王宮暮らし編⑧ 婚約式
とうとうゲスリー殿下と私の婚約式の日になった。
実際に籍などを入れるわけではなく、私が成人したらこの二人夫婦になりますよー! 結婚するよー! ということを宣伝するための式である。
私は遠い目になりながら、今自分がいる場所を見た。
大理石のような滑らかな壁には、一面に花のレリーフが彫られており、天井には妖精のような生き物が祝福するかのごとく穏やかな笑みを浮かべてこちらを見下ろしている様子が描かれている。
いたるところに宝石が埋め込まれている柱は、金で繊細な模様が刻まれていてめちゃくちゃ眩しい。
豪華すぎて足がすくみそうになるこちらの会場で、婚約式を行うのだ。
こちらの会場の建築やインテリアなどを任されたのは商人ギルド10柱の一人、不動産王のアーノルドさん。
今私の身を包む繊細な白いドレスも、商人ギルドのミグルドさんのところで用意してくれたもの。
ということでね、私と王族の婚約に関して色々なことを任された商人ギルド。
ちゃっかりしてる。
それにしても、この会場に集まったメンバーもすこぶる豪華。
なんとあのテンション王もいらっしゃる。めちゃくちゃつまらなそうな顔してるけど。
そしてテンション王がいればラジャラスさんもいるし、王妃様もいるし、イシュラムさんやアルベールさんといった評議会のメンバーもいる。
そして、嫌な視線を感じて周りを見れば、私のことをよく思っていない魔法使い連中もいたりと、王都の権力者そろい踏みだ。
ちなみに、この婚約式にかかったお金、なぜか私のルビーフォルン商会が半分ぐらい持ってる。
いや、だって国庫本当やばくてね……なんかいつの間にか私の商会のお金を使うこと前提で話が進んでいってね。
まだ婚約段階だというのに、私のものは王族のもの扱いされてる! このジャ⚫️アン王国め!
私が評議会に参加できるようになったら、まずは財政面からどうにかしよう。
と、私が息巻きながら表向き朗らかに、目の前の白髭のおじいちゃんが語る婚約式の誓いの言葉を聞く。
この国はあまり宗教色はないのだけど、この国を作った建国の王が神様的な存在にはなっており、こういう結婚とか婚約とかの約束事をする時には、建国神話を研究している学者さんが祈りの言葉を言ってくれる。
「建国の王にして、最後の神々の一人フォムタール様の前に、今清らかな男女が新たな結びを求めて参られた。約束の日まで二人の絆が強くあらんことを……」
という感じで、つらつらとなんか私とヘンリーの婚約を神様に宣言してくれる。
正直暇だし、ゲスリーとの婚約で気分があがるはずもなく、おじいちゃん学者がつらつら話すその祈りの言葉が眠りをさそってくるんだけど、私の隣で綺麗な服を着たヘンリーはいつもの余裕の態度で立っている。
眠くないのかな。こういうところはさすが殿下ってところか。こういう長ったらしい儀式に慣れてるのかもしれない。
ちらりと横をみると、すでにテンション王はおねむの時間のようで、豪華な椅子に座って、豪快に眠っている。
異母弟の婚約式だというのに、あのテンション、流石です。
そんなテンション王の近くには、初めて見る顔の人がいる。
がっしりとした体格に赤に近い髪色、瞳の色はゲスリーやテンション王と同じくアメジスト色。目元が鋭いのもあって野生的な顔立ちだ。
座っている椅子の豪華さや位置的に、テンション王やゲスリーの異母兄弟で精霊使いのヘンドリクス様かもしれない。
そんなこんなで長い誓いの言葉を聞いて、私とヘンリーの婚約式自体が一応終了。
一応終了というのは、実はまだ少しやることがあるからだ。
もうね、さっきから窓の外からの歓声がすごいのなんの。
実はこれからバルコニーに立って、集まってくれた人たちに無事婚約しましたよーっていうのを知らせる催しがある。
婚約式のことを知った王都の人たちが、バルコニーの前にある広場に集まってきているのだ。
それにしても、まだ私もゲスリーも表に出てないというのに、この盛り上がりよう。
最近の王都の人々の私とヘンリーの婚約熱は異常だよ……。何がそんなに楽しいのだろうか。私との温度差が凄まじいことになっている。
私とゲスリーの衣装を侍女達が簡単に整え直すと、バルコニーの扉が開いた。
すると、さっきから聞こえてくる歓声とは比べものにならないほどの大音量が耳に響く。
すごい迫力だ。
私とゲスリーが同じ歩調で前に進み、バルコニーの手すりに手に着くところまで進むと、広場の様子がよく見えた。
5階建ての建物ぐらいある高さから人々を見下ろす形なんだけど、たくさんの人がぎゅうぎゅう詰めで笑顔でこちらを見上げている。
婚約する私たちを祝福するために一目見ようと集まってきてくれたのだ。
伝令係の少年が、私とゲスリーが先ほど婚約したことを告げると、再び歓声が沸いた。
私は、集まってきてくれた人達によく見えるように笑顔で手を振り返す。
「それにしても、ひよこちゃんは家畜を集めるのが本当に得意だね。この分だと、ひよこちゃんとの婚姻期間は、思ったよりも長くなるかもしれないな」
と、ゲスリーが広場の人を見て微笑みつつ、小さく呟いた。
私が思わず手を振りながらもちらりとヘンリーの顔色を伺うと、彼にしては珍しく困ったような笑みを浮かべているようにも見える。
「少なく見積もって婚姻期間は、5年ほどかな。まあ、しょうがない。数年の期間は甘んじて受け入れよう」
とヘンリーが困り笑顔で群衆を見下ろしながら、真面目くさって言ってるけれどさ、私との婚姻期間がまるで懲役5年みたいな言い方するのやめてくれる!?
