小間使い編⑫-久しぶりに坊ちゃまの小間使い-
私は早朝、屋敷のレインフォレスト家のみなさんが使う風呂場の裏出口にでてみると、風呂場の建物から少し離れたところで、既に桶に水を溜めて、ばしゃばしゃと服を洗濯している使用人女性がいた。
恰幅のいい優しそうなおばさんと言う感じの人で、確か名前はメアリー。
「メアリー様、こんなところで洗濯ですか? お早いですね」
「ああ、リョウかい。おはよう。ちなみに私に様はいらないよ。それにしてもリョウこそ早いじゃないか」
「はい、少し下準備がしたくて」
そして私は、地面をみた。この辺の地面は砂利に覆われている。大きいもので、直径5センチくらいの砂利だ。ちょうどいい。
私は満足してうなづくと、メアリーさんのほうに向き直り、
「メアリーさんはこちらでお洗濯を? 洗い場のほうで行なわないんですか?」
と疑問を投げかけた。
いつもなら、洗濯するための場所があり、大体みんなそこで洗濯をしている。私もカイン坊ちゃまやついでにアランの服もそこで洗っている。
「洗い場はご主人様用のお洋服を洗うところだからね。ここであらうのは、使用人用の服なんだ。奥様がお入りになられたお風呂の残り湯で洗う。石鹸の実を入れているから、汚れが落ちやすいのさ」
ああ、石鹸の実! あのステラさんがいつも入れているハーブのことか。
奥様が入った後の浴槽は次の日になると空になっていたけれども、なるほど、使用人用の服の洗濯に利用されていたのか。エコロジーでいい。
「メアリーさん、いつもありがとうございます」
「いいよ、そんなわざわざ。それにリョウが来てからアラン坊ちゃまに汚される服が減ったからだいぶ楽になったよ。・・・・・・最近はまた増えたけれどね」
あのクソガキ。
「すみません。本日からは坊ちゃま付の小間使いに戻りますので、今後はそのようなことがないよう言い含めます」
「あはは、なんか、あんたほんと、子どもには見えないねぇ。小さいのにしっかりしてるよ」
まあ、少し精神年齢がアレなもので。
私はあんまり長い時間話してメアリーさんの仕事を邪魔してもいけないと思って、適当なところで話を切り上げ、早速下準備に取り掛かることにした。
メアリーさんにも、ちょっとごそごそやるけれども、ステラ様の許可も得ているので、気にしないでと伝えておく。
まずは、足で、地面の砂利をかき分けて、直径1mぐらいの円をつくる。そこに大き目の石と薪を持ってきて積む。
それだけの作業だったが、結構時間がかかった。まだ5歳の私なので、何をするにも疲れやすいし、動きも遅い。結構重いものを運んだりしたので大変だった。
一区切りついたころには、もうそろそろ、坊ちゃま達を起こす時間になっていたので、洋服の汚れを手ではたいてきれいにし、部屋に向かう。
―コンコン
「カイン様、おはようございます。入ってもよろしいでしょうか?」
扉をノックして声をかけたが、返事がない。いつものことだ。まだ寝ているのだろう。カイン坊ちゃまは意外とねぼすけなのだ。
私は失礼しますと言いながら、部屋に入る。天蓋付のベッドの中にふくらみがある。やっぱりまだ寝ているみたいだ。
カーテンにさえぎられて部屋の中は暗い。手始めに日光を浴びせようということで、カラカラとカーテンを開けると、薄暗かった部屋が一気に明るくなった。
まぶたの上からでもまぶしさが伝わったらしく、大きなベッドから、う~んという気だるそうな声が聞こえてくる。
私は、ベッドの側に立ち、おはようございますと声をかけたが、まだ起きたくないようで、う~ん、といって、布団の中に顔を突っ込むカイン坊ちゃまと・・・・・・アラン。
またカイン坊ちゃまのベッドにアランが潜り込んでいる。これもまたいつものことだ。
一人で寝るのはさびしいのかしら。まあ、まだ5歳だからね。
気持ちよさそうに寝ているところ申し訳ないが、私は心を鬼にして、掛け布団を二人から引き剥がした。
