王宮暮らし編⑩ まさかの再会 前編
城内にある図書室に向かうために、エッセルリケ様の目をかいくぐって女性居住エリアから脱出した。
最近の私は、自室に引きこもるか、女性居住エリアから抜け出して図書室に入り浸るかの二択の生活を送っている。
全てはエッセルリケ様から私の唇を守るため……。
図書室に行くときは、あんまりわらわらと出かけるとエッセルリケ様に気づかれるのでお連れもイシュラムさん配下の王宮女官を二人だけ。
彼女達は私の監視役みたいなものなので、どうしてもついてくるので仕方ない。
ということで、イシュラムさん配下の女官を二人連れて図書室につながる回廊を歩いていると、前から見たことがある銀髪の君が現れた。
王様お気に入りの美貌の男ラジャラスさんだ。
私は、軽く膝を折って淑女の礼をとると、わざわざラジャラスさんは立ち止まってくれた。
そして、チラリと後ろの王宮女官を見る。
女官を下がらせて欲しそうな感じだ。何か私と話したいことでもあるのだろうか。
とりあえず私は彼女たちを少し後ろに下がらせると、薄笑いのようなどこか冷たい笑顔を貼り付けたラジャラスさんが口を開いた。
「リョウ様、このようなところにいらっしゃるとは珍しい。どうかされたのですか?」
わざわざ女官と距離をおいてなんの話をするかと思えば、世間話だろうか。
薄笑いのラジャラスさんの笑顔に負けじと私も微笑み返した。
「少し調べ物がございまして、城内の図書室に行く途中でございます」
私がそういうとラジャラスさんはなんだか胡散臭い感じで眉を吊り上げ驚きを顔に表現した。
「調べ物? どのようなことですか? 流行りのドレスについて? それとも腕のいい宝石職人? はたまた髪の手入れのための香油のことでしょうか? 残念ですがリョウ様、城内の図書室を調べてもそれらの情報はございませんよ」
なんかねっとりとそう言われた。
というか、ラジャラスさんの口元は笑ってるんだけど、目は完全に笑ってない。
なんなんだこの人。
私が、図書室に通っているのは評議会について調べてるからなんだけど、それを知って牽制でもしてきてるのだろうか……。
国の政治を行う評議会には、王族で魔法使いであれば基本的に入れる。
私は魔法使いではないけれど一応王族の婚約者ということで、どうにか参加できないかなぁと今までの事例を当たっているのだ。城内の図書室には、王室仕事に関する書物が眠っているからね。
私は、何を考えているか分からないラジャラスさんを見返す。
「いいえ、そう言うものではなくて、評議会について調べようと」
私が試すようにそういうと、ラジャラスさんは辛うじて貼り付けていた薄ら笑いを消し去った。
「評議会? 奇妙なことをおっしゃる。あなたはこれから王族の籍に入るお人です。このようなことせずとも良いのですよ。きらびやかな衣装に身を包み、髪を丁寧に梳いてもらい、定期的に民に笑顔で手を降っているだけでいいのです」
そう言ったラジャラスは完全にバカにしたように私を見下ろしている。
バカな娘だ、と言いたげだ。
少々カチンときた。
というか、そもそもこのラジャラスさんが、ヘンリー殿下と私の婚約話を持ち上げたことが原因で、私はここにきたと言っても過言じゃ無い!
ファーストキッスも、セカンドキッスも王族の何を考えているのか分からない雲の上の人々に奪われる羽目になったのだ!
唇の恨み! という気持ちで、きっと眉を釣り上げた。
「そうでしょうか。人々が私に笑顔を向けてくださるのは、私に何か期待をかけているからです。何もしなくなったら私はそのうち忘れられてしまうでしょう」
私がそういうと、ラジャラスさんは鼻で笑った。
その冷たい美貌に嘲りの色が浮かぶ。
「別にそれでいいのですよ。我々が欲しいのは今の名声だけです。あまり目立つようなことはなさらないよう。それがあなたのためですよ」
笑顔なのに、少し脅すような瞳が私をじっくりと見てる。
しかし直接侮辱されたわけでもなく、どう返してやろうかと迷っていると、「リョウ?」と誰かに名前を呼ばれた。
顔を向けると、アルベールさんと……。
「ア、アラン!?」
思わずうわずった声が漏れた! だって、アランだ! アランがいる!
あのいつも気づけば当然の顔で私の後ろに控えていたアランが、前方にいる!
