波乱の挨拶回り編⑬ ゲスリーの暴走
あれ、なんで私、こんなところで寝てるんだろう。
目覚めてみたら、まったく知らない天井が目に入る。
確か今はグエンナーシス領に行くためにいろいろなところに行っていて今はレインフォレスト領で……。
……そうだ! アラン!
ゲスリーがアランを消すとかなんとか意味わかんないこと言ってたんだ!
気持ち的には飛び起きたいぐらいだったけれど、いざ起きようと思ったら何故か身体が動かない。
目は開けられたけれど、腕や足を動かせそうにないのだ。
そういえば、眠らされる前に濃度の高い睡眠薬を嗅がされた。まだ体に毒が残ってるんだ。
私は、どうにか目だけをキョロキョロ動かしてみると、意外と綺麗な部屋のベッドで寝かされているのがわかった。
部屋を照らすのはサイドテーブルに置かれたランプのみで、窓はなく薄暗い。
そして……と、視線を他に移した時、思わず固まった。
だって、なんか、檻みたいなのがある。
檻っていうか、この部屋の扉らしきものが、鉄の棒を格子状にしたようなものになっていて……あれ、もしかして私、この部屋に閉じ込められてる?
檻っぽい扉には、鎖がぐるぐる巻きにしてあり、大きな錠も付いている。
それに格子の隙間から見る限り、見張りが立っている。
なるほど、私、この部屋に閉じ込められてるようだ。
意識を失う前にゲスリーに嗅がされた睡眠薬で未だに腕や足は動ける気がしないけど、口なら……。
「ぁ……ぁ……」
どうにかかろうじて声は出た。
とは言え大声は無理そうだけど、声が発せられるならこっちのもんだ。
私は声が出てるのか出てないのかわからないぐらいの小声で呪文を唱えた。
「オモイワビ サテモイノチハ アルモノヲ ウキニタエヌハ ナミダナリケリ」
安心の解毒魔法だ。
体が光り始めたと思うと、喉のあたりに違和感を覚えて……。
「ゲホ、ゲホ、ごほ……」
思わず噎せた。
口から少量の血を吐き終わると、体はスッカリ楽になった。
楽になったぜ、と思って体を起こして腕で口元をぬぐう。
吐血するのは、解毒魔法を使うといつもこうなので仕方ない。血とともに悪いものを出してるのだと思う。
「リョウ様、お目覚めですか?」
檻の扉の向こうから心配そうな声が聞こえてきた。
声のした方を見れば扉の前で見張りのようなことをしていた人だ。確かゲスリーの近衛騎士。
「これは、どういうことですか?」
私がそう言うと騎士は恐縮した様子で身を縮ませると頭を下げた。
「申し訳ございません。しかしこれもリョウ様のためを思った殿下のお考えなのです! 殿下は急用があると仰ってどこかに出かけられてしまいまして……。そうなるとリョウ様の身が心配だからと安全なこの部屋にいるようにとの仰せでした」
え? な、何言ってんの?
こんな檻っぽいところに閉じ込めてくれて、私のためとかよく言うわ!
この騎士、ゲスリーのついた嘘にまんまと騙されてる。
ゲスリーが私をここに閉じ込めたのは、私が追ってこないようにするためだ。
安全のためなんかじゃない。
「ヘンリー殿下は、どこへ?」
「えっと……殿下は、行き先は告げられなかったので存じません」
……え? 本気で言ってるの、それ?
守るべき主人がどっかに行ってるっていうのに、把握してないってこと……?
私が責めるような目をしたことに気づいたのか騎士は慌てたように口を開いた。
「殿下は魔法使い様です。本来なら守りなど必要ないお方なのです!」
清々しいまでまっすぐにそう言い切った騎士に目を見張った。
この人たちは本当に……ただのお飾りじゃないか。
「……殿下が出かけられてから何刻ほど経っているのですか?」
苦々しい気持ちを抑えてそう言うと、騎士は二刻程だと教えてくれた。
ゲスリーの話ぶりから察するに、向かったのはレインフォレスト伯爵邸だ。
ここが宿の近辺なら伯爵邸まで馬でだいたい四刻かかる。まだゲスリーはたどり着いてないはず。私が馬で全力で追いかければギリギリ追いつけるかもしれない。
ゲスリーはあの時はっきりと「消す」という単語を言った。
ゲスリーのことだから冗談かもしれないけれど、ゲスリーのことだからこそ本気の可能性もある。
止めなきゃ。まだ間に合う。
「ここから出してもらえますか? それと、馬と外套の用意を……」
と言って、私はベッドから立ち上がる。
服装は、ゲスリーに眠らせられる前と同じ。ベッドの下にその時履いていた皮靴を見つけた。
「そ、それはできません! 殿下からリョウ様はここにいるようにとのお達しです。リョウ様はここで守られていてください!」
騎士がそう必死に言ってきたけれど、私は無視して皮靴を履く。
出してくれないなら、自分で出るしかない。
靴を履いてしっかりと紐で固定すると、靴底の仕掛けをいじって、厚底に収納していたマッチ箱を取り出した。
そして私はマッチ箱を手に扉の前まで来ると、格子の隙間から手を突っ込んで向こう側に向けられている錠を手にとって少しだけこちらに向かせる。
「だ、ダメですよ! 開けられません。鍵は僕も持っていないので開けられないんです!」
「鍵とあなたには期待してないので、問題ありません」
それだけ言うと、私はマッチの火薬の部分を錠の鍵穴の中にこすり落とすようにして粉を入れる。
さっきから泣きそうな声で騎士がうるさいけれど、無視して作業を続けると鍵穴いっぱいにマッチの粉を溜められたので、今度はベッドの方に戻る。
ベッドのシーツを盛大に破いて、布切れを作るとランプのオイルに浸した。
そして再び靴の仕掛けをいじって、もう片方の靴底に隠していた小さな隠しナイフを取り出した。
武器の類は基本持ってないのだけど、これぐらいはいいよねってことで隠し持っていてよかった。
やっぱりこういうものは備えていて憂いなし!
