波乱の挨拶回り編③ 首都バッセルエラ
突然私を襲撃した人は、結局捕まらなかった。
結構ギリギリまで矢を射っていたはずなのに、あの場から逃げおおせたらしい。
あの時私を狙った弓の腕前はかなりの物だったし、手練れなのだろう。
まあ、もしかしたら追っていったゲスリーの華麗なる近衛隊が使えなかったとかいう可能性はあるけれども。
……正直近衛隊の人って見た目で選ばれた感じがあるので、剣とかの腕前が微妙説はある。カイン様は別だけど。
そして、襲撃されて以降、私は物々しい感じで守られることになった。
私の乗る馬車には、必ず護衛の騎士が二名ほど同乗した。
女だけで、キャイキャイできたのは初日までだ。
元王国騎士だったアズールさんも、許可をもらって武装を許された。
これで、私の乗る馬車内には、三人の帯剣した騎士が乗っているということになる。
そして、その周りにも隙間なく騎士たちが並走している。
物々しい護衛だけど、でも正直安心はできない。
だって、私の命を狙う人は、もしかしたらこの王国騎士の中にいるかもしれないのだから。
私の馬に当たった矢には王家の紋章が刻まれていた。
あれは、王国騎士が使う矢羽だ。
あの襲撃については、金銭目当てで何者かが襲ったのだろうと言われてはいるけれど、あんな立派な矢をそこらへんの賊が持ってるわけない。
ただ、あの時の矢はゲスリーが魔法で崩したので、証拠は何も残っていないけど。
もしかしたら、わざとゲスリーは消したのかな……。
こんな状況だと、どうしても気持ちも鬱々としてくる。
窓も不用意に開けられないので暗いし。
そう思っていると、外から賑やかな声が聞こえてきた。
アズールさんが小窓から外を窺ってから私の方を向く。
「どうやら、次の街、スピーリア領の領都バッセルエラに着いたようであります」
どうやら次の宿泊予定地についたようだ。
このグエンナーシス領までの旅は、私とヘンリーの婚約を各領地に示すような意味合いもあった。
そのため、各領主様の歓待を受けながらお泊りする感じでスケジュールがたてられている。
馬車が襲われたという事件があってもそのまま先に進んだのは、各領地に挨拶に回るとすでに伝えているのも理由の一つだ。
馬車が街の入り口に着くと、私はゲスリーにエスコートされて馬車を降りた。
何食わぬ顔でエスコートされたけれども、彼と顔を合わせるのはあの襲撃にあって以来だ。
馬車の外では、スピーリア領のバッセルエラ町の人々がたくさん集まっていて、私とゲスリーの到着を歓迎するように大きな歓声で迎えてくれた。
バッセルエラの人達は、大きな門の前で二手に分かれて道を作ってくれて、私とゲスリーはその道を通る。ちょこちょこ花びらなどをまいてくれたりと華やかだ。
私は手をフリフリしつつ集まってくれた人たちの顔を見ていると、少し先のところにどこかで見たことがある赤茶の髪色が目に入って思わず息を飲む。
コウお母さんだ。
男っぽい服装をしていて変装しているようだけど、コウお母さん大好きクラブ会長の私の目は誤魔化せない。
突然のコウお母さんにドギマギしたけど、わざわざ変装しているということは気づかないふりをしろと言うことだろうか。
私は、コウお母さんの意図をくんで、素知らぬ笑顔で先に進む。するとコウお母さんの手前にいた小さな男の子が花束を私に差し出してきた。
私は、笑顔でそれを受け取って「ありがとう」というと、その子は感激したように顔を赤くした。
私が顔を上げると、いつのまにかこの子の後ろにいたコウお母さんは姿を消していた。
おそらくあの花束の中には何かしらのメッセージがあるはず。
かつて私が山賊時代だったとき、クワマルの兄貴がバッシュさんとの連絡でよく使っていた手だ。
私はそのまま何事もなかったかのように花束を抱えて先へと進み、スピーリア伯爵が用意したお宿に到着したのだった。
◆
私は、もらった花束を私の侍女としてついてきてくれたアズールさんに託すと、城のような豪奢な建物で迎え出てくれた領主夫婦に微笑を向ける。
