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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第四部 転生少女の独立期
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国策制定編⑥ 赤く染められたタンポポ 後編


 突然現れたタゴサクさんは、不慣れな様子で馬から降りた。


 タゴサク先生のご登場に、先ほどまで荒ぶっていたデモ隊の中から、戸惑うようにタゴサク先生と呟く声が聞こえる。


「タ、タゴサク先生、しかし、我らのしるべたる教えが汚されようとしているのです!!! ご覧ください! この毒々しく赤く染まったタンポポの花を!」


 そう言って、デモ隊の一人が、タゴサクさんに向かって、私にも見せてくれた血に染まったタンポポを差し出した。


 タゴサクさんがものすごい形相で、そのタンポポを掴み、そして……。


「こんなものに惑わされおって! このようなこと、あのお方がするはずもない!」


 と言ってタンポポを投げ捨てた。


 タゴサクさんの言葉に、先ほどまでの荒ぶりようが嘘みたいにデモ隊が立ちすくむ。

 そして、その呆然とする人々の間を通って、タゴサクさんがドスンドスンと私の方にやってきた。


 タゴサクさんの顔が真っ赤だった。


 唇をかみしめ、微かに体を震わせている様子から、彼がめちゃくちゃ怒っているのが分かる。


「タ、タゴサク、さん」


 私があまりにも怒っているタゴサクさんにそう声をかけると、タゴサクさんがいつもの五体投地で私を拝んだ。


 タゴサクさんの五体投地に、先ほど以上にその場が騒然とする。


「タ、タゴサク先生、そ、その、その拝礼は、最も尊きお方に向ける……」


 という戸惑いの言葉が周りから聞こえる。


 みんなの注目の的であるタゴサクさんは、


「ああ、どうか、我々を、お、お許しください。お怒りを、お鎮めください」


 と震える声で嘆願してきた。


 怒りは、正直もう鎮まってるところはあるけれど、ていうかタゴサクさんの方がめちゃめちゃ怒っている様子なんだけど……と思っていると、タゴサクさんが泣きそうな声で先を続けた。


「昔、我々の愚かさに、尊きお方は一度姿を消してしまわれた。かのガリガリ村の地は、その日から、二度と明けない夜のような絶望に包まれましたが、慈悲深く尊いお方は、愚かな我々に教えを残してくださった。それだけを頼りにここまで歩み、そして慈悲深く尊い天上の御使い様は、再び我々の前に、希望という光とともに現れてくださった。ああ、尊きお方よ! 二度も尊きお方の神聖さに泥を塗るような我々の愚かさにお怒りになる気持ちは分かりまする! ですが、どうか、どうか、どうか、この愚か者どもをお許しください! 彼らは、ただ、尊きお方を敬うがばかりのものなのです! どうか、どうか、どうか、どうか……! 我々を、どうか、見捨てないでくださいませ!」


 そう言い切った、タゴサクさんの言葉に、戸惑うような言葉が群衆の中からぽつりぽつりと呟かれる。


「タゴサク先生、何をおっしゃっていらっしゃるのですか……?」

「ま、まさか……」

「しかし、タゴサク先生が、行なっている拝礼は、間違いなくあの方のための……」


 という声がざわざわと聞こえてきて、みんなの視線が私の方へと集まった。


 それを知ってか知らずか、タゴサクさんが顔をあげて、周りに集まっていた人々に目を向けると、一瞬にして厳しい顔に切り替わる。


「何をしている! お前たちも許しを請うのだ!」


 タゴサクさんの言葉に、また空気が固まった。


 そして、ウヨーリ教徒の暴徒達の一人が、タゴサクさんに倣うように、五体投地で顔を伏せる。


 それを皮切りに次々と波のように人々が、膝をつき、頭をさげていく。


 しかし、その中で、一人だけ、戸惑うようにして、見下ろす人々を見て狼狽える者がいた。


 フードを目深にかぶって顔がよく見えないけれど、「な、何をしてるんだ! 教えが汚されてもいいっていうのか!?」と声をはりあげる時に、少しばかりフードが外れて、その顔があらわになって……私は絶句した。


 あれ、あのもみあげの感じとか、あの猿っぽい顔とか……。


「クワマルさん?」


 私に名を呼ばれたクワマルさんは、しくじったというふうにして慌ててフードを付け直す。


 懐かしい山賊時代の、あのクワマルのアニキがいる。


 クワマルさんが、扇動した?

 じゃあ、やっぱり、これは……。


 親分達の仕組んだこと……!


