王宮暮らし編⑮ 王国評議会 後編
有象無象の集団が同じ意志を共有し、確固たる絆をもって団結してしまう現象を私は何度も見てきた。
ウヨーリ様のもと、アレらは一つの集団として恐ろしいほど完璧に統率された動きを見せてくる。
タゴサクのタゴサイックスマイルが浮かんで思わず背筋がゾッとした。
グエンナーシス領にもウヨーリ教が浸透してるかもしれない……。
しかも、親分が剣聖の騎士団の維持のために、何かしらウヨーリ教を利用している可能性もあるんじゃないだろうか……。
もともと私がヘンリーと婚約する羽目になった大元の騒ぎである城門前のウヨーリ教徒暴走事件だって、親分がその存在を知っていたからできたことだ。血塗られたたんぽぽとかいうおかしな小道具で暴動を呼びかけた。
ルビーフォルンがウヨーリ教徒の巣窟であることを親分は知っている。
でも、バッシュさんがウヨーリ教徒を使って暴動事件を起こす作戦を親分に伝えたのは、驚くべきことにバッシュさんが王都に来てからだと聞いた。
それが事実なら、親分がウヨーリ教のことを知ったのは、剣聖の騎士団なるものができるのよりも、随分と後だ。
バッシュさんが嘘をついている?
いや、バッシュさんはもう私に嘘をつかないと約束してくれた。ルビーフォルン領の良い領主になると約束してくれたバッシュさんが、そんな嘘をつくとは思えない。
だとしたらバッシュさんも知らされてないだけで、親分達は前々からウヨーリ教の存在を、そしてその影響力を知っていたんじゃないだろうか。そしてひっそりとそれを利用していたとしたら……。
嫌な予感に思わず眉根が寄る。
いや、考えすぎも良くない。まだ実際どうなのかは定かではないのだから。
でも、このことは早めにどうにか情報を収集したほうが良さそうだ。
グリードニヒという人が見栄で報告を怠る系軍人だから、グエンナーシス領の現状が城の中枢にまで知られてこなかったけれど、これからちゃんとした人がグエンナーシス領に介入するとなれば、色々知られたくないことが知られて、またルビーフォルン領も巻き込まれるかもしれない。
「どちらにしろ、我々がグエンナーシス領の民に歓迎されていないことは確かだ。かの領地ではアレクサンダー率いる剣聖の騎士団はいまだ英雄扱いされていると思っていいだろう。一時的な気持ちで奴らを崇拝する哀れな民に、我々こそが真の正義であるとわからせなければならない。そうしなければ、真の意味でかの領地を平定することはできないだろう」
イシュラムさんが、難しい顔をしてそうまとめると、議会の人達は神妙な顔で頷く。
「となると、粗暴なグリードニヒにグエンナーシス領は手に余るのではないか。あいつは確かに武の才能はあるが、それだけの男だからな。わしは前々から、奴をグエンナーシスにやるのは反対だったのだ」
ゴウライさんがそれ見たことかとでも言いたそうにそう言うと、クリシュトさんが不機嫌そうに眉根を寄せた。
「グリードニヒ様でなくとも、城から派遣された者は問答無用で敵対視されるような気がします。大雨の災厄時の我々の対応をまだ忘れていないでしょうから……。誰が行こうとも結果は同じなのではないでしょうか」
そう落ち込んだように言うクリシュトさんの意見に、その場が一瞬静まった。
大雨の災厄での対応は、魔物にビビりまくったあの王様が決めたことだ。
けれど、ここにいる評議会は王様を止めなくてはいけなかった。それが彼らの役割だった。でも止められなかった。
当時も評議会のメンバーだったイシュラムさん、アルベールさん、ゴウライさんが渋い顔をする。
ヴィクトリアさんが、その場の空気を悪くしたことに気付いていないクリシュトさんに生ぬるい笑みを浮かべた。
なんとも言えない暗い沈黙に、イシュラムさんがため息を吐くと口を開いた。
「とはいえ、正確な報告ができない者をこのままにしておくことはできない。誰か彼の代わりにグエンナーシス領に行ってもらう必要がある」
「わかっとるわ。グリードニヒの奴め、面倒なことをしよる。だが、奴の代わりに他の者をやるにしても、陛下を説得するところから始めなければならんぞ。陛下がお望みなのはアレクサンダーとかいう奴の首だ。だからこそ、荒事が得意で単純バカなグリードニヒを行かせた。……陛下の御心を変えるのは骨が折れるぞ」
忌々しそうに鼻にしわを寄せてゴウライさんが言った。
「そのことは分かっている。領主の代行として申し分ないお方であり、陛下のご納得を頂ける方に心当たりはあるが……」
と疲れたような顔をしたイシュラムさんがそう言って、空席になっている椅子をちらりと見た。
しかし、すぐに首を振って息を吐く。
「こちらもなかなか、難しい。しかし、このままではいけないな……。私の方でどうにか頼んでみよう」
イシュラムさんが、沈痛な面持ちでそういうと、評議会の話し合いも終了したようで解散していった。
私はふーと息を吐き出す。
実際に評議会に参加したわけじゃないけれど、盗み聞きな感じなのでちょっと緊張してたみたい。肩凝った。
でも、多少の肩こりを代償に、思いの外に新しい情報を仕入れることができた。親分は逃げおおせているのか……。
しかも、グエンナーシス領は一旦大人しくはしているけれど、なんだかくすぶってる感じだし……。
困ったことになりそうな気配をひしひしと感じる。
領主代行もグリードニヒさんから別の人に代わるっぽいけど、さっきの話を聞くかぎり派遣されそうなのって……と、該当人物が近くにいることを思い出して顔を上げると、バチっとゲスリーと目があった。
