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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第四部 転生少女の独立期
213/304

グエンナーシス卿の決意 後編

 爵位と領地をお返しする……?


 グエンナーシス卿の言葉にその場はシーンと静まり返った。


 え? 本当に? ま、まじで?

 なんか私さっきからグエンナーシス卿が言葉を発するたびに驚く生き物になってるんですけど!?

 いやだって……!


「君は、私の愚かな望みをもう知っているのだろう。しかし、私の野望はもろくも打ち砕かれた。なにもすることができないままにな」

 そう静かに話し出したグエンナーシス卿は、悲しそうに微笑んだ。


 愚かな望みとは、多分、救世の魔典を手中に収めて王位を簒奪しようとしていたこと、だよね……。

 私は、グエンナーシス卿に向き合って、口を開く。


「……諦めたと思って、良いのでしょうか?」

 私の直球な質問に、グエンナーシス卿は驚いたように少し眉を上げたけれど、すぐに自嘲的な笑みを浮かべて口を開いた。


「救世の魔典がない今、もう私に勝ち目はない。……いや、もとから私に勝ち目などなかったのだ。神話にならい、魔典を手にしたものが王であると主張し、王国民や、他の諸侯らを味方につけるつもりだった。そうすれば、こちらが圧倒的な優勢だ。王族がそれほどおろかでなければ、争うことなく王位を得られることもあろう。……私は愚かにも、そう思い込んでいたのだ」


 そう言って、グエンナーシス卿は、一度話を止めると、軽く首を振って、再び口を開いた。


「救済の魔典さえあればどうにかなる、そのようなことは、淡い幻想だった。私は古い人間だ。自分の価値観がすでに過去のものだと気づかなかった。すべてのものが私と同じように思うはずだと、そう信じて疑わなかった。でも、違った。ヘンリー殿下が魔典を燃やした後の人々の反応をしっているだろうか? ヘンリー殿下が魔典を燃やしたことで動揺したのは、魔法使いだけだった。魔法の使えない多くの王国民は、普段と変わらぬ様子だった。いや、なにやらすごいことをしたらしいと、ヘンリー殿下を讃えている者までもいる。……はじめは戸惑っていたはずの魔法使いでさえ、周りに流され大したことがないのだと思い始めている」


 そう一気に言葉を続けたグエンナーシス卿は、ふーと深く息を吐き出した。

 そして悲しそうに眉を寄せる。


「大多数という数の圧力に、私たちの魔法は、もう通用しない。はっきりと、痛いほどに理解した。もう私たちの、魔法使いの時代は終わったのだ」


 グエンナーシス卿の言葉に、想いに、しばらく絶句し、そして辛うじて口を開いて、「そ、そんなことは……」と私は答えようとして、その先を続けられなかった。


 それは私だって思っていたことじゃないか。

 これから非魔法使いの力が強くなる、そういう時代になるって、そう思って、そのために動いている。

 そういう時代を望む人がいる一方で、今の時代を惜しむ人達がいる。


 でもだからと言って、魔法使いが全て消えていなくなるわけじゃない。

 私は再び口を開いた。


「月日が流れれば、時代は移り変わって、人も変わります。でも、新しい時代がこれからやってくるとしても、その時代に魔法使い様がいないわけではありません。まるで、非魔法使いだけの時代みたいに言っておられますが、そうではないのです! 魔法が使える使えない関係なく、ともに歩んでいける、そういう時代です!」


 私が、そう思わず強めの口調で言うと、グエンナーシス卿は、初めて穏やかな笑みを見せてくれた。

 苦笑いでもなく、悲しげでもなく、ただただ、楽しそうに。


「なるほど、新しい時代はそう言う時代か。悪くなさそうだ。……実は、私は本当に愚かな男でね、国王に領地を返上すると決めた今も、まだ迷いがあった。領民を犠牲にしてでも、賭けに出るべきなのかもしれないと……。だが、もう迷いはない」

 そう覚悟を決めた顔で言うものだから、私は、思わず拳に力が入った。


「でも、別に領地をわざわざ返上しなくとも良いではありませんか。グエンナーシス卿が内に秘めていた思いも、言わなければ、国は気づかないはず。このまま閣下は、グエンナーシス伯爵として、領民のために力を尽くされるべきでは?」


「もちろん、簒奪の件は、伏せるつもりだ。それをおいそれと白状するつもりもない。流石にそこまでのことをいえば、この子にも、罪が及ぶ」

 そう言って、グエンナーシス卿は、自分の娘であるカテリーナ嬢を見つめた。

 優しい顔つきだった。


「では、なおのこと、カテリーナ様のことを思うのならば、わざわざ伯爵位を返さずとも良いではありませんか。しらばっくれて仕舞えばいいのです!」

 思わず私がそういうと、グエンナーシス卿は、噴き出すように笑った。


「はは、さすがに君は言うことが違うな。それができれば、そうしたいが、それも今となっては難しい。なぜなら、今、グエンナーシスには、牙の鋭い獣がいる」


 牙の鋭い獣……。


「剣聖騎士団と、その英雄と呼ばれる方のことですか?」


「ああ、そうだ。私は、彼らを止めるべきだったのだ。だが、止められなかった。領地を救ってくれた恩、王国への不満、そこに付け入られた。彼らの甘い言葉に乗せられた。彼らの危険性に気づき、止めようとした時には、遅かった。彼らは、領民を味方につけ、牙の数を増やしている。そのうちその牙は王国に向かうだろう。……だが、彼らのやり方では、王国には勝てない。そして、多大な犠牲を強いる。私はそれを止めなければならない。グエンナーシスの領主としての最後の仕事だ」


