波乱の挨拶回り編⑪ アランの告白
レインフォレスト領との挨拶は、チーラちゃんの泥水攻撃なんかもあったけれど、どうにかうまくまとまった。
むしろ、あれのおかげでゲスリーはレインフォレスト領の領主アイリーンさんの信頼を得たように感じる。
そのアイリーンさんは、ここからそこそこの距離にある自分のお屋敷に戻っていき、代理の方が私たちが泊まる街で一番立派なホテルを案内してくれた。
最上階の大きな部屋を二部屋。
大事なことだからもう一度言うけど二部屋です。
さすがアイリーンさんわかっていらっしゃる!
と言いたいのだけど、私用の部屋に今日はなぜかゲスリーが来ていた。
所用で少し部屋を空けて戻ってきたらまさかのゲスリー滞在というドッキリに私は目をすがめた。
「どうしてこちらにいらっしゃるんですか?」
「私はどこにいてもいいんだ」
と言いながら、我が物顔で椅子に座っているゲスリーが、アズールさんが用意してくれた紅茶をすする。
「それに、最近あんまりひよこちゃんに構ってあげられなかったからね。たまには」
いや、構わなくていいんだけども。
私は胡乱な目でゲスリーを見たあと、仕方がないから同じテーブルの席に着いた。
「何か話しておきたいことでもあるのですか?」
「いや、特には」
なら、早く帰ってくれないかな。
と思いつつ私も紅茶を頂く。この人いつまでいる気だろうと思っているとゲスリーが私を見た。
「そういえば、チーラ嬢が面白いことを言っていたね。カインと結婚する予定があったのか?」
「そんな恐れ多い予定はありませんよ。色々勘違いなさったのでしょう」
「へえ。そうか、まあ、君とカインは家畜同士だ。話も合うだろうから、なくもないのかと思ったよ」
「家畜だという認識はありませんけどね。というか、カイン様は私のお兄様的な存在ですし、カイン様だって……」
と言いながら、私が婚約して初めて王宮に越してきた時を思い出した。
あの時、もしかしてカイン様は私のことが好きなのかもしれないと、思ったことがある。
ただ、その後は本当に普通でいつも通りだったので、多分私の思い違いだとは思うのだけど……。だいたい、カイン様みたいな素敵すぎる貴公子が私を好きになるとか考えにくい。
「ああ、そうだ。いい忘れていたが、カインには暇を与えた」
ゲスリーが突然そう言うものだから私は目を丸くした。
「どう言う意味ですか?」
「そのままの意味だ。レインフォレスト領滞在期間中は実家に戻らせる」
ほう。実家の近くにいるのだからゆっくりしろっていう計らいかな。ゲスリーにしては気がきく。
正直剣聖の騎士団の襲撃の危険はもうなくなったと言ってもいいほど、穏やかな旅が続いている。
一度襲われてから気持ち的には厳戒態勢だったけど、結局あれ以来の襲撃はなかった。
ヘンリーの力に、剣聖の騎士団は恐れをなしたのかもしれない。
だって殿下は、魔法で生成したものなら離れた場所にあっても消し去ってしまう能力がある。
それってつまり、殿下のご機嫌を損ねたらこの国の文明は滅ぶと言うことだ。
この国では、家も道具も、未だ魔法で作られているものがほとんど。
親分の革命が成功して、王家を追いやることができたとしても、文明が滅んだ国で立て直しをはかるのは至難の技。
親分たちは、革命後のことも考えなくてはいけない。
私なら時期を見送る。しばらくは魔法に頼らない生活ができるように地盤を整えることに力を入れる。
グエンナーシス領のこともあって、国家の転覆を謀るには今がベストだとしても……先の見えない革命は、多くの人を不幸にするだけだ。
親分なら、そのことをわかってるはずだ。
遠い地にいるだろう親分のことを考えてから、改めてゲスリーに視線を向けた。
「そうなんですか。せっかく故郷に帰ってきたのですからゆっくりするのもよろしいですよね」
「泥水被って汚かったからね。目の届くところにおきたくなかった」
ゲスリーは何ともない顔でそう答えて思わず顔が固まった。
そんな理由だったとは!
