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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第五部 転生少女の婚約期
230/304

王宮暮らし編⑤ ゲスリー牧場デートリターンズ

 私とヘンリー殿下はいくつかの福祉施設を見回った後、とうとう殿下念願の牧場へとたどり着いた。

 そう現在、私とゲスリーは以前から予定していた牧場デートの最中である。


「ひよこちゃん、上の空だね。久し振りに二人きりだと言うのに」

「二人きりですか……」

 と言いながら目線をちらりと外に向ける。


 確かに、いつもと違って私とゲスリーの護衛の騎士は少しばかり距離を置いている。

 しかし、王都の人たちが私とヘンリー殿下の仲睦まじい姿を見るためにめちゃくちゃ集まっているのだ。ミーハーな王都人が、私達のデートを一目見ようと駆けつけてくれたらしい。


 ていうか、ゲスリーの華麗なる近衛隊の人々が、完全にその観客の動きを抑えるためのバリケード係なんだけど。『押さないでくださーい! 背の高い方は屈んでくださーい!』というスタッフ騎士の叫びが時折聞こえる。


「あ、家畜の視線が気になるのかい? 家畜は家畜、気にしなくても……ああ、でも同じ家畜からすると、気にせざるを得ないか」

 となんだかかわいそうなものを見る目で私のことを見てきて、納得したように頷いた。

 ああ、あの綺麗なだけのゲスリーの顔に、一発お見舞い出来たらどんなにすっきりするだろう。


 しかし、実際にここでグーパンしたら私の首が飛ぶ可能性がある。物理的に。

 私は大人しく拳を握りしめて、妄想の中でゲスリーがゲスンと言っている姿を想像してやり過ごした。


 そんな私の脳内のことを知らないゲスリーは、楽しそうに牧場の柵の中に囲われたヤギやら豚やらを見るので、私も改めて牧場の方に目をやった。

 動物の群れ、遠いな。

 牧場の動物のたちが突然現れた人間の群れに完全にビビっておられるようで、距離を取っている。

柵からちょっとばかし遠いところに行ってしまったヤギの群れを見て、私はとなりに佇むヘンリーを見上げた。


「前の時みたいに、柵の中に入りますか?」

 以前、学生の時にも二人で牧場に行ったことがある。

 その時は、中に入って直接豚さんを触った。

 その時のことを思い出してそう聞いてみたけれど、ゲスリーは微かに首を振った。

「いや、いい。確かに私は家畜の毛並みを確認するのが好きだが、今はいつでもそれをすることができる」

 そう言って、ゲスリーが私の後頭部へと手を伸ばしてきた。


 そして、今日の日のために綺麗に結い上げていた髪の留め具を勝手に取り外す。

 ぱさりと、私の髪の束が肩の下に流れて行く感覚に思わず眉をしかめた。


 突然なにを……せっかくシャルちゃん達が頑張って結い上げてくれたっていうのに!

 私が不満の言葉を今まさに言わんとしたところで、ゲスリーが私の髪に指を通した。


「私と会うときは、髪を結い過ぎないように。私はこうやって、毛並みを確認するのが好きなんだ」

 そう言って、そのままスルスルと、私の髪をゲスリーの指が通っていく。

 どうやら、私は柵の向こうに逃げてしまったヤギの代わりらしい。毛並みの指通りを確認してご満悦の様子だった。


 そしてゲスリーが私の髪を突然梳き始めたことで、デートを見に来た王都の人達からわいわいと興奮したような歓声が沸き起こった。

 遠くから見る分には、なんか私達がイチャコラしてるようにも見えなくもないのかもしれない。

 しかし実際は、怯えて逃げてしまったヤギの代わりに別の家畜の毛艶を確認しているゲスリー殿下の図である。


 私はそんな絵面に歓声を上げる気にはなれなかったので、さっと髪をかきあげて、ゲスリーの魔の手から自らの髪をすくいあげた。


「本日の髪型はお気に召しませんでしたか。それは失礼しました。次回は、殿下のお好みの髪型で参りますね」

 ふふ、と笑って、次回はそう簡単にほどけないようなめちゃくちゃ編み込む感じの髪型にしてもらおうと固く決意していると、ヘンリーが私の耳に顔を寄せてくる。


「そういえば、以前ひよこちゃんと牧場に行ったことがあっただろう? その時のこと覚えているかい?」

「もちろん、覚えております」

 私としては忘れたい思い出だけども。

「そうか。実はその帰り際に気づいたのだが、私のポケットに、豚の排泄物が入っていたんだ」

 ドキ。

 そ、それってもしかして、あれのことだろうか。

 ヘンリーに牧場に連れられた時、ゲスリーのゲスリー節がなんだか悔しくて、華麗なリフティングで足元にあった豚の糞をヘンリーの上着のポケットにシュートしたことがある。

 固まる私の前に一見優しげに見えるゲスリースマイルが広がる。


「何か、覚えがあるかい?」

「い、いいえ。まったくもって、全然覚えなんてないです」

 私は精一杯の笑顔で否定した。


「そうか。あの時は、大変だったよ。何かの拍子でポケットから黒い塊が出てきたんだ。それに気を取られていたら、コロコロ転がったそれを思わず踏んでしまってね。そしてそれが糞だと知った。そのとき履いていた靴はすぐに処分したよ。私は家畜を愛しているが、どうやらその排泄物までは愛せないようだ。ひよこちゃんはどうだい?」

