王宮暮らし編⑭ 王国評議会 前編
ゲスリーのニマニマ笑顔から視線を逸らして、壁の覗き窓から評議会の様子を盗み見る。
評議会の話し合いは始まったばかりのようで、各々の取り組みの進捗状況の確認のようなことを話していた。
出席している評議会のメンバーは5人。
いつもよくしてもらってるアルベールさんにヴィクトリアさん。そして、私のことをあんまりよく思ってなさそうなイシュラムさん。それと、見かけたことはあるけど今まで接点のなかった貴族のゴウライ様とクリシュト様だ。
本来、評議会員はヘンリー含めて他に3人居るはずなのだけど、グエンナーシス領に遠征しているグリードニヒさんは不在。そんでもって、ヘンリーと同じく王族のヘンドリクス様もいない。
グリードニヒさんは遠征中だからしかたないとして、同じ王族のヘンドリクスさんもサボりなんだろうね。ゲスリーも面倒な時は出ないと言ってたし。
実際今私の前でサボってるし。のんびり私の前の席で本読み始めたし。
相変わらず政治に全く興味がない王族達である。
ということで5人での会議は、見ている感じ司会進行役というか話を引っ張っているのは、イシュラムさんのように見える。
ウヨーリ暴動裁判の時に、見かけたモノクルをかけた頭の良さそうな人。
あの時も、それなりの発言権がありそうだとは思ったけれど、この会議の様子を見る限りそれなりどころか、かなりの権力がありそうだ。
イシュラムさんは裁判の時、私の存在はゆくゆくは国を滅ぼすというようなことを言っていて、私に対して否定的だった。エレーナ先生をはじめとしたイシュラムさんの息がかかった監視役を常に私の側においてるし。
思ったよりも、厄介な人に嫌われてるかもしれない。
そんなイシュラムさん率いる評議会の話し合いの内容が、以前アルベールさんと協力して行った国策の話になって私は耳をそばだてた。
「国策で施工した農法改革は、各々の領主から領民に知らせてもらっているが、一部の領地ではあまり領民の反応がよくない。今までと勝手が違いすぎて、疑問の声が上がっているらしい。そしてそれは非魔法使いの領民だけにとどまらず、貴族や領主ですらも新しい農法を信用できないでいる者もいるようだ」
イシュラムさんはそういうと、鋭い視線をアルベールさんに向けた。
国策に関する責任者はアルベールさんだからだろう。
アルベールさんはイシュラムさんから鋭い視線を受け取ると、口を開いた。
「受け入れるのに時間がかかるのは想定内だ。だが、こちらの見通しでは、それはそのうちおさまる。新しい農法で育った作物を見れば、不満はたちどころに喜びと感謝に変わるだろう」
流石のアルベールさんは、イシュラムさんの射抜くような視線にも物怖じせずそう言ったけれども、イシュラムさんの追及の眼差しは緩まない。
「それはいつだ? 魔法で育つのと違って、すぐには実らないのだろう? 何日かかる」
「それは作物による。今回推奨しているものは比較的育ちが早く、各領地の気候などを加味した上でどんな環境にも適応できるものを中心に採用した。そう時間はかからない」
アルベールさんがどっしりと構えてそうはっきり言ってくれたおかげで、イシュラムさんの反応は悪くなかったが、ほかの参加者の一人がハッと鼻で笑った。
「魔法を使わない農法など愚かしい行為にしか思えんな」
と吐き捨てるように言ったのは、宰相補佐のゴウライ様だ。金茶の髪に長いヒゲが印象的でお腹がでてるおじさんだ。魔法使いなのに、少々老けて見えるということは、かなりのご高齢に違いない。
「このまま魔法だけを頼りにすることこそ、私は愚かしいと思うがね。みすみす国が自滅するのを黙って見ているようなものだ」
と、アルベールさんがいって、アルベールさんとゴウライさんとの間で少々剣呑な雰囲気に……。
アルベールさんの言ってることは、的確だし、今は待ってもらうのが一番だけど、すぐに結果が形になる魔法に慣れきっている人からすると、待つと言う行為は思ったよりもストレスが溜まるのかもしれない。
「ですが、気になりますね。一部の領地では反発がないのでしょう? その領地ではなぜ反発がないのでしょうか?」
この中では比較的若い見た目の青年がそう言った。魔法騎士団の副長のクリシュトさんだ。
彼がそういうと、イシュラムさんは書類に目を通して口を開く。
「反発が全く出てきていないのは、レインフォレスト領、ヤマト領、ルビーフォルン領、そしてグエンナーシス領だ」
「ルビーフォルン領に今回の国策で推奨した農法が既に浸透しているのは当然として、あとの領地もルビーフォルンと接している領地ですね。しかも、グエンナーシス領についてはまだ反乱に対する混乱が残っているというのに、農法改革については問題ないというのは意外です」
と、不思議そうな顔でクリシュトさんが言うと、アルベールさんが頷いた。
「それについては、我々が国策として採用する以前に、ルビーフォルン周辺の領地の一部では、例の農法が浸透しているようだった。その点が、周辺領地の反発がない理由だろう」
アルベールさんのその言葉に、ゴウライさんが眉を上げた。
「は? ルビーフォルン領のバッシュ殿は、自らの足で領内を回り農法を試させたと聞いてるが、まさか他領地にまでわざわざご足労頂いて農法を広めていったわけか?」
と、馬鹿にしたような口ぶりで、ゴウライさんが言うとあり得ないと言いたげに嘲笑う。
アルベールさんがそれをみて冷静な眼差しを向けた。
「そうではない。農法を心得たルビーフォルンの領民が口伝によって周りに広めていったらしい」
「民が勝手に広めたということか? そんな馬鹿な。奴らは、与えられたものを受け取るぐらいしか能がない。農法を伝え広めるなどありえん」
