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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第五部 転生少女の婚約期

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波乱の挨拶回り編⑩ チーラちゃんの主張 


 思いの外に馬車の旅は順調だった。

 というか順調すぎる。


 まったくもって誰にも襲われる気配がない。

 この前襲われたのって幻なんじゃない? ってぐらい順調で、それなのに私がワアワア騒いで護衛を求めてる女みたいな目でみられてるんじゃないかってそんな被害妄想が捗っております。

 まあ、何もないのが一番ではあるんですけどね。


 アランの言う通り、ゲスリーの魔法で王国騎士の矢が消失したらしい。

 今まで襲われたりしないことを考えると、そのことで力の差を思い知った親分達が諦めてくれた可能性もある。少なくとも王国騎士の矢を使った作戦はもう使えなくなったのは確かだ。

 ただ、あれ以降コウお母さんからの言伝がないのが地味に気になる。

 コウお母さんのことだから大丈夫だとは思うけど……。


 気になるところはありつつも特に襲われることなく順調に旅は続き、通り道の領地の伯爵家に挨拶なども行いながらも随分と先に進んだ。


 気づけば、レインフォレスト領にまでたどり着いた。

 レインフォレスト領の後は、ルビーフォルン領と続き、次は目的地のグエンナーシス領だ。

 領主様と挨拶をしながらのゆったりな旅だけど、終わりが見えてくると、少し寂しい。

 途中で襲われたりもしたけれど、他は楽しい旅だった。


 ちなみに、この旅の道中でゲスリーと私を同じ部屋で泊まらせようと考える愚か者は、スピーリア領以外ではいなかった。

 きちんと別々の部屋をとってくれている。

 ゲスリーについてはカイン様の頬真っ赤事件で根に持っているので、公的な挨拶の場でこそ和やかにしているけれど、その他のところでは塩対応だ。

 まあ、今までも塩対応だったんだけどもね。お互いに。


 レインフォレスト領の中で一番大きな町にたどり着くと、私もよく知っているアイリーン様夫婦がお出迎えしてくれた。


「ようこそ、おいでくださいました。歓迎いたしますわ」

 アイリーン様は、相変わらずの可憐な美貌を振りまきながらそう微笑んだ。

 そのとなりには、ナイトのごとく夫のカーディンさんが寄り添っている。


「こちらこそ、レインフォレスト領の美しき翠玉と呼ばれるアイリーン様にお会いできて光栄です。短い間ですが、しばらくお世話になります」

 ゲスリーが相変わらずの外面の良さを発揮して和やかに挨拶をすると、アイリーン様の手を取って指にキスを落とした。

 側から見たら挨拶も完璧で本当にできた王子なのだけど、内面を知ってる私からすると本当に薄ら寒い。

 こういうのをこの旅の間に何回も見たけれど、未だに外交用ゲスリーには慣れん。


「リョウも会えて嬉しいわ。でも、まさかこんな形で会えるとは思ってなかった」

 アイリーンさまが懐かしむように目を細めてそういうので、私も思わず自然に笑顔が溢れる。


「私もまさかこの様な形でお会いすることになるとは思いませんでした。でも、またお会いできて嬉しいです」

 そう言って手を広げて挨拶の抱擁のポーズを取ると、アイリーン様も私を抱きしめてくれた。


「リョウ、婚約おめでとう」

 アイリーン様が少し泣きそうな声でそう言った。

 後ろから頭を撫でてくれる手の温度が温かくて、とても優しい。

 再会を喜んだ後、アイリーン様はゲスリー殿下に対しても相変わらずの強気な瞳を向ける。


「ご存知と思いますが、私はリョウのことを昔から知っているのです。まるで自分の子供のように感じてもおりますの。不敬を承知で申し上げますけど、この子をないがしろにしたら、殿下であろうと許せそうにありませんわ。幸せにしてあげてちょうだいね」

 そこまでのこと言ってくれたアイリーンさんにびっくりして目が丸くなる。

 たしかに私も小さい頃からお世話になってるレインフォレスト領のことは第二の故郷みたいな感覚でいるけれど……。

 アイリーンさんの言葉が素直に嬉しくて恥ずかしい。


 アイリーンさんの言葉にゲスリーが答えようとしたところで、視界の端から何かが飛び込んでくるのが見えた。

 気づいたのは私だけじゃないようで、カイン様も動く。

 そして、べシャアっと水っぽい何かがぶち当たる様な音が聞こえた。

 

 その水っぽい何かは前に出てくれたカイン様が受け止めてくれたけれど、受け止めきれなかった飛沫の様なものがこちらにも飛んできて、ゲスリーの頬を濡らす。

 頬に当たったそれは、茶色の……おそらく泥。

 そう、どうやら私たちは泥水をかけられたらしい。ほとんどカイン様が被ってくれたけど。


「チーラ!? 何をやっているの!?」

 そして事態に気づいて声を荒らげるアイリーンさん。

 視線の先には、お出かけ用の緑のドレスを身につけた、黒髪ストレートの美幼女、チーラちゃんだった。

 手には泥水のついたバケツを持っている。

 ポーズからして、完全にこちらに泥水をかけたのはチーラちゃんで間違いない。

 レインフォレスト領のお姫様であるチーラちゃんの暴挙に周りが騒然となった。


「だ、だって、私、この人嫌いだもん!」

 八歳児のチーラちゃんはそういうと、泣きそうなのをを必死にこらえたような顔でゲスリーをまっすぐ睨んでいる。


 もしかしてゲスリーが気に食わなかったから、泥水をかけたということ!?

