波乱の挨拶周り編⑰ 非魔法使いでも使える魔法
明けましておめでとうございますー!
今年もどうぞよろしくお願いいたします!
しばらくしてどうにか落ち着きを取り戻した私は、ヘンリーに隷属魔法、かもしれない呪文を試すことを決意した。
非道なことだとは分かってる。でも、やっぱり、どう考えても……今の事態をどうにかするためにはそれしかない。
「ほ、本当に魔法を使うのに血が必要なのか……?」
私が、親指の腹を少し切って血を出した時、アランがまるで自分の指を切ったみたいな痛そうな顔をしてそう言った。
「今までの経験上、他人に魔法をかける時は必ず必要だと思う」
私がそう答えてもアランは渋い顔をしてる。
心配性だ。これぐらいの傷なら別に大したことないのに。
私はアランのその優しさにちょっとほっこりして、そして気持ちを切り替えるように眠れるゲスリーの方へと目線を向ける。
穏やかな寝顔だ。
眠っている間はその儚げな見た目も相まって天使みたい。ずっとこのままでいてくれたらいいけれど、そうはうまくいかない。
彼が目を覚ましたら私を殺そうとするだろう。直接殺そうとはしなくても、私のことを国の敵として追い詰めることができる権力がある。
生物魔法を知ってる私をゲスリーはほうっておかない。
そして、国がゲスリーの名の下に私を敵として認定すれば、ルビーフォルンやウヨーリ教徒達はだまっていない。必ず戦争になる。
かといってこのままヘンリーを亡き者にしても戦争は免れない。
ヘンリーが死んだら、王国の力が一気に弱まる。今でこそヘンリーの力を目の当たりにして動きを止めた親分率いる剣聖の騎士団は、再び動き出すだろう。
それに、私のことをよく思っていない一部の貴族の動きによっては、私がヘンリーを殺したと訴えて追い詰めてくる可能性も考えられる。
そうなれば、やっぱりウヨーリ教徒は黙っていないから、戦争になってしまう。
今の状況を、奇跡みたいに好転させるためには、隷属魔法しかないのだ。
ヘンリーを支配下に置いて、私の思い通りに動くようにすれば……それで丸く収まる。
それがどんなに非道なことだとしても。
私は小さく息を吐き出して覚悟を決めた。
さっきいっぱい泣いたからか、思ったよりも落ち着いてる。
私は血の流れている親指をヘンリーの口の中に突っ込んだ。
そして、覚えている限りの呪文を唱える。
そして強く願う。
生物魔法は、したいことを具体的に想像、もしくは願わない限り発動しない。
だから、私は、彼を自分の支配下に置きたい、操りたいのだと、強く思って呪文を唱え続けた。
◇
呪文を全て唱え終わった私は、思わず眉根をよせた。そして自分の手を見つめる。
手応えがない。
効果がわかってない呪文は全部で18首ほどあった。
でもどれを唱えても、手応えのようなものがない。
それは今までにないことだった。
生物魔法を唱えると、体の周りにオーラのような光の粒子が見える。そして呪文の効果によってそのオーラは形を変えたりと流動する。
だから、魔法がうまくいった時には必ず、『成功した』と今まではわかったのだ。
でも、先ほど唱えた呪文の中で、成功したと感じたものはなかった。オーラの光は見えたが、それに動きはなかった。
残りの呪文の中に隷属魔法というものがあると思ってたけど、私の知らない他の呪文……和歌だったということ?
それともやり方がまずかった?
けれども何がダメなのか……それすらわからない。
もしかしたら隷属魔法なんてものは、もともとない可能性も……。
でも、それは困る。
だって、もう、全てを丸く収めるには、それに頼るしか他にすべはなくて……。
こんな時、救世の魔典があれば確かめることができたかもしれないのに……今はもう燃えてなくなってしまった。
ゲスリーなら何か知ってるだろうか? でも、ゲスリーに聞き出すことはできないし、他に生物魔法のことを知ってる人……。
そこまで考えて、とある人の顔が浮かんだ。
「ダメだったのか?」
控えめな声でアランが尋ねてきた。
私はなんとか頷いて、そして先ほど思いついたことを話すことにした。
「ダメだった。私が知ってる呪文ではないのかもしれない。もしかしたらやり方が違うのかも。……私には、何がダメなのかもわからない」
「リョウ……」
「けど、生物魔法について詳しく知ってるかもしれない人なら、一人だけ心当たりがある。私が使った魔法を見て、生物魔法だと教えてくれた人。その人なら、隷属魔法のことも知ってるかもしれない」
「その人はどこにいるんだ?」
「ルビーフォルンにいる」
私はそう言って、その方角の山に目を向けた。
そうだ。『生物魔法』といったのは、ジロウ兄さんだった。再会したジロウ兄さんは、不思議な雰囲気を伴っていた。
彼に会えば、詳しいことがわかるかもしれない。
「私、これから殿下を連れてルビーフォルンに行きます」
ゲスリーをこのまま放置はできないし、ちょっと大変だけどゲスリーは魔法で眠らせれば目的地まで行けなくはないはずだ。
