうか?」
「いつでもいいけれど、早いほうがいいかな。屋敷に着いたら手続きをしようか」
結構、急ですね。思ったよりも、早い。いや、急ぎすぎじゃないのかね。万が一いい縁談が来たときに、不利にならなければいいんだけども。
それとも、もう奥さんを娶るのはあきらめているのかな。まだまだ若いし、イケメンだし、あきらめるのは早い気がする。
「はあ、わかりました。でも、本当にいいのですか? クロード様は独身と聞いてますが、結婚されるときに私がいると何かと面倒なのでは?」
「ああ、大丈夫。しばらくは結婚の予定がないし、リョウが結婚できる年齢になったら、私と結婚してもらうから」
何事もないように当然のようにクロードさんはそうおっしゃった。
え? 何この人なんて言ったの??
「すみません、風でよく聞こえなくて・・・・・・。確認ですが、クロード様は、その、私と、結婚を?」
「そうだよ」
え? 何? なんかおかしいこといった? 別にいいでしょ? みたいな顔をしているクロードさん。
冗談ではなく?
私は冗談ですよね? とクロードさんと視線を合わせてみたが、本気の顔をしていた。
マジか!
やだ、この人やっぱりロリコンだったね! 私のことをそういう目で見ていたのね! 変態!
「クロード様、やはりアイリーン様がおっしゃったように、初めての夜のお相手が熟女だったからその反動で、幼児趣味になってしまったんですね」
私はまるで汚いものを見るような目線でクロードさんをねめつけた。これにはさすがの図太いクロードさんもあせったようで、違う違うと胸の前で手を左右に振っている。
「幼児趣味ではないよ! これからの世の中では、君みたいな子が必要になるだろうし、どっかに行ってしまわないように、手元においておきたいというか・・・・・・それにほら、君との子どもなら頭のいい子が生まれそうだし!」
「子ども・・・・・・子作りのことを考えておいでなんですね!」
じとーっとクロードさんを見る。
「いや、君が子どものうちはもちろん手を出さないよ! 僕は幼児趣味ではないからね。ていうか、リョウ、君はあのときのアイリーンとの会話を理解していたのか・・・・・・6歳の子がいったいどういう経緯でそういう知識を付けるんだい?」
トホホという感じでクロードさんが、ため息を落とす。
そういった知識は主に、前世から。ちょうど思春期真っ盛りのときにこの世界に来たものでして。
「では、現在、ばりばりの幼児である私には発情していない、と受け取っていいんですか?」
「もちろんだよ! 僕に幼児趣味はない。やましい気持ちはないんだ。リョウの知識や技術が必要なんだよ」
改めてじとーっとねめつけるように、観察をする。
私は潔白だ! とでもいいたげにハンズアップして、私の審判をまつクロードさんがいる。
しかし、幼児のときに手を出さないとは言っているが、ゆくゆくは私に子どもを生ませようとしていることは確かだ。この変態!
うーん、でも待てよ。クロードさんは結構イケメンだし。裕福だし。あ、悪くない? 優良物件? ちょっと年の差はあるけれど・・・・・。
どちらかというと、私に惚れて惚れてというよりも、私に対する商品価値に惚れている感じだし。そういうほうが気楽でいいといえばいい。
よし、いったんはそういうことにして、いやになったら逃げ出そう。そうしよう。
「まあ、分かりました。ただ、結婚する前に私に発情したときは、容赦しませんから」
私がドスのきいた声でそう告げると、クロードさんはホッと息を吐いて、分かったと了承した。確か、この世界の結婚できる年齢は15歳だったはず。それまで猶予があるなら、色々考えられるはずだ。
私は、あからさまな動作で、座る位置を変えてクロードさんと距離を置く。
クロードさんがちょっと寂しそうな顔をしているが、気にしない。
それにしてもずいぶん離れてきたなー。山の中の道をズンズン進んでいる。最初こそ景色を楽しんでいたが、どこもかしこも木、木、木でもう飽きてしまった。
そういえばガリガリ村のときに、山にはマモノが出るといわれていたけれど、ここは出ないのかな?
―ヒヒーーン!
突然、大きな馬の鳴き声が聞こえたかと思うと、馬車が大きく揺れた。いきなり暴れだした馬を見てみると、なんと太ももあたりに矢が刺さっている!
そして、側面からズザザーという感じで、見るからにチンピラみたいな人達が現れた。
たぶんこれ、山賊だ!
私はあわてて頭を抱えて、うずくまる。その上にクロードさんも私を守るように、うずくまっている気配がした。
馬車の揺れは、馬が立ち往生している状態になり、収まったが、キン、キン、ガチャみたいな剣戟の音と、人の叫び声みたいな音がした。
恐る恐る目を開けてみてみると、護衛として一緒に来ていた騎士2名が、前に躍り出て、粗野な格好をしている体格のいい男達とやり合っている。その向うには、鍬とかをもった10人ぐらいの男たちが通せんぼをするように立ちはだかっていた。
御者のスミスさんが、小声で「引き返さないと」とつぶやいて、馬車の方向を変えようとしているが、いつの間にか、私達の前に、スキンヘッドのいかにも、山賊です! という感じの大男が馬車に乗りあがっていて、剣をクロードさんの目の前に突きつけていた。