探究編① そしてルビーフォルンへ
ルビーフォルン領とレインフォレスト領の境の七割ほどは大きな山脈になっていて、それによって領地が綺麗に分けられている。
私達が向かっているのは、その山脈を越えた場所にあるルビーフォルン領のケスネス山だ。
以前ケスネス山の中腹で、ジロウ兄さんに会った。
そこで初めて『生物魔法』と言う単語を聞いた。生物魔法の一種かもしれない『隷属魔法』についても、ジロウ兄さんは何か知っているかもしれない。
……もし、知らなかったとしたら他に何か対策を取らなくてはいけないし、どちらにしろとにかく急がなくちゃいけない旅だ。
今私と一緒にルビーフォルンに向かっているのは、アランとカイン様とゲスリーの四人。
残してきた人たちにとっては、私達四人が突然失踪したという感じになっている。
そして中でも、私とゲスリーが謎の失踪をしてると言う状態が続くのは危険だ。
そのうちやばいぐらいの大騒ぎになる。
収まりがつかなくなるまえに、戻ってこなくてはいけなくておそらくリミットは一週間ぐらい。
目指すケスネス山は、直線距離ならそれほど遠くはないのだけれど、間にある山脈には魔物がいて突っ切れない。
だからどうしてもこの領地を隔てる山脈を迂回しなくてはならない。
とはいえ、目指すケスネス山までは馬を走らせてれば三日でたどり着くはずで、リミットの一週間にはギリギリ間に合う計算だ。
まあ、それも、うまくジロウ兄さんに会えればだけど……。
最悪の事態を想像し、ちらりと横に視線を送る。
視線の先には現在の悩みの種であるゲスリー殿下。
ゲスリーは、手を縄で縛られ、口に縄をまかれて口がきけない状態になって、カイン様に支えられるようにして馬に乗っている。
呪文を封じるためだ。
最初怯えていた様子のゲスリーには、貴方はこの国の王子で、重い病気にかかってるからそれを治せる人に会いに行くんです、という内容のことを吹き込んだらあっさりと信じて私たちが拍子抜けするぐらい今では落ち着いていた。
カイン様の馬に乗せられているゲスリーは、色々不自由な状態だというのに、馬上の旅を楽しんでる雰囲気すらある。
何か言いたそうにしているタイミングで、猿轡を外すと、「見てみて、さっきね、リスがいたんだよ。小さくて可愛かったな」だったり、「あの木すごく大きいねぇ、両手で抱えられないぐらい太いよ!」だったり、「あの雲、りんごみたいな形だ」などの呑気な感想を述べてくる。
なんていうか、綺麗なゲスリーって感じで、ゲスなゲスリーに慣れてる私としては、逆に気味が悪いというかなんというか。
さっきなんか背中を支えているカイン様に向かって、「ずっと支えてくれてありがとう。でも大丈夫? 疲れない?」とか言ってカイン様を気遣いはじめた。
流石のカイン様もゲスリーの豹変に渋い顔をしている。
そんなゲスリーの呑気な声を聞きながら移動を続けて、もうすぐ日が暮れるというところで、予定していた野営地までついた。
この野営地は私が山賊時代に親分達との寝泊まりで使ったことがある洞窟だ。
ここで一晩みんなと泊まる。
入り口を隠すための植物を払いのけて、洞窟に入った。
懐かしい。コウお母さん達といた時と変わらない。
ちょっとした家具や調理器具はそのまま、多少蜘蛛の巣がかかっていたりしたけれど保存状態もそこまで悪くなくてまだまだ使えそうだ。
「ルビーフォルンにいた時、ここで暮らしたことがあるのか?」
物珍しそうに辺りを見渡していたアランがそう言った。
「ずっとというわけではありませんが、こちらを拠点としてしばらく過ごしてたことがあります」
とアランに簡単に説明すると、彼はそうかと頷いた。
