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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第五部 転生少女の婚約期
232/304

王宮暮らし編⑦ ウヨーリ教徒こわい

 不自由さを感じることもあるけれど、王宮生活もどうにか慣れてきた。

 ゲスリー殿下と私の婚約式の日程も、悲しいことにもうすぐだ。


 今日は、そのきたるゲスリーとの婚約式用のドレスを試着する日。


 王室御用達のお店から、お針子の皆さんが完成したドレスを持って来てくれた。

 しっかりとした作りの木箱を二人がかりで開けると、銀糸で繊細な刺繍が施された白いドレスが出てきた。

 なんて華やかでいて清楚なドレスなんだろう。

 あんなドレスを今から着れるなんて私とってもドキドキ……したかったけれど、ゲスリーとの婚約式用のドレスだということを思い出して一気にテンションが落ち込んだ。

 よし、さっさと試着しようか。巻きでいこう。


 私がそんな思いでいると、私に着せるためにドレスを受け取ったシャルちゃんが「きゃ……!」と小さい悲鳴をあげ、手に持っていたドレスをぱさりと床に落とした。

 落としたドレスをみると、なにやらうにょうにょとミミズやら芋虫やらがドレスに這っているのが見える。

 ああ、またか……。

 私がいつもの流れでアズールさんに目線をやると、アズールさんが頷く。


「シャルロット殿、ここは私にお任せくださいであります」

 と言って、アズールさんは素早く床に落ちたドレスを持ち上げてささっと払う。そして床に落ちた虫たちを塵取りと箒で片付けてくれた。

 さすがアズールさん。躊躇なく虫を始末してくれた。

 何度もいうけれど、アズールさんは血だらけの魔物を素手で掴んで袋に詰め込むことも厭わないぐらいの度胸をお持ちだからね!

 虫ぐらいなんてことないのだ。


「す、すみません。私、リョウ様の婚約式のドレスなのに、虫にびっくりして落としてしまって……」

 と落ち込むシャルちゃんに、大丈夫気にしてないよと笑みを浮かべる。

 それに悪いのは、どう考えても故意に虫をドレスの中に紛れ込ませた奴だし。

 しかし、虫の登場に頭が真っ白になったのはシャルちゃんだけではないようで、

「も、も、申し訳ございません……!」

 と悲痛な謝罪の声が、部屋に響いた。

 悲痛な声をあげたのは、ドレスを持って来たお針子さん達。

 床に膝をついて頭を下げる王都のドレス屋から来てくれたお針子の皆さん達の顔色はすこぶる悪い。

 そんなお針子さん達の前に、私が侍女の一人として連れてきたアリーシャさんが出る。


「どういうことですか! リョウ様のお召し物にこのようなものを紛れ込ませるなんて!」

 と語気強く怒りを露わにした。めちゃこわい。

 アリーシャさんは、以前のウヨーリ教暴動事件において、いち早く私にウヨーリ教徒の暴走を教えてくれた影のMVP。

 ではあるんだけど、彼女も例にもれずウヨーリ教徒なので、たまにテンションがすごいんだよね……。


 私はそんな荒ぶるアリーシャさんに向かって、まあまあ落ち着いてとばかりに右手をあげる。

 アリーシャさんは口を噤んでくれたけれど、お針子達はアリーシャさんの叱責で完全に怯えていらっしゃる。


 おそらくお針子さん達は何も知らなかったのだろう。巻き込まれただけだ。

 私に贈られるものは、一度城の検問を通る。その辺りで、私のことを気に入らない何かの手が伸びた可能性が高い。

「大丈夫ですよ。少々虫がついたぐらいなら気にしません。このまま試着をしましょう」

 私はそう言って、半泣きの状態のお針子たちをどうにかなだめて、ドレスの試着を始めた。


 お針子たちが完全にびびっていて手が震えていたため、少々ドレスを着るのに時間がかかったけれど、他にトラブルもなくドレスの試着は終わる。

 

