混迷編⑪ 王のお気に入り
明けましておめでとうございます!
本年もよろしくおねがいしますー!
ルービルさんは復讐のために動いてるという、コウお母さんの言葉が改めて過ぎる。
「アレク親分は……ルービルさんがしてることを、知ってるんですか?」
「……アレクはいずれ知る。そして最後には感謝することになる」
「本当にそうでしょうかね」
少なくとも私の知る親分は、誰かが親分のためだと言って勝手なことをするのを許すような人じゃない。
「ふ、全てうまくいけば、頑ななアレクも分かる。それに……アレクはリョウに情を持ってる。あのままリョウの提案に乗っていたら、国のためにならない」
ルービルさんの言葉にラジャラスさんは不機嫌そうな顔を私に向けた。
なぜか少しだけ嫉妬をにじませたような目だった。
「情? こんな使えないガキにですか? ヘンリーと姿をくらましてくれた時は、少しは使えるやつだと思いましたが……馬鹿みたいに戻ってきた。しかもヘンリーを仕留めてもいないで。こんなやつに情をかけるアレクさんの気がしれない」
「そういうな。それでも彼女のおかげでこちらの有利に動けたのは事実」
二人は私を置いてそう会話をした。やはりラジャラスさんは前々から通じていたらしい。
「……私をどうするつもりですか? 殺すつもりですか?」
私がルービルさんにそう尋ねると、彼は首を横に振った。
「殺しはしないさ。君にはまだ利用価値がある。この戦争が終わった後で」
「この戦争が終わったあとのことなんて、考えてどうするつもりですか? ヘンリー殿下の力は見たでしょう? あれに勝てるつもりでいるんですか?」
「もちろん。当然だ」
その自信のある口ぶりに、昼間に見せてもらった爆弾を思い出す。
「爆弾があるからですか?」
確かにあれの威力は凄かった。でも、それでも確実に対抗できるものではない。相手は、天変地異を起こせるのだから。
「いいや、違う」
そう答えた時に、後ろからゴソゴソと音がした。
誰かがくる? と思って身構えていると、虚な目をしてよだれを垂らし、無駄に派手な服をきた男の人が拙い足取りでこちらに向かってくるのが見えた。
あの人、どこかで見たことあるような……と思ったところで、その人が声を上げた。
「ラジャ、ラジャラシュ……!」
呂律がうまく回らないようで、辿々しい口調でラジャラスさんを呼ぶその声を聞いて、やっと誰だったかを思い出した。
顔がやつれにやつれてるけど、間違いない。
あれは……テンション王だ。
この国の王が、なんで……。
いや、確か、戦争地になりそうなこちらに向かってきてるんだったか……。
でも、こんな夜中に、こんな格好で?
改めてテンション王を見る。
豪華な裾の長い服を引きずるようにしてヨタヨタと歩く姿には威厳も何も感じられない。
頬は痩せこけて、目は虚……。
「ここに、ここにおったのか……ラジャラシュ、恐ろしい夢を見たのだ。怖い……怖い。あれをくれ、あれを……!」
地面に膝をついたテンション王がラジャラスさんにすがりつくようにしてそう懇願した。
「あ、ああ、あ、私にも、私にもください……!」
私を捕らえている騎士の一人もそう声を上げた。
私を抑える手が震えている。テンション王と同じように目が虚で……。
「陛下、少々お待ちを。ああ、犬のようにだらしなく涎を垂らしてはしたないですよ。慌てずに。すぐに天国にご案内しますから」
「おお、おおお、早く、早くくれ……」
そしてラジャラスさんは、小袋を取り出すとそこから白い粉を手に乗せる。
そしてそれをテンション王の鼻に近づけた。
私はこの光景を見て、何が起こっているのかを、やっと理解した。
「貴方は、なんてことを……!!」
私の怒りの声にラジャラスさんは全く反応せず、鼻から何かを吸い込み恍惚の表情を浮かべるテンション王に手を添える。
青白く荒れた肌。落ち窪んだ瞳。威厳も何もなくすがりつくその姿。
テンション王は……薬に侵されている。
