波乱の挨拶回り編⑯ 隷属魔法
「……大丈夫か? リョウ、震えてる」
心配そうなアランの声が聞こえてきて、私は慌てて顔をあげた。
「大丈夫。ちょっと驚いただけ。でもボーッとしてる場合じゃないね。隷属魔法の呪文をはっきりさせないと……隷属魔法を使えば、どうにでもなるんだから......」
努めて元気な声を出そうとしてるのに、どうしても声が震える。
「隷属魔法……」
アランの呟きに私は微かに頷いた。
「意識的に、使ったことはないからどういう魔法なのかは正確には分からないけど、でも、言葉の意味合いや殿下のあの時の文脈を考えると、多分、隷属魔法っていうのは、人を従わせる魔法なんだと思う。つまり、魔法で人を無理やり操れる魔法……」
自分で言いながらあまりにも恐ろしくて最後の方の言葉はかすれてしまった。
生物魔法とは、つまり、生きてるものを意のままに操ることができる魔法の類なのかもしれない。
生きているものの体を操れるから、怪我の治療ができて、体に溜まった毒を外にだすことも、力を無理やり上げることもできる。
そして、きっと、心も......。
「……呪文の文言は分かってるのか?」
「効果のわからない呪文をいくつか知ってる。その中のどれかが隷属魔法、だと思う」
「そんなの、ほとんどわからないのと一緒じゃないか。リョウが辛いなら、そんなのに頼らなくて」
「もう私には、それしか頼る方法がない……!」
アランの言葉を遮るように私はそう叫んだ。
「それにヘンリーは、私がすでに隷属魔法を使ったって言ってた。だから、私を殺せないと言って、力を弱めた」
私はそう言って、首元に自分の手を這わせた。まだ先ほどゲスリーの手の感触が残ってる。
ゲスリーはたしかにそう言った。
それが本当だとしたら、わたしはすでにその呪文を知っていて使ったことがあるということになる。
「殿下がリョウを殺せなかったのは……隷属魔法のせいじゃない。違う理由だ」
「違う理由って、なに? なんであのとき、殿下は、私を殺せなかったの?」
「それは……」
そう言ってアランは視線を逸らした。
「俺の口からは言いたくない」
そう言ってアランは口をつぐむ。
アランが何を思ってそう言ったのか、わからない。
でも、今の私にはヘンリーの言っていた隷属魔法だけが頼りなことは変わらない……。
「どちらにしろ……私は隷属魔法を見つけなくちゃいけない。この場を丸く収めるのはそれが一番だし……。アランはカイン様を連れて戻って。今から隷属魔法の呪文がどれか試すから」
そう言って私はゲスリーに視線を向けた。
今は何事もなかったかのように眠っている。
「リョウを置いていけるわけないだろ。俺も付き合う。俺もここにいるから、試せばいい」
「それは……」
アランの提案は有難いもののはずだ。
これから新しいことを試す中で不測の事態だって起こりうる。そばに誰かがいるのは心強い。
なのに私は嫌だと本能のようなもので思った。
私は多分、隷属魔法を使うところをアランに見られたくないんだ。
ひどいことをするという自覚があるし、それに私は自分自身を疑ってる。
私は使った覚えはない。でもゲスリーは、私が隷属魔法を使ったと言っていた。
嫌な考えから逃げるように私は口を開く。
「……でも、隷属魔法がどんなふうに効果を発揮するかわからないし、もしアランまで影響を受けたら……」
「リョウの魔法は、かけたい相手だけではなく、周辺にまで影響を及ぼす魔法なのか?」
「……ちがう、基本的に他人にかけるときは、私が自分の血と一緒に直接触れた相手だけのはず」
「なら、問題ない。魔法には必ずルールがある。そのルールをはずれることはないから、リョウが心配してることは起こりえない」
「……でも。もしかして……今までだって……」
さっきアランは、ゲスリーが私を殺せなかったことと隷属魔法は関係ないって言ったけど、どうしてそう言い切れるのか私はわからない。
もしかしたら私は無意識にその魔法を使っていたかもしれないじゃないか。
そしてもしそうなら魔法にかかったのはヘンリーだけじゃない可能性がある。
アランもコウお母さんも、シャルちゃんも、カイン様も、カテリーナ嬢もサロメ嬢も、リッツ君もバッシュ様も……今まで出会ったみんなの気持ちを私が魔法で歪ませていたとしたら?
