王宮暮らし編⑥ お久しぶりの学園勢
「ねえ、婚約生活はどうなの?」
サロメ嬢が興味津々といった様子でそう尋ねてきた。
今日は、色々面倒な手続きをとってサロメ嬢とカテリーナ嬢が城まで遊びに来てくれたのだ。
場所は城内の中庭。今はバラが咲き誇っており、天気もよくて茶会をするには最高の日。
一緒にシャルちゃんもいるので、久しぶりにいつもの女子メンバーでのお茶会だ。
とはいえ、もちろん、カイン様をはじめとした護衛も側にいるし、もうちょっと遠くを見ると他の王宮付き女官も控えているので学友だけの懐かしい同窓会とはいえないけれど。
でも、いつも私にマナーについて厳しくしつけてくれる王宮女官兼マナー教師のエレーナさんは不在なので、少しだけ気楽に振る舞える。
「どうって言われましても……普通ですよ。ただ、こちらに越してからは、城からほとんど外に出れなくなったのが不便ですね。それに、外の男性との面会は取れないので、ジョシュアさんと商会のことでの話し合いもできませんし」
といいながら、急ピッチでルビーフォルン商会王都本部の責任者としての引継ぎを行ったジョシュアさんを思い出した。
弱音も言わずに、ほぼほぼ寝ずに引き継ぎ作業に付き合ってくれたのだ。ジョシュアさんには本当に急な話で悪いことをしてしまった。
「不便って……リョウさん、相変わらずね」
とサロメ嬢が、残念なものを見るような目を私に向けてそう言った。
なんで、そんな目で私のことを見るのだろう。
そう思ってぽかんとしていると、
「私達が聞きたいのはそう言うことではなくて、ヘンリー殿下とはどうなのってことよ」
と、カテリーナ嬢が呆れた様子で補足してくれた。
「え? ヘンリー殿下と……? どうと言われても、殿下とはめったに会いませんから」
私の返答に、サロメ嬢とカテリーナ嬢が少しばかり驚いた様子を見せていると、すかさずシャルちゃんが頷いた。
「そうなんです。ヘンリー殿下、リョウ様がこちらに住まいを移した後、一度も星の宮にも来られないんですよ」
と不満気なシャルちゃんの声を聞いて私も頷く。
「全然お会いしませんね。この前会ったのも公務の一環のような形で、王都の福祉施設やあと牧場にいったりはしましたけど。それぐらいです」
と言いながら、先日のひどいデートの記憶を思い出してしまった。
めちゃくちゃおしゃれしているレディの髪型を崩し、しかも最後に至っては豚の糞を……!
……くっ!
今思い出しても、悔しい。一生の不覚だった。
まさか若かりし頃のちょっとした出来心が、ゲスリーにヒットしていたとは思ってなかったけれど、それを今さらあんな幼稚な仕返しをするなんて……!
次に私がゲスリーにゲスンを言わせる時は、絶対に私がやったとばれないように巧妙に罠を張ろうと心に誓った。
「まあ、そうなの? 王都だとリョウさんとヘンリー殿下がものすごく仲睦まじい様子でお出かけされてたって噂でもちきりだから、てっきり普段から一緒にいるのかと思ってたわ」
「そうそう。牧場に行かれた時なんて、二人で親密そうに囁き合ってたとか聞いたけれど」
カテリーナ嬢とサロメ嬢が少々驚いた様子でそう言った。
王都ではそんな噂になっているのか。
実際は囁き合ってなんていない。主にゲスリーが私の耳元でゲスっとゲスなことを囁いてるだけだ……。
「まあ、そのように見えたかもしれませんが……本当にほとんど接点はありませんよ。それよりも、商会の方はどうですか?」
ゲスリーの話題はあまり興味のなかった私が気になる商会の話を振ると、サロメ嬢とカテリーナ嬢が呆れたように少し笑って「リョウさんは本当に相変わらずね」と言った。
いやだって、ゲスリーの話であれ以上盛り上がることないんだもの。
「商会の方は、やっぱりリョウさんがいないと大変よ。特にジョシュアさんがね」
カテリーナ嬢がそういうとサロメ嬢も頷いた。
「そうね。それに、リョウさんが、婚約者になったことでさらにルビーフォルン商会の注目度がより一層あがって、売り物の製作が追い付かないの。特にお酒。もともとお祝い事とかに飲まれていたものだから、王都人なんかは貴女とヘンリー殿下の婚約を祝して毎晩祝杯を挙げてる勢いよ」
「特に、酒瓶が作っても作ってもたりない。お酒自体は、シャルロットさんのおかげで、余裕があるのだけど、やっぱりどうしても入れ物の生産が追い付かなくて」
と、主に酒瓶の生産ラインをしているらしいカテリーナ嬢が、げっそりとした顔をした。
シャルちゃんが商会に出勤するのは週に一回なのに、それでも入れ物関係が追い付かないとか、シャルちゃんの腐死精霊魔法すご過ぎないだろうか。
それにしても、瓶の製作がおいつかない問題って、解決したと思ってたんだけど……。
「あの、アランの方は、どうですか?」
アランがいれば、そういう入れ物関係はもっと余裕があったはずだったような……。
アランは、一応祖父であるアルベールさんの手伝いとして王都に残っているため、商会にかかり切りというわけにはいかないけれど、それでもアランの能力なら少しだけでも手伝ってくれるだけで全然違うはずだったし、実際アランは私の婚約が決まるまでは手伝いに来てくれていた。
私の疑問にカテリーナ譲とサロメ嬢はなんとも言えない微妙な顔になった。
そして言いづらそうにサロメ嬢が口を開く。
「アラン様は、もちろん手伝ってはくれているわ。でも、まだ本調子ではないというか……」
「え、体調でも悪くしたんですか?」
「まあ、そういう感じに近いわね」
「だ、大丈夫なんですか? 何かご病気とか……?」
「ううん、大丈夫よ。別に、病気って言うことではないの。ただ、その、元気がないだけっていうか。だからそのうち時間が解決してくれる、はず。たぶん」
と、サロメ嬢が言ってはくれるけれども、ゆっくり休めば、治るような感じってこと?