 そういえば、私も最初、アランに泥水ぶっかけられたけど、気に食わない奴には泥水をぶっかけるというような教育がレインフォレストにはあるの!?


 とか言って呑気に考えてる場合じゃない!

 カイン様のおかげでゲスリーにはかからなかったから良いものの、しかし殿下に泥水ぶっかけようとしたのは事実。

 なんとかいい感じにまとめて、チーラちゃんのお咎めはなしにしてもらわないと……!


 私がそう思っている間に、泥水を防いでくれたカイン様が、膝を折ってゲスリーに頭を下げた。


「大変申し訳ございません。まだ幼い子のなすこと。どうかご慈悲を」

 泥にまみれた膝を折ってそう頭を下げる。胸から腹にかけてかけられた泥をまだぬぐっていないためにポタリポタリと泥水が地面に落ちる。


「殿下、俺からも慈悲を請います」

 アランも後ろから駆けつけてカイン様の隣で膝をついた。

 アイリーン様はチーラちゃんの隣にしゃがんで必死になだめている。


「チーラ、どうしてこんなことを……!?」

 お母さんに叱られてとうとう涙が決壊したらしいチーラちゃんの目にブワッと涙が溢れると、大きく口を開けた。


「だって、だって……! リョウお姉様はカインお兄様と結婚して、チーラの本当のお姉様になってもらうはずだったのに!!」

 そういうと、チーラちゃんはうわーーーんと大声で泣き始めてしまった。

 もう何を言っても泣くばかりである。

 どうやら、チーラちゃん、私がカイン様と結婚すると思ってそれを楽しみにしていたらしい。

 いや、チーラちゃんとはたまにレインフォレスト領に戻るときに遊ぶぐらいな感じだけど、妙に懐かれてるなとは思ってた。しかしこれほどとは……。


 というか、私がカイン様と結婚する節なんてなかったはずなのに、どうしてそんな妄想を抱いておられたのか……。

 と思ってアイリーン様をみたら、しまった、みたいな顔をしていた。

 犯人はアイリーンさん貴方でしたか。


 そういえば、慰労祭の時も私の婚約者にカイン様はどうかと縁談を持ちかけられていたような。

 あの時はあっさり引いたように思えたけど、諦めてなかったのか……。


 私も改めてゲスリーに身体ごと向けた。


「殿下、私からもご慈悲を。チーラ様は私にとって本当の妹のような存在なんです。それに幼子のしたこと、どうぞご容赦下さいますようお願いします」

 と必死でいってもみたけど、私が言ったことで判断を変えるような人ではないのがゲスリーだ。

 しかしチーラちゃんは領主の娘で、しかも魔法使い。それにまだまだ子供。流石のゲスリーさんでも罰しにくいはず。


「許すも何も、私は何もされてない。それなのに何に慈悲を与えればいい?」

 想像以上に穏やかな表情と声でゲスリーがそう言うものだから、少しばかり目を丸くした。

 つまり、チーラちゃんのことは不問にするってことだよね? なにこれ、優し過ぎない? ゲスリーなのに!

 ちょっと驚きつつもホッとした。

 ゲスリーの言葉に周りの空気が和らいだのがわかる。


「……ありがとうございます、殿下」

 私がそういうと、殿下はじっと私の顔を見た。そして何かに気づいたような顔をして私の頬に手を添えた。


「泥がついてる。飛沫が少しかかったようだ」

 そう言って、私の頬についた泥水を拭ってくれた。

 あまりにも優しい手つきに、さっきから私の心臓がヒヤヒヤしてるんだけど。

 いやだって、こういうゲスリーは慣れない!


「殿下、娘が大変失礼しました。そして殿下の寛大な御心に最大の感謝を」

 すっといつの間にか近くにきていたアイリーン様がそう言った。

 そしてあの気の強そうなアイリーン様が優しい笑みをうかべる。


「殿下と直接お会いできて本当に良かったですわ。正直、最近の情勢のこともあって、リョウとの婚約についてはあまり良い気持ちばかりではありませんでしたの。ですが、殿下にでしたら、リョウを任せられます。誠に、ご婚約おめでとうございます」

 そう言って、アイリーン様は深々と腰を曲げてゲスリーに頭を下げた。




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