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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第四部 転生少女の独立期
210/304

慰労会編⑨ カテリーナの目的

 こんな危ないことをカテリーナ嬢一人で決めたってこと?

 信じられない。グエンナーシス卿に言われてやったのだと思っていたのだけど……。

 第一、万が一魔典を手に入れたとして、その後カテリーナ嬢一人で、何をするつもりなんだろうか。


 思わず言葉に詰まった私の隣にいたアランが、苦々しく口を開く。


「カテリーナ、グエンナーシス領が、大変だったのは知ってる。だが、お前なら、これがどんなに無謀なことか、分かっているはずだ。救世の魔典の結界だって、解ける保証もない」

 アランが強めにそう言うと、カテリーナ嬢が顔を上げた。


「それは、やってみなくては、わからないじゃない!」


 そう噛み付くようにいうカテリーナ嬢には焦りが見えた。


「カテリーナ様は魔典を奪って、何をするつもりでいるんですか? ……戦争でも、するつもりなんですか?」


 私が言うと、カテリーナ嬢は唇を噛んで、いつもの強気な視線を私に返してきた。

 その瞳は怒りに燃えていて、私は一瞬戸惑った。


 そして、カテリーナ嬢が震える唇を開く。


「……国が私達を見捨てなければ、グエンナーシス領があそこまで被害を受けることはなかった。サロメのご家族だって、領民たちだって、あんなに、あんな風に死なずに済んだ! どうして、どうしてあんなものが出てくるの? 魔法の効かない魔物よ!? 剣を刺しても衰えず、魔法を放っても傷一つつかない! 唯一の望みは、城から救援してくれる神殺しの剣だったのに! 結局それは国から届くことはなかった! サロメの父上だけじゃない、何人もの魔法使いが死んで、戦士が死んだ! 私は国を、あの臆病で愚かな王を許さない!」

 カテリーナ嬢は目を潤ませて、まっすぐ私をみた。彼女の溢れる怒りをが、痛いほどに伝わった。

 カテリーナ嬢の、気持ちはわかる。わかるけど……!


「私だって、国に対して、全てを許してるわけじゃないです! でも、やり方なら他にも方法はあるはずです! 救世の魔典を奪ったら、最悪、戦争にだってなりかねない!」


 私がそういうとカテリーナ嬢は少しひるんだように、後ずさる。

 けれども、目はまっすぐ私を向いている。


「そうよ、もう、後がないのよ。急がなければ、彼らが先に動いてしまう。私が失敗したら、最悪の事態は、避けられるもの。……私だけの罪にして、みんなを牽制できれば、もう、それでいい」


「牽制できればそれでいい……?」

 カテリーナ嬢の言葉に疑問を覚えてそう繰り返したけれど、カテリーナ嬢は私の疑問に答える気はないらしく、キッと私たちを睨んだ。


「邪魔をするというのなら、あなたたちだって、許さないわ!」

 そう啖呵を切ったカテリーナ嬢。

 しかしその背後で、すっと音もなく、とある人影があらわれた。


 その人影が、カテリーナ嬢の耳元に顔を寄せて、「へぇ。許さない? カテリーナは許さないと何をするのかしら?」と恐ろしい声色を発した。


 カテリーナ嬢が「ひっ」と思わず悲鳴をあげる。


 私もなんだかその静かな迫力に、ヒッと声を出すところだった。


 カテリーナ嬢は恐る恐るその声の主に目を向ける。

 いつの間にか、カテリーナ嬢の後ろに、サロメ嬢が立っていた。


 その顔は笑顔であるにもかかわらず、何故か背筋がぞぞっとする。


「ねえ、カテリーナ、教えてくれる? 邪魔をすると許さないって、どういうこと? また薬でも飲ませるのかしら?」


 さらに笑顔で凄むサロメ嬢に、とうとうカテリーナ嬢が震えだした。


 静かな怒りを沸々と感じるような声色で、私ですら逃げ出したい気分なのに、当の本人は相当だろう。


「あ、あ、あ、あ、あああの、サロメ、なんで、えっとここに、だって、眠って……」

 と震える声でどもっている。


「カテリーナが考えそうなことなんて、お見通しよ。リョウさんが、こんなときのために解毒剤を私に渡してくれていたの。他の護衛の連中は、まだぐっすり眠っているわよ。でも、カテリーナが、本当に、私にまで薬を盛るなんてね……」


