国策制定編② 卒業後、ルビーフォルン商会にて 後編
アランがなんだか本気なのは分かった。分かったけれど……。
「何か王都でやり残したことがあるのですか?」
「ある」
そう即答したアランの顔が真剣で、ドキリとした。
アランに、こんな顔をさせる何かが、王都にはあるってこと?
応援してあげたい気持ちもあるけれど、でも!
アイリーン様が許可してないのだとしたら、このまま私の商会に雇うことはできないし……。
「……それは、領地に帰ってからではダメなのですか?」
「領地に帰ったら、できない。……リョウがいないと、意味がないんだ」
そう言って、アランが恥ずかしそうに顔を伏せた。
サロメ嬢が面白そうに「ヒュー」と口笛を吹く。
私がいないと意味がないって、もしかして……。
アランにあんな顔をさせるほど成し遂げたいことって、もしかして、もしかしてだけど、アランは本気の本気で商会所属の魔法使いになりたいってこと……?
つまり、アランの夢は、商会所属の魔法使い!?
思えば、今までだって、アランは私が頼んだお願いを快く引き受けてくれたし、嬉しそうにしてくれた。
私が、蒸留器やガラス瓶といった商会に必要なものを作ってもらっていたことで、アランがそういう仕事に興味を持った……?
アランは、誰もがいつかレインフォレスト領の領主になると思っていたし、私だってそう思っていた。
なのに、まさか、私が気軽な気持ちで商会の仕事を頼んだことで、そのような夢を抱かせてしまっていたなんて……。
「それに、見てくれ! このガラス瓶を! 言っておくけど、ここまでのものを短時間でこれだけ作れるのは、俺ぐらいしかいない! そんな俺をこのまま手放しもいいのか!?」
そう熱意溢れるアランがご自分の長所をアピールしてきたことによって、唐突にルビーフォルン商会の雇用面接会が始まった。
確かに、アランの魔法は、ルビーフォルン商会で必要なものである。
わかる。それはわかる。アラン職人のその匠の技は誰もが認めている。
正直、ガラス瓶を私が想像したような綺麗な形にして大量に作れるのは、アランしかいない。
それに色々な事業を始めるにしても、その準備にアランの魔法の力をお借りしたくなる時が来るかもしれない。
例えば、カテリーナ嬢の得意な風魔法。
その風力を使った工場のようなものを作ろうとして、私が描いたものをそのまま再現できる魔法使いが果たしてアラン以外にいるだろうか?
……。
「あら。リョウさんが迷い始めてるわ」
ぽつりと私の様子を見ていたサロメ嬢がそう言った。
え、私、迷い始めている?
アランを手放すことを?
でも、アランは、やっぱり次期伯爵だもの。本人の希望はどうあれ、周りの人はそうあるべきだと期待をかけ、望んでいる。
それを、そんな、アランがちょっといると助かるなんて感覚で、商会に雇おうなんてこと……。
なんてこと……。
でも、正直とっても欲しい人材ではある。
アランがレインフォレスト伯爵家じゃなかったら、間違いなく雇っているところ。
それに、なんだかんだアランが領地に帰るの、寂しいって、思ったのは本当だし……。
でも、アランが領主を継いだ時に、私の商会で働いていたことが汚点になったり、アイリーン様との関係に亀裂でも走ったりしたらやっぱり嫌だ。
今は、商会所属の魔法使いになりたい気持ちが強いとはいっても、この先もずっとその気持ちが変わらないとは限らない。もしアランが、予定通り領主になる道を選んだ時に、足を引っ張りたくない。
だって、アランは、私の大切な友達だもの。
私が苦渋の思いで決断し、断固アランの雇用を却下するため顔を上げた。
「残念ですけれど、アランはやっぱりレインフォレスト領に帰った方がいいと思います」
私がそうアランに宣告すると、アランは悲しそうな顔をした。
なんだか胸が痛い……。
でも、アランはすぐに勝気な瞳を取り戻して私の方をみた。
「俺、絶対に諦めないから。何があろうと、何を言われようと、俺は……俺は……諦めないから!」
アランのその力強い言葉に、私は衝撃を受けた。
アランのためを思って、アランを領地に返そうとしたけれど、それは本当にアランのため? 大切な友人だからこそ、アランの夢を応援してあげるべきなんじゃないか?
