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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第五部 転生少女の婚約期
244/304

王宮暮らし編⑲ テンション王からのご命令


 私が星の宮の私室にてルビーフォルン商会からの報告などに目を通していると、慌てた様子でアズールさんがやってきた。

「今後のことで大事な話があるようで、至急謁見広間までお越しいただくよう呼び出しがございました」

 とアズールさんが戸惑うように言う。


 やっときたか。この日をどんなに待ちわびたことか!

 謁見広間ということは、陛下からの呼び出し。

 それはつまり、王様しか命じられないような特別なお話があるということだ。

 狙い通りにいきそうだとガッツポーズをとりたいところだけど、監視役らしき侍女もいるこの場所でそんなそぶりを見せるわけにはいかないため困ったように眉根を寄せる。


「今後のこと? まあ、何かしら」

 と淑女ぶって戸惑って見せた後、しずしずと陛下が待つ謁見の間に向かった。


 謁見の間には、なんだか懐かしく感じる光景が広がってる。

 ウヨーリ教暴動裁判の時と同じような感じだ。陛下がつまらなそうな顔で玉座について、その周辺にお偉い方々が並んでいる。

 以前と違うところをあげるとするなら、この場にゲスリーがいるということかな。

 そのゲスリーは、私が謁見の間に入るのを見るなりいつもと変わらない嘘くさい笑みをむけた。


「さあ、私の婚約者もきたことですし兄上さっさと話を始めてください」

 ゲスリーがそういうと、あのおすまし顔の陛下が突然般若みたいな顔になって口を開けた。


「うるさい! 兄上なんぞと呼ぶな! 薄気味悪い!」

 と、わめき散らす国王陛下。

 うん、相変わらずのテンション王ぶりだ。

 でも、ゲスリーが薄気味悪いと思う気持ちは私も良くわかる。

 何となく感じてたことだけど、二人の兄弟仲は良くないらしい。


「ヘンリー、お前に新たに爵位を与える。グエンナーシス伯爵位だ。お前は今からグエンナーシス領に行って、行って……行って……」

 と、「行って」のところを興奮気味に繰り返したところで、テンション王は立ち上がった。


「アレクサンダーを殺してこい!!!」

 フーフー息を荒くして再びの激昂だ。

 そしてすかさず隣のラジャラスさんが、あのねっとりとした笑顔を向けて、震える陛下の手に自分の手を重ねた。

 「陛下、陛下、大丈夫です。そばに私がおります」

 その一言で、少しばかり息が整い始めた陛下は再び玉座に座る。

 本当に、相変わらずのテンションぶりだ。


 王様のテンションが落ち着いたのを見計らって、そばにいたイシュラムさんが口を開ける。


「恐れながら陛下、ヘンリー殿下にグエンナーシス領の平定を行うようにご命令を。アレクサンダーを追うのはこのままグリードニヒが行います」

 イシュラムさんの言葉にテンション王は頷くと、スンとした顔で口を開いた。


「ヘンリーよ。グエンナーシス領を平定せよ」

 とあっさり口にした。おすまし顔である。


「私が行くのはまあ別にいいけど、ここにいるということは……」

 と言ってゲスリーが私の方にちらりと視線を向ける。


「これも一緒にいくということかな?」

 婚約者である私のことを『これ』と表現した生意気なゲスリーが尋ねると、テンション王は頷いた。


「そうだ。その女を連れて行け。私はもう疲れた。寝る。詳しくはアルベールに聞け」

 やることはやったという感じでテンション王がそういうと、なんと玉座に座りながら目を瞑って動かなくなった。

 え、眠った? 本当に眠ったってこと?

 王様自由すぎないか……。

 なんか微妙な雰囲気になった謁見の間でアルベールさんが咳払いしてから口を開く。


「えっと、このような事態になった経緯だが……」

「経緯は言わなくてもいいよ、アルベール。だいたい想像はつく。反抗的なグエンナーシス領の領民を従わせるためにこれを使うのだろう? グエンナーシス領周辺の領地は、もともとこの前アルベールが推し進めていた農業改革が広まっていた。領民はこの農法を考案した者を神のように崇めていたらしいじゃないか。そしてその農法の内容が先日施行された国策と被っている。その国策の考案者はルビーフォルン商会の会長だ。ここまでくれば人々は気づくさ。神のように崇めていた農業改革を広めた者が、彼女であると。神のように崇められている彼女の言葉ならば、頑ななグエンナーシス領民も聞いてくれる。そう言いたいのだろう?」


 ゲスリーが、ペラペラとよどみなく言葉を並べて話し始めた。

 そして、そのゲスリーの言葉はどれも的確だった。いや、むしろ、私が仕掛けた内容よりも、より的確過ぎる。

 私は以前、私がグエンナーシス領に行く口実を作るために、タゴサクさんにバッシュさん宛ての手紙を託した。


 手紙の内容は、『農業改革の発案者が私だと知った領民達が一言私にお礼を言いたいと願っている。王族の婚約者であることは承知しているが少しだけでもルビーフォルンに来てもらうことはできないか』という相談をお城にしてほしいという内容だ。