 そう言って、微笑んでいるはずなのに、やはり迫力が……。

 迫力のサロメ嬢を前に、生まれたての小鹿のようにプルプル震えているカテリーナ嬢がなんだか不憫に思えてきた。


「カテリーナ様、これ以上サロメさんの逆鱗に触れる前に、白状してしまった方がいいと思いますよ。カテリーナ様は、魔典を奪うということが目的ではないですよね?」


 さすがに不憫だったので、私がそう問いかけると、涙目になったカテリーナ嬢が私にすがるように見た。

 不憫には思うけれども、すがられても助けませんよ。


 私の助ける気のない意思を早急に汲んだらしいカテリーナ嬢は、愕然と顔を下に向けた。

 サロメ嬢が、ふうと息を吐いてから、カテリーナの肩に手を置く。


「カテリーナ、話して。ここには、あなたの敵はいない。カテリーナが何も言ってくれないと、分からない。分からないと、守れないわ」

 サロメ嬢がそう言って、カテリーナ嬢の手を取った。その手つきはとても優しくて、カテリーナ嬢が揺れる瞳でサロメ嬢を見た。


 私には分かった。

 これはあともうひと押しだ。


「カテリーナ様、私、グエンナーシスの大体の事情は分かっているつもりです。私たちは何があろうと、カテリーナ様の味方ですよ」

 私がそう続けると、シャルちゃんも口を開いた。


「その通りです。どうか、私たちを頼ってください。おこがましいかもしれませんが、私は、カテリーナ様のことを友人だと、思ってます」


 サロメ嬢を筆頭に、私とシャルちゃんとの女の友情トリプルアタックに、カテリーナ嬢はとうとう目から涙を流した。


「でも、巻き込んでしまうわ! 私のっ! わがままに……」 

 カテリーナ嬢がそういうと、サロメ嬢がコツンとカテリーナ嬢の額をデコピンした。


「お馬鹿なカテリーナ。知らないの? カテリーナはね、私を巻き込んでもいいのよ」

 優し気なサロメ嬢の言葉に、カテリーナ嬢の目からまた大粒の涙がこぼれた。


「サロメ、で、でも、そうしたら、嫌な思いを、するかもしれない、後悔だって、するかも!」

 カテリーナ嬢が、そう言い募るけれど、サロメ嬢は穏やかな顔で微笑んだ。


「私は、私が一番傷つくことがあるとしたら、カテリーナが今みたいに、私に何も話してくれないことよ。私は信用できない? 頼りにならない? カテリーナ、私は、騎士団の奴らに信用されなくても、お母様やグエンナーシス閣下に何を言われても、何も怖くないの。私を悲しくさせることができるのは、カテリーナが、私を信頼してくれないこと。私は、王都に戻ってきてから、ずっと、悲しかったのよ」


「サ、サロメ……! 違う! 違うの、サロメ! 私は信頼してなかったんじゃなくて! 巻き込みたくなくて! それに、サロメは、剣聖騎士団に所属した、でしょう? だから、サロメは、きっと、私がしようとしていること、反対する……。でも、私、サロメに反対されても、それでも私は、剣聖騎士団のように、真っ向から無謀な戦いを挑んで、領民たちをもう失いたくないの! それに、お父様のように、救世の魔典にすべてを賭けて王位を簒奪するなんてことに、領民を巻き込みたくない。だって、グエンナーシスの民はもうあの災害で十分に辛い思いを味わったわ。……もう、あんな思いをさせたくない!」

 そう叫ぶカテリーナ嬢のその意思に、私は思わず目を見開いた。

 じゃあ、カテリーナ嬢の目的って……。


「では、カテリーナ様は、もともと救世の魔典を奪う気がなかったということですか? むしろ、失敗することが目的で……?」


 私がそう尋ねると、サロメ嬢に縋りつくような形で泣いていたカテリーナ嬢が振り向いて、小さく頷いた。


「……そう、お父様に対しても、剣聖騎士団に対しても、牽制ができれば、それでよかった。私が、私一人の意志で勝手にやったことだということにすれば、いいと、思ったの。そうしたら、さすがに国だって、グエンナーシス領の異変に気付いて、なにかしらの対処をしてくれるはず。本気で魔典を奪うつもりでいるお父様も剣聖騎士団も警戒されて、身動きが取れなくなる……」


 つまり、このままでは戦争になりかねないグエンナーシス領を止めるために、救世の魔典を奪うふりをしたってこと?


 たしかに、そうなれば国からも警戒されて、本気で救世の魔典を獲ろうとしているらしいグエンナーシス卿を止められるかもしれないし、剣聖の騎士団だって、今までのように自由に動けなくなるかもしれない。

 でも、そんなことしたら……。


 私がそう思うと同時にサロメ嬢も何かを察したらしく、カテリーナ嬢の肩を掴んだ。


「そんなことしたら、カテリーナがどうなるの!? 救世の魔典奪いなんて、大罪よ! 失敗で終わったとしても、処刑されることだって考えられるじゃない!」


「私は、どうなってもいいもの!」


 カテリーナ嬢がそういうや否や、パン! と盛大な音が響いて、カテリーナ嬢が右側に顔を向けた。

 左の頬が赤い。

 サロメ嬢が、カテリーナ嬢に平手打ちをしたところだった。


「どうでもいいだなんて、二度といわないで!!」


 いつも落ち着いているサロメ嬢が、顔をゆがめて泣きそうな声でそう言った。

 というか実際、泣いていた。


 カテリーナ嬢は、打たれた頬に手を当てて、驚きの顔でサロメ嬢を見る。


 そして―――


 ―――ドグォオオオオオン!!!!!!!!!!!!



 突然、本当に突然、大きな爆発音が響いた。

 盛大に鳴り響いた爆発音に、慌てて音のした方を見ると図書館の塔の最上階附近で煙が上がっている。


 あの辺りは、救世の魔典が保管されている場所では……?


「まさか、グエンナーシス卿が、魔典を奪いにきたのか!?」

 アランの声に、私は首を振った。


「そ、そんな、ありえない。カテリーナ様の話を聞きながらも、警戒はしてた! 図書館に近づく人影なんて誰も……!」


「僕だって、ずっと見てたよ……! でも、あの、煙が上がっている場所は、間違いなく救世の魔典がある場所だ!」

 そうリッツ君がいって青ざめた顔で図書館に上がる煙を見る。


 まさか、私たちが到着する前から、もうすでに中に、いた……?


「ダ、ダメよ、お父様!」

 と叫んだカテリーナ嬢が、そのまま駆けだした。




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