王宮暮らし編⑱ ご神託
この場の雰囲気に乗れ切れない自分をどうにか叱咤して口を開くことにした。
「あの、えっと、タゴサクさん。タゴサクさんの気持ちは、なんとなくわかったような気がしました。それでですね、お願いしたいことがあるんです」
私がそう話しかけると、タゴサクさんが再び顔を上げて私をみた。
そして眩しそうに目を眇める。
「ああ、なんということでしょう。リョウ様は、罪深き我らに新たな神託をくださるというのですか……!?」
いや、神託とかそんなことは一言も言ってないよ。落ち着いて。
「神託とかではなくてですね、やってもらいたいことがあるんです。あ、その前に、お伺いしたいのですが、現在王都の暴動事件を機に、一部のルビーフォルンの民がウヨーリが私だと知ったはずです。どのくらいの割合が、そのことを知ってますか?」
「あの場にいたものは、ウヨーリ様の正体がリョウ様であると確信したことでしょう。しかしそのことは広まっておりません。我らは教えに忠実でございます。あの時、尊きお方の真実について気づいたとしても、決して口にはいたしません」
コクリと力強く頷くタゴサクさんがそう断言した。
「そうですか……」
そういえばウヨーリ教って、ウヨーリ様の話をすると口がただれる呪いがあったっけ。
となると、今の時点でウヨーリと私を重ねてる人は、もともと知ってたタゴサク教と、あの場で暴動に参加していた人達だけなのか。
そうか……。
この手は、私の気持ち的にずっと使いたくないなって思ってた。思ってたけれど、結局使いたくなくて使わないでいたら、全部変な方向に話が行ってしまった。それなら、もういっそ……。
私は改めて息を吸い込んで、そして細く深く吐いた。
私は覚悟を決めたのだ。もう躊躇しない。躊躇なんかしていたら、親分にしてやられる。
それが、あの時のことで痛いほど分かった。
「ウヨーリの正体が、私であるという話をルビーフォルンの人達に広めてもらうことはできますか?」
と言う私の申し入れに、リュウキさんが興奮したような顔で口を開く。
「そ、それは……! とうとう、真実を明らかにされるのですか!?」
真実を明らかにさせるっていうと、私は別に天上の御使いじゃないし、正確に言えば真実ではないんだけど、うん、まあ、そういうことでいいや。
私が嫌々ながらも頷くと、タゴサクさんがこぼれ落ちそうなぐらい目を見開いて私を見て、そしてそのこぼれそうな目から涙をぽろりとこぼした。
「ああ、なんと慈悲深いのでしょうか……! リョウ様のお考えの通り、暴動が起こりましたのは真実を知らぬ者達の哀れな暴走でございました……。その事実を知ることで、今後あのようなことは起こらなくなりましょう。それにグエンナーシス領地に広まっている邪教を正せるかもしれませぬ。ああ、リョウ様は、正しい教えを広めるために、王族と縁を結んでまで国に君臨され、罪深き我々を見捨てずにこのように導いてくださる……!」
そう言って、タゴサクが「尊すぎる……!」とか言いながら滝のように涙を流した。
相変わらずのタゴサクさんのリアクションのすごさよ。
あとさっき、君臨とか言ってたけど、君臨はしてないからね。そういう変な言い回しはそろそろやめようね。
「君臨はしてませんよ」
「ええ、ええ! わかっておりますとも!」
そう言って恍惚の表情で私を仰ぎ見るタゴサクさんを見る限り、全然わかってないのは伝わってきた。
タゴサク対応に疲れてきた私は、ため息を吐きだすと話を先に進めるために口を開く。
「どのくらいの期間で、ウヨーリの正体の話をグエンナーシス領にまで浸透させることができますか?」
「ルビーフォルン領内でございましたら数日中に。しかしグエンナーシス領は、なんとも……。しかし真の神からもたらされし真実というものは、すぐに人の心に染みわたっていくもの。それほど長くはかからないでしょう」
そうタゴサクさんはタゴサイックスマイルを浮かべて自信ありげに言い切った。
人に教えを広めることに関しては天才的すぎる彼が言うのだから、それほど時間はかかるまい。
よし、と私は覚悟を決めた。
バラバラになった状態のウヨーリ教を一旦一つにまとめる。
つまり、どの宗派もウヨーリ教初期派のタゴサク教にする。
そうすれば、複雑だったのが一旦見えやすくなるし、この前の暴動事件みたいに私じゃもう手に負えないという案件もなくなる。
もうよくわからない血塗られたタンポポに踊らされない、はず。踊らされそうになったとしても、私の一言で止められるようになる。
それはかなりでかい。
グエンナーシス領の剣聖騎士団は神に選ばれた戦士という扱いになっていて、かなりの影響力を持っている。