「なら、俺も行く」
すぐそう答えてくれたアランに私は首を振った。
「だめ。アランは屋敷に戻って。カイン様のこともあるし……」
「いや、私のことは気にしなくていい」
突然、カイン様の声が割って入ってきた。
私とアランがはっとしてそちらに目を向けると、カイン様がゆっくりと体を起こしているところだった。
「カイン様、目が覚めたのですか?」
そう言いながら私とアランはカイン様の近くで寄った。
「ああ、少し前から意識はあった……」
そう言いながら、カイン様は、ゲスリーに刺されていたはずの部分に目を向ける。
そこは血で汚れてはいたけれど、もう傷自体は跡形もない。魔法で治したからだ。
「何か体調で気になるところはありますか?」
私がそう言って、カイン様の背中を支えようと手を差し伸べた時、結構強めの力でカイン様に手を握りこまれた。
そして彼の射抜くような鋭い視線と目が合う。
「これはリョウがやったのか?」
片方の手で腹のあたりを触り、カイン様はまっすぐ私を見てそう問いかけた。
その顔は険しくて、口調には私を責めるような色が見える。
一瞬、カイン様を巻き込みたくないという思いで、生物魔法のことを言わなくて済む方法を探したけれど、いいものが浮かばなかった。
それにカイン様の顔を見ればわかる。カイン様は私が生物魔法を使ったことを確信している。
私は今まで見たことがないカイン様に戸惑いつつも、頷いた。
「はい、私がしました。生物魔法と呼ばれるものらしいです」
「……リョウは、魔法使いだったのか?」
「魔法使いだったというか、非魔法使いだと言われてる私達でも使える魔法がこの世界にはある、ということだと思います」
私は正直に話すことにした。
このことを知るのは、コウお母さんにアズールさん。それとセキさんと言う精霊使いもなんとなく察してくれている。
みんなそれぞれ驚きつつも、受け止めてくれた。
「非魔法使いでも、使える、魔法……?」
震える唇でそう呆然と呟くカイン様が、私の手首を掴む力をさらに強まって、私は痛みで思わず顔をしかめた。
「カ、カイン様、痛い、です……」
そういうとカイン様はハッとしたような顔をして、力を緩めてくれた。
でも、手を離してはくれなかった。
「リョウは、非魔法使いでも使える魔法があると知っていたのに、それを隠していたのか? 非魔法使いがこの国でどんな扱いを受けているか知っているのに? 君は、それを隠してたというのか?」
カイン様がカイン様じゃないみたいな険しい顔でそう言った。
「そ、それは……」
喉の奥が乾いてうまく口が動かない。
だって、こんなカイン様を見るのは初めてで、すごく……怖い。
「カイン兄様、リョウが生物魔法のことを公にしていれば、リョウは国から命を狙われていたんです」
アランが私をかばうようにしてそう声をかけてくれて、カイン様はアランの方に視線を向けた。
信じられないことに、その瞳は憎しみがこもってるような鋭い眼差しだった。
「アランに私の気持ちはわからない! 私が魔法を使えないというだけで、どんな扱いを受け、どんな思いをしてきたか! 魔法使いだと言うだけで、周りから何不自由なく愛されてきたアランにわかるわけがない! 私が、どれほど……!」
そこまで言ってカイン様は、口を止めた。そして私の手首を掴んでいた手を離す。
それからカイン様は悔しそうに眉根を寄せて目を伏せると顔を手で覆った。
「どれほど私が、魔法使いになりたいと願っていたと思う? 小さい頃からずっと、ずっと……僕は……魔法使いになりたかった」
しぼり出すような声だった。少し震えてもいた。
カイン様が、自分のことを『僕』というのを聞いたのは久しぶりだった。
私がレインフォレストで小間使いをしていた頃、カイン様は自分のことを僕と言っていた。
でも、学園に入学して再会した頃には、もう自分のことを私と言っていた。
カイン様の素の姿をはじめて見た気がした。
カイン様は私よりもずっと大人だと思っていた。ずっとしっかりしている人だと思っていた。誰よりも気配りができて、優しくて、完璧なカイン様。
どうして私は、カイン様なら、今までの常識が覆るようなことを伝えても大丈夫だと思えたのだろう。
私とカイン様との年の差はたったの3歳だ。
前世の年齢を含めたら、私の方がずっと上で、それなのに私はどうしてカイン様のこと、私よりもずっと大人な人で、何があっても大丈夫で、完璧で強い人だと思えたんだろう。
そんなわけないじゃないか。カイン様だってまだ十代だ。
辛いこともあれば、悲しいこともあって、それらを全て受け入れていけるわけじゃない。
きっと背伸びをしていたんだ。必死に努力して、弱い自分を隠して無理してでも大人になろうとしていた。
カイン様は、私やアランが無理をしていたらすぐに気づいてくれる人なのに、私はカイン様が辛い思いをしていたことに、気づいてあげられなかった。