波乱の挨拶回り編⑭ ゲスリーの暴走2
※ゲスリー注意報!!
馬を全力で走らせて、湖が見えて来た。
周りの木々が邪魔で周辺の様子は見えないけれど、この森を抜けたらきっと二人の姿が見えるはず。
逸る気持ちで馬を走らせて、とうとう森を抜けた。
私が馬の歩みを止めて、急いであたりを見渡すと、左前方の少し離れた場所で木につながれた馬が草を食んでいるのが見えた。
これは、ゲスリーとカイン様の馬だ。
そしてさらに視線を奥に向けると……。
「殿下、カイン様……!」
二人の姿を見つけて慌てて馬を走らせた。
だって、何故かカイン様も、ゲスリーも剣を持って向き合ってるんだもん!
慌てて馬を駆けさせる私に気づいた二人がこちらに顔を向ける。
私はさらに声を張り上げた。
「殿下に、カイン様! こんなところで、何を……!」
慌てている私とは反対に、二人は落ち着いてるように見える。ゆっくりと二人とも剣を下ろした。
カイン様に至っては、私が来たことが相当な驚きだったらしく目を見開いて、ちょっと不思議そうな顔をしてる。
私は慌てて馬から降りて二人に駆け寄った。
「剣なんか持って、な、何をするつもりなんですか!」
ゼエゼエ息をきらしながら、私がかばうようにカイン様の前に出ると、私にキッと睨まれたゲスリーがにっこり笑った。
「何って、剣の稽古をつけてもらっていただけだが」
「剣なんか持ち出してこんなの言い逃れ……ん、稽古?」
え、いま稽古って言った?
少々落ち着いてきた私が、改めて二人が持っている得物を見ると、木剣だった。刃も潰されている。
これは間違いなく、稽古とかに使うやつ。
「ゲス……ヘンリー殿下は、剣術も嗜んでいらっしゃるのですか?」
「まあ、多少はね」
マジか……。
なんでそんな……魔法使いなのにアンタ……。
私は恐る恐るカイン様の方を見た。
ちょっと困ったような笑みをうかべるカイン様がいる。
「たまに、殿下の剣術のお相手を務めることがあるんだ」
え、何これ、じゃあ、私の勘違い……?
なんかすごい焦って、相当めちゃくちゃ焦ってここまであわててやってきた私の苦労は一体……。
いや、でも、だって! そもそもゲスリーが私を閉じ込めたのがおかしいじゃないか! 不穏な発言もするし!
私はなんかいたたまれない気持ちを隠すようにキッと再びゲスリーを睨みあげた。
「殿下は、カイン様に稽古をつけてもらいたくて、わざわざ私を閉じ込めて、わざわざこちらまで一人で馬を駆ってやって来たってことですか?」
私がそういうと、ゲスリーはコテっと首を傾げた。
美少女がやればそりゃあもう可愛いしぐさだが、ゲスリーなので全然可愛くない。
「別に、閉じ込めたつもりはない。私が不在の間、誰かがひよこちゃんを傷つけないように、安全な場所に置いただけだ」
そんなの信じられるかい!
「安全な場所って、あんな、あんな地下の薄暗いところって、安全な場所っていうか、ただの檻じゃないですか!」
「あの寝床は気に入らなかったか」
気に入らないに決まってるわ!
ええ!? 何この流れ! 私の早とちり!?
「それより、もっとこっちへおいで、ひよこちゃん」
と言われたかと思うとゲスリーが私の手をとって引っ張り、そのまま抱き込んできた。
なんなのいきなり! そんな婚約者ムーブしたって私の怒りは治まらんぞ!
私は睨みつけるため顔を上げると、面白そうに私を見下ろして笑うヘンリーがいた。
「そう。私は、確かめるためにここにきた」
そうゲスリーが言うと、再び口を開く。
「キミガタメ ハルノノニイデテ ワカナツム ワガコロモテニ ユキハフリツツ」
え? なんで、いきなり……呪文?