ゴウライさんは、そう言って顔をしかめた。
「ありえない話ではないから、実際にルビーフォルン領を中心にして広く浸透している。また口伝で伝わりやすいように、知識を物語の中に取り入れて広まっていった部分もあるようだ。そして何より、口伝で自然に広まってしまうほどこの農法改革が画期的だったということだろう」
「はっ、どうだか。だいたい非魔法使いにそんなことを考える頭はないように思うがね。……おっと失礼、ヴィクトリア殿、貴女は別物ですよ。少なくとも、金勘定はできますからな」
ゴウライさんはそう言って、いやーな視線をヴィクトリアさんに向けた。
ヴィクトリアさんは笑顔でそれを流しているけれども、わたしには分かる。
あの顔はめちゃくちゃ怒ってる。
私の前だと、商人としての先輩というか頼れる姉御感があるけれど、あの中じゃ立場が違いすぎるもんね。ヴィクトリアさんもヴィクトリアさんで色々大変だ……。
「でも、物語として広まるというのはいいですね。実際にルビーフォルンでそれがうまくいってますし、反発の起きてる他領地でもそのやり方でうまくいくかもしれません」
クリシュトさんが、場の空気を和ますかのように明るい声でそういうと、アルベールさんが頷いた。
「もしこのまま新しい農法改革に対する反発が多いようなら、ルビーフォルン領で用いられたその手法を取り入れるのを検討するのも手でしょうな」
アルベールさんが和やかにそういうと、ゴウライさんが不満そうに鼻を鳴らして、
「ルビーフォルンでうまくいったのは、たまたまだと思うがね」
と厭味ったらしく応じた。
なんか、アルベールさんとゴウライさんて仲悪いのかな……?
そんな感じで、何かにつけて噛み付いてくるゴウライさんにアルベールさんが対応するみたいなやりとりが続いたけれど、最終的にイシュラムさんが咳払いをして二人を黙らせた後、口を開いた。
「わかった。とりあえずは、しばらく待ってみよう。新しい農法について半信半疑の領主にも、改めてその旨で知らせを送る。それでいいのだな、アルベール」
イシュラムさんが鋭い視線を向けてそう言うと、アルベールさんは頷いた。
ということで、しばらくは様子見ということで一旦は国策に関する話し合いは終わったようだ。
それにしても、レインフォレスト領に農法が伝わっているのはクロードさんからちらりと聞いてたし、ヤマト領もガリガリ村があった領地だから、農法が知られていてもおかしくないとは思うけれど、グエンナーシス領にも知られてたとは……。
うーん、広まってるのが農法だけならいいけれど……。もしグエンナーシス領にもウヨーリ教徒がいるとなると、ちょっと、面倒なことになるかもしれない。
親分の反乱が起こってる領地だからなぁ……。
「ところで、グエンナーシス領の平定の件は、どのようになっているのでしょうか」
ヴィクトリアさんが微笑みを浮かべ、谷間をよせながらそう言うと、クリシュトさんがヴィクトリアさんの胸のあたりを見て顔を赤らめた。赤らめたけれど、決して胸のあたりから視線をそらさないクリシュトさん。
まあ、気持ちはわかるけども。
「おい、クリシュト、グリードニヒからの反応は?」
ゴウライさんにそう声をかけられて、ヴィクトリアさんの寄せたお胸に夢中だったクリシュトさんは、びくってなりつつ「はい!」と返事を返した。
そして慌てたように口を開く。
「え、えっと、その件は、以前グリードニヒ様からアレクサンダーの足取りをつかんではいる、という報告を受けてはおりますが……」
とクリシュトさんが言いづらそうに口にすると、イシュラムさんから、「その件は私の方で調べた」と少々怒りを含んだ声を響かせた。
実際顔も不快そうに眉根を寄せている。
クリシュトさんは恐縮したように、申し訳ございませんと頭を下げた。
評議会の力関係的には、グリードニヒとやらの穴埋めであるクリシュトさんは地位が低そうだ。
そして、イシュラムさんは、苦々しい表情のまま口を開く。
「グリードニヒからの報告に信憑性を感じなかったので、私が信頼できる手段で確認した。未だにアレクサンダーは捕縛されていない。それだけでなくグエンナーシス領の統治に関しても、実際はかなり難航しているようだ」
苦々しい顔でそういうと、ゴウライ様も呆れたように顔をしかめた。
「ちっ。グリードニヒ、あいつ嘘をついてたのか。ならば、剣聖の騎士団の動きを抑えたという話もデタラメか?」
「剣聖の騎士団は、抑えるというよりもグリードニヒがグエンナーシス領についた頃にはすでに瓦解している現状で、存在自体がうやむやになっているという話だ」
「うやむや?」
「つまり、グエンナーシス領地にそのような騎士団があるということ自体がなくなっている」
イシュラムさんが忌々しそうにそういうと、その場がすこしばかり騒然とした。
「馬鹿な。かなり大きな集団になっていたのだろう? それが煙のように消えてなくなるなど……グエンナーシス卿が嘘をついたというのか?」
戸惑うようにゴウライさんがいうと、イシュラムさんは眉根を寄せて口を開いた。
「可能性はあるが……おそらくそうではない。剣聖の騎士団は、もともと平民から集めて作られた自警団だ。王都から魔法騎士団が来ると聞いて、もとの平民に戻って鳴りを潜めているのだろう。……それにしても統率されすぎている。有象無象の集団であるはずが、ここまで上手く身を隠しているというのは、信じられない」
というイシュラムさんのご回答に、先ほど私の脳裏に一瞬よぎった可能性が再び存在感を出してきた。
グエンナーシス領にウヨーリ教が広まっている可能性だ。