私はゲスリーと一緒にお出迎えしてくれたスピーリア伯爵のご夫婦に対応しなければならない。
メッセージは気になるけれど、今は後回し。
出迎えてくれたスピーリア伯爵夫婦は、旦那さんが現スピーリア伯爵で、魔術師様。
あご下に美髭を蓄えた凛々しい御仁だ。
隣の奥様は清楚な見た目の美しい方で、ご主人よりも年上に見える。
おそらく実際の年齢はご主人と奥様でそう変わらないのだろう。魔術師は老けにくいからどうしてもそうなってしまう。
それにしても、魔法使いの若々しさを見るたびに生物魔法が使える私は、老けにくくなるのかどうか地味に気になる。
スピーリア伯爵の挨拶は、おもにゲスリーが相手をしてくれたので、私は笑顔でうふふと可憐に笑う仕事に集中した。
ゲスリーは外面はすこぶる良いので問題なく伯爵様との挨拶を終えると、伯爵家の息子のレオナルドさんが、これから私達が泊まる宿の案内役を引き受けてくれた。
「お二人の門出にふさわしいお部屋を用意しました。気に入っていただけると嬉しいですが」
と和やかにレオナルドさんは言って豪華な部屋を案内してくれた。
王族のシンボルカラーである紫を基調にした部屋だ。濃紫のカーテンには、金糸で華やかな花や鳥の模様が刺繍されている。
落ち着いた色の絨毯は見るだけでふかふかなんだろうと分かるような代物。
テーブルや椅子といった家具においても、精密な文様が彫られており、芸術作品の域に達しているように思える。
王族であるゲスリーにふさわしいものをと思って、用意してくれたんだろうなというのは分かった。
そして、ふと、先ほどのレオナルドさんの言葉を思い出して、嫌な予感がした。
さっき、お二人の門出にふさわしい部屋をと言われたのだけど、まさか、この部屋って、二人の部屋ってことだろうか……。まさかのまさかだけど、私とヘンリーで同じ部屋に泊まれってことなのだろうか……。
「まあ! 本当に素敵なお部屋ですね、殿下。私のお部屋はどのような内装なのかしら。ふふ」
と、私は可憐な笑顔を貼り付けたままそう言う。
私用の部屋ももちろんあるんだよね? という無言の圧力をかけると、レオナルドさんは、私の言葉が冗談のように聞こえたのか、にっこり笑いながら顔を向ける。
「まさか、お二人の仲をわざわざ引き裂くような無粋な真似はできませんよ。こちらのお部屋はお二人のための部屋でございます。ベッドも十分な広さですよ」
と言って、ハハハと爽やかに笑った。
私は可憐な笑顔のまま固まった。
え、なに言ってんの、この人。
正気か、という眼差しで見つめてみるが、レオナルドは私が言わんとしていることを全く察してくれない。
別の部屋を用意してほしい!
と、はっきりと言うべきか少々迷って、しょうがなくゲスリーに目を向けた。
ゲスリーだっていやなはず。
ほら、ゲスリー殿下。あんなことを言う奴がおりますよ、いつもみたいにゲスってやってくださいよ。
という目線を送ってみたところ、私の言わんとしていることを察したのか、柔らかく微笑んだ。
「ご苦労だったね。長旅で私の婚約者は随分と疲れているようだ。早速用意してくれた部屋を使って休ませてもらおう」
ゲスリーはまるで私の婚約者みたいなことを言って、さわやかーな笑顔を伯爵家の息子に向ける。
あ、そういえばこいつ、みたいじゃなくて私の婚約者だったか。
とか暢気に思ってる場合じゃない。
違う。私が言ってほしい言葉と違うよ、このゲスリー!
「それでは、しばらくごゆるりとお過ごしください。何かあればベルでお呼びください。私どもの使用人がそばにおりますので」
と言って、レオナルドは若い者同士でゆっくりみたいなことをいう仲人の顔をして去っていった。
リョウの貞操の危機!?
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それにしても8巻……!
いつも応援くださいまして誠にありがとうございます…!
今後ともよろしくお願い致します!