王宮暮らし編⑨ 王妃エッセルリケ様
【本編の前にお知らせです!】
11月30日(金)に……
転生少女の履歴書第7巻が発売されます!
まさかの7巻まで刊行できるなんて(感動)
いつも応援くださってありがとうございます!(五体投地)
今後ともよろしくお願いします!
頭が痛い。
今日は、城に越してからもっとも最悪な目覚めだった。
まさか、まさか、まさか私のファースキスが、あんな、あんな感じだなんて……!
なんなんだよ、ゲスリーあいつ!
家畜とは粘膜接触しないって言ってたじゃん!
裏切られたよ!
ゲスリーはゲスだからって、そっちの方面については心底安心していたのに!!
しかも、キスした後に濃厚な家畜談義まで始まって、後味も最悪だ……。
でもさ、あのタイミングで家畜談義されても、全然頭に入ってこないよ。もともとゲスリーのいうことは意味不明なのに。あのタイミングはないよ。もう全然頭に入ってこないもの。
ああ、あの後、呆然としながらもどうにか婚約式中は笑顔を保った私をサスリョウだったと誰か褒めて欲しい。
頑張った。私頑張ったよ。
あの時、本当は手がでそうだったけれど、どうにか堪えたんだよ。サスリョウだったよ……。
起き抜けベッドの上で、私が自分で自分を褒め称えてどうにか正気を保っていると、シャルちゃん達侍女が部屋に入って来る気配がした。
着替えを持って来てくれたんだろう。
もう、起きなくちゃいけない時間だ。
王様すっごーい! という主旨の祈りの言葉を捧げに行かなければ……。
天蓋付きベッドの中でもぞもぞ昨日のことを考えてうじうじしていた私は、どうにか起き上がった。
ゲスリーのせいで最悪な気分だけど、いつまでもうだうだ言っているわけにはいかない
いっそのこと昨日のことは、ちょっと変な虫に刺されたとでも思って、忘れよう。
よく考えたら、触れるか触れないかの軽いやつだったし。たまたま唇と唇がぶつかったようなもんだ。事故だよね。事故。そう、事故だ。
みたいな感じで忘れようと思いつつも、結局昨日ことが脳裏から離れない私が、朝の祈りの時間ももんもんと過ごしていると、
「よろしいかしら?」
と気だるげな声色で話しかけられた。
声をかけてくれた方を確認して、慌てて膝を床につけて低頭する。
一緒に連れてきたシャルちゃん達侍女も低頭した。
王妃であるエッセルリケ様だ。
本日も綺麗にブロンドの髪をまとめ上げて、すんとした顔でいらっしゃる。
神秘的な紺碧の瞳はいつもとろんと眠たそうで、化粧っ気のない顔は幼く見えるけれど、女性としては背丈が高くすらっとした体型に、慎ましやかな細身のドレスがよく似合う。
この国で最も偉い王様の伴侶にして自身も魔法使いという、この国で最も身分が高い女性だ。
最初、王宮に暮らすことになった時に挨拶はしているし、こうやって朝のお祈り時間に顔を合わせれば簡単な挨拶はしていたけれど、今までこんな風にエッセルリケ様から話しかけられたことなんかなかった。
いきなりどうしたんだろう。
「何か私にご用でございますか?」
顔を伏せながらそうたずねると、しずしずとした動きで私の方に近づいてくる気配を感じる。
「立って。顔を上げて」
と抑揚のない声が頭上から聞こえる。なんかすぐ近くまできてるんだけど。
エッセルリケ様の御足が目の前にある。
私は戸惑いつつも、立ち上がる。やっぱり近すぎてエッセルリケ様の胸に顔があたりそうだったので、一歩後ろに引いた。
しかし、私が一歩ひくとエッセルリケ様が一歩詰め寄った。
やだこわい。
戸惑う私のことは御構い無しのようで、私よりも背の高いエッセルリケ様のお顔が、斜めに傾げられて私を見下ろす
表情は無い。笑ってもいないし、怒ってもいないという無の表情だ。
めちゃこわい。
私は、さっともう一歩退いてみたところ、やはりエッセルリケ様は一歩前進した。
……どうしたものだろうか。
「あなた、昨日ヘンリー様と口付けをされてたわね?」
エッセルリケ様はやっぱり抑揚のない声でおっしゃった。
でも、先ほどの無表情の時と比べると、顔つきが少し怒っているような感じがする。目のあたりが険しい、ような気がする。
……ま、まさか、これって、私いびられる流れ!?
エッセルリケ様ってもしかしてヘンリー殿下のことが好きとか、そういう!?
そう思い至ってさーっと顔を青ざめた。
昨日ゲスリーが唇をぶつけてきたばかりに、エッセルリケ様に嫉妬されて何か意地悪されるのかもしれない……!
なんてことだ。
ゲスリーのせいで、こんな面倒なことに巻き込まれるなんて。
ゲスリーのせいで。
いや、一応エッセルリケ様は王様の妻なので、義理の弟に横恋慕なんてやばいと思うのだけど。
まあ、旦那があのテンション王なのだから、他にときめきを求めたくなったりするのかもしれないけど……。
ゲスリーは、顔だけ見れば一級品だし。
少々険しめなお顔で私を少し高めの位置から見下ろすエッセルリケ様に、私が惑いに惑っていると、心なしかその顔がどんどん近くなっている気がする。
こわい。
落ち着こう、ね、落ち着こう。
と言う気持ちで、エッセルリケ様と見つめ合っていると、マジで顔が近い。
そんなに、メンチ切られても……! このままいくと、唇にぶつかるよ!?
とか、脳内で思っていたら、本当に唇と唇がぶつかった。
……え?
なんで、エッセルリケ様、平然とした顔で私の唇に唇でタックルしてるの……?
