虜囚編③ アランとリョウ(前編)
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ラジャラスに置いて行かれた。
けれどもそこで諦める私じゃない。
私は、強化の魔法を唱えて、まずは両手足を封じている鎖の根元を引きちぎった。
まだ、手首足首に鉄の鎖が巻かれてるけど、動ければそれでいい。
自由になった私は、よろよろと立ち上がって鉄扉に触れた。
冷たく、大きくて重い鉄の扉。
扉には格子がはめられた小窓があるけれど、人の顔を見るのがせいぜいという大きさだ。
この分厚い鉄をどうにかすることは難しそうだけど、やるしかない……。
私は魔法で力を強めて、精一杯の力で鉄の扉を叩いたり引いたりしてみた。
けれど、やっぱりびくともしなくて……。
「だめ……」
あの臆病な王が作ったという扉は物凄く頑丈だ。
どんなに力を入れてもうんともすんとも言わない。
今はゲスリーに閉じ込められた時に使った火薬の秘密道具もない。
私は、思わずその場にへたり込んだ。
足に巻き付いた鉄の鎖が、床に当たって音がなる。
そして、ズズズとまた地響きみたいな音が鳴った。
ラジャラスさんが、その地響きは戦場が近いからだと言っていた。
こんなに地響きが聞こえるような戦いが、行われてるってこと?
悔しさで唇をかんだ。
結局、戦争を止められなかった。
――ズズズズ、ズン
唐突に今まで以上の大きな地響きが起きて、盛大に地面が揺れる。
体勢が崩れて床に手をつく。
この揺れは……?
そう思ったところで、足音が聞こえてきた。
誰か来る。
ラジャラスさんが戻ってきたのだろうか?
私は扉の小窓を凝視して身構えていると、扉の前までやってきたのは……。
「アラン……?」
彼が手に持っていたランプの灯りで、アランの黄緑色の瞳が大きく揺れたのがよく見えた。
「リョウ!!!」
彼は私と目が合うとそう叫ぶように名を呼んだ。
突然のアランに戸惑う私を小窓から見下ろして、アランは顔をしかめた。
鎖を引きちぎったりした時にできた傷や、後は覚えのない傷とかが結構あって、痛そうだったのかもしれない。
「リョウ、大丈夫なのか?」
「な、なんで、ここに……?」
「探しにきたんだ! とりあえず、この扉開けるから!」
そう言ってアランは呪文を唱えて扉に触れた。
アランが唱えたのは解除の呪文だ。
いつもなら、この呪文を唱えたら、魔法で作られたものは大概すぐに崩れ去るのに今回ばかりはそうはいかないようで、アランの眉間にシワが寄る。
そういえば、この鉄扉は、テンション王が作った。
王族は特別力が強いという話はよく聞くし、王族の一人であるゲスリーの力を間近に見たこともある。
そして、解除の呪文は、自分よりも格段に強い魔法使いが作ったものは崩せない。
もしかしたら、この扉は、アランの力では壊せないのかもしれない。
そう思った時、ざああああっと砂が落ちるような音がして、目の前が開けた。
「扉が、崩れた……」
私はそう呟いて、アランを見上げた。
額に汗を浮かべたアランが、ホッとしたように息をつく。
よく見れば、アランの服装は少し汚れていた。いつもまっすぐ整えられている髪もすごく乱れている。
今の私の格好も相当やばいだろうけれど、アランも少しやつれていて……もしかしてずっと私のことを探してくれていたのだろうか……。
「リョウ、無事でよかった」
そう言って、今にも泣きだしそうに瞳を潤ませたアランが、手を差し出してくれた。
戸惑うような気持ちでその手を見る。
その手に自分の手を乗せることが、すぐにできなかった。
……だって、もしここで、私がアランの手をとったら、私はもう一人では立ち上がれなくなる。
そんな予感がした。
アランの手をとって、そのまま泣いて縋りついて、全部をアランに任せて。
何も考えたくない。辛いことも悲しいことも……。
「リョウ……?」
アランに名を呼ばれてハッとした。
私はごくりと唾を飲みこむ。
何を考えてんだ。私……。
私はゆっくりと、アランの手に自分の手を重ねた。
……落ち着け私。
私には、色々しなくちゃいけない事がある。確認することだって、あるんだ。
まだ、間に合う。私にできることはある。
私はアランに支えられている方の手にあまり力をかけず、意識して自分の力で起き上がった。
「ありがとう、アラン……」
私はそう言って、少し息を吐き出す。
大丈夫、いつもの私だ。
改めて口を開いた。
「……どうして、私がここにいると分かったんですか?」
「光や風の魔法を使って、出来る限り地上を探ったけれど見つけられなかったから、地中かもしれないってずっと土の魔法で探してた」
「そんな人探しできるような魔法が、魔術師の呪文にありましたっけ?」
精霊使いなら、光精霊魔法が使えるし、風で音も拾えるらしいから、できなくはないかもだけど、アランみたいな魔術師はそういう範囲の広い魔法は苦手はなず。
それに以前のアランは光魔術は使えないと言っていたし。
「必死になってやったらできた。リョウも言ってただろ? 精霊魔法使いにできることは魔術師にでもできる可能性があるって、それを思い出して……」
と、アランが話してる途中で、また 地響きが響く。
アランも私も警戒するように上を向いた。
「……ここは、戦場に近いんだ。早く出たほうがいい」
「もう戦争が始まったと聞きましたけど、本当なんですか?」
「ああ……。ルービルっていう人が、血のついたリョウの服を持って帰ってきたんだ。王国騎士に襲われて殺されたと言って……。それで、怒りで我を忘れた連合側の一部が、王国軍を襲って……小さな小競り合いで済んだが、王国側から宣戦布告が出た……止められなかった」