むしろ私だからね! 懲役くらって辛ーいって思ってるの私の方だからね!
ゲスリーの伴侶刑という重い罰に悲しみいっぱい!
それにしても、少なく見積もって、5年か……。
少なく見積もって……長い。
まあいいや。考え方を変えよう。
5年もあれば、色々できる。
王族の婚姻ということで城の中で色々できるうちに、やれることをやってしまおうじゃないか。
私がどうにかそう奮い立たせて、改めて笑顔をゲスリーに向けた。
もうこうやって婚約式までしたんだから、無下には婚約も破棄されまい。言いたいことは言ってやろう。
ここでの会話は歓声が大きいのもあって、私とゲスリーぐらいしか聞き取れないだろうしね。
「ヘンリー殿下、この際だから言わせてもらいますけど、私も、そしてここに集まっている人々だって、家畜ではありませんからね」
「家畜ではないとなると、何になるのだろう?」
と、腹が立つほど、心底不思議そうな顔でゲスリーが私に問いかけてきた。
「家畜じゃなくて、人です。殿下と同じ人ですよ」
と私が力説すると、ヘンリー殿下が呆れたように笑った。
「ここに集まってきている家畜達が、人という生き物だと言うことは理解しているよ。でも、彼らは家畜だ。人の姿をした家畜。私と同じではない」
幼い子供に諭すようにゲスリーはそうおっしゃった。
私も負けじと聞き分けのない子供に言い聞かせるようにゆっくりと口を開いた。
「いいえ。同じです。確かに、魔法が使える使えないなどによって、背負う役割に異なる部分もあるでしょう。でも同じです。魔法が使える使えないなどは、よくあるささやかな個性の違いなのですから」
「ひよこちゃんは、難しいことを言うね」
ゲスリーはそういうと、再び広場の人々に向かっていつもの爽やか笑顔を浮かべた。
私もならって、人々に再び目を向けて手を振りつつも、口を開く。
「特別難しいことを言ってるつもりはありませんけど」
「では、家畜と私が同じだとすると。先日牧場に出かけた時に見たヤギも私と同じと言うことになるのだろうか?」
なぜそこにヤギが出てくるのだろうか……。
「それは違います。ヤギは、ヤギです」
「それは見た目の問題ということかな? だが、魔物の中には、人と似た形のものもいると聞く。見た目が大事ならその魔物は人だと、ひよこちゃんは言うのだろうか? 人と全く同じ形の人形を作ったら、ひよこちゃんはそれを同じ人だと?」
どこか嘲るようなゲスリーの口調に、私はむっと眉根を少しばかり寄せた。
「魔物や人形は、私達と在り方が違います。ヘンリー殿下と私達非魔法使いは見た目だけではなくて、生き方や感じ方も似ているはずです。こうやって同じ文化で、同じように暮らしているのですから」
「生き方や感じ方が似ている……? 私は自分と非魔法使いを比べて、感じ方が似ていると思ったことは、あまりないな」
まあ、たしかに、ゲスリーさんの感じ方は独特だけども。それはもう否めないけども。
「……でも、こうやって言葉を交わし合いながら、部分的にでも分かり合えることはあるはずです。それは、私達が同じ人だからできることです」
そう、多分、私とゲスリーだって分かり合えることは少なからず、ある、はず……。同じ人間だもの……うん、ある……流石にそうであれ。
と、思いつつも、なんだかちょっとばかり自信を無くして、ゲスリーの様子を伺ってみると、ゲスリーは意外にも神妙な顔をしていた。
そして、バルコニーの下に集まる人々を見下ろすゲスリー。
おいおい、そんな神妙な顔を広場の皆にみせないでよ。みんなが変に思うよ。
私を見習って、話ながらも笑顔で手を振ってくれ。
「だが、私には、どうしても、彼らと私が同じだとは思えない」
そう暗い声が聞こえたかと思うと、ゲスリーが体ごと私の方を向いた。
そして、私の肩を抱くと、覆いかぶさるようにして、ゲスリーの顔が私に迫ってきて……。
……え?
わああああああと、一際大きな歓声があがったのが分かった。
そして、遅れて、唇のあたりに、何か柔らかいものが、あたったことに気づく。
こう、触れるか、触れないかみたいな感じで、柔らかいものが、唇に……。
まさか、これって、まさか……。
真っ白な頭で、どうにか状況を理解しようと目を見開いてみると、ゲスリーの心底楽しそうな笑顔が目に入る。
そしてその口が開いた。
「ほら、聞いたかい? 家畜たちの興奮した大きな声が。君と私がただ唇を合わせただけで、みんな同じような反応を返す。面白いと思わないか? 玩具みたいだろう? そう、彼らは私を楽しませる玩具なんだ。ただの玩具をどうして同じ人だと思えるだろう」
そこまで言い切ったゲスリーが、さらに目を細めて無邪気ともいえる笑顔を見せた。
ゲスリーは驚き過ぎて何も言えないでいる私の頬を撫でて、その形の良い唇を再び開く。
「私はこの国で玩具にしかなれない生き物を飼育して、繁殖させてあげてる。ねえ、ヒヨコちゃん、知っているかい? 『人』が利用するために繁殖させている生き物のことを『家畜』というんだよ。だからやっぱり彼らは、家畜なんだ」
ゲスリーは、満面の笑みでそう言った。