 姿見に映る自分の姿を確認した。

 純白のドレスに銀糸の刺繍。

 フリルというフリルがふんだんに使われて、手編みのレースがこれでもかとあしらわれたこの世に二つと無いであろう豪華な衣装だ。

 すごいよね。この衣装。

 婚約式のために作られたんだもんね。

 こちらのドレスを用意してくれたのは、商人ギルドの10柱の一人ミグルドさんの商会と聞いた。

 今日来てくれたお針子達も、ミグルドさんのところの子達だろう。今日のことはあまり大事にしないようにとミグルドさん宛の便りをお針子達に持たせた方がいいかもしれない。

 ドレスの出来は素晴らしいしね。


 ということで、デザインも申し分ないし、サイズもぴったりだったので、問題なく婚約式にはこちらのドレスを着ることに決まった。


「ウヨ……リョウ様は、本当に慈悲深くていらっしゃいます。ですが、私にはその慈悲深さが、恐れ多くもとても歯がゆく感じてしまうのです」

 お針子さん達が帰った後、アリーシャさんが眉尻をしょんぼりと下げて、めちゃくちゃ不満そうな顔で不満を口にする。

 ウヨーリ教暴走騒動で、今まで崇め奉っていたウヨーリ様なるものが私なのだと知ったアリーシャさんは、崇拝の対象を現在そのまま私に移している。


 正直、侍女として王宮に連れていくことについては最後まで迷ったけれど、アリーシャさん達ウヨーリ教徒は、ウヨーリ教独自の情報網を持っているので万が一のことも考えて連れてきた。


「彼女達が虫を仕掛けてきたわけではありませんし、それに、私にちょっかいをかけてくる人たちを一々糾弾していては、他のことが何もできなくなりますよ」

 私はため息とともにそういった。


 実は、私がここに越してからと言うもの、こういう嫌がらせのようなものは初めてではない。

 目の前で中傷を受けたこともあるし、虫入りスープを私の食事に紛れ込ませようとした者もいた。


 それらの嫌がらせは、私が連れてきた優秀な侍女が、私に気づかれないうちに出来るだけ処理しようとはしているけれど、なかなか全てを処理し切れないのが現状だ。

 こんなことをして何になると言うのだろうか。

 まさか虫ごときで私がもうこんな生活嫌よ! と泣いて逃げ出すとでも思っているのか。

 言っとくけど私は、婚約相手がゲスリーという時点ですでに泣いて逃げ出したかったのに、こんな嫌がらせを受けて逆に燃えてきてる感じすらあるので、逆効果だ。


 ただ、そうやって余裕でいられるのも、今のところ本当に害のない嫌がらせだからというのもあるけれど。

 もしこれがエスカレートして、食事に盛られるのが毒になったり、ドレスに仕掛けられた虫が毒を持つものだったりしてきたら、流石に問題だ。

 早めに対処はするべきかもしれない。

 私の場合は解毒魔法が使えはするので、最悪のケースを免れる確率は高いけれど、できる限り城内で生物魔法は使いたくない。

 それに嫌がらせの首謀者についてはある程度見当はついている。

 私のことをよく思っていない魔法使いのお貴族様方が黒幕だ。

 ただ見当はついているというのに、面と向かってやり返せないのが歯がゆい。

 なんだかんだ言って、城内は魔法使いの立場が強いんだよね。

 私が正式にヘンリーと婚姻関係を結べば、もう少し地位が上がるだろうか。

 