悔しそうに、アランがそう言った。
服が着替えられてると思ったけれど、そんな使い方をされるとは……。
ルービルさんはどうあっても、全面戦争をしたいらしい。
そして双方ともに大きな犠牲が出たところで、薬で腑抜けになったテンション王を使って、連合側の勝利で戦争を終わらせるつもりなのだろう。
今のところルービルさんの描いた未来図に沿っているのだろうけれど、彼は知らない。
王国側にはゲスリーがいる。彼がいる限り、そう簡単に連合側の勝利で終わると言いきれない。
ルービルさんが想定している以上の大きな犠牲が出る。
私は出口に向かって歩を進める。
まだ止められる。止められる可能性はある。
「待て、リョウ。どこに行くつもりだ?」
「どこって、話をつけてきます。まずは王国軍側。連合側は、私が生きていると分かれば収まりますし……こんな無駄な争いする必要なんかない!」
「話をつけるって、どうやって……」
「王は、私が生物魔法を使えるかもしれないことをヘンリーに聞いた可能性が高いです。生物魔法を餌に、取引が出来るかも。生物魔法の秘匿と引き換えにすれば」
今の薬漬けのテンション王は話にならないだろうけれど、それは解毒魔法を使えばどうにかなる。
そして生物魔法が使えることを証明して、後は……。
「生物魔法の秘匿って……」
アランはそう呟いて、目を見開いた。
そして顔を険しくさせる。
「生物魔法っていうのは、魔法使いを頂点とするこの国の在り方を覆すほどに危険なものだ……! それを秘匿? 取引ができたとして、それはつまりリョウが死ぬことなんじゃないのか!?」
察しのいいアランに思わず視線を逸らした。
秘匿にするために一番の方法は、秘密を知る人が、生物魔法を使える人が、死ぬこと。
それ以上の秘匿の仕方はない。
「分かってます!! でも、だからこそ、価値がある。私がやらなくちゃ……」
「俺は反対だ! そんなの、ダメに決まってる!」
速攻で反対されて、私は頭に血がのぼった。
「……じゃあ、だって、どうすればいいんですか!? どうやったら止められるんです!? アランは、王国側でしょ!? このままいけば、私達だって争わなくちゃいけなくなる!」
「争い合うつもりなんてない!」
「つもりがなくたって、否応無くそうなる!」
「なんで、周りの戦いに合わせて俺たちが争わなくちゃいけないんだ! 俺はこんなのに参加するつもりなんてない!」
「そんなことできっこない! だって、アランは、魔法使いで、次期レインフォレスト領の領主! 避けられるわけ……」
「逃げよう、リョウ」
怒りと焦りで冷静さを失っていた私の言葉を遮るように、アランが静かにそう言った。
アランの言葉に、私は目を見開いてアランを見る。
「……逃げる?」
「そうだ。逃げよう。遠く、誰も追ってこられないように……そうだ海を渡ろう。それで別の国に行くんだ」
しばらくアランの言っている意味が分からなくて言葉を失った。
でもどうにか理解して、恐る恐る口を開く。
「そんなこと、できるわけない……。だって、じゃあ、ここにいる人たちのことはどうするの?」
「そんなこと知るもんか。戦いたいなら、戦いたいやつらで勝手に戦っていればいいだろ。俺たちには関係ない」
「関係なくなんて……それに、アランだって、アイリーン様のことはどうするの? レインフォレスト領は……」
「母上は強い方だ。俺がいなくても問題ない。それに母上には父上も、クロード伯父様もいる」
「そんな……! で、でも、こんな事態になったのは、私のせいで!」
「こんなのがリョウのせいなわけないだろ! リョウが気に病む必要なんかないんだ!」
「そんなの……」
アランの言葉に戸惑うように私は一歩下がった。
するとアランが焦れたように私の手をとって、口を開いた。
そして口にした言葉が呪文だと分かったのは、一瞬遅れてからで、気づいた時には、手錠のように手首に石の輪っかが付いていた。
「アラン……!」
「俺は、本気だから。絶対にリョウを行かせたくない。俺は……リョウに生きていてほしい」
私よりも辛そうな声でそう言われて言葉に詰まった。
「お願いだ、リョウ。俺と一緒に逃げよう。海を越えて、新しい土地で、二人で、一緒に……。俺が、絶対に幸せにするから。不安なこと全部忘れさせてみせるから」
そう言って、私の手を握るアランの手に力が入る。
振りほどけないほどの力じゃない。
でも、私は振りほどけなくて、アランを見つめたままこれからのことを想像した。
アランの言う通り、新しい国で、新しい土地で、海を越えて……。
そんなこと、考えたこともなかった。
そうか、でも、海を越えれば……新しい土地と生活があるのかもしれない。
少なくとも、この国の近くには、魔の森で阻まれて海を使わないと行き交いのできない隣国がある。
隣国なのにほとんど国交もないらしいし、距離的にも移動するのは容易いような気がする。
逃げようと思えば逃げられるかもしれない。
どんな国だろう。噂によれば乾燥地帯だって聞いたことがあるけれど、どんな人たちがどんな風に生きて暮らしてるんだろう。
料理とかだって、こことは違うかもしれない。
隣にはアランがいて、二人で初めての料理を食べて美味しいねって言い合ったり、見たことない景色をみて綺麗だねって笑いあったりも、するのかもしれない。
そんな風に過ごせたら、どんなに……どんなに楽しいだろうか……。
アラン…お前ってやつは…!
後編は四月中に更新します。
前書きでもお知らせしましたが、再度改めて!
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