混迷編⑥ 親分との話し合い1
幹部達がいる天幕の中。私は親分とコウお母さんの間に座った。
そして、『友人としてここにいる権利はある!』と言ってカテリーナ嬢とサロメ嬢にアランも話し合いに加わることになり、この天幕には現在私、コウお母さん、バッシュさん、セキさん、カテリーナ嬢、サロメ嬢、アラン、ルーディルさん、アレク親分の計8名がいる。
タゴサク大先生も当然だが、こちらの陣営にいて幹部的な立ち位置らしいのだけど、基本的には外で信者達にウヨーリについてのありがたいお話をするのに忙しいらしく、あまりこういった会議には来ないらしい。
というか、親分が避けてるんだと思う。扱いづらいし。
私としても正直いなくて助かった。タゴサクさんに見つかったら、こんなに落ち着いて話し合いなんてできまい……。
「まず、ご心配をおかけしたこと本当にすみません」
「謝罪は、無事ならそれでいいんだ。だが、今までリョウ君はどこで、どうしていたんだ?」
私が頭を下げるとバッシュさんが心配そうにそう問いかけてくれた。
バッシュさん、少しやつれたように思う。
心配をかけさせてしまったのもそうだし気苦労も多かっただろうと思うと、ものすごく申し訳ない気持ちになった。
それでもこうやって、謝罪は不要だと言ってくれたバッシュ様の気遣いに甘えて、私は口を開いた。
「今までの経緯についてお話しします。まず、すべては殿下がご自身の近衛騎士を刺し殺そうとしたことに始まります。
私とその騎士は旧知の仲で、彼を助けるべく私は、王家の秘密に触れる行為を行いました。
そして、それをみた殿下に殺されかけたのですが、そこにいるアランに助けられました」
私はそう言って、アランに視線を移してから続けて口を開く。
「ただその時の衝撃なのか、殿下がまるで記憶が無くなったかのような振る舞いをし始めたんです。
そして私達は、彼の記憶の問題と私が王家の秘密を知ってるという問題をどうにかするために、山に入りました。その山の……神縄の向こう側に」
そこまで言うと周りがざわついた。
「リョウ君達だけでいったのか? 結界の外に?」
驚いたように言うセキさんには、責めるようなニュアンスがあった。
結界の外は未知の世界で、魔物がいる危険な場所であるだけでなく、禁忌の場所でもある。
セキさんの糾弾から、私を庇うようにアランが口を開いた。
「こちらには、殿下とその近衛騎士、それに、魔法使いである俺がいました。……危険は分かってましたが、ほんの少しだけと決めて、中に入ったんです」
アランは、あの時唯一結界の外に出ることを止めようとしてくれていた。
あの時気軽に中に入ろうとした私を、責めてもおかしくないのに……ありがとう。
「それよりも、まず、王家の秘密とはなんだ。なぜそれを知るために、山に入った?」
ルーディルさんが神経質そうな細い眉を歪めてそう言った。
「山に入った理由としては、私が王家の秘密を知るきっかけになった人物と、以前その山であったことがあるからです。だからその人を探しにいきました。そして王家の秘密については、今はまだ話せません。」
「話せない……?」
ルーディルさんが、目を細めて私を見る。
この期に及んで言えないとはどういうことやねん! という厳しい視線を感じる。
本当に久しぶりの再会だというのに、容赦がない。
「今はまだ、です。状況によっては話します。それはルーディルさん達次第です」
しばらくルーディルさんとの睨み合いだったが、それを意外にも親分が制した。
「そのことはまあ、後でいい。話を続けろ」
親分に促されて私は改めて口を開いた。
「私は殿下の置かれた状況をどうにかするために、王家の秘密について詳しく知る必要があると思って山に入り、結界の外に出ました。しかし、結局、自分たちが抱える問題をどうにか出来るような答えは得られなくて、そのまま戻ってきたんです」
そこまでいって、一拍おいてから口を開いた。
これから先の話は、未だに私も信じられないことで、なんだか緊張する。
「私たちの感覚から言えば、それは一日にも満たない時間でした。しかし、結界から出たら、半年が過ぎていました。そして今の現状を聞いて、ここに戻ってきたんです」
「半年!? そんなことって……あり得るの!?」
瞠目するカテリーナ嬢達。そしてコウお母さんも難しい顔で口を開いた。
「確かにリョウちゃんは、半年間身を隠していたとは思えないほど、いなくなる前の姿そのまま。おかしいとは思ってはいたけれど……でも、そんなこと……」
あり得るのかしらと、コウお母さんは訝しげな顔をする。
私だって信じられない気持ちなのだから、周りからしたらもっと信じられない事態に違いない。
ずっと静かに話を聞いていたバッシュさんが口を開いた。
「戻った時に、殿下も一緒だったということかな?」
「はい。一緒でした。一緒に、様子を見にきたんです。しかし、その時には、殿下は記憶を取り戻していたようで……。殿下は魔法を使って私達を分断すると、そのまま王国軍の方向へと向かって行きました」
「じゃあやっぱり、あの大地の亀裂は……殿下の魔法ということなの?」
「そうです。間違いなく殿下の魔法によるものです」
そう私が断言すると息を飲む音がした。
ここにいる全員、あの亀裂を見に行ったのかもしれない。ここからさほど距離はないから。
あのゲスリーが作った大地の亀裂はかなり巨大なものだった。