この残酷な光景を当然のように見つめるルービルさんに私は視線を向けた。
「ルービルさん、貴方達はなんてことをしているのか、分かってるんですか!? あんなもので……薬物で人を陥れるなんて!」
私の怒りの声にルービルさんは鼻で笑った。
「しかしあの薬を作ったのは君だろう?」
ルービルさんに面白そうにそう言われて、心当たりのあった私は悔しさで唇を噛んだ。
私は一時期、グレイさんと一緒に、蒸留器を使っていくつか新薬を作った。
ルービルさんが言っているのはそのうちの一つ、睡眠薬のことを言ってるのだろう。
あの薬の中には、依存性の強い成分が含まれている。
前世の世界で言えば、麻薬のようなものだ。
その麻薬の麻酔的な成分を残し、依存性や副作用をほかの薬剤と混ぜ合わすことで中和して作ったのが、グレイさんと協力して開発した睡眠薬だ。
ごく少量で安全な睡眠薬になり、量によっては麻酔薬にも変わる。
……生物魔法は怪我を治す時ひどく痛い。
場合によってはショック死しそうなほどの痛みだ。
もし、生物魔法が普及した時に、魔法での治癒によるショック死のリスクを減らせるかもしれないと思って……睡眠薬を作ろうと思って、グレイさんに声をかけたのは、私だった。
「市販している睡眠薬の中に含まれる毒だけを抽出したということですか?」
「毒? どうだろう。使用者によると天国に行ける素晴らしい薬だそうだ」
そう言った。
ルービルさんが嘲笑うように人としての威厳も何もなくしたテンション王を見た。
「ルービルさんに、良心はないのですか……あんなの、悪魔の所業です……!」
「なんとでも言えばいい。私の良心は……ずいぶん前になくなった。大切な人とともに」
そう答えたルービルさんの目に迷いはなくて……。
昔のことを思い出した。
山賊時代、ルービルさんは何故か私の作った笛に興味を持って、よく一緒に練習をした。
特別優しかったわけではない。でも、だからといって冷たい人というわけでもなかった。なかった、はずだ。
でも実際のルービルさんはこんな憎しみを隠し持っていた。
私は、いつも気づかない。
その人がどんな気持ちでいるのかを……。
カイン様の時も……。
私は唇を噛みしめ、それでも口を開いた。
私は愚かだけど、でも、とめなくちゃ。
戦争を止めるために、ここまで来たのだから。
「……復讐のためというのなら、もう、これでいいじゃないですか! 貴方の復讐の相手は、あんな状態になってる! それなら、もう、いいじゃないですか……! わざわざ戦をさせる意味がわからない!」
「復讐? ああ、コウキにでも聞いたか……」
そう言ってルービルさんは、改めて惨めにラジャラスさんにすがりつくテンション王に視線を向ける。
「これぐらいでは足りない。まだ彼にはフィーナ以上の苦しみを味わわせないと気が済まないんだ。それに、私は、あの小物だけを憎んでいるわけじゃない。私は、フィーナを苦しめた全てに同じ苦しみを味わわせたい。王国にすがりつく奴ら、王国の味方をするもの、この国全てが、私の敵だ」
「そんな……! この国は変われる! 変わろうとしてるのに!」
私はそう吠えつく勢いで叫んだ。
するとルービルさんが、目線で後ろの人に何かを指示するように目線を動かすと、背後から腕が出てきて私の口を閉ざす。
また、甘い香り。
この香りは最近嗅いだ。ヘンリーに捕われた時だ。
意識が揺らぐ。
ヘンリーが嗅がせてきたものは、麻薬とまではいかないものの、私とグレイさんが共同して作った睡眠薬のそれをもっと凝縮した薬だった。
ヘンリーは、城内にこの薬が蔓延してることを知ってたのだろうか……?
奪われていく意識の中で、何故かそんなことを思った。
力が抜けていく。
顔を上げることもできなくなった時、
「この国は、変わらなくていい。変わらないまま滅びてくれるのが、私の望みだ」
迷いのないルービルさんの声が聞こえてきて……。
私はそのまま意識を手放した。