アランの、商会所属の魔法使いになる夢っていうのを……。
「でも、いつまでたってもアランが領地に戻ってこないとなると、アイリーン様が黙ってないかも……」
「大丈夫だ。アルベールお爺様のもとで、色々と学ぶつもりだとお母様には説明するつもりだ。実際に、少しお爺様から仕事を貰える約束もしている。だから王都滞在の許可は下りると思う」
なるほど、その手があったか。
確かにそれなら、王都滞在の許可は下りるし、王都滞在中に商会の仕事を少し頼むくらいなら……。
それにしても、アランがそこまで考えていたなんて。
本当に、商会所属の魔法使いになりたいんだね。
「アランには、負けましたよ。分かりました。でも、それでもやっぱり専属契約という形は取れないですけれど、また、何か頼みたいことがある時はお願いしてもいいですか?」
私がアランの押しに負けてそう応えると、アランがそれはもう嬉しそうに「ああ、もちろん!」と言って顔を綻ばせた。
へへ。アランがいる間に複雑な物作ってもらっちゃお。
「あ、それと、もしよければ、私の知り合いの商会長を紹介しましょうか? もしかしたら、今後の仕事につながるかも」
「いや、それはいらない」
あ、そう?
速攻で断られたけど、アラン的には、私の手助けなどは使わず自分の力で夢を叶えてみせる的な精神なのかな。
と私が、アランの熱い心に感銘を受けていると、ここまでのやり取りを見守っていたカテリーナ嬢が、
「なんだか、学園を卒業したっていうのに、代わり映えの無い顔ぶれが残りましたわね」と呆れたように呟いた。
その呟きにシャルちゃんが可愛らしく微笑む。
「ふふ、でも、私、人見知りをすごくするので、お友達の皆さんと一緒にいられてすごくほっとしちゃいました。本当に、こんな風に、リョウ様のお側にいられて、とっても幸せなんです。ずっとこれからもこうやって、過ごせて行けたらいいのにって、思います」
といって、顔を赤らめるシャルちゃんの可愛さと言ったら!
「リッツは、領地に帰ったけどな」
とアランがちょっと寂しそうに言う。
リッツ君は、もともと自領で魔法使いとして働くのが夢だっていってたもんね。
卒業式が終わって、涙ながらにお別れの言葉をいう私達に見送られて、リッツ君は爽やかに去っていった。
「確かに代り映えしないけれど、でも、今までずっと一緒にいても飽きなかったわ。きっとこれからもそうよ」
サロメ嬢が、カテリーナ嬢に向かってそう言うと、カテリーナ嬢が「そうね」と言って微笑み合う。
そしてサロメ嬢が、アランに顔を向けて意地悪そうに笑った。
「それに、アラン様は優秀だもの。きっと馬車馬のように働いてくれるわ」
とサロメ嬢がさらりとおっしゃると、馬車馬扱いされた流石のアランも眉を寄せた。
「馬車馬のように? サロメ、俺が馬に負けると思うのか? 俺は、馬よりいい働きをする」
アラン、違う。怒るのはそっちじゃない。
恐るべし社畜魂。
そんなに商会所属の魔法使いになりたいということだろうか……。
「そういえば、この商会には地下があると聞いたのだけど、本当?」
私がアランの将来について心配していると、カテリーナ嬢がポツリとそうおっしゃった。
「だ、誰がそんなこと言ってるんですか?」
ドキっとした。
だって、この商会の地下にいるのは、タ、タゴサク教徒の人たち……。
「ジョシュアさんに聞いたのよ。なんでも、リョウさんの風変わりなお客人がいらっしゃるって聞いたのだけど?」
「あーうん、まあ、風変わりというか、うん、そうですね」
カテリーナ嬢の追及に、私がごにょごにょ答えていると、サロメ嬢が首を傾げた。
「リョウさんにしては、はっきりしない口調ね。……まさか、人を誘拐して、無理やり働かせてるわけじゃないわよね?」
「違います!」
我が商会はそんなにブラックではありません!