「それにリッツさんも様子を見にきてくれたものね」
というカテリーナ嬢の言葉に私は目を瞬いた。
ええ!? 領地に帰ったリッツ君が、わざわざ戻ってくるほどなの!?
元気がなくて、時間が解決してくれるけど、リッツ君がわざわざ戻ってくるほど重症って、それって、まさか、アラン、もしかして……。
「もしかして……私のせいですか?」
私が小さくそう言うと、カテリーナ嬢たちは、ハッとしたような顔をした。
そして戸惑うような瞳で私を見る。
「まさか、リョウさん、アランさんのこと気づいて……?」
「お恥ずかしい話、皆さんに今日アランのことを言われるまで、気づきませんでした。でも……」
私はそう言って目を伏せた。
このみんなの反応……やっぱり、私のせいなんだ。
私は振り返って、私の護衛をしているカイン様に目を向けた。
「カイン様は、ご存知だったのですか? その、アランのこと……」
私がそう問いかけると、はっとしたような顔をしたカイン様は申し訳なさそうにして頷いた。
「そう、だね……。でも、これは、アランが自分自身で乗り越えなくては行けないことだから」
「そんなことありません……! 私が、私がもう少し早く、アランのこと気付いてあげられたら……!」
ちゃんと休ませたのに!
私が商会にいた時は、アラン結構軽々と商会のために魔法を使ってくれているように見えたし、アランから他に何かやることないかって聞いてくれたりもしてたから、私が商会にいる間なんて確かに、めちゃくちゃ頼ってたところはあるけど……!
まさか、過労で倒れるほど、身を削ってたなんて!
私のせいで、アランが……!
「気付いたとしても、貴女がヘンリー殿下の婚約者になるのは、どうにもならなかったことだもの。しょうがないことよ」
とカテリーナ嬢は言ってくれるけど、そんなことないよ。
アランの過労とゲスリー殿下関係ないじゃないか……。
みんなが気遣って、色々フォローしようとしてくれるけど、その優しさが逆に胸に痛い。
「せめてお見舞いにでも行けたら……」
でも私はもう自由に外には行けない身だ。アランのお見舞いのために外出許可は出ないだろう。
ここに越してから今までそれほど不自由を感じなかったけれど、ここに来てこんなに不自由さを感じるなんて。
「いや、リョウさんが直接顔を出すのは、逆によくないと思うわ。残念だけど、もう見守ることしかできないのよ」
そんな……!? 私の顔も見たくないほど、アラン病んでるの!? そんなに!?
