小間使い編⑮-アイリーンさんのたくらみと今後の話ー
私はクロードさんに呼ばれて、客間に来たのだけれども、部屋にはアイリーンさんとクロードさんがピリピリしたムードで私を待ち構えていた。二人がにらめっこしている。
「申し訳ございません。遅れてしまったみたいです…・・・ね?」
夕食が終わったら来て、といわれていたので、結構急ぎ目にご飯を胃袋にいれて、競歩でここまで来たんだけれども、遅かったんだろうか。部屋の雰囲気が怖い。
「いや、早かったよ、リョウ。こちらにかけなさい」
さっきまで、ちょっと怒った顔をしていたが、私の顔を見て、いつもの柔和な顔になったクロードさんが、隣の席に座るように促した。私はお言葉に甘えて、隣に座らせてもらう。
「リョウ、何度も聞くが、本当に最近リョウを探しているという男に心あたりはないんだよね?」
ああ、またその話題か。
最近巷になぞの男が、私について、色々詮索しているらしく、近所に私のことを聞きまわっているという話だ。しかも顔を何故か麻袋をかぶって隠しているという謎男で、名前を聞いても、答えてくれないらしい。そして捕まえようとすると、ふわっと逃げてしまうらしい。
「ええ、私の知り合いではないと思います。そんな素性を隠すような人に心当たりはありません」
そう答えるとクロードさんは、そうか、とつぶやいて、下を向き、
「やっぱり他の領地の貴族か、王族かが、リョウを狙っているのかもしれない」
とボソッとこぼした。
ボソッといわないで! 怖い!
私を探している謎男は、最近でてきた道具の開発に私が口を出していることを知って、私について色々かぎまわっている他領の密偵という説が有力だった。
「まあ、お兄様、他の貴族はわかりますけれど、王族がそんなこっそり密偵みたいなものをよこすはずないでしょう?」
「いや、アイリーンはわからないのかもしれないが・・・・・・王族は恐ろしいよ。最悪リョウは消されるかもしれない・・・・・・」
ちょいと、消されるって・・・・・・そんなに危険な状態なのか、私は。そんな危険な不思議道具を出した覚えはないんですが・・・・・・。不穏すぎる。
「やだ、お兄様、言いすぎですよ。そんなことある訳ないじゃないですか。けれども、他の貴族が、最近道具を売り出している我が領地を詮索しにきている可能性はありえますわね」
「道具の発案者がリョウであることは隠していたはずなんだがね・・・・・・。しかし、どちらにしろ・・・・・・」
そういって、クロードさんは隣に座った私の肩を抱いて、キッとアイリーンさんに鋭い目を向けた。
「リョウは私のものだ、どこかに渡すつもりはない!」
クロードさんには珍しく、キリっとした顔を何故かアイリーンさんに向けている。さっきまで一瞬和らいでいた部屋のムードが、またピリピリし始めた。
「いいえ! リョウは私のものですわ! 先ほども私が買うと申し上げたじゃないですか!」
アイリーンさんが、キリッとしたクロードさんに応戦した。どうやら、商品(私)の売買取引について、私が部屋に来る前から二人でもめているようだった。
まったく、そういう話しは私を抜きにして進めないでほしいものですね。年収、福利厚生、仕事内容、勤務地、職場の環境・・・・・・全てをうかがった上で判断させてください! ていう決定権は私にはないみたい。
うーん、アイリーンさんとクロードさん、どっちがいいかしら。ていうか、仕事内容とか変わるの? どっちにしろ一緒じゃないの?
「いいや、売らない! リョウは手元に置く。彼女を買うときだって、もともと金貨1枚はしたんだぞ!」
クロードさんがさりげなく、買値を水増ししている。銀貨3枚だったはず。この人ホントしたたかだな。
「それなら私は金貨2枚出します!」
「だめだ売らない! この子は私の小間使いにする!」
「では白金貨ならどうしますか?」
「白金貨!? い、いやだめだ! いくらだしても売らないぞ!」
ちょっとクロードさんがふらついてきた。
「どうしてよ、お兄様! もともと私が気に入ったら売ってくれる約束でしたでしょ?」
「そうだったが、思いのほかに私が気に入ったから私の小間使いにすることにしたんだ。 だから、カーディン殿が戻ってきたら、リョウは私の商会につれていく!」
え? 今なんて?