「あんなことが、一人の魔法使いの力で、しかも殿下は細かい魔法を得意とする魔術師だぞ……? それなのにあんな大規模なことを行うことが可能なのか……?」
同じ魔法使いとして、非魔法使いである私達より衝撃が強いらしく、セキさんが震えたような声でそう呟いた。
「信じられ無い気持ちもわかりますが、事実です。俺は、殿下が魔法を使う瞬間を目の前で見ました。簡単に地形を変えてしまわれた」
アランが静かに、殿下が途方もない魔法使いであるということを補足した。
この場の空気が一気に重くなったような気がする。
だって、つまり、それほどの脅威を持つ殿下が、敵側に戻ったということだ。
これからそんな相手に、戦争をしかけようという連合領側にとって絶望しかない。
だから私は挑むように親分をまっすぐ見た。
「親分、一旦、引いてもらえませんか? できれば、このまま延々と大人しくしてくれたら一番ですが……そこまではいいません。でも今は、とりあえず引いてください。親分達の戦に、勝ち目はありません」
私がそう断言すると、親分の目にさらに力が入る。
怖い。だって、親分は相変わらず顔が怖い。スキンヘッドだし、筋肉も半端ないし、目力すごいし……。
でも負けない。私だって守りたいものがある。
「……全く勝ち目がない訳じゃねぇ。対抗するための手段は用意してる」
「それは、マッチの粉から作ったもののことですか?」
私がそういうと、親分が目を細めた。
ここの天幕に来るまでに、火薬のにおいのようなものがした。それに、黒く焦げたような場所も。
おそらく親分達は、マッチの火薬から爆弾のようなものを作ることに成功している。
「ご名答。さすがは魔法のように爆発する粉を発明しただけはある」
親分の横で静かにしていたルーディルさんが、嫌みったらしくそう言った。
マッチを作る時に、爆弾のような使われ方をするかもしれないとは思っていた。
ただ、こんなに早く、私の知らぬところで作られるとは思わなかったけれど……。
「しかし、それがあるからと言ってなんだというのですか? そんなもので、あんな亀裂をいともたやすく作れる人達に敵うと、本気で思っているのですか?」
正直爆弾があるからと言って、魔法使いと言う万能の力を持つ人たちに敵うかといえばそうじゃない。最初は、未知の道具に驚いて隙をつけると思うけれど、最初だけ。
慣れてくれば、魔法使いの方が断然優勢だ。だって、爆弾自体は、魔法使いでも使えるのだから。
「俺たちの持っている札はそれだけじゃねぇさ。俺達の最大の有利は、数だ」
「数? まだこちらには、ルビーフォルン領とグエンナーシス領しか味方にいないのでは?」
「俺が言ってるのは領地の区分じゃねぇ。魔法使いか、そうじゃない奴の数の差だ。誰かが立ち上がれば、必ず後に続くものがいる。大勢の非魔法使いがな」
親分にそう言われてうっと、口を閉ざした。
確かに、潜在的に味方になり得る数の差では、親分側が圧倒的な有利で、そして数の差と言うのは馬鹿にならない。
個としてどんなに魔法使いが優秀だとしても。
本当に親分は、国を倒すつもりだ。今の制度を壊すつもりだ。
でも、そのためにどれほどの犠牲が出るか……。
ここで、何も言わずにいれば、私はきっと後悔する。
「……後に続く者? そうやってたくさんの人を巻き込んで、どれほどの犠牲が出たら親分達の望みが叶うんですか? 場合によっては、親分達と同じような意思を持つ者全てがこの戦で失われるかもしれないんですよ!?」
「犠牲は覚悟してる。それでも勝つためには誰かが立ち上がらなくちゃいけねぇ。誰も立ち上がらずにいたら、俺たちはずっと魔法使いの奴隷だ」
奴隷といった親分の言葉に、何故かジロウ兄さんの話が蘇る。
元は生物魔法を使える人が、奴隷として使うために創った人達がいたということ。そしてそれは今の魔法使い達……。
親分達に過去何があったのかは分からない。もしかしたら、ひどいめにあったことがあるのかもしれない。でも……。
言い淀む私に、アランが口を開いた。
「あなたの意見はよくわからない。俺は、魔法使いだ。だが、別に魔法の使えない者を奴隷だと思ったことはない」
沈黙するその場でアランがはっきりとそう言った。
まっすぐと親分の方を見るアラン。
親分も不機嫌そうにアランを見返したが、アランは怯まなかった。
「そうね。私は、非魔法使いだけど……今は別に魔法使いの奴隷だなんて思ってない」
そう肩を竦めながら答えたのはサロメ嬢だ。
「私もアランさんと同じ考えよ。非魔法使いを奴隷だなんて思ったことないわ。むしろ私の方がサロメに逆らえないっていうか……」
カテリーナ嬢が真面目な顔してそういうと、サロメがニヤッと笑った。
「やあね、カテリーナったら。そんなことないわよ」
「でも、サロメ、この前も私のこと丸め込もうとしたっていうか……!」
「バカね。私が可愛いカテリーナを丸め込むなんてこと、するわけないでしょう?」
「え!? かわ……!? そ、そ、そんなこと言ってまたからかうつもりね!?」
とか言って、カテリーナ嬢が顔を赤くさせてまんまと目の前でサロメ嬢に丸め込まれていた。
深刻な会議の場でいちゃつき始めた二人を親分が白けたような目で見ているが、でもその瞳に戸惑いのようなものが浮かぶのが見て取れた。
親分はまだ分かってない。いや、分かろうとしてないのかもしれない。少しずつ時代が、魔法使いと非魔法使いの関係が変わり始めていることに。