「私も排泄物は愛せないですね」

 私はゲスリーの当然すぎる質問に当たり前に答える。

 親密そうに見えるのか、また周りの観客たちが興奮しているご様子だった。

 まさか二人で親密そうに糞の話をしているとは思うまい……。


「そうか。同じ家畜同士なら、それさえも愛しく感じたりするのかと思っていたが、少し安心したよ」

 いや、もしかしたら、中にはそれさえも愛しく感じちゃう人はいるかもしれないけれども。

 しかし私はこの話題を広げたくないという確固たる思いで、「そうですか」と神妙に頷いて終わらせた。


 その後も、公開牧場デートは続く。

 時折観客にヘンリーが手を振ると、「きゃあー」と騒がしくなる。

 その姿を見るたびにヘンリーが、あの胡散臭い笑みを浮かべて私の耳元で「ほら見てごらん、あの家畜達を。私が手を振ると叫ぶおもちゃみたいだろう?」と、定期的に囁いてくることを除けば比較的おだやかなデートだった。


 そんな比較的穏やかな初デートを終えて、私とヘンリーは王都の人たちに見送られながらお城に戻ってきた。

 大したことはしてないのだけれど、どっと疲れた。

 見物にきてくれた人たちに手を振っていると、徐々に閉まって行く扉。大歓声に見守られながらの帰宅だ。それにしても、笑顔で手を振りながら扉が閉まるって、なにこれ。劇か何かかな。

 そのうち扉の向こうからアンコールが聞こえてきそうでこわい。


「ひよこちゃん、疲れてるみたいだね。手を貸そうか?」

 そう言って、なんとゲスリーが優しげに私に手を差し伸べてくれた。

 どうしたの、ゲスリーさん。そんな紳士みたいなことして。

 一体どこでそんな紳士みたいな態度を覚えて来たの?


 私は驚きつつも、断れる立場でもない。今この場所には私とゲスリーだけじゃなくて、いつもおなじみのゲスリー近衛隊が私たちの様子を伺っている。

 私はありがとうございます殿下とか言って、恐る恐る手を置いた。


「この床は滑りやすいから気をつけて」

 といぶかしむ私にさらにゲスリーが気遣わしげな声が漏れた。

 まさか、さっきのこのゲスリーは床が滑りやすから気をつけてと申したの!?

 確かにここは大理石のような平な床だ。しかも磨きに磨かれているため滑りやすい。しかしあのゲスリーがそんなことを言うなんて……。


「あ、ありがとうございます。殿下、でも、どうされたのですか? そんな風に仰るなんて、珍しいですね」

 紳士なゲスリーに耐えられなくなった私が正直な感想を申し上げると、ゲスリーは気分を害した様子もなく笑顔で頷く。


「以前、こういうよく磨かれた床で足を滑らせたことがあるんだ。確か、そうそう、学園の魔物を退治したときのことだよ。ひよこちゃんと話合いをしたその後ぐらいだったかな」

 と朗らかに仰るので、少しばかり顔が青ざめた。

 それってもしかして……私が床に油を垂らして磨いたあの時の、床!?


 確か、胸糞なゲスリーにゲスン! って言って欲しくてゲスリーが歩くだろう床に、油を垂らして念入りに磨いた覚えがある。


「ま、まあ、そうだったのですか。それは災難でございましたね」

 私は内心の動揺を悟られぬように笑顔を貼り付けてそう答えつつ、ヘンリーの腕をとって進んで行く。


 それにしても、私が今までヘンリーを懲らしめようと行ったささやかないたずらが、ことごとくヘンリーを不快にさせることに成功していたとは……!

 私はその事実に軽い衝撃を受けた。

 確かに、私はヘンリーにイタズラをしたけれど、なんだかんだでヘンリーはそんなものを華麗にスルーするんじゃないかと思っていた。

 豚の糞も、滑りやすい廊下も、ヘンリーは、歯牙にもかけないんじゃないかと、そんな気がしていた。


 そんなことを考えながら進むと、分厚い絨毯が敷かれたエリアになった。前方に大きな扉のある丁字路で、ここで私と殿下は分かれ道だ。


「殿下、ありがとうございます。ここからは私一人でも大丈夫です。床にはご立派な絨毯が敷かれてますもの。滑ることはないでしょうし、それに殿下は確かこの後、評議会の皆様との話合いがあると伺ってます。そうなりますと、私の向かう星の宮と逆方向です」

 ふふと笑いながら、ここまでで結構よというようなことを言うと、ゲスリーはさらに笑みを深めた。


「いや、最後まで送ろう。評議会との約束まで少し時間の余裕もある」

 な、なんだって!? ゲスリーが、まさかそんな婚約者みたいなことを言うなんて!?

