国策制定編⑨ ルビーフォルン商会暴動裁判 後編
やばいな。せっかくいい流れが来ていたところだったのに。
そこを突かれると、私の形勢はあまり良くない。
「だが、それは、不穏分子による誘導があったからこそ。それに、彼女は先の災害における功績で、勝利の女神とまで言われている少女だ。彼女が傷つけられたと聞いた商会関係者の気が荒ぶるのも当然というものでは……?」
アルベールさんがすかさずそうフォローに回ってくれたけれど、言われた相手はあまり納得いっていないようで渋い顔。
「彼女のことは知っている。その影響力も。だが……いやだからこそ、恐ろしいと思わないか。彼女は、非魔法使いだ。非魔法使いである彼女が、これほどの影響力を持っている。……私はそれが恐ろしい」
そう改めて小さく呟いた男の顔を確認する。
30代ぐらいに見える。
切れ長の目、片側にはこの世界では珍しいモノクルをつけていて、なんだかめちゃくちゃ頭の良さそうな顔だ。
今集まっている側近の中だと彼はなかなか発言権があるのか、少しばかり場の雰囲気が彼の発言で変えられた。
「だが、イシュラム、彼女を強く罰する訳にはいかない。理由は、わかるだろう?」
アルベールさんが、そういうと、イシュラムと呼ばれたモノクルの人は、苦々しく頷いた。
「分かっている。彼女を罰すれば、反乱分子の思うつぼだ。奴らは、国が彼女に害をなしたと偽情報を流し、ルビーフォルン領と王家を分断させようとしていたのだ。この暴動の責任を彼女に問えば、反乱分子の目論見通り、ルビーフォルンと王国の間に大きな亀裂を生むことになろう」
「そうだ。わざわざ反乱分子に都合よく動いてやる必要はない。私は、彼女のことを知っているが、彼女は良く国のためを思って働いてくれている。大雨の災厄においては、学園の生徒ともに王都を守り、領地に帰ればマッチというものを普及することで支援し、今後の未来のための新たな国策の制定にも協力を惜しまなかった。彼女の働きは、ルビーフォルン領民だけでなく、王都に住まうもの、他領地の者達も、知っていることだ。彼女を必要以上に罰すれば、亀裂が生まれるのはルビーフォルン領だけでは済まないかもしれない」
アルベールさんがそう言って私を持ち上げてくれて、それを暗い表情で聞いていたイシュラムさんは、顔を上げた。
「アルベールの言う通りではある。だが、だからこそ、私は、彼女をこのままにするべきではないと思う。彼女の存在は、ゆくゆく、この国を滅ぼしかねない……」
イシュラムさんのその言葉に、気まずい沈黙が流れた。
あまり良くない流れになりそうだったら、失礼を承知で発言をしなければ……と思っていると、さっきからずっと眠そうにして黙っていた王様が頭を振り乱した。
「えええい! うるさいうるさい! 黙れイシュラム! なにを非魔法使いの子供一人に怖がる必要がある!! こんなやつどうでも良いわ!」
と陛下が、突然わめき出した。
王様の荒ぶりように、イシュラムさんとかアルベールさん含む皆が膝をついて「失礼いたしました」と、陛下に謝罪した。
いや、なんだか私にとって良くない流れを切ってくれて、感謝する気持ちもあるけれど、この人が国の王様だと思うと、なんとも言えない気持ちになるのは、私だけだろうか……。
「こんな小娘なんぞのために時間を割くのもうっとおしい! それより、ヘンリーだ! あの救世の魔典を燃やした愚弟をどうにかしろ! 何故、余の治世でわざわざあんなこと……!」
私が王様の荒ぶりように呆然としていると、先程までずっと陛下の隣に侍っていたラジャラスさんが、「陛下、恐れながら、このラジャラスに妙案がございます」と唐突におっしゃった。
そのよく響く声に、周りの側近達もラジャラスに注目する。
「なんだ、申せ」
と陛下のその言葉に、ラジャラスはその形のいい唇を開いた。
「ここにいるルビーフォルン商会の会長は、約束された勝利の女神と呼ばれ、民から愛されているようです。もちろん、それは、民が陛下に向ける敬愛には到底及びませんが、それでも、非魔法使い、他領地の領主に対しても、なかなかの影響力があるとか。そして、恐れながら、先の大雨の災厄で、愚かな民草の中には、国に対して、不信感を抱く者が少なからずいるようで、先日のグエンナーシス領の反乱分子もその一つでございます。盛況の中で終わった慰労会で、他領地の貴族様方の陛下への忠義の心は改めて強いものになり、民草の陛下に対する敬愛もより深まりましたが、それを確固たるものにするために、勝利の女神と国との結びつきを示すのが良いかと」
ねっとりとした口調で、遠回しな言い方で、そうラジャラスは告げた。
私は、嫌な予感がして、やばい感じの汗が出てきた。
そんな私を気にすることもなくラジャラスは話を続ける。
「また、領地を治める伯爵様方の中には、民草の反応を気にする方もいらっしゃいます。なにせ、非魔法使いというのは、数だけは多いものですから。そして彼女はその民草の求心力としては最高の道具です。先程イシュラム様がおっしゃっていたように、彼女は恐ろしいほどの影響力を持っております」
「何が言いたいのだ」
とイシュラムさんが言うと、ラジャラスはねっとりと笑みを作る。
「つまり、彼女の影響力、求心力を王族に取り入れるのです。婚姻と言う形を用いて」
決定的なことを言われた私は、頭が真っ白になった。
「余の、側室として迎えるということか?」
「いいえ、側室では、彼女の求心力を最大限に利用できません。ですから、ヘンリー殿下と婚姻関係を結ばせるのです。民は、我らが王族と、庶民の女神である彼女との婚姻に沸くことでしょう」
ラジャラスのその話に思わずめまいがした。
最初に話を聞いた時に、そうなるんじゃないかと思っていたけれど……!