「……彼らを止めるために、領民の犠牲を出さないために、グエンナーシス領の内情を話すということですか」

 私はそう呟いて、アレク親分のことを思い出していた。

 確かに、あの親分を止めるためには、それが一番穏便で良い方法かもしれない……。


「そうだ。あの獣を抑えるために、国にグエンナーシス領の現状を伝える。そうすれば王国の目がゆく。さすがの彼らもそう自由にはできまい。……そして私は非魔法使いを抑えられなかった愚かな領主として、爵位返上となる。貴重な魔法使いではあるから、命までは取らないとは思うがね。だが、カテリーナや、グエンナーシスの子らは肩身が狭くなる。君には、守ってほしい。今日はそのために来たのだ。そしてできれば、グエンナーシス領の者が、君に助けを求めてきたら手を差し伸べてほしい。誠に勝手な願いではあるが、聞いてくれるだろうか? ……新しい時代に子供らを連れて行ってほしい」


 そう語るグエンナーシス卿の言葉に、私は唇をかみしめながら頷いた。


「……はい」

 

「感謝する。今日の卒業式で、カテリーナや他のグエンナーシス領の子らの成長を見守ってから、城に行くつもりだ。あれはせっかちな男だからな。ぐずぐずしている間に無謀な戦いをしかけてくるやもしれんが、娘の卒業式を見届けるぐらいは、大目に見てくれるだろう」


 そう言って、グエンナーシス卿は立ち上がった。

 あの男って、絶対アレク親分のことだ。

 アレク親分はせっかちだから。やっぱり、変わらないんだね。


 私もお送りするために、立ち上がる。

 カテリーナ嬢は顔面蒼白な様子でうつむいていた。

 肩が揺れている。泣いているのだろう。


 今はそっとしておこう。


 私はグエンナーシス卿をお送りするため、扉のノブにてをおくと、そういえばと思って、グエンナーシス卿に振り返った。


「グエンナーシス卿は、どうして私を頼られたのですか? その、グエンナーシス卿でしたら、他にも頼れる先があるのではと思ったのですが……?」


「いや、ここほど頼れる場所はない。王都ではルビーフォルン商会は、愛されている。王家にすら重用されている。それに娘からも君のことを聞いていた。信用できる、そう思える場所はここしかない。それに、何より、君は、あの男に恐れられるほどの存在だ」


「あの、男……?」


「剣聖騎士団の英雄にして、危険思想家のアレクサンダーのことだ。知り合いなのだろう?」


「えっ、どうして、それを」

 グエンナーシス卿、私と親分に接点があることを知ってる!?


 驚く私に、グエンナーシス卿は微かに微笑んだ。


「アレクサンダーは恐れ知らずなやつだった。国すらも、王族さえも恐れずに、自らの信念のみを頼りに歩いているような男だ。以前、あれに気まぐれで問いかけてみたのだ。お前に恐ろしいものはあるのかと。彼はすこし悩んだ末にリョウ=ルビーフォルン、君の名を言った」


 親分が、私の名を……?


 あまりにびっくりしすぎて、言葉につまる私に、グエンナーシス卿は、かすかに微笑んだ。


「これから時代を作るのは、間違いなく君だ。もう私にできることはないが、君の活躍を祈っている」


「ありがとう、ございます」

 私がそう辛うじて返事をすると、グエンナーシス卿は満足そうに頷いた。


「待ってください、お父様! 私も一緒に参りますわ! 私はお父様の娘です! グエンナーシスを支えられなかったのは私の力不足でもありますわ!」


 今までの、口を閉ざしていたカテリーナ嬢がそう言って立ち上がった。


 カテリーナ嬢は目に涙をためて、グエンナーシス卿をまっすぐ見ていた。


「成人前の娘が何を言う。私が、誰のために1人城に出向こうとしていると思っているのだ。我が子に罪を及ぼさぬため。家族が罪に問われぬようにだ。忙しい私は、なかなかお前と会う時間を作れず、寂しい思いをさせたな。カテリーナ、最後ぐらいこの父に格好をつけさせておくれ」


「でも……!」


 悲壮な顔をしたカテリーナ嬢がグエンナーシス卿のところまで駆け寄りそうだったので、私は、彼女の右手をとって動きを止めた。


「リョウさん!?」


 引き止められた形のカテリーナ嬢が、切羽詰まったような顔で私を見てきたけれど、私はカテリーナ嬢に向かって首を左右に振った。


 そして、私は改めてグエンナーシス卿の背中に目を向ける。


「グエンナーシス領の方々のことはお任せください」


 私がそう言うと、グエンナーシス卿はこちらには振り向かず小さく「ありがとう」と言って、前に向かって歩いて行った。



 その後、学園の卒業式が盛大に開かれた。

 もともと慰労会の関係で、地方の貴族も王都に来ているものだから、例年の卒業式よりも保護者席が大盛況で、私達は、たくさんの方々に見守られながら、学園を巣立った。


 そして、卒業式が終わると、グエンナーシス卿は、陛下に領地と爵位を返還された。

 ゲイス暦717年、長年グエンナーシス領を治めていたグエンナーシス卿の突然の退位に、国中が騒然としたのだった。



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