ていうかどちらかといえば、勝手に王都に押しかけてきたのはあちらさんですからね!
「あら、じゃあ、その人達って何をしているの?」
と、問われて、少しばかり首をひねる。
一応、手伝ってもらっていることはある。
例のウヨーリ教をもとにした国策、タゴサクさんの意見も取り入れて、すでにウヨーリ教が浸透している地域でも問題なく馴染めるようにするために計画を立ててもらっている。
といっても多分タゴサクさんがいい感じで言えば、ルビーフォルン領民は納得するんじゃないかとも思うんだけども。彼はウヨーリ様の次に影響力がある人だし。
まあ一応念には念をね。
「そうですね、商会関係とは、また別の仕事を手伝ってもらっているような、感じでしょうか……」
「別の仕事? ああ、お爺様と取り組んでる国策に関することか? 確か、ルビーフォルンの領地経営法を国策として取り入れるんだろう? あれって、もう決まったことだって聞いたけど、まだ何かすることがあるのか?」
アランの言葉に、私は頷いた。
国策制定については、もう少し長いスパンが必要かと思ったのだけど、乗り気なアルベールさんが慰労会中も精力的に動いてくれて、他の領主の承認はすでに得ている。
まだ世間に公表してないだけで、領地政策と言う名の農業改革は領主の知るところとなっており、慰労会が終わって早々に自領に帰った領主の中には、国策を実行に移しているところもあるかもしれない。
「実際にその政策通りに動いたとして、必ず問題なく進むとは限りません。もしもの時のために、こちらも準備し、調整をしておかないと。それに、そのうち領主様方だけでなく、国中の人に新しい国策が施行されたことを、改めて報告しなければなりませんから、その時のためにやることもあるんですよ」
私がそう答えると、サロメ嬢が、少し笑いながら肩をすくめる。
「国の政令にまさか友人が絡んでるなんてね。最後に国からの政令が出たのは、私たちが生まれる前でしょう? 確か、開拓村制度だったかしら」
サロメ嬢のその言葉に、懐かしい故郷を思い出した。
開拓村制度。
魔法使いの数が激減し、非魔法使いの数が増え、その非魔法使いの扱いに持て余してきた前王が、考えた政策だ。
政策の内容は、余分な非魔法使いを1つにまとめて、領地の辺境に追いやり、自活するようにすればいいじゃない? という、私の故郷ガリガリ村を生んだ政策である。
必要な自活する術も教えずに、何を考えているのだか……。
「そうですね。今回の政令はこの開拓村制度の補足のような感じです」
そう、その開拓村制度の補足として、今回、ウヨーリ教をもとにした農業政策が、施されるのだ。
だから、今回の領主政策の中では主にウヨーリ教の知識に関すること、農法や害獣対策や、平民に知識をつけさせることの大切さなどを説いたもので、ウヨーリとかいう怪しげなものの影は今のところない。
これでしばらく様子見だ。
この国策がスムーズにうまくいけばそれはそれでよし。
もしうまくいかないとなった時に、考えられる不安要素は、農民が国策についていけるかどうか。
今までの魔法使いに頼りきりな農法とはまったく違うのだから、ついていけない民が出てくるかもしれない。
そうなった時に、ルビーフォルンでは、農民の方には受け入れやすく理解しやすくするために、物語を使った口伝を取り入れたんですよねって話になり、いつのまにかウヨーリ教のような物語が王国全土を巻き込んで、ルビーフォルンにいるウヨーリ教の民が異端じゃなくなってきて……。
というね、それはそうなればいいなっていう、私の希望的観測ではあるけれど。
でも、国策の制定によって、何かが先に進むのは、確かだ。