「カーディン様というのは、確かアイリーン奥様の旦那様ですよね? 戻られるんですか?」
思わず二人のオークション競争に口を挟んだ。
「ええ、そうよ、リョウ。残念ながらお父様はそのまま王都にいるようですが、主人は、王都の仕事が少し一段落着きそうだからと、戻ってきます」
と、ちょっと嬉しそうにアイリーンさんがお話された。
カイン坊ちゃまとアランのお父さんが帰ってくるってことだよね。へー、いいことですなぁ。
でも、確か、クロードさんがもともとこの屋敷に居たのは、その主人が不在だからという理由だった気がする。
なるほど、だから商会に帰るのか。話によるとクロードさんの商会の本拠地は、それほど遠いところではないが、それでも移動に馬車を使わないといけないらしく、気軽に戻ったりは出来ないらしい。
もし、私がクロードさんの小間使いになるとしたら、ここを離れなきゃいけないのか・・・・・。ここの人ともうまくやれているし、仕事も慣れてきたし、出来れば職場変えたくないなー。アイリーンさんのところでこのまま働くほうが、いいかなー。
よし、アイリーンさんを応援しよう! 頑張れアイリーンさーん!
「アイリーン、どうしてそんなにリョウを手元に置きたがるんだい? アランだって、最近は癇癪もおさまってきているし、今は特にリョウにしてほしい仕事もないだろう? それに、今は怪しいやつがリョウを詮索してもいるし、私の商会のほうにこさせた方が安全だ」
「それはそうかもしれませんが・・・・・・。私、実はリョウにやってもらいたいことがあるんです」
そういうと、とたんにアイリーンさんがもじもじし始めた。
え、何だろう。今やっている仕事以外で何かあるんだろうか・・・・・・。新しい事業の立ち上げか。ブラックベンチャー企業は常に人不足。
「なんだい? それならそれが終わってから商会につれて帰るのでもいいんだよ?」
「でもこれは、今すぐ出来ませんの! 数年経たないとお願いできないことなのですわ!」
「数年後・・・・・・? 具体的に何をしてほしいんだい?」
するとアイリーンさんが一瞬私の目を見て、言ってもいいものかみたいな感じで、少し悩んだような顔をした後、はっきりとこういった。
「息子達に性教育を施してほしいのですわ!」
え?
今なんて?
性教育っていった? ・・・・・・いわゆるアレのこと? 性教育って保健体育的なこと? いや、聞き間違いかもしれない。そんな訳ないもの。
しかし、隣に居るクロードさんが慌て始めた。この焦りようをみるとやはり性教育(本番)のことのような気がする。
「な、何を言っているんだ、アイリーン! そういうのはご年配方の・・・・・・てだれの役目だろう!?」
そう! そうですよね! クロードさん! そういうものは、やはりベテランの誘いによるご指導が一番だと思います!
「だって、私の時、相手はあのゴーダじいさんだったのよ!? 男と違って女は性教育で本番まではしないけれど、初めて見せられて、さわったものはゴーダじいさんのものよ!? 私今でも悪夢で出てくるの! だから息子にはそんな思いさせたくない! アランもカインもリョウのことを気に入っているし、良いじゃない!」
「な、な、な、な、何を言っているんだ、アイリーン! よくないよ! 第一リョウじゃ、若すぎる! 経験が足りないだろ? そういうことの相手としては不適切だ! 経験者を迎えるべきだ!」
そうだそうだ、言ったれ! クロードさん! 私、前世でも、未経験なんだから! ピュアッピュアなんだから!