私が親分達と暮らしてた事をはっきりと今まで伝えた事はないけれど、アランはその辺りのことを何となくわかってる気がする。
アランは妙にコウお母さんとも仲良いし、直接聞いているのかもしれない。
私からも直接話すべきだろうか……。
あっさりと頷いたアランにそんなことを思っていると、ムームーと何かを訴えるような声が聞こえてきた。
猿轡をしたゲスリーがぴょんぴょん跳ねながら何か言いたそうにしている。
また何か喋りたくなったらしい。
さっきからちょくちょく何か言いたそうにしては、「ほらみてあそこ! 花が咲いてるね! 綺麗だなぁ。リョウに似合うかも!」なんていうファンシーでポップなセリフを吐いてくるゲスリーさん。
何回聞いても、あのゲスリーさんの口からあんなファンシーでメルヘンなセリフが飛び出すことに慣れない。
私は、ぴょんぴょんウサギみたいに跳ねてるものすごく子供っぽいゲスリーの仕草に面食らいながらも、カイン様に目配せして猿轡を外してもらった。
すると、ゲスリーは満面の笑みを浮かべた。
「ここでお泊まりするの?」
と友達とのはじめての泊まり会みたいなテンションでウキウキした様子で尋ねてきた。
ここまでの移動中も思ったけれど、ゲスリーさんが呑気すぎる。
本当に小さな男の子みたいな反応をするのだ。
顔の造形がもともと良いことも相まって、ゲスリーなのに可愛いような気さえしてきて怖い。
ゲスリーを可愛いなんて思ったら、終わりだ!
もしかしたら、罠かもしれない。ハニートラップ的な奴!
私は冷静に自分に言い聞かせてから、気を取直して努めてすまし顔で頷いてみせた。
「……ええ、そのつもりです」
私がそう答えると、やっぱりゲスリーちゃんは無垢な笑顔を見せ、カイン様の方を伺うように見る。
「カインも一緒だよね? 楽しみだな。夜もずっとリョウとカインと一緒にいられるんだね!」
あざとくも笑顔振りまくゲスリーにアランが渋い顔をする。
「おい、俺もいるからな」
「アランも一緒かぁ……」
「なんでそんなに不満そうなんだよ……」
なんだか不満そうなゲスリーちゃんにアランが疲れたようにそういった。
最初こそ怯えてたゲスリーちゃんは、すっかり私達に気を許してる。
気を許すっていうか、何を思ったのかここにいる三人は記憶を失う前の自分の友達だと思ってるらしい。
猿ぐつわされて手も縛られてるっていう状況なのに、どうしてそう思えたのかは謎である。
「……とりあえず、野営の準備をしましょうか。私、焚き火に使えそうなものを取ってきます」
私がそう言うと、テーブルの埃を払っていたカイン様が顔を上げた。
「なら、私は水と何か食べれそうなものがないか探そう」
騎士科で学んだカイン様なら、野営にも慣れてるはずなので食料の調達もお手の物だろう。
私は頷いてカイン様と一緒にアジトの外に行こうとすると、
「お、俺も……」
と、アランが一瞬声を上げたが、ちらりと殿下を見てからため息を吐いた。
「いや、俺は殿下と一緒にいるよ」
ごめんアラン。
誰か一人はゲスリーを見張らないといけない。
本人もそれが分かったからこその先ほどの言葉だろう。なんだか悩ましい顔をしている。
現在幼児退行してるように見えるゲスリーちゃんだけど、油断はならないもの。
ゲスリーの近くは色々ストレスも溜まるだろうけど、頼りにしてます。
そうして、私とカイン様は一旦隠れ家の外に出ることになった。
そして外で黙々とよく燃えそうな枝なんかを拾い集める私の近くで付かず離れずカイン様も食料探しをしてくれている。
カイン様が持っている隠れ家から拝借した藁のカゴには、野草やキノコがすでに何個も盛られていた。
さすがカイン様だ。私も頑張らねばとしばらく私は枝集めに精を出してきたが、十分に集まったらしいカイン様がこちらにやってきた。