流石に、それは……!!
「なにを言うラジャラス。ヘンリー殿下は王家の血筋の魔法使い様だ。彼女は、伯爵家の養女となっているが、元の生まれは開拓村の農民だと聞く。魔法使いの血の一滴たりとも入っていない血筋だ。ヘンリー殿下とは相容れぬ血筋だぞ」
イシュラムさんが早速反論してくれた。
そうだ! イシュラムさんはさっきから常にだいたい正しい!
もっと言ってやって!
「もちろん、ヘンリー殿下にはゆくゆくは正しい血筋の姫を迎え入れていただきます。我らが欲しいのは、彼女の今の名声です。ですが、民というのは愚かなもの。一時的な名声は時間とともに、忘れさられることでしょう。そう、彼女の影響力というのは永遠ではないのです。影響力が衰えたら、彼女には離れてもらえれば良いだけのことでございます。今だけ。彼女が利用できる今だけ、利用するのです。イシュラム様としても、そのほうがよろしいでしょう? あなたが先程恐れていた彼女の影響力を囲い込むことができるのですから」
悪魔のような笑顔でラジャラスがそう言うと、イシュラムさんの勢いがなくなった。
ラジャラスの提案を真剣に吟味し始めているその表情に、嫌な予感がして、頼みの綱のアルベールさんに視線を移して見るも、アルベールさんは意外にもラジャラスの提案に乗り気な表情を見せている。
これは、やばいんじゃないか。
最後の砦であり、すべての決定権を持つ陛下に視線をうつした。
テンション王のテンション具合にかけるしかない。
「非魔法使いの小娘と、あのヘンリーが婚姻……?」
と、陛下が不思議そうに繰り返した。
お願いします、どうか反対して!
「ク、フハハハハ。それは愉快。愉快だ! それはいい! あの愚弟には良い薬になる!なあ、そう思わないか! さすが私のラジャラスよ! あの愚弟も、庶民の女神だか知らぬが、泥臭い開拓村の女が妃となれば、己の行いの罪深さに気づき、後悔することだろう。ははは、良い!」
……だめだ。
これは、私が、な、何か言わなくては、何か……。
「お、お待ちくださいませ、陛下! わ、私は、先日学園を卒業したばかりでございます。その、まだ結婚できる年齢にたっしておりません!」
私はまだ婚姻できる年齢に達していない。
どうにか絞り出した理由がそれしかなかった。
「ならば、婚約を結ばせろ。お前が成人年齢に達し次第、ヘンリーの妻とする」
というむげな言葉にめまいがした。
そんな私と、ねっとりとした笑みを張り付けたラジャラスとで目があった。
「お認めください。リョウ=ルビーフォルン殿。これはあなたにとって悪い話ではないでしょう。これを受けなければ、私達はやはりあなたを罰しなければならないのです。あなたを助けるためと言って、民を暴徒とすることができるあなたの影響力は、あなたが思っている以上に罪深いのですよ。ルビーフォルン領との亀裂を覚悟しても、あなたの名声を潰しておきたいと思う者はいます」
ラジャラスが、私を見下ろしてそう言った。
はい、ということで……ラジャラスってやつは何てこと言うんですかね。
いやーもう本当に、なんだか、すみません(震え
おそらく次回の投稿で、「転生少女の履歴書第四部 転生少女の独立期」はラストのはずです!
そして、新作をごりごり書いていたので、良ければ癒しを求めて読んでみてください!
下にリンクを張っておきます!
連日ババっと投稿して、8万字ほどで完結します現代あやかしほっこり系(当社比)……!
突然のゲスリーに胸やけされた方は、ぜひともほっこりして、ほしい、です…