 本当に!? 本当に!? どうして突然そんな婚約者みたいなことを言うの!?

 なんか、さっきから衝撃的なことばかりだ。

 あのゲスリーが私が仕掛けた簡単なトラップに引っかかってたり……。

 私の、勢いで行った子供染みたイタズラに、困り顔を浮かべるヘンリー。


 私が思っているよりも、もしかしてヘンリーは、普通の人、なのかもしれない……。

 私と同じように、意に沿わない婚姻を嫌がり、豚の糞を汚いと思い、滑らかな廊下についうっかり足を滑らせたり……。

 私はなんだかんだ、ヘンリーのことを特別な存在だと思いすぎているんじゃないだろうか。

 人とは違う別の何かだと思っていて、それって、ヘンリーが平民を家畜と見ていることと少し似ているような気さえする……。


 そう思うと、なんとなく申し訳ない気持ちになった私は、頷いた。

「では、お言葉に甘えて。星の宮までよろしいでしょうか」

 私がそう言うと殿下は頷いた。


 カイン様がヘンリー殿下が良い方向に変わるかもしれないと言っていたけれど、本当に、そうなってくれる可能性があるのかもしれない……。

 私はそんなことを考えながら、ヘンリーにリードされるようにして歩を進めると、右足にグニュっという、なにか柔らかいものを踏む感覚が走った。


 ん? これは……?

 恐る恐る右足を床からあげると、そこにはなにやら、私に踏まれてひしゃげた姿の黒いものが……。

 そして、微かに立ち上る香ばしい匂い。


 あれ、これって……まさか……。

 私はゆっくりとヘンリーを見上げた。

 すると、楽しそうに目を細めるヘンリーが、片側の口角をニヤリとあげた。


「数年前のお返しだよ、ひよこちゃん」

 ま、まさかこれ、豚の糞!?

「ゲス……ヘンリー殿下っ!!」

 ていうか、あの時の豚の糞を仕掛けたのが私だって、やっぱりバレてたの!?


「ああ、面白かった。こういう遊びも、なかなかいい。カイン、ひよこちゃんを部屋まで」

 というと、さっきは部屋まで送ろうと言っていたはずのヘンリーは私から手を離して堂々と私の部屋とは逆方向に向かって歩いて行く。チラチラと可哀相な目で私をみる近衛隊を連れて……。


 結局、部屋まで送ってくれないんかい!

 と心の中で叫びつつ、豚のフントラップに無様に引っかかった私は、足元を見る。


 靴に糞がついたぐらい、正直あまり気にはしないのだけど、しかし、今私はなんといってもお城の高価で豪勢でフッサフサな絨毯の上にいる。

 この豪勢な絨毯の上を、糞のついた靴で踏みしめて歩く度胸は、流石にない。

 片足を軽く浮かせて、動けないでいる私のところにカイン様が私のそばにきてくれた。

「カイン様……」

 救世のフォロリストの登場に、思わず祈るかのようにゴッドフォロリストの名を呟くと、カイン様が少しばかり困ったように微笑んで、膝をついた。


「一旦靴を脱ごう。私の肩に手を置いて」

 と言ったカイン様が流れるような自然な動作で私の靴を脱がせると、そのまま無防備になった私の足をカイン様の太ももの上に乗せてくれた。

 なんだか、当然のごとくな動きで始まったから、そのまま流れに身を任せたけれども、よくよく考えたら、結構恥ずかしい……。

 男の人の太もものあたりに足を乗せるなんて、今までにないし。

 そんなことを思っていると、カイン様以外のヘンリーの騎士の一人が、新しい靴を持って来てくれた。


 羽飾りのついた紺色の少しばかり大人びたデザインの靴だ。

 カイン様がその真新しそうに見える靴を私に履かせてくれた。


「あ、ありがとうございます。あの、この靴は……?」

「ヘンリー殿下がご用意されていたんだよ。しかるべき時が来たら渡すように言われていたのだけれど、まさかこんなことを殿下が考えていたとは思わなくて……申し訳ない」

 と、本当に申し訳なさそうに優しい声色でカイン様が説明してくれた。


 いや、カイン様が謝ることではないし、問題はゲスリーだよ。

 ゲスリーめ、この糞踏んづけ事件は、計画的犯行だったわけか……。


 忌々しいゲスリーのことを考えていると、先程私と豪華な絨毯を救ってくれたカイン様が天使のような眼差しで私を見つめて、首を傾げた。


「ところで、先程ヘンリー殿下がおっしゃっていた数年前のお返しというのは、どういう意味だったのだろうか?」

 カイン様の純粋な穢れなき微笑みを見て、後ろ暗いこと満載の私は答えることができずそっと視線をそらしたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 笑いすぎて腹筋割れた
2022/03/28 02:02 退会済み
管理
[良い点] ゲスリー殿下のリベンジ成功!! [気になる点] あれ?結構お似合いなのでは??
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