 ついでに、一部グエンナーシス領の者でさえも、そのように願っている者たちがいるということも添えてもらう。


 バッシュさんからのその報告を聞いたら、グエンナーシス領の平定に頭を悩ませている人たち、少なくともアルベールさんならこう思う。


 それほどの人気があるのならば、リョウを使ってグエンナーシス領をうまく平定できるのではないか、と。


 そう思って私はバッシュさんに手紙で指示をだして、今まさにグエンナーシス領行きという私の狙い通りにことは運ばれている。

 でも、ヘンリーは先程「神のように崇められている」と言った。

 私は、そんな表現をするようにバッシュさんに頼んでない。

 あくまで、民が農業改革をおこした為政者を慕う気持ちでという内容だ。

 ヘンリーが言った『神のように崇められている』という表現は、よりルビーフォルンの実情に即している。

 まあ、王都では女神扱いされて文句は言われてないのだから、さほど問題にはならないとは思うけど……。


 私は少し緊張しながら周りの反応をまった。

 まず口を開いたのは。アルベールさんだ


「ええ、その通りです、殿下。リョウ殿は南の領地で絶大な支持を得ている。今グエンナーシス領の不穏な動きに対応できるのは彼女のその支持率だ」

 どうやらアルベールさんは神のごときのところは気にせず流してくれるらしい。


「なるほど。神のように崇められている彼女ならたしかに可能かな」

 せっかくアルベールさんが気にしてなかったのに、ヘンリーがまた『神のように』のあたりを強調して言ってきた。

 この人わざと!? わざと言ってるのか……?


「バッシュ殿の陳情では、そういう意味合いではなかったはずだが、神のように、か……」

 ほらぁ! ゲスリーがそんなこというから、イシュラムさんがなんか呟いて、難しい顔で顎に手を添え始めちゃったじゃん!

 心の中で悪態をつきながら、私は満を持して口を開くことにした。


「神のようにだなんて、恐れ多いことです。それほど、農業改革が領民の心を捉えていたと言うことでしょうか。実際に私が広めたわけではなく、バッシュ様のお力あってのことですが……。でも、国のために、そして、グエンナーシス領の安定のためにお力になれるのは望外の喜びです」

 私はそう言ってにっこり純粋美少女スマイルで微笑む。

 どうかこの私の渾身の笑顔で、この嫌な雰囲気流れて行け!


 そう願った私の渾身の笑顔をしかとみたイシュラムさんは口を開いた


「それほどの影響力。逆に言えば彼女の一言で、南の領地を国に相反する一大勢力にすることも可能なのではないか」

 イシュラムさーん! あなたなんてこというのよ! みてえ! 私のこのとびきりのスマイルを見て!


 たしかにそういうことができなくもないかもしれない可能性は……あるけれど。

 でも、私はそんなことするつもりは毛頭ない!

 争うつもりが毛頭ないから、こんなに今苦労してるんだよ!?


「そ、そんな、イシュラム様、私はそのような恐ろしいことなど少しも考えたことありません!」

 目に涙を浮かべて、必死でイシュラムさんを見る。

 どうか女の涙に弱い人であれ。

 と言う念を込めながらイシュラムさんを潤んだ瞳で見ていると、隣のゲスリーが私の肩を抱いた。

 

「イシュラム、私の婚約者をいじめるのはやめてくれないか?」

 そう言って、庇うように私を少しばかり引き寄せるゲスリー。

 いじめるのはやめてって……さっきゲスリーさんが『神のように崇められる』とかいうからこういう展開になったんですけど……。

 あと、なんか紳士ぶって私の肩を抱かないでくれます?

 私がゲスリーの顔を見上げると、めちゃくちゃ面白そうな顔で笑っている。

 これはあれだ。家畜が困っているのを見て楽しんでいる顔だ。くそ……。


 ゲスリー殿下に窘められたイシュラムさんは小さく頭を下げた。


「申し訳ございません殿下。しかし私は、どうにも恐ろしいのです」

「何を恐れることがあるのか、わからないな。それに、今は私の婚約者。私のものだ。もし、彼女がイシュラムの言うようなことをしようとしているのなら、彼女は今頃私の婚約者には納まっていない」

 そうそう、その通りだよ。

 たまにはゲスリーも役に立つ。

 私にそのつもりがあったら、ゲスリーとの婚約が決まったあたりで逃亡してる。


「確かに、それはそうですが……」

 と未だ渋るイシュラムさん。ちらりと私を見るイシュラムさんはかなり警戒している感じだ。

 そんなイシュラムさんを見ながら、王様の隣で膝をつけていたラジャラスさんが口を開いた。


「イシュラム様、すでに陛下は命を下されました。私のような者が陛下のお気持ちを忖度するなど誠に恐れ多いことなれど、これ以上議論を続けられるのは陛下のご不興を買う恐れがございます」

 ラジャラスさんが、玉座の間で眠りこけている陛下を意味ありげにチラリと見てからそう言った。

 イシュラムさんは不機嫌そうにラジャラスを見やってから眠りの森の王様に視線を向けて、小さくため息を吐く。


「わかった。これはすでに陛下が決められたことだ。もう、何も言うまい」

 イシュラムさんはそう言って、めちゃくちゃ気落ちした様子でその場を退席した。

 イシュラムさん……。

 私としては厄介な相手なのだけど、滲み出る苦労人臭からどうにも嫌いになれない相手だ。


 そしてその日、私とゲスリーのグエンナーシス領行きが決まったのだった。




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