久しぶりのアランは、長い黒髪を後ろにまとめて、仕立ての良いチャコールのスラックスとベストをきっちりと着て、グレーのジャケットを羽織っていた。手には書類の束を持っている。何と言うかできる男風の格好だ。
アランもおどろいているのか綺麗な黄緑の瞳を揺らして呆然としたような顔で私のことを凝視していた。
というか、アルベールさんが城内にいるのはわかるけど、アランがなんで……。
「これは! ンアルベェエル様!」
と、私が反応するより前に、私と話していた時とはワントーン高い声でものすごい発音で大げさにラジャラスさんが声をかけた。
ラジャラスさんの変わり身の早さにアランからラジャラスさんに視線を移すと、あのテンション王に見せていたねっとり小悪魔笑顔を浮かべていらっしゃった。
なんだろうか、私と対応する時とのこの差は。
そんなねっとりラジャラスさんは素早く、アルベールさんの側までくると、膝をついてアルベールさんの手を取る。
「こんなところでアルベール様にお会いできるとは、今日という一日は私にとってどんなに素晴らしいことでしょう」
そう言って、上目遣いに首を斜めに傾げてラジャラスさんはアルベールさんを見上げた。
これ絶対あれだ。自分が最も一番美しく可憐に見える角度を研究に研究を重ねて編み出したポーズだ。
私もよく研究してるからすぐにわかった。というか、こいつ……私相手の時と、態度違いすぎじゃないだろうか。
「あ、ああ、そうか……」
とアルベールさんは、大げさなラジャラスさんの動作に少々困り笑顔を浮かべていたけれど、ハッとしたような顔をして、ラジャラスさんに話しかけた。
「ちょうど良かった。実は、ラジャラス君にお願いしたいことがあったんだ。陛下のことなのだが、今いいかね?」
と言うと、もちろんでございます!と満面の笑顔を浮かべたラジャラスさんを連れて、アルベールさんは少し離れたところに行ってしまった。
どうやら陛下お気に入りのラジャラスさんを通して陛下にお願いしたいことがあるらしい。
ということで、私と久しぶりのアランがその場に残されたわけだけど、なんか、久しぶりすぎて緊張する……。
「リョウ、久しぶりだな」
と、緊張していた私にアランが声をかけてくれた。
アランが私を見て、優しげに微笑んでいる。
なんというか、久しぶりだからなのか分からないけれど、アランの雰囲気が変わったような気がする。
少し痩せた?
なんか声もちょっと低くなってる、ような気もするし……。
私は少しばかり戸惑いながら口をお開いた。
「久しぶりですね。それにしても、アランはどうして、こちらに……」
「リョウこそ……いや、そうか、ここは城内か。リョウに会うこともあるのか……」
とハッとしたように言ったアランは、ラジャラスさんとふたりで話し合っているアルベールさんにチラリと視線を向けてから再び口を開いた。
「俺は、今はおじい様のもとで、城の仕事について教えてもらっていたところなんだ」
それを聞いて、そういえばと思い出した。
確かアランは、レインフォレスト領に帰らない代わりに、城に勤めるアルベールさんの仕事の手伝いをするようなことを言っていた。ルビーフォルン商会とお城の仕事のかけもちで、大変そうだなって思った記憶がある。
でも、アランは、前、体調を壊したって……。
「アラン、体は大丈夫ですか? カテリーナ様から聞きました。元気がない様子だったって」
「あ、ああ……。いつまでも立ち止まっている訳にもいかないからな。もう、大丈夫だ」
と、あんまり大丈夫ではなさそうな笑顔を作ってアランが言う。
やっぱり、体調悪いのかな。
でも本人が大丈夫だというのなら、そういうことにしてあげるのが友情なのだろうか……。
「そう、ですか……」
と、とりあえず頷いてみたけれど、気になる。
そんな私の渋い顔を見て、アランが面白そうに笑った。
「そんな顔するなよ。本当に、大丈夫だから。体調も問題ない。それより、リョウは、どうだ。その、ここでの生活は」
と、アランが明るい声で、別の話題を振ってくれた。
アランの元気がないことについては、本当に問題ないのか分からないけれど、アラン的にはその話は続けたくないらしい。そんな雰囲気を感じる。
アランがそうしたいならと、私もアランの振った話題に移ることにした。
「慣れないことも多いですし大変ですけど、それなりに過ごしてますよ。最近は城内の図書室に通っているんです。学園にある図書館ほどの蔵書はないですけれど、こちらの書庫には、政に関わる資料が多くて勉強になります」
私がそう答えると、アランが懐かしそうに目を細める。
「リョウは、どこにいても変わらないな」
なんだか、ものすごくしみじみと言われて、私もアランの笑顔につられて微笑む。
「アランだって……」
変わらない、と言おうとしたけれど、なんだかアランの雰囲気がいつもと違うような気がして言葉を止めた。
見た目的にはそれほど大きな変化はなさそうなのに、なんだか全体的に落ち着いたような感じで……。
「アランは、少し、大人っぽくなりましたね」
そう呟くように言ってから、私は改めてアランをまじまじと見つめる。
そうだ、なんだかアランは大人っぽくなった。久しぶりに会ったからそう強く思ったのかな。
そんななんだか大人っぽくなったアランは、軽く微笑んで「そうか」というとふと視線を下げた。
そして、再びこちらに顔を向ける。
「この前の殿下とリョウの婚約式、遠目だったけど、見てたよ」
と、突然おっしゃった。
婚約式という単語で、エッセルリケ様との出来事で記憶の奥に封じ込めていたゲスリーとの出来事を鮮明に思いだしてしまった。
そうか、あの時、私、みんなの前でキ、キ、キ、キスをされたのだ。
あれ、アランにも見られてたのか……。