意外と気がきくなと思った数秒前の私を殴りたい。そもそも、その泥水は一体誰をかばってかけられたと思っておるのだろうか。
「汚れた部分があるのならば洗えば済む話だと思いますが」
「彼は美しく強く健康的で素晴らしい家畜だ。理想とも言っていい。だが、少しでも汚れた家畜は好みじゃない。一気に価値がなくなる」
涼しい顔で当然のようにそう言うゲスリーの顔をジロリと睨みあげた。
「そんなことぐらいで、カイン様の価値はなくなりません。それにカイン様は家畜なんて言われるような人じゃない。カイン様はもちろん他の非魔法使いだって、そんな風に言われないだけの価値があります」
私がそう言うと、ゲスリーがクッと可笑しそうに笑った。
「君が見出した価値などなんの意味もないよ。家畜の価値を決められるのは『人』だけだ。牧場の豚が隣の豚を見て価値があると思ったところで何にもなりはしない。そうだろう?」
「だから、非魔法使いは家畜ではないんです……!」
私は抗議の声を上げたがゲスリーさんは何か笑いのツボに入ったらしく、ただただ笑っている。ゲスリーの笑いのツボわからなすぎるし、腹たつ!
しかしここで反論したら無限にゲスリー節を聞かされるという地獄に陥るかもしれない。
忌々しい気分でいると、一通り笑ったゲスリーが落ち着いたところでついと私に視線を向けた。
「どうしてそんなにムキになる。家畜と呼ばれるのが嫌なのか」
突然何を言い出すかと思えば。
嫌に決まっとろうが。
「当然です」
「そうか。……それほど大事か」
そう言ったゲスリーがさっきまでは、ずっと可笑しそうにしてたと言うのにいきなり真面目な顔になった。
というかちょっと怒ってるような気さえする。
「ひよこちゃんと話してると、たまにすごく腹立たしい気持ちになることがあるよ」
真面目な顔して何を言うかと思えば……!
さっきまで笑ってたくせに何言ってんの!? 情緒不安定なの!?
というか腹立たしいのは私のほうですけど!?
「一緒ですね! 私も前からそう思ってました」
私も負けじとそう言ってゲスリーを見た。
すると何故かゲスリーが顔を近づけて、私の頬に手を添えた。
そしてどこかで見たことある動きをしてきたので私は必死にすばやく顔を背けた。
あ、あぶな! キス! これはキスされるときのムーブ!
どうにか避けられたけども!
「どうして避ける?」
背けた顔の近くで不思議そうな顔でこちらを見るゲスリー。
そんなん避けるわ!
もう唇をむやみに奪わせないと決めてるし、なんでこのタイミング!?
さっき腹立たしいとか言ってたよね!? 頭大丈夫なの!?
「ど、どうしてって、私とこんなことする気ないって言ったのは殿下ですよね!?」
私がそう言って、ゲスリーの胸を押し返すと
ゲスリーはあっさりと引き下がった。
「そんなこと言ったかな」
「言いましたよ……!」
王宮に越してきたその日に堂々と言われたよ!
私の必死の訴えを見て、ゲスリーは肩を竦めて立ち上がった。
「……きっとその時はそう言う気分だったのだろう」
ゲスリーはそれだけ言うと、何事もなかったかのように部屋から出ていった。
あ、あいつ……。
マジで何をしにきたんだ……。
ゲスリーが出て行った扉を見ながらしばらく彼が何をしたかったのかを必死でゲスゲスと考えることになった。
◆
次の日からのゲスリーは、拍子抜けするぐらいいつも通り。
あのゲス、私をゲスゲスさせといて通常通りとは……。
初日は色々あったけど、とりあえずレインフォレスト領での生活が始まった。
他の領地でも行ったように、領内の設備や、先の国策で広がった新農法での農耕状況を見たり、それについての意見や声がけみたいなことをしたりでなかなか忙しい。
レインフォレスト領は、他の領地と比べて広めだからなおさらだ。
一通りの見回りの予定が終わったのは、到着してから二週間ほど。
なかなかにハードなスケジュールだったけれども、明日は一日中お休みできそうだと部屋でゆっくりしていると、珍しくアランから呼び出しを受けた。
えらく真剣な表情だったので誘いに乗ると、泊まっている宿の屋上に連れていってくれた。
屋上に着くと、気持ちのいい風が頬をくすぐる。日が暮れ始めのオレンジの西日が、少し眩しくて目をすがめた。