みんなが私のことを友達とか仲間とか思ってくれるその気持ちが、私の魔法で無理やり作られた気持ちだとしたら……?
そうだよ。普通に考えたら、その方が納得いくほうが多い。
だって……。
だって、私は、本当の親にさえ愛されなかったんだから……。
ガリガリ村の親の顔がよぎった。今では思い出すこともほとんどなかった前世の頃のことも。
コウお母さんに出会って、友達と出会えて、愛してくれたと、もう大丈夫だと言い聞かせて、ずっと心の奥底に押し込んでいた、あのドロドロとした気持ちが溢れてくる。
もうないものだと思っていたのに。もうなくなったのだと思っていたのに……。
なくなったわけでない。ずっと、私の心の底に溜まってただけ。
目の前が真っ暗になったような気がした。
私は、やっっぱり誰にも愛されてなかったんだ。
誰かに愛されたいって願って、願いすぎて魔法という卑怯な手を借りていたんだ。
コウお母さんの優しさも、シャルちゃん達の笑顔も、アランの気持ちだって、全部私の身勝手な魔法で作られた偽物で……。
「リョウ……!!」
柔らかいものが私の頬を包んだ。
耳に入ってきた声を頼りに、闇にとらわれそうになっていた視界が開けてくる。
焦点を合わせると、私の顔に両手を添えて、心配そうに覗き見るアランがいた。
優しい手だと思った。その眼差しも、本気で私を心配してくれるのが伝わる。
でもこれも、もしかしたら、偽物で……。
「リョウ、聞いてくれ。リョウが考えているようなことはありえない。魔法はそこまで万能でもなければ、都合よく勝手に発動もしない」
「そんなの、わからない……!」
「わかる」
そう断言したアランに、私は自嘲的な笑みを浮かべた。
「……アランのその言葉だって、私がそう望んでるから言ってるだけかもしれない」
私のその言葉にアランは傷ついたように目をすがめた。
「リョウ、違う。これは俺の気持ちだ。俺の本心だ。誰かに強制されたものでもなければ、魔法で作られたものじゃない」
「けど……」
「リョウが俺にとって特別な理由を俺はちゃんと分かってる。そこに魔法の入り込む余地なんかない。俺は、全部覚えてるから。リョウと出会った時に、なんて生意気なんだと思ったことも。リョウが振り返った時の笑顔をみて、可愛いと思ったことも。リョウが山賊にさらわれたと聞いて、俺がどれほど嘆いたと思う? そして学園で再びリョウにあって、リョウと色々な初めてをしていく中で、どんどん惹かれていった。リョウと出会って感じたこと、思ったこと全部、俺は覚えてる。これは間違いなく俺の気持ちだ。俺がリョウに出会って感じた全てを勝手に魔法だと決めつけるのは、例えリョウでも許さない」
アランのまっすぐな言葉が胸に響いてきて、視界が滲んできた。
思わず瞼を閉じると目から涙が溢れる。
私はアランの手に自分の手を重ねて、顔を預けるようにして傾けた。
触れられたアランの手は、私が記憶しているアランの手よりも大きく感じた。
思ったよりもすこし固くて、とても温かい。
その温かさを肌で感じると、少しだけホッとしてきた。
この温かさは本物だ。アランの言葉だって……。
「大丈夫だ。いろいろなことが一気に起こりすぎて、混乱してるだけだ。大丈夫だから」
アランはそう言うと、笑顔を浮かべた。
いつも私を励ましてくれるような笑顔。
いつもの、安心できる笑顔。
アランの顔に重なって、コウお母さんやシャルちゃんやカテリーナ嬢達みんなの顔が過ぎる。
そこに嘘があっただろうか。
みんなが私にかけてくれた言葉に、嘘を感じたことが少しでもあっただろうか……。
私、バカだ。
さっきなんてことをアランに言ってしまったんだろう。
みんなの気持ちが嘘なんて、そんなことありえない。
それはみんなと一緒にいた私だからわかる。わかってたはずなのに。
本当に私、バカだ。
「アラン、ごめん……」
私は顔を寄せて、アランの胸に預けた。アランの鼓動の音が聞こえてきた。
少しだけ早く感じるアランの鼓動が、すごく心地よかった。