「リョウ、殿下は本当に記憶をなくしただけだと思うか?」
カイン様は地面を見下ろしながらそう言った。
私の方は見ておらず視線は合わない。私は枝を一つ拾い上げてから立ち上がってカイン様と向き合った。
「正直、私もよくわかりません。ただ、普段のヘンリー殿下のこと思うと、記憶を失っているのは本当のような気もしてます。でも、私は彼が何もかも忘れたふりをしているだけの可能性もあるとも、思ってます」
今のゲスリーの振る舞いを思うと、忘れたふりをしてる説は考えにくいことではあるけれど、でも、可能性がないとは言い切れない。
手首は縛っているがある程度の自由を与えているのも、彼がその隙に乗じて動きだしてボロをだすかもしれないとふんでいるからだ。
でも、今のところ彼に逃げたりなにかをしたりする気配はない。
「そうか。私もわからないが……。しかし、殿下は……あまりにも以前と違い過ぎる」
「そうですね……」
私は深く頷いた。
カイン様もあの無邪気なゲスリーが以前の彼と違いすぎて、戸惑っているらしい。
「それと、先ほどはその……すまなかった」
突然カイン様に謝られて、目を見開いた。
「……え?」
「魔法のことを隠さなくてはいけない事情があるのも、わかってはいたんだ。だけど、自分を抑えられなくて……」
「い、いえ、いいんです!」
まさか謝られるとは思ってなかったのでびっくりした。
正直私が無神経なのが悪いと思っていたし、それにさっきまでの移動中、基本的に私もアランもカイン様もどこかしらピリピリしてて会話らしい会話もないまま淡々と進んでいた。
ちょっとばかりビックリしてカイン様をみていると、ふと彼がどこか色っぽく微笑んだ。
「それに、唇のことも……」
唇……?
あ! そういえば私! カイン様とキスを……!!
「あ! いえ、その! それも大丈夫! です! その、気にしてないですから、カイン様もお気になさらず!」
私がそう言うとカイン様は私に視線を合わせて、悲しげに少し微笑んでから口を開いた。
「リョウは、気にならない? 私は、気にせずにはいられないよ。……今も」
カイン様はそう言って、先ほどとは比べ物にならないぐらいの色気をふんだんに含んだような瞳を私に向けた。
その甘い眼差しにくらりと腰が抜けてしまいそうになった私は慌てて視線を下げて、カイン様の魅惑の眼差しから逃れた。
危ない。なんてことだ。カイン様から色気という色気が溢れ出すぎてる。
私、こんな人とキスを!?
心臓がばくばくいってる。やばい。おさまれ心臓!
それにしても視線は下げたはいいものの、なにかカイン様に答えなければ。
さっきは気にしてないとは言ったけど、思い出したら正直めちゃくちゃ気になってきた。だって、キスだよ! キスってやつは特別だ!
キスなんかされたら大抵その日一日ぐらいはそれで頭がいっぱいになってしまうお年頃だもの。
ゲスリーにキスされた日でさえ一日中ずっとゲスゲスとゲスリーのことばかり考えてしまったというのに!
ここは素直に、いやめちゃくちゃ気にしてますって言えばいいの?
いやでも、それを言ったところで何になるかって言うと……あれ、何になるんだろう……?
色々と訳が分からなくなっていると、近くでカイン様が微かに笑うように息を吐いたのが聞こえてきた。
私が突然うつむき始めたことで呆れられた!?
と思ったところで、
「アラン、殿下、そちらにいらっしゃるんでしょう?」
と声を張り上げた。
アランと殿下?
顔を上げるとカイン様が左側を向いているので私も、そっちを見ると茂みをガサゴソと揺らしながら、アランとゲスリーが現れた。
頭に葉っぱをつけている。
どうやら茂みに隠れていたらしい。