場合によっては、その英雄であるアレク親分の一言で、彼らが反乱を決起してしまう可能性はどうしてもでてきてしまう。
でも、剣聖の騎士団は所詮神に選ばれた存在であって、神じゃない。
グエンナーシス系列のウヨーリ教も頂点はウヨーリだ。
ウヨーリが私だと知られれば、グエンナーシス領の人たちも親分の思いのままにはできないはず。少なくとも、私の話にも耳を傾けてくれるはずだ。
もし、親分が、ウヨーリ教武闘派をけしかけて反乱を起こそうとしても、止められる。私がストッパーになれる。
まあ、そうすると、私が国に警戒される可能性もあるのだけど、王都で女神扱いされてても何の文句も言われない上に、現在王族の婚約者という立場にいる私に国がどうこう文句を言ってくるとは思えない。
むしろ、今回の私の名声を利用して王族の婚約者にしたように、他領地での扱いについても今の私の立場を利用してもらう方向に動く可能性すらある。
この前の評議会での話し合いを聞く限り、グエンナーシス領をまとめられる人を欲してたし。
あの時の評議会の話し合いを聞く限り、ゲスリーがグエンナーシス領に新領主として就く可能性が濃厚だ。
でも、ゲスリーを一人でグエンナーシス領に行かせるのは不安しかない。
親分を捕まえるために、以前めちゃくちゃ非道なことを平気な顔で話してたし。
私はゲスリーの婚約者だし、グエンナーシス領でも影響力があると知れれば、私が一緒に行くのはそこまで不自然な流れではない。
私が一緒について行ければ彼がやばそうなことをしようとしたら、止められる。
私は、持ってきた筆記用具と紙を取り出すと、とある作戦内容を書きなぐる。
そしてそれをタゴサクさんに渡した。
「これをルビーフォルンにいるバッシュ様に渡してください。必ず」
私がそう言って差し出した手紙を、タゴサクさんはいつもタゴサイックスマイルを浮かべて恭しく受けとった。
よし。
話が一段落ついて改めて周りを見渡して、この地下の空間についてふと疑問に思った。
「そういえば、この場所ってどうしたんですか? ここって外と繋がってるってことですよね?」
そう言いながら、天井のあたりも見渡す。綺麗に均されていて、人工的に作られたものっぽい。いや、魔法かな? どちらにしろ人の手で作られているきちんとした部屋になっている。
「ここはコーキ伯父上から教えてもらった場所でございます」
リューキさんがそう言って私は目を丸くさせた。
「ええ!? コウお母さんから!?」
「ええ、なんでも父上が母上とお会いする時に使っていたようです。半分埋められておりましたが、魔法を使って掘り起こして使えるようにいたしました」
とリュウキさんが両親の若かりし頃の恋愛話を少し照れくさそうに話した。
リュウキさんの父上って、精霊使いのセキさんだよね?
この空間、セキさんがその奥さんが逢引に使ってたってことか。
そういえば、セキさん夫婦ってかけおち同然で、王都から飛び出したらしいもんね。王女である奥さんと愛をはぐくむために、この地下で人目を忍んで会っていたのか……。
しかし、王女様に会うためだから仕方ないのかもしれないけど、後宮的な建物の地下にこんなもの作っちゃうとか、セキさんの若い頃ってさすがにやんちゃ過ぎないだろうか……。
基本的に常識人な感じで落ち着いて見えるセキさんだけど、どうも奥さんとのエピソードを聞く限りかなり情熱的だ。さすがはコウお母さんの弟と言ったところか。恋をすると何も見えなくなるタイプなのかもしれない。
それにしても、この地下通路の存在を知っているのは、どれくらいだろう。
コウお母さんが知っているということは親分も知っている可能性がある……。
「他に掘り起こされた痕跡とか最近誰かが使っていたような跡はありましたか?」
「いいえ、私が掘り返すまでは、誰かが使った跡はございませんでした」
なるほど。親分達もこの地下室の存在は知らないと思っていいのかな?
少なくとも、この道は最近まで使われてない。それに親分が知ってるかもしれない部屋をコウお母さんが私に教えるわけもないか。
けれど、楽観視するのも良くないね……。
ここが使えたらこれから出入り自由になるってことで、私的には嬉しいけれど……。
やめておこう。
「ルビーフォルンへ帰る前に、この部屋への入り口は今後二度と使われないように、念入りに潰しておいてくださいね」
「かしこまりました。このタゴサク、リョウ様の命しかと承りました」
あの親分達とやり合うっていうのだから、一つも油断できない。
もう、後手に回るのは嫌だから。