私が頭真っ白になっていると、唇をペロリと舐められて、「おぅ!?」と少女らしからぬ声を出して、私は素早く距離をとった。
どういうこと!?
どういうことなの!?
どうしちゃったの!?
変な声でたよ!?
私が目だけで、どういうこと!? と王妃様に訴えかけてみたところ、王妃様はどこか満足そうにペロリと自分の唇を舐めると、「よろしくてよ」とだけおっしゃった。
何が!? 何かよろしいことあった!?
めっちゃこわいんだけど。
え、どういうこと?
挨拶? キスが挨拶みたいな?
それが王宮内だと普通なの?
え、じゃあ、昨日のゲスリーも挨拶?
王族の血が流れる雲の上の方々はやっぱり挨拶も違うってこと?
そんなこと初耳なんだけども?
え、どういう、本当にどういうことなんだろう……。
いや、だって今までエッセルリケ様、結構他人行儀っていうかさ、関わりなかったじゃん!
なんでいきなりそんな存在感放ってくるの!?
意味がわからなすぎて、「Oh!」以降一言も喋れないでいる私を、王妃様がクスリと笑った。
「男にキスされるなんて、昨日は災難でしたわね」
……。
いや、昨日だけじゃなくて、今さっきもすごい災難にあったけども……?
「でも、もう大丈夫よ。わたくしがいますもの」
王妃様は微かに笑ってそう言うと、彼女の後ろの侍女の一人が私を睨んでいることに気付いた。
なんか、訳も分からずすごい睨まれてる……。
エッセルリケ様も、私に鋭い視線を向ける侍女の存在に気づくと、その侍女の頬に手を添えた。
「そんな顔しないの」
と、甘ったるい声で言うと、その侍女の唇にキスをし始めた。
しかも長いやつだ。
呆然と私はその光景を見る。
一体これはどういうことなのだろう。
とりあえず帰りたい。
私が放心した状態で見守る中、エッセルリケ様とその侍女達は、イチャイチャしながら去っていった。
「リョ、リョウ様、大丈夫ですか?」
と横からシャルちゃんの声が聞こえてきた、ギギギと音が鳴りそうなくらいぎこちなくそちらに顔を向ける。
「なんか、私、さっき、エッセルリケ様にキスされたような気がしたんですけど……」
私が呆然とそう呟くと、シャルちゃんが同情の眼差しで私を見返した。
「すみません、まさかあんな大胆な行動をとるとは思わなくて……」
とシャルちゃんが、悔しそうに唇を噛んだ。
同じくアズールさんが横で、「リョウ殿、申し訳ないであります。私も、力及ばず……」と悔しそうに顔をしかめて下を向く。
二人の辛そうな顔を見て、私はようやく正気を取り戻した。
「あ、いや、別にお二人が悪いわけではないですから! それにエッセルリケ様相手に、どうこうすることなんて、できませんし……!」
と慌てて二人に言うと、アズールさんが首を横に振る。
「しかし、昨日の婚約式を間近で見られていたエッセルリケ様が、強行に出ることも考えられることだったであります」
とアズールさんが唇をかみしめた。
「そうですね。いままではうまくリョウ様と接触しないようにあしらえてましたけど、まさかあんな風に直接手を出されるなんて……」
と言って深刻な顔をするシャルちゃん。
「それほど花園を荒らされたことが気に食わなかったのでしょう。これからのことを思うと、厄介でありますなぁ」
とアズールさんが、顔をしかめた。
え、どういうこと、さっきから私、二人の話についていけてないんだけど。
花園を荒らされた……? いや、私、荒らした覚えないよ?
「あの、お二人はもしかして何か王妃様の行動の意図がわかってるんですか?」
私が恐る恐る尋ねると、シャルちゃん達が目を丸くした。
「リョウ様、もしかして、気づいてなかったんですか?」
「え、何をですか?」
と本当に何が何だかわからない私が尋ねると、アズールさんとシャルちゃんは目を合わせて驚いてる。
「リョウ様は、ご自身に向けられる気持ちに鈍感なところがありますから」
「そうでありますね……」
と二人でなんか納得してる。
いやなに、私にも説明して……。
という流れで、二人からエッセルリケ様のことを聞いた。
エッセルリケ様は王宮内で花園を作っている、らしい。
花園の花というのは、この女性しか入れない住居区に住んでいる女性たちのことを指す。
つまりこの女性だけが住まうエリアは、王様の後宮的な場所なんかと思ったら、どうやら王妃様のハーレム王国となっているらしい……。
もともと王妃様は私を花園の花にしようと、色々遠回しに接触しようとしていたらしいのだけど、それをうまいことアズールさんをはじめとした侍女の皆が避けてくれていたようだ。
全然気づかなかった。
おそらく今日の強行は、自分の花園の花に男が手を出したのが相当頭にきたのだろうとアズールさんは言った。
なにそれこわい。
王様も王様だけど、王妃様も王妃様だった……。
本日の衝撃的な事件のお陰で、ゲスリーとの婚約式が私の中で霞んだのは良かったけれど、エッセルリケ様こわい。
それからというもの、エッセルリケ様が何かと構ってくるようになったので、必死でそれを優雅に避ける生活を送ることを余儀なくされた。
先週のゲスリーの大恐慌に続き、またもリョウ様の唇が……!
とお嘆きの皆さま、前書きにも書きましたが、改めてお知らせです★
今月11月30日(金)に転生少女の履歴書第7巻が発売です!
今回も修正&加筆たっぷり、美麗イラスト満載でお届けします!
詳しくは活動報告にも載せてます…!
既に予約も始まっております。
いつもweb版にお付き合いいただき、書籍版も応援くださって誠にありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。