隠しナイフの先端に先ほどのオイルに浸した布をぐるぐる巻いて装着した。
よし、準備は万全だ。
「護衛の方、そこちょっと危ないんで下がった方がいいですよ」
「ええ!? 何を、何をするつもりなんですか!?」
「いいから離れないと、本当に怪我しますよ」
私がそう言ってギロリと睨むと、ビビりな護衛はヒッと言って後ろに下がってくれた。
私は、よしとばかりにナイフの先端にランプの火をつけると、素早く錠に向けてナイフを飛ばした。
そして、急いで頭を守るためにベッドの布団で体をくるむ。
ついで、ドンだかバンだかの盛大な爆発音が響いた。
そしてぎゃーという護衛の人の情けない声も……。
思えばあの人もゲスリーに言われて私を守るつもりだっただけな騎士。災難だったねと思ってから、布団から顔を出した。
火薬の匂いが辺りに充満してる。
そして、予想通り錠が砕けた。
この国で浸透してるマッチの芯の部分についている薬剤は、ほとんど火薬みたいなものだ。詰め込んで燃やせばそれなりの爆弾になり得る。
私はほとんど原型をとどめていない錠の残りの破片を鎖から落として、扉を固定するためにぐるぐる巻かれている鎖を外していく。
最後の鎖が解かれて、じゃらんと床に落ちた。私は檻の扉を開いて外に出ると、廊下の端っこで先ほどまでいた護衛の騎士が床に倒れていた。
見た感じ外傷はなさそうなのでびっくりして気絶しただけっぽい。
「それにしても、ここどこなんだろう。あんな大きな音を出したのに他の人が来ないということは、他に人がいないのかな」
私はそう呟いたけれど、結局答えはわからないので、ランプの明かりを頼りにとりあえず廊下の方へ歩き出すことにした。
◇
私が閉じ込められていた場所は、地下だったらしい。それにそれほど広くもなかったので、すぐに地上に続く階段を見つけて上に出られた。
地上に出ると湿った地面の臭いと雨音がした。
午前中雨が降りそうだと心配していたけれど、案の定今雨が降っている。
辺りを見渡すと見たことがあるような街並みで、多分私たちが泊まっていた宿からそう遠くない場所だ。
一度宿の方に戻ろうか……。
でも、ゲスリーが何をするかわからないから怖い。
私は結局街で外套と馬を買って、まっすぐレインフォレスト邸に行くことにした。
雨のせいでいつもよりも体力を奪われるし、視界も悪い。
けれど、それはゲスリーだって同じはず。
もしかしたら途中で雨宿りしてくれているかもしれない。
ゲスリーは乗馬を嗜んではいたけれど、親分仕込みの私には及ばない、はず。
私がこのまま全力で追いかければ、追いつける。
私は外套で雨をしのぎ、手綱が滑って離さないようにしっかり持ち、超特急でお馬さんを走らせて突き進む。
しばらく進むとありがたいことに途中で雨が止んだ。さらに馬を走らせる速度を上げる。
帰りのことをかなぐり捨てて全力全身で進み、私が屋敷についたのは、出発してから二刻程だった。
いつみても懐かしいと感じるレインフォレスト邸を前にして、私は飛び降りるようにして馬から降りて玄関に駆け込む。
扉のベルをチリンチリン鳴らすと、以前お世話になったメイド長のステラさんがいた。
「リ、リョウ様……!? 一体、そのような格好でどうされたのです?」
ずぶ濡れ雑巾でやってきた私を見て、そう声をかけてくれた。
こんなにボロボロなのに私だと気づいてくれたことが嬉しかったけれど、今はそれどころじゃない。
「アランは……!? アランは無事ですか!? 殿下はまだきてませんよね!?」
「アラン様……?」
「アランは大丈夫なんですよね!?」
私が戸惑うメイド長にそう必死にいいすがると、
「リョウ? どうしたんだ!?」
と、耳馴染みのある声が聞こえてきて、私はメイド長の後方に視線を向けた。
戸惑うように翡翠色の瞳を揺らすアランが玄関前の踊り場の階段から降りてきた。
アラン……! アランだ……!