私の就活の第一希望は、アイリーン派から一転、クロード派にチェンジ。
「そうすると、お兄様のときと一緒でメアリーになっちゃうじゃない!」
え、メアリーって、あの洗濯婦の・・・・・・気のよさそうな恰幅のいい、ちょいと年配のあのメアリーさん? あ、そうなんだ、クロードさんの大事なところの初めてのお世話を、なるほどね。
・・・・・・あ、やばいちょっと想像しちゃった。
「別にメアリーで良いじゃないか!」
「だめよ! お兄様がその年でいまだ独身なのも、最初の女性が年配のメアリーだったからよ! それできっと、そういうのが苦手になって、女性に興味を持てなくなったんだわ! 最初の相手は若くて、仲のいい子としたほうがいいに決まってる! いやな思い出にならないもの!」
「なっ! 私は別に女性に興味がないわけじゃない! それに、メアリーは、別に悪くない。彼女はとても・・・・・・や、優しくしてくれた」
そして、すこし頬を染めるクロードさん。
お願いだから、感想を言うのをやめてくれ。脳内でどのようにメアリーさんが優しくしたのか再生されてしまうからやめてくれ。
『熟女メイドのお掃除指導~僕の初めての穴掃除~』
あ、やばい。タイトルまで出てきた。頭を切り替えるんだ、私! 心頭滅却すれば熟女もまたエロし! あ、だめだ、ぜんぜん切り替わらない。
「そ、それに若くて綺麗な使用人なら、屋敷にたくさん居るじゃないか! たとえばステラとかはいいんじゃないか?」
くっ! やめてクロードさん! ステラさんとか・・・・・・! 新しい登場人物を増やさないで!
「だめよ、彼女は潔癖だし。それに、リョウやメアリー以外の他の使用人は、貴族ではないけれど、貴族の親類よ。こんなことお願いできない」
睨み付けるようにそのようにおっしゃるアイリーンさんを見て、クロードさんは、大げさに肩を落として、ハァ~とため息をついた。
え、やだあきらめちゃうの、クロードさん! もっと頑張って! と思っていたら、本日2回目のキリッとした顔をした。
ちょっとアイリーンさんがたじろぐ。
「それなら、もういっそ専門職を街から連れてきなさい! それにどちらにしろ、リョウは私の手元におくから、その提案は却下だ。リョウもそれでかまわないよね?」
「はい! お願いします!」
私は、全ての妄想を振り払うように、この屋敷に来てもっともいい返事でクロードさんに答えた。
アイリーンさんがプーとかわいらしく頬を膨らませている。どうやらあきらめてくれたようだ。
あ、あぶない。6歳にして将来の貞操の危機を感じた。クロードさんグッジョブ!
そしてその後、私は、クロードさんとちょっと不機嫌なアイリーンさんと一緒に私の今後の流れについて話あった。
クロードさんの商会にいくというのも、カーディンさんという方が戻られてからなので、まだ少し先ということだった。
そして、驚くことに、クロードさんは私をゆくゆくは養女に迎えて、10歳から入れる王立の学校に行かせてくれる予定らしい。この国では学校にいけるなんて超高待遇。
というのも、この国で教育機関は、唯一王都にある王立の貴族が集まるその学校しかない。
以前、領地の子ども達に文字や算術だけでも、教える場があればいいのではと、クロードさんと話したときに、教育に関しては、王が手綱を握っているので、勝手に学校のようなものを作ってはいけないと言う話を聞かされた。
この屋敷に派遣されている家庭教師もみな王立の機関から斡旋されている。
学校に通えるということは、農村出身の私からしたらありえない。それほどクロードさんが私を高く評価してくれているというのは嬉しいけれど、養女っていうのが・・・・・・。
クロードさんの養女になるのは。王立の学校は貴族の子女じゃないと入学できないからだ。クロードさんはかなり下級らしいが商爵と言う爵位を持っている。理由も明白なので、養女になることが、必要であることは理解している。
でも、養女になるっていうことは、クロードさんの家族になると言うことで、それがなによりも私の心をもやもやさせる。
正直、家族というものが苦手だ。今までの経験で、かなりおなかいっぱいになっている。
ただ、クロードさんの様子を見ると、家族としての私を望んでいるわけではないことはハッキリとわかるので、まあ、そういう契約だと思えばと、養女の話についても了承した。
その際、絶対にお父様とは呼びませんから! とそこだけは強く主張しといた。クロードさんも、もともと呼ばせるつもりもなかったようで、今までどおりでかまわないと言ってくれた。
ちょっと思うところはあるけれど、養女になるのもまだ先の話だ。
学校入る前に養女になって、学校に行って、卒業したら、クロードさんの商会を手伝うのかな? クロードさんが私に何をさせたいのかがよくわからないけど、そう悪い人生ではなさそうだ。
ただ、こんな流されるように生きている私が、国に一つしかない学校に行くって言うのがちょっと申し訳ない気がする。他にもっと、そういう教育の場が必要な人が居るような気がした。