 なんて黙々と考え込んでいると、私の部屋にエレーナ先生がいらっしゃった。

 時間的に、いつもの講習の時間だ。

 マナー講習は一通り行ったので、最近は城内の権力関係のような話になっているため、私も興味津々。

私は笑顔で出迎えると、早速授業が始まった。

 今日の講義は、王国の大事なことをきめてくれる政治機関、つまり王国評議会のことについてだった。


「現在は商爵を持つヴィクトリア様も評議会の一員とはなっておりますが、今までの評議会の皆様は、もともと伯爵以上の地位を持つ尊き魔法使い様で構成されておりました」

 マナー講習の先生エレーナさんが、眉間にシワを寄せて難しそうな顔でそう話す。

 私は適度に相槌を打って静かに話を聞くことに徹した。


「ヴィクトリア様に対して批判的な者もおりますが、この国でもっとも尊きお方が彼女を評議会に迎え入れたのは事実。そこに異論を唱えることの方が、不敬というものです」

 というエレーナさんの話に、少々私は眼を見張る。

 エレーナさんは、マジで意地悪な姑並みに厳しいところがあるけれど、おっしゃることは正論だと思う。

 少なくとも、非魔法使いなのに政治に介入しようとしている私やヴィクトリアさんに対して、感情的にならずにそういう意見が言えると言うのは、すごい。

 さっきもちょうど嫌がらせをうけたところだけど、やっぱり城の中では私やヴィクトリアさんのことをよく思ってない輩と言うのはいるのだ。

 エレーナさんの影には、イシュラムさんという存在がいる。ウヨーリ教暴動裁判で、私のことを危険視していた人だ。

 上司であるイシュラムさんの教育の賜物なのだとしたら、みみっちい嫌がらせが横行するお城の中でイシュラムさんはまともな部類に入るわけで、彼とはどうにか友好な関係を築きたい……。


 私は、顔をあげてエレーナさんを見やった。

「エレーナ先生、確か現在優秀な評議会の皆様は、7人しかいらっしゃらないと伺ったことがあります。その人数でこの広大で豊かな王国を滞りなく纏めていらっしゃるなんて、本当に素晴らしいことです」

 私がにっこり微笑んで、ちょこっとヨイショしながらそう言うと、エレーナ先生は満足そうに頷いた。


「その通りです。現在の評議会の皆様は合わせて7人。どなたも全てこの国を豊かたらしめる素晴らしいお方でございます。リョウ様もよくご存知のヘンリー王弟殿下。そして同じく陛下の弟君で精霊使い様でいらっしゃるヘンドリクス様、宰相のイシュラム様、続いてアルベール様に、ゴウライ様、グリードニヒ様。こちらの尊き御三方は、イシュラム様を支える宰相補佐として務めております。また、現在グリードニヒ様はグエンナーシス領平定のために王都を空けていらっしゃいます。そのため、現在はグリードニヒ様がまとめておられる魔法騎士団よりクリシュト様が代理で評議会の任についております。そして、最後に商人ギルドの代表者として、ヴィクトリア様が末席に」


 ここまで滑らかにエレーナ先生が語ってくださって、私もしっかりと頷いた。

 ここまでの情報は、私もお城に引っ越す前にどうにか集めた情報と一致してる。

 王都にいるときに、政に関する情報を集めるのはなかなか大変だった。

 政は、国のえらい魔法使い様が決めておられ、平民である私達はただただ決められたことを受け入れるしかないため、みんな関心が薄い上に政務官もわざわざ平民に政についてのことは語らない。


 先の大雨の災害で意識が変わったのだとおっしゃって、私に意見を求めてきていたアルベールさんはかなり異端の部類に入る。


「そして、我らが偉大なる陛下に置かれましては、評議会の皆々様がお決めになられたことの多くを受け入れてくださいます。今の王国の繁栄は、陛下の寛大な御心あってこそです」

 と、エレーナ先生は締めくくった。

 なるほど、寛大ですか。ものは言いようというかなんというか。

 正直に言えば、陛下は政に関心がない様子だった。

 国のことは、己で考えず評議会に丸投げなのだろう。

 王様がそうであることは、微妙な気持ちにならなくもないけれど、でもだからこそ評議会入りは魅力的だ。

 国策の作成やグエンナーシス領のことに対しても、何かしら自分の意見を反映させることができるかもしれない。

 国策についてはアルベールさんを通してという形で、うまくいってはいたけれど……グエンナーシス領のことは、当然だけどアルベール様も部外者の私には口を割らないし……。


 グエンナーシス領のことをこのままお国任せにするのは正直不安だ。

 かの領地の現状を知るためには、やっぱり評議会に入るのが一番だけど、なかなか難しそう。


 まあ、色々考えすぎてもしょうがない。とりあえず、エレーナ先生には媚を売っておこう。

 エレーナさんを通して、イシュラムさんに気に入ってもらうのは後々のことを考えると大事なはず。


「陛下は本当に、偉大なお方でいっらしゃいます。私もかの偉大なる陛下にお仕えできる喜びを日々感じ入る毎日です」

 ふふ、と可憐に笑いながらそういうと、エレーナ先生は小さく頷いた。


「非魔法使いのリョウ様が、この世で最も力を持っていらっしゃる偉大なる陛下のお膝元でお仕えできることは何にも変えがたい幸運でしょう。それも全て陛下の寛大なる御心のなせる技なのです」

