混迷編② 二つの選択肢
「リョウはどうする?」
戸惑っている間にカイン様がそう尋ねてきた。
この中で非魔法使いとされてるのは、私とカイン様だけだ。
「アイリーン様……レインフォレスト領の動きはどうなっているか、分かりますか?」
私がそうたずねると、カイン様は首を横に振った。
「詳しいことはまだわからないが、殿下とリョウがいなくなったのはレインフォレスト領の滞在中だ。しかも一緒に私とアランも姿をくらましている。王国側にいるようだが、苦しい立場に立たされていると思う」
カイン様の言葉に、思わず眉根を寄せた。
アランも同じく苦々しい顔をしている。
レインフォレスト領が王国側なら魔法使いでもあるアランは王国側につくはずだ。
けど、私は……。
どちらかにつかなければならないというのなら、私はルビーフォルン側……反乱軍側だ。
だって、ここまで巻き込んでしまったのは……私なのだから。
でも……。
「私の世界は、いつも白黒の世界」
唐突にヘンリーがそう呟いた。
驚いてヘンリーの方をみれば、先ほどまで猿轡をされていたはずなのに、いつのまにか外されていた。
そして彼はそのままルビーフォルンとグエンナーシス領側の軍を指差した。
「あそこにいるのは、黒」
今度は反対側にいる王国側の高台にいる派手な恰好をした集団を指差す。
「向こうにいるのは、白」
なんの話をしているのだと私が戸惑っている間に彼は話し続ける。
「カインは黒で、アランは白。リョウは、私に黒いものを指して、黒じゃないという。白いものを指して白じゃないという。でも、私の目には、そうにしか見えない。黒か白か、どちらかにしか見えない」
「殿下、一体、何を……?」
私がそう尋ねると、ゲスリーはやっと私に視線を向けた。
「君は本当にひどい人だ」
そう言って、ゲスリーはどこか懐かしく思える笑顔を浮かべた。
胡散臭く見える、記憶をなくす前の、あの笑顔。
「君は残酷だから、隷属魔法なんて知らないというけれど、君はたしかに私に魔法を使ったんだ。そうじゃないと説明がつかない。君もそう思わないかい? ひよこちゃん」
彼はそう言って、呪文を唱え始めた。
一番に反応したのは、アランだった。
彼が何かを唱えようとするのを阻止するかのように、腰にさしていた剣をゲスリーに向ける。
だけど、その剣は、ゲスリーと同じ馬に乗っているカイン様によって阻まれた。
カイン様がゲスリーをかばうようにして振るった剣によって、アランの剣戟は弾かれる。
馬に乗っていたアランは、バランスを崩して距離が開く。
「……っ!? 何故ですか!? カイン兄様!」
「私は、王家に忠誠を誓った騎士だ」
「だが……!」
「きっとアランにはわからないのだろうな。私が騎士であることは、何も持たずに生まれた私が、自分の力だけで手に入れた唯一の『誇り』なんだ」
カイン様がそう話している間にゲスリーの呪文が唱え終わってしまった。
カイン様は、王国側につくことに決めたのかと、私がこんな時にそんなことを思っていると、地震が起こった。
地震というのも生ぬるいかもしれない。地面がものすごい勢いで動いている。
ゲスリーとカインが乗っている馬がせり上がったように見えたけれど、おそらく私とアランがいる方の地面が沈んでいるのだ。
慌てる馬をどうにかなだめ落ちないようにすがりつく。
その間にも、地面の落差は広がり、境界線を作るかのように、ゲスリーのいる側と私とアランのいる側の距離が開く。
地面の揺れが落ち着き、馬の体勢を整えなおした時には、ゲスリーと私達の間に亀裂ができて、亀裂の向こう側は5mほどせり上がるように地面が突き出した。
「ヘンリー殿下! カイン様!」
崖のようになった大地の上に立っているだろう2人の名を呼んだ。
でも返事はない。
ここから去っていく馬の蹄の音が聞こえるのみで……。
「リョウ! ここから離れよう。リョウがここにいることが気づかれる」
アランの焦ったような声を聞いて横を向けば、睨み合いをしていたルビーフォルンとグエンナーシス陣営が騒いでるような姿が見えた。
先ほどの亀裂発生で、こちらになにかがいることに気づいたのだろう。
遠いから、ここにいるのが私だとわかるわけはないと思うけど……ここまで確認しに来られたら言い逃れできない。
「……ひとまず離れましょう」
どうにかしてそれだけいうと、あまり力の入らない手で手綱を握り、馬を進めた。
でも、どこに行こうか。
そして、これからどうすればいい……。
回らない頭でこれからのことを必死に考えていた。
◆
私とアランは、ひとまず昨日カイン様やゲスリーと四人で泊まった元々親分が根城にしていた山の洞窟に身を隠した。
昨日とは言ったけれど、実際は半年以上の月日が経っている。
私とアランの感覚で昨日でも、中の様子は随分と変わっており、色々と物が散乱して荒らされているような状態だった。
おそらく私達を探すために誰かがここにきたのだろう。
壁に見慣れた筆致のメッセージが書かれた紙が貼ってあった。
『リョウちゃん
これを見たら、ルビーフォルンへ
アタシはそこにいる』
この字は、コウお母さんからだ……。
コウお母さん、こんなところまで私を探しにきてくれたんだ……。
「コーキさんは、ルビーフォルンにいるのか」
「そうみたい」
アランもコウお母さんからのメッセージだと気づいたらしい。
私はアランの言葉に力なく呟いた。
コウお母さんは、国側ではなくてルビーフォルンとグエンナーシス連合側にいるということだろうか。
となると、親分達と一緒にいるのかもしれない。
コウお母さんの立場だと、避けられない戦争なら連合側につくのが自然な流れだ。
そして、私も……。
私は戦争がしたくなかっただけで、特別、この王国のあり方や考え方を支持していたわけじゃない。
だから、もう起きてしまう戦争なら、私は……。
そこまで考えて、でも、結局答えを出し切れないでいた。
多分、未だに現実感がないのだ。
だって、あまりにも信じられないことばかりで……。
アランが、呆然とする私を促すようにして焚き火の前においた腰掛けに座らせてくれた。
いつのまにか焚き火で湯を沸かしていたらしく、お湯の入ったカップを手渡してくれる。
「アラン、ありがとう」
「ただのお湯だけど、温まるから。それと、リョウはもう休んだ方がいい」
「でも……」
「疲れてる時に考えることなんて、ろくなものがない。今日は色々あったけど、俺達には少し整理する時間が必要だと思う。もう日も暮れた。今は一度体を休めて、これからのことは明日考えよう」
アランのいうことは尤ものように思えた。
確かに休息は必要だ。
疲れからか、さっきからひどい頭痛がする。
1日馬を駆り、歩き通しだった足は鉛のように重い。
私はアランからもらった白湯を飲むと、冷え切った体が暖かくなってきた。
そして同時に睡魔も。
私はもう一口白湯を飲んで、カップを床に置くと、アランに声をかける気力もなく、そのまま毛布にくるまって座ったまま目を閉じた。
次、目を開けたら
いままでのことが夢だったらいいのにと、そう願いながら。