……え、なに。
ふと視線をあげたら目が合うって、まさかゲスリーさん、ずっと私のことを見ていたのだろうか。
「……どうかされたんですか?」
「別に」
と恐る恐る尋ねる私にゲスリーはそっけなく答えて、私をじっと見ている。
用がないなら見ないで欲しいんだけど……。
「アレクサンダーは君の知り合いか?」
ゲスリーがゲスマイルを浮かべながらそう唐突に尋ねてきた。
びっくりして一瞬頭が真っ白になったけど、悟られるわけにはいかないと落ち着いたふりをして口を開く。
「……まさか。なぜそのようなことを?」
「先ほどの君を見て、なんとなく。気にしていたようだからね」
……ゲスリーめ、鋭いな。
しかし、親分と繋がりがあるなんて、簡単に頷くわけにはいかない。そんな風に疑われ始めたらやばい。落ち着け私。
私はにっこり微笑んだ。
「それはそうでしょう。かのアレクサンダーなる者はルビーフォルンを陥れようとしたものですよ。私の商会の従業員を誘導して、ルビーフォルンに反乱を起こさせようとしたのですから、気になるのは当然です」
「そう。なら、アレクサンダーが早く捕まってほしいかい?」
「ええ、それはもちろんです」
「なら、私が捕まえてきてみせようか。その害獣を」
と、ゲスリーがあまりにも自信たっぷりに言うものだから、笑顔を貼り付けたまま少しばかり固まる。
ゲスリーなら、確かに、早々に親分を捕まえることはできるかもしれない。
でも、それは、きっと私が望むような形じゃない。
……私は、ここにきても未だに、親分のことを慕ってる。
私は私のやり方で、親分には思いとどまってほしいと思ってる。
「……議会の方々も手掛かりすらつかめていないのに、できるのですか? 流石は殿下。大した自信ですね」
私がそういうと、ゲスリーはさらに口角をニヤリとあげた。
「害獣に傾倒する家畜達を一人一人処分していけばいい。害獣が現れるまで、家畜を殺していくと教えながら。そうすれば、家畜達は必死になって害獣を探して差し出そうとするし、もしかしたら害獣は自ら姿を見せるかもしれない。例え害獣が見つからなかったとしても、家畜達は姿を見せない害獣に失望し、眼を覚ますだろう。誰よりも家畜を愛し、幸福にさせてくれるのは魔法使いであると、思い出す」
つらつらと楽しげにゲスリーが語った内容に、顔が青ざめた。
非道すぎる。
私は、思わず目に力が入った。
「そんなことをしたら、グエンナーシスの領民はより王侯貴族を信用しなくなります。今でさえいい関係ではないというのに、なんの罪もない領民達を、アレクサンダー一人を捕まえるために犠牲になんてしたら、領民の心は離れていくばかりです!」
私が声を荒らげてそう言っているのに、ゲスリーは相変わらず余裕の笑みだ。
「家畜の信頼はそんな大事なものかな。大事なのは、彼ら家畜たちが、己が家畜であり我らが飼主であると思い出すことだ。そうは思わないかい」
さも当然なことを語っているかのようなその様子に、眉間にシワが寄った。
「……思いません。そんなことをしていたら、いつかこの国は滅びますよ」
「滅びはしないさ」
ゲスリーは不敵に笑ってそう言うとすっと椅子から立ち上がった。
そして扉の方へと向かって歩いていく。
どうやら評議会も終わったので、とっと帰ることにしたらしい。
急に連れて来たかと思ったら、急に帰ろうとするゲスリーに、先ほどまでの会話もあいまってげんなりした。
でも、ここで解散なのは私としてもありがたい。ゲスリーと話してると、なんか、ホントどぎまぎして心臓に悪い感じするから……。
私は心を落ちつかせるように大きく息を吐き出すと、立ち上がってゲスリーについていく。
すたすたと何事もなかったかのように前を歩くゲスリーの背中を見て、私はふと疑問が浮かんだ。
そもそもゲスリーは、なんで今日ここに私を連れて来てくれたんだろう。
「……ヘンリー殿下、どうして私をここに連れて来てくださったのですか?」
スタスタと私の前を歩いていくゲスリーの背中を恨めしげに見つめながらそう尋ねると、ゲスリーは振り返らずにいつもの口調で、
「理由は最初に言っただろう? 君が来たがってると聞いたからだ」
と言った。
いやだからなんで私が来たがってるからって、連れてこようとしたのかってことを聞いてるんですけども。
まあ、いいか。
なんか一瞬気になって聞いてみたけど、大した理由はないのかもしれない。
それに今までの経験上、彼の考えてることってどんなに考えても理解できないことが多いし。
別に会話を弾ませたいわけじゃないから、もう聞くのはやめて黙っておこうと思ったのだけど、ゲスリーがふいにピタリと足を止めた。
「でも言われてみれば、どうしてひよこちゃんが行きたいからって、連れてきてあげようなんて思ったのだろうか」
そう独り言のようにそういうと、ゲスリーはゆっくりと私の方を振り返る。
その顔は何故かいつもより顔色が悪い、ような気がした。
というか、怒ってる?
人を食ったような笑顔が消えてる。
「……何か私にしたかい?」
あのいつも余裕そうな笑みを浮かべてるゲスリーから、少し緊張したようなこわばった声が聞こえてきた。
「何って、特に何もしておりません。それに私に何ができるというのですか?」
私がゲスリーの急変に驚きつつもそう答えると、ゲスリーはじっくりと私を見た後、いつものように胡散臭い笑みを浮かべた。
そして静かに、「それもそうだね」と答えて、そのまま私に背を向け歩いていった。