怪我も何もしてなさそうなアランを見て心底安心した私は思わずアランに駆け寄った。
「アラン、よかった……!」
私はそう言ってアランに体当たりするような勢いで抱きつく。
良かった! アランだ! アラン、生きてる!
アランを抱きしめてその無事を確認したら、やっと気持ちが落ち着いてきた。
気づけば、アランがちょっと硬直した感じ背筋を伸ばし、自分の腕をどうするべきかと迷うように彷徨わせている。
戸惑うアランを見て、私はハッとして慌てて離れた。
そういえば私、びしょ濡れの汚い外套を羽織ったままだ。
「すみません、こんな格好で……!」
アランは、白いシャツにチャコールのベストとズボンを合わせていて、いかにも貴族な品のいい服装だ。そんなアランに飛びついたことで、せっかくの服に汚れがついたような気がする。いや確実に汚れてる!
慌てて外套を脱ごうとしたところで、アランが私の肩に手を置いた。
「いや、違うんだ。服を気にしてたわけじゃなくて……えっと、それより、リョウはなんでここにいるんだ? 何かあったのか?」
アランがそう言ってくれて当初の目的を思い出した。アランは無事だったけれど、もしかしたらこれからゲスリーとかいうやつがくるかもしれない。
警戒はしてもらわないと。
「ヘンリー殿下に気をつけてほしいんです。ここにやってきても、相手にしないでほしいというか……」
「え? ヘンリー殿下? それなら、先ほどまで屋敷にいらしてた」
「……え?」
必死にゲスリーに気をつけろと伝えようとしたところで、思ってもみないアランの言葉に目を見開いた。
「殿下、いらしたのですか?」
「あ、ああ。それで今さっき、カイン兄様と二人で出ていったが……」
「カイン様と……」
すーっと血の気の失せる音が耳の裏から聞こえたような気がした。
私、勘違いしていた。
ゲスリーが言っていたのは、アランじゃなかったんだ。
ゲスリーの狙いは……。
でも、そんな、まさか。だって、カイン様はゲスリーのお気に入りだ。
でも……。
「アラン! カイン様たちはどこにいったのですか!?」
「え、えっと、多分、近くの湖の方だ。そこまで遠乗りするというようなことを言っていた」
私はアランの言葉を聞くや否や踵を返した。
湖までそう遠くない。もう一踏ん張りお馬さんに頑張ってもらえばすぐ。すぐだ。
「おい、リョウ!」
後ろでアランが呼び止める声が聞こえる。
「すみません、アラン、私、行かなくちゃ!」
そう答えつつ、馬の手綱を引き寄せ、飛び乗った。
「待て、俺も行く。……スミス、馬を!」
アランはそう言って、厩舎の方にいた使用人に声をかけた。
ちょうど、近くで馬を引いていたスミスさんが「は、はい!」と言って馬を連れて来てくれるとアランがその馬に飛び乗った。
「一体何がなんだかわからないけど、リョウがそんなに必死になってるってことは、やばいってことだろ!?」
そうあたりまえのように言ってくれたアランの言葉が嬉しい。一緒に来てくれるのも心強いし。
「ありがとう、アラン」
私はそう返して、馬を蹴った。
湖の方へ。
カイン様は、ゲスリーのお気に入りだ。
だから、私が想像しているようなことにはならないとは思う。
思うけれど、何故か嫌な予感がする。
【ゲスリー警報発令!!】
次回!めちゃくちゃゲスリーが出てくるので、ゲスリー警報発令しておきます!
皆様、心の準備を万全にしてお待ちくださいませ!
◇
そして、ゲスリー警報中のこんなタイミングで大切なお知らせです!
なんと、書籍版の転生少女の履歴書9巻が11月30日(土)に発売されます!!
表紙はなんと、花嫁衣裳を着たリョウ!
きれい!めちゃくちゃ憂い顔だけど、きれい!
一巻の初めのほうとかハイハイしてたリョウが花嫁衣裳を着るような年頃になるなんて…ここまで来れましたのも、皆様のおかげです!本当にありがとうございます!
9巻はゲスリーさんをはじめとしたちょこっと風変りな王家の方々が大集合!
そして、隠れゲスリー好きの方に朗報です!
9巻ではゲスリーさんのイラストがたくさん!
隠れゲスリアンの方はぜひぜひチェックしてみてください!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!