 フードを付け直したクワマルさんは、低頭しているウヨーリ教徒をちらりと見ると、城門の方へと近づき、門番の一人、全身を騎士の鎧で覆った大男に向かって何事か口を開く。


 クワマルさんに『何か』を言われた門番が、腰から剣を引き抜いた。


 クワマルさんが、体を身構えるのがわかった。


 あの門番の剣を握る姿に覚えがあった。


 あの動き、あの体格、どうして最初に気づかなかった。


 あの門番……。


 ガイさんだ。山賊時代、共に過ごした、無口で優しい大男。


 さっき聞こえないと思ったクワマルさんが言った言葉は、なんだ。

 口の動きを思い出す。

 あの口の動き、『俺を切れ!』じゃないか?


 スローモーションでガイさんが剣を振り上げるのが見える。


 目の前がスローモーションで、頭はフル回転で、色々な物事が一瞬で脳裏に流れてくる。



 門番はガイさんで、あそこにいるのはクワマルさん。

 でも、あのクワマルさんは、傍からみたら、ウヨーリ教徒だ。


 ウヨーリ教徒が、王国の騎士に切られたら……?

 ここで、クワマルさんが切られたら、戦争にならないだろうか?

 いや、でもここには、タゴサクさんがいる。タゴサクさんがいれば、止められる?


 あれ、でも、タゴサクさんまでも、もし刺されたら? クワマルさんが切られれば、この場は必ず混乱する。その混乱に紛れて、タゴサクさんもいなくなったりしたらどうなる?


 それに、どうあがいても、切られた事実は残る。

 ウヨーリ教徒が、騎士に切られたという事実だけが、独り歩きする可能性も……。


 ……だめだ!


 低頭するウヨーリ教徒を踏み越える勢いで、駆けだす。


 でも、この距離は、届かない。


「誰か、あの人達を止めて!」




 ―――――ガキン


 

 金属がぶつかり合うような音が、響いた。



「あーら、久しぶりねぇ、ガイ」


 私の、大好きな声が、聞こえた。


「コウ、お母さん……!」


 ガイさんの剣を、コウお母さんが短剣で止めてくれていた。


「コーキさん……」

「コウの、アニキ……」


 ガイさんとクワマルさんも、そう、戸惑うような声を出した。


「アンタ達、ホント、懲りないわねー。自分達で傷つけあうなんて、ありえないわよ。もうアンタ達の怪我の治療してやってた優秀な美しすぎる治療師はそばにいないんだから、自重しなさいよね」


 コウお母さんは、そう言って、呆然としているようなガイさんを長い足で蹴飛ばした。


 クワマルさんは、多分コウお母さんが二人の間に割って入った時に、すでに蹴られていたようで、地面に尻餅をついている。


 ……助かった!

 

 でも、先程は、ガイさんの攻撃をうまく受け止めたコウお母さんだけど、あれはクワマルさんを切るために手加減をしていた。

 ガイさんが本気を出せば、どうやっても力の差がある。コウお母さんでは敵わない。


 少し戸惑っている今のうちに、私も加勢して彼らの動きを止めなければ……!


 と思って、駆けていくと城の方からガシャガシャと重そうな鎧を響かせて、騎士達がやってきた。


 城の騎士だ……!


 この騒ぎを聞きつけてやってきたのかもしれない!


 そうだ、このまま、クワマルさん達を捕まえて、騎士の人に……!


 と思って、私は気づいた。


 このままクワマルさん達を城の騎士に引き渡して、私は、どうしたい?


 こんな騒ぎを起こしたクワマルさん達が、城に捕らえられたら、どうなる……?

 しかもクワマルさんは、グエンナーシスにいるはずの反乱分子の一人だ。


 クワマルさん達を前にして、先ほどまで勇んでかけていた足が止まる。


 処刑と言う単語は浮かんだ。


 そうだ、もし騎士に捕まったら、彼らは、死んで、しまう……。


 そう思った時に、ヒュっと風を切るような音が聞こえて、とっさに後ろに引いた。


 目の前に矢が降ってきている。


 そして、馬の嘶く声が聞こえたかと思うと、次々と矢継ぎ早に矢が飛んできて、コウお母さんもその場を飛びのいて離れる。


 矢の放たれたところを見ると、馬に乗った男が、もう一頭馬の手綱を握りながら、ものすごいスピードでこちらに向かっているところだった。


 矢で威嚇して空いた道を乱暴な馬さばきでものすごいスピードで進むこの人は、私の知っている人で……。


「親分、すまねぇ! 失敗した!!」


 クワマルさんが、叫ぶと、「この馬に乗れ!」と言った親分が、空いている馬を勢いよく蹴って、こちらに駆けさせた。


 その馬に、ガイさんとクワマルさんが、勢いよく飛び乗ったのが見えたところで、辺りが黒い何かに覆われる。


「グッ……! ゴホ」


 鼻に付く火薬の匂い、息を吸うとひどく喉が痛んで、咳き込んだ。

 これは、煙玉……!?