この呪文は確か……。
と考えていると、後ろから「グッ……ガハッ……」という何かを吐き出すような音が聞こえてきた。
私は首をひねって音のした方を見ると、口から血を出し、苦痛に顔を歪めたカイン様がいた。
カイン様の腹の部分には深々と剣が刺さっていて、戸惑うようにカイン様が自分に刺さっている剣に手を添える。
そして大きく目を見開いて、剣を持っている人物……ゲスリーを見た。
「な……ぜ……殿、下……」
そう呟いて、力尽きたようにカイン様が膝から崩れる。
腹に刺さったゲスリーの剣が勢いよく引き抜かれて、弧を描くように血飛沫が舞う。
そしてカイン様は、そのまま横に倒れた。
「カ、カイン様……!!」
そう言って、あまりにも現実感のない一瞬に、固まっていた私はどうにか動き出した。
カイン様の方に駆け寄ろうとしたら、ゲスリーが私の腕を離さない。
私は頭に来てゲスリーを睨み上げると、「離して!」といって空いている手でヘンリーの頬を打とうとした、けど、その手はヘンリーに掴まれて止められた。
そして掴んだそのヘンリーの手は血で赤く染まっている。
この血は、カイン様の血……?
「な、なんで、こんなことをしたんですか!?」
だって、だって、カイン様は、いつも、いつもゲスリーのことを案じていて……!
友人になれればいいと、ゲスリーの抱える闇ですら晴らそうとしていて……それなのに!
悔しさと悲しさと混乱で目に涙がたまってゆく。
「リョウ!」
そうアランの声がして、私は後ろに引っ張られた。
同時に何かが振り下ろされるような影が見えてゲスリーは私の手を離して後ろに下がる。その間に剣を構えたアランが入ってくれた。
「アラン……」
「リョウは、カイン兄様を見てくれ。まだ、助かるかもしれない……!」
アランから絞り出すような声が聞こえて、私は慌ててカイン様の方に駆け寄った。
苦しそうに呼吸する音が聞こえた。まだ弱いけれど呼吸がある。そして脈も……。でも、血を流しすぎている。顔が青白い。
救うためには……。
そう思って、生物魔法の呪文が頭に浮かぶ。
魔法さえ使えば、カイン様は助かる。
助かるんだ。
でも、ここで魔法を唱えれば、ゲスリーに、知られてしまう。
私は、顔を上げてゲスリーの方を見た。
アランが誘導してくれたのか、二人は少し離れたところにいた。
私とカイン様の周辺の土の形状が変形していて棘のようになっているのは、アランが私達とゲスリーの間に距離を取るためにやってくれたのだろう。
そしてアランとゲスリーは向かいあって睨み合うようにして距離を取っていて、アランは手元に剣を作り出そうとしているのに、剣は作った途端に崩れるというのを繰り返していた。
一方ゲスリーは剣を手に持ったまま。崩れたりはしない。
アランの顔はどんどん険しくなる一方、ゲスリーはずっと余裕の笑みだ。
よくわからないけれど、魔法使い独特の攻防戦をしてるのかもしれない。そしておそらくアランが不利なのだ。
ゲスリーが都合良く気を失ってくれる可能性にはかけられそうにない。
私はカイン様を見た。
苦しそうな息遣い。赤い染みが広がってゆく……。血を流しすぎている。もう、一刻の猶予もない。
分かってる。ここでカイン様を失うわけにはいかない。きっと私はここで魔法を使わなければ一生後悔する。
だから、これから先、平穏な日々が得られなくなるとしても……私は。
覚悟を決めて、私は親指を噛んだ。
指先に自分の血がじんわりを滲み出たのを見て、それをカイン様の口の中に入れる。私の血を直接体内に取り入れた方が生物魔法の効きが早くなる。
「キミガタメ オシカラザリシ イノチサヘ ナガクモガナト オモヒケルカナ」
私の体から光が溢れる。そして不思議なその光は、カイン様を包んでいった。
わあ、ゲスリーさんたら、一体何を考えてるんでしょうね!
クライマックスに向けてしばらくワタワタする(?)展開が続くと思いますがこれからもよろしくお願いします!
そして最近Web版でも大活躍(?)のゲスリーさんことヘンリー殿下は、今月末発売の転生少女の履歴書9巻でもでばってきます。
Web版では薄かった百合要素を強化し、
王妃様からゲスリーの幼少時代の話を聞いたり……。
果たしてゲスリーさんのゲスは生まれつきなのか、それとも後天的なものなのか……隠れゲスリアン要チェックの内容になっております。
Web版書籍版ともにいつも応援いただきありがとうございます!
引き続き次回の更新でもゲスリー警報鳴ってますので、心の準備をお願いします(謝罪)