『リョウ! 俺、最高の酒瓶をつくるからな!』
と元気な笑顔で言ってくれたアランの姿が脳裏によぎった。
あのアランが……私の顔も見たくないほど仕事に病んでたなんて……。
私のバカ。
「どうして、私、アランのことわかってあげられなかったんだろう」
「そうね……」
私の言葉に友人たちが神妙に頷いた。
「ちゃんと見てあげれば良かった。あんなに頑張ってたのに、ううん、頑張りすぎてたのに、気付いてあげるべきだったのに」
「ええ、そうね」
「アランは立派な商会専属の魔法使いになりたいって、ご家族の反対も押し切って……だから、無理しちゃって……」
「うん……?」
「アランが、まさか体が不調になるまで魔法を使いすぎたなんて」
「……」
さっきまで私の言ったことに、そうねって皆が頷いてくれていたのに、いきなり沈黙した。
どうしたんだろうと思ったところで、「ちょっとまって、リョウさん」とサロメ嬢の鋭い声が割り込んで来た。
「まさかとは思うけれど、リョウさん、アラン様の元気がない理由が、魔法の使い過ぎだと思ってる……?」
「え、違うんですか? 働かせすぎたんですよね? 私の振った仕事の量が多くて……。私もお城に越す前は頼りにしすぎてたし」
と私が答えていると、なんていうか二人から呆れたような目線を向けられたような。
え、なにその視線、どういうこと。
カテリーナ嬢なんか、これはダメねって感じで首を左右に振ってる。
「ここまで鈍感だと、さすがにアラン様が不憫すぎるわよ」
とカテリーナ嬢が言う。少しばかり責めるような口調だ。
私がどういうことだと思っていると、サロメ嬢がそんなカテリーナ嬢の肩に手を置いた。
「まあでも、今更気付いたところで、リョウさんはもう殿下の婚約者だもの。これでいいのかも」
サロメ嬢はそう言うと、シャルちゃんも神妙に頷いた。
「そうですね」
「え、あのよく飲み込めてないんですけど、アランは過労じゃないってことですか?」
「そういうことよ。リョウさんはあまり気にしないで、というのもアレだけど、リョウさんが心配するようなことでもないというか……本当に大丈夫よ、多分」
本当に? なんでちょいちょい『多分』とかつくの? あやふやなの気になるんだけど……。
しかしなんかこの話題はここで終わり、みたいな雰囲気をサロメ嬢が醸し出してきたので、私は大人しく口をつぐんだ。
アラン……。
女友達だったら、お城でこうやって会うこともできるけれど、アランとかリッツ君とかにはもうあまり会えない。
あんまり深く考えないようにしてたけど、思ったよりも辛いな。
特にアランは、なんだかんだで付き合いも長かったし……。
ちょっぴりしんみりムードになったことに気づいたのか、膝の上に置いていた私の手にシャルちゃんがそっと手を重ねた。
「リョウ様、元気出してください。リョウ様の婚約は色々皆さん思うところがあると思いますけど、私は、殿下との婚約を聞いてとても嬉しかったんです。ヘンリー殿下はゆくゆくは王位につかれるという話です。そうなれば、リョウ様は王妃様です。私は、リョウ様が王妃様となって治める国を見たいってずっと前から思っていて、そんなリョウ様の隣でお手伝いをすることが夢でしたから」
シャルちゃんがそう言うと、ふふと笑う。
それに合わせてカテリーナ嬢も顔をほころばせた。
「流石にリョウさんが王妃というのはまだ想像できないけれど、でも、そうね。グエンナーシス領のこともあって、色々と国には思うところがあるけれど、今はリョウさんがいると思うと悪くないって思えるわ。きっとこれからリョウさんが突拍子もないことでかき乱して、よい国にしてくれるんじゃないかって、そう信じられるもの」
カテリーナ嬢が改まってそんなことを言うものだから少しばかりびっくりした。
「いやいや、私はそんな、掻き乱すようなことなんてするつもりないですよ。確かに、グエンナーシス領のこととか、気になることはあるのでどうにかしたいという気持ちはありますけれど。たぶん無難に過ごすことになると思います」
そんなに大層なことをするつもりは毛頭ない。
というか、見張りもいるし、私のことを良く思っていない人もいるしで難しそうだ。
ただ、今のうちに、先日発令した国策に続いてウヨーリ教を基にした法をつくったり、国の大事なことを決める評議会にも参加できたらいいなって思ってはいるけど……。
「ふふ、リョウさんのいう無難ほど信用のならないものはないわね。きっとなにもするつもりないとか言って、また新しい国策とか出そうとしてくるわよ」
とサロメ嬢が言うので、私は慌てて口を開く。
「確かに国策とか色々考えてはいますけど、べ、別に国策は国をかき回すような突拍子もないものを出す予定はないですよ!? もっとこう安全で堅実なやつです!」
私がそういうと、サロメ嬢がおかしそうに笑った。
「ほら、やっぱり新しい国策を出すことは決定事項じゃない」
「それは、だって、せっかく、お城にいますし」
と私が答えると、リョウさんらしいとみんなが笑う。
リョウさんらしいってどういうことだ。
今日はなんかそんなことばかり皆に言われてる気がするけれども、でも、なんだか、懐かしい雰囲気で、学生時代を思い出した。ちょっと前のことなのに、ものすごく懐かしい。
毎日こんな感じで笑ったりして、楽しかった。
そしてそこには必ずアランもいてくれて……。
なんだろうもうあまり会えないと思うと余計に寂しくなる。
アラン今頃なにしてるんだろう。病気ではないみたいだけど、元気がないみたいだし……。
アラン……。
私はふと後ろを振り返ってみた。
振り向けばいつもそこにアランが……と言うのは言い過ぎだけど、アランは本当にいつも恐ろしいぐらいに側にいてくれていた。
でも、やっぱり今はいない。
綺麗なバラの庭園だけが目に映って、それが無性に悲しかった。