 目と喉の痛みに、動けないでいると、どんどん馬の走る音が遠ざかっていく。


 周りからも咳き込む音が聞こえた。

 おそらく駆けつけた騎士もウヨーリ教徒もみんなして、この煙にやられている。


 親分達に、逃げられる……。親分達をこのまま、逃しては、いけない。


 だって、また、親分達が、こうやって、何か戦争を起こすための騒ぎを、いつか、どこかで、起こすかもしれない。


 止めなくては。

 捕まえなければ。


 でも、このまま親分達が、逃げていくことに、ほっとしてしまう自分がいた。


 だって、もし、彼らをとらえたら、捕まえたら、きっと、親分達は……。


 私は……、私は、どうすればいいのか……私は……。



 ここに来て、親分を前にした時の私に、圧倒的に足りないものが、分かった。



「リョウちゃん!」


 そう言って、誰かが動けないでいた私を抱えて、走っていく。

 そしてそのまま煙のないところまで運んでくれたその人は、私を地面に降ろしてくれた。


「リョウちゃん! 大丈夫!?」

 そう言って、目の前に鼻から下を布で覆ったコウお母さんが心配そうに覗き込んでいる。


「ゴウ、おがあざん」


 煙で喉をやられたからか、声が出にくい。


 そんな私に、「……追う?」とコウお母さんが問いかける。


 追う? 親分達を?

 そう思って、親分達が去っていったであろう方角を見た。


 もう彼らの馬が起こす砂煙さえ見えない。


 城の方を見れば、未だ煙の中でもがいている城の騎士が目に入った。


 親分は速い。

 私が今から追って行っても、追いつけない。


 ……でも、これから親分がいくかもしれない場所になら、1つ心当たりがある。


「行か、なくちゃ」

 私がそう言って、馬のところに行くと、アズールさんがきてくれた。


「リョウ殿……!」

 心配そうに私の側にしゃがんでくれたアズールさんに何とか笑顔を見せる。


「私は、大丈夫です。それと、アズールさん、先程は、タゴサクさんを連れて来てくれてありがとうございます」


「いいえ、私はコーキ殿に言われて、連れて来たまでであります。でも、間に合ってよかったであります」


「コウお母さんが?」

 そう言って、私はコウお母さんを見上げた。


「実はね、ずっとアタシ、アレクのことを探ってたのよ。本当は、こんなことになる前に、止めたかったんだけどね。まさか、こんな手を使うとは思っていなかったから……。アタシ、アレクのことは、なんでも分かってるつもりでいたけれど……ダメね」


「コウお母さん……」

 コウお母さんの辛そうな言葉に、私も悲しくなって名前を呼ぶと、コウお母さんがそんな私に気づいて微笑んでくれた。


「まあ、今更嘆いても仕方ないわね。それで、リョウちゃんは、行くんでしょう?」


「……はい。とりあえずは、バッシュさんのところに行きます。もしアレク親分が寄るところがあるとしたらバッシュさんのところです。バッシュさんは、間違いなく、アレク親分と繋がってます」


 そう、力なく呟いた。

 バッシュさんが、わざわざルビーフォルンから沢山の使用人……ウヨーリ教徒を連れて来たのは、こうやって王都でウヨーリ教徒を暴走させ、ルビーフォルンが国に反旗を翻す口実を得るためだったんだ。


 それに、さっき親分が使っていた煙玉。


 これだって私がマッチの作成する中、こういうのも作れるのだと、バッシュさんに見せたことがある。


 アレク親分とバッシュさんは、情報を共有し合っている。


 けれど、それならそれで、1つ気になることがあった。


 どうして、バッシュさんは、私のところにアリーシャさんを寄越そうとしたのだろう。


 アリーシャさんはバッシュさんに言われて馬を借りて私の元にきたのだと言っていた。


 アリーシャさんが私のところにきてくれなかったら、おそらく私はこの騒動を止められなかった。


「アズールさんは、申し訳ないのですが、ここにいるタゴサクさんやルビーフォルンの人たちの保護を。おそらく城の人から事情を聞かれるでしょうから、その時は私が後から説明に行くといっておいてください。このルビーフォルン商会の商会長である私が、責任を持つと伝えてください」


「かしこまりましたであります」


 アズールさんが頷いてくれたのを見て、私は改めて馬にまたがった。


 バッシュさんがいる場所へと、向かうために。



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