 エレーナ先生が、満足そうにそう話したので、私も本当にその通りですわーという顔をして頷いた。


 よし、つかみはとりあえずオッケーかな? なんて思っていると、何かものすごい圧を感じて、エレーナさんの後ろを見ると、壁際で待機しているアリーシャさんがなんとも言えない悔しそうな顔をして立っているのが目に入ってしまった。

 アリーシャさん、なんて顔してるんだ。

 唇を噛み過ぎて、ちょっと血が出てる。

 怖すぎる。


 親の仇とばかりにものすっごく鋭い目でエレーナさんの背中を睨みつけてるんだけど、ほんと、アリーシャさん落ち着いて。

 おそらく、先ほどの陛下がこの世で一番偉い方発言が癇に障ったのだろう。

 彼女のなかではウヨーリこそが至高なのだ。


 あなたが至高だと信じてる私が今めちゃくちゃ困ってるの気づいて!

 もうね、そういうとこだよ!?

 君たちのそういうところのせいで、私はゲスリーと婚約したようなものなんだからね!? わかってる!? という目線をアリーシャさんに送ってみたけれど、当のアリーシャさんはエレーナ先生を睨みつけるのに集中して気づかない。

 やばい。

 もしエレーナさんが今振り返ったら、般若のような顔をしたアリーシャさんと目が合うのは必須。

 それだけは避けねば……。


「どうかしましたか? 先ほどから少々落ち着きがないようですが、何か気になることでも?」

 と言って、エレーナさんが後ろを振り返ろうとしたので、慌てて右手を素早く振り上げて人差し指で天井のあたりを指した。

 エレーナさんは私の手に誘導された形で天井を見る。


「あ、あちらの天井のシミが気になって……! 人の顔のように見えませんか!?」

 と私が言うと、私が指したあたりをまじまじと見てエレーナさんは難しい顔をした。


「特にシミのようなものは見えませんが。ただの模様では?」

「あ! ほ、本当ですね。よく見たらただの模様でした。エレーナ様はよくお気づきになりますね」

 流石です、みたいなことを言って笑ってごまかした。

 しかも運がいいことにアリーシャさんまでも私の指摘した天井のシミが気になったらしく、天井を見てくれた。顔も普通に戻っている。

 唇から血が流れているけれども……とりあえずアリーシャさんの般若顔をエレーナさんに見られて不審に思われることはない。


 エレーナさんからは、淑女が話の途中で天井の模様などを気にするのはあってはならないとかいう小言を食らったけれど、無事に講習も終わって帰っていった。

 ほっとした。

 肩から脱力して、フカフカのクッションが敷かれた椅子の背もたれに寄りかかる。

 疲れたよ。

 もう、ドレスに虫が入ってるとかどうでもいいぐらい疲れた。


 そう思っていると、アリーシャさんが、私とエレーナさんで使ったテーブルのティーセットを片付けに来てくれた。

 近くにきたアリーシャさんは、先ほど私が人の顔のようなシミが見える! と適当なことを言った場所を意味ありげに見ると、ウヨーリ教徒のほとんどが習得しているタゴサイックスマイルを浮かべた。


「私にはわかりました。あの天井のシミは、本物の尊き輝きを知る選ばれし清廉な者にしかみえないのですね」

 と満足そうに小さく呟いた。

 いや、違うよ。そういう裸の王様的なものじゃないよ。だいたい『本物の尊き輝きを知る選ばれし清廉な者』にしかみえない天井のシミって何? 何の意味があるの? 怖い。怖さしかない。

 そもそも私もみえてないからね。

 適当に言っただけだからね。


 城内にウヨーリ教徒を連れ込んだのは、やっぱりだめだったかなぁ。

 でも、タゴサクさんとの連絡手段が……。

 私は重いため息を吐いた。




※注!次回ゲスリーが出てきます※

次回は、ゲスリーとの婚約式の話!

……その、心の準備だけ、よろしくお願いします!



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― 新着の感想 ―
[良い点] あとがきが次話はグロや残酷な表現があるよ!的な感じでゲスリーが出るよ!ってあって爆笑
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