そして屋上の端までいって、辺りを見下ろすと、独特な石造りの街並みが目に映る。なかなかの高さからの眺めなので景色は最高だ。
そう言えば、ガリガリ村から初めてレインフォレスト領に行ったとき、あまりにも生活水準が違う感じで驚いたっけ。
ガリガリ村の家は藁とかでできてたもんなぁ。
「急に呼び出して悪い。少し、話しておきたいことがあったんだ」
後ろからアランの声がかかった。
私は風で少し乱れた髪を抑えつつ振り返ると、やっぱり真剣な表情のアランがいた。
「実は、明日は実家に戻ろうと思ってる。俺がいない間の護衛が薄くなるが、明日はもともと外に出かける予定もないし、最近はそばに殿下もいてくださる上に剣聖の騎士団の動きも落ち着いている。問題ないと思っているが、いいか?」
なんと、どうやらアランもこの機会に実家によるらしい。でも、突然なんでだろう。
「それはもちろん、構いませんけど……何をしにご実家にもどるのですか?」
「いや、たいしたことじゃない。母上に改めて、領主になる決意が固まったと伝えるだけだ」
アランがなんでもないようにそういったけれど、私は驚きで少しばかり目を見開いた。
いや、だってそれは結構大したことなのでは? アランは領主を継ぐことを渋っていたし……アランには別の夢があったはず。
「それはその、商会専属魔法使いになる夢は諦めたと言うことですか……?」
私がそうたずねるとアランは困ったように笑った。
「俺は別に商会専属魔法使いになりたかったわけじゃない」
「え!? そうなんですか!?」
じゃあ、なんのために卒業後私の商会で働きたいって押しかけてきたんだろう……。
私は不思議そうな顔をしていたのがアランは面白かったみたいで、クスリと笑った。
「ただ、リョウのそばにいたかっただけだから」
アランがそういった時、風が強く吹いた。
ゴウと風の吹き付ける音が耳に響く。
髪が乱れるのも気にせず、私は呆然とアランを見た。
すると真剣な顔をしたアランがさらに口を開いた。
「俺は、リョウが好きだ」
「え……」
かすれたようなアランの声が一瞬遠くに感じた。
そして遅れてアランが言ったことを理解して、私も好きだと返そうとしたのに、口が動かなかった。
アランに好きだと言われたことは、今までもある。
その時私は私も好きだと返していた。
友達として、幼馴染として、私はアランが好きだったから。
だから、今日だっていつも通りのことだと思うのに、何故かいつも通りに振る舞えない。
頭が真っ白になって、目の前のアランから視線を背けることができなくて……だって、アランの顔が……すごく、辛そうだから。
「アラン……それって……」
と、口に出してその先が続かなかった。
確かめるのが怖いような気がした。
どうしようかと、思わず頬に手をあて、思ったよりも自分の顔が熱くてびっくりした。きっと今私、顔真っ赤だ。
「できれば、これから先もずっとリョウのそばにいたかった。でも、リョウにはヘンリー殿下がそばにいてくれる。殿下は……嫌な部分も気にくわない部分もあるけど、何に代えてもリョウを守ってくれる。それぐらいの力はある人だから。俺は、領主として二人を、二人が築く国を支えたいと思う」
「それで、領主になる決意を……?」
「シャルロットが言ってただろ? リョウが治める国を支えられたら幸せだって。俺も、それもいいかもしれないと思えた。リョウが王妃となって治める国を、俺も領主として支えることができたら、それはそれで幸せだろうって」
そう言って笑うアランには陰があって、私はちくりと胸が痛くなった。
「アラン……。でも、シャルちゃんにも言いましたけれど私は多分王妃にはなれません。期間限定の婚姻で……」
「いや、殿下はリョウを絶対に手放さない」
その断定する口調に、なんでと言えなくなった。アランがそう言うのだからそうなのだろうとそう思える力があって……。
「リョウ、俺は多分、これからもずっとリョウのことが好きだと思う。今までみたいに側には居られなくとも、遠い地でリョウの幸せを祈ってるから」
アランにそう言われて、私はなんて答えればいいのかわからなくて、しばらく真剣な表情のアランの顔を呆然と見ることしかできなかった。