坊ちゃま達はバスローブみたいなパジャマをお召しなので、ベッドの中で着崩れてしまっている。今は、子どもだから良いが・・・・・・それなりに大きくなってからも兄弟二人で同じベッドで寝ていたら、あらぬ想像をしてしまいそうだ。
「朝でございます。朝食の用意も出来ております。おきてくださいませ」
最初に反応したのは、アランだった。
ん? と言う顔で寝転がりながら私を凝視したかと思うと、「リョウだ!」といってガバっと飛び起きた。
意外にもうれしそうに言うものだから、私もびっくりしてしまった。
とうとう目の上のたんこぶ的な親分が帰ってきてしまった! と言う具合でいやな顔をされるかと思っていた。
「・・・・・・リョウ?」
アランの声でカイン坊ちゃまもお目覚めのようで、目をこすりながら眠たそうな顔でムクリとおきてきた。カイン坊ちゃまはたぶん低血圧っぽい。朝はボーっとしている。
「ほんとうにリョウだ。おはよう」
そういってニコリと笑うカイン坊ちゃま。
なんという天使の笑顔。ちょっと寝ぼけてボーっとしているところがいい。私は心のフォルダに天使の笑顔をきちんと保存する。
「なんだ、リョウ! とうとうお母様から使い物にならないと言われて、こっちに戻ってきたか!」
アランがすごくうれしそうだ。そうかそうか。
アランめ、それが言いたくて、さっきからずっとうれしそうな顔をしてたのか! なんという安定のクソガキだろう。最初、意外とかわいい子分よのう、と思った私の温かい気持ちを返して。
「どこかの子分が、親分がいなくて、暴れまわっているという噂を耳にいたしまして、致し方なく戻ってまいりました」
「えっ! 暴れまわってるって・・・・・・お前、俺以外に子分がいるのか!?」
何、衝撃的! みたいな顔をしているんだ、アラン氏。
君のことだよ! アラン氏! 気づきたまえ! 親分はいやみをいったのだぞ!
「私に、他に子分はおりません」
「ということは・・・・・・どこかの子分というのは、他の派閥のやつらってことか!? 隣町のワルガキ太腕のコフィンのところのやつらか!? だが、安心しろ、リョウ。あいつは確かに、腕も太いし腹も太くて、足も太いが、俺には逆らえない!」
と言って自慢げなアラン。胸をそらしている。そしてチラチラと私を見てくる。
さすがはわが子分、頼りになる! 見たいな事を言ってほしそうにしてるけれど、言わないよ!
しらないよ太腕のコフィンなんて。誰だよ。他の派閥があるとか、そんなの今知ったよ。抗争関係には参加しないよ!
私は大きくため息をついて、この話題はもうやめにしようと決めた。
隣で、カイン坊ちゃまが笑いをこらえるためにうずくまって震えている。弟の暴走を止めるのは兄のお仕事ではありませんでしょうか? カイン坊ちゃま。
「アラン様、私は色々太めのコフィンさんの話はしておりません。それよりも、もう朝食の用意も出来ております。着替えの手伝いをさせてください。本日は剣術の稽古がございますので、動きやすいお洋服にいたしましょう」
そそくさとクローゼットから、本日のお召し物をチョイスし、二人の着替えを手伝った。
今はまだお互い子どもだから、着替えの手伝いとか出来るけれども、ゆくゆくのことを考えると、男の小間使いを探したほうが良いような気がする。アランはともかくカイン坊ちゃまは少し気にしているような気がする。
私は、お二人の髪の毛を整え、今日もばっちりきまってます! と太鼓判を付けた上で、ダイニングへ送り出す。
坊ちゃまの脱いだパジャマを回収すると、部屋の掃除や管理をする使用人のお姉さんに、坊ちゃま起きましたー。これから食事ですーと伝えて、急いで私もダイニングへ。食事の手伝いをしなくては。
・・・・・・なんか私、親分というより”親”みたいなことさせられている気がする。まあ、小間使いでもあるから、いいんだけれど。









