慰労会編⑥ 大晩餐会にて3
微笑んだバッハスタイルの彼が、厳かに口を開く。
「我が領地にマッチを届けてくれて感謝する。本当に、助けられた」
思いの外に優し気で、温かい言葉を貰って少しばかり驚いた。
正直なところ、サロメ嬢から色々と内部事情を聞いていたものだから、もうちょっときつい感じの方なのかと思っていた。
「いいえ、そんな、お役に立てたのなら、何よりでございました」
私がなんとかそう返すと、彼は軽く頷いた。
「天にも国にも見捨てられたと思ったあの時に、まさか魔法の使えない者に救われるとは思わなかった。私にとって、魔法使いが魔法を使えない者を守り導くのが当たり前のことで、その逆があるということを知らなかった。だが、私は、魔法を使えない者達に、助けられた。……改めて礼を言おう。あの災厄は、私の多くの大事なものを奪ったが、大切なことを教えてくれたようにも思う」
そういったグエンナーシス卿の真摯な瞳に見つめられて、言葉に詰まった。
なんというか、カリスマオーラっていうか、この人についていきたい! という気にさせる。
そういうところがどこか、親分に似ていると思った。
親分はもっと荒々しいけれど。
「それに、カテリーナからよく君の話を聞く。最初は、魔法の使えない者とカテリーナが親しくするのは、あってはならないことだと反対したこともあった。いずれカテリーナが私の後を継ぎ、人々を導く立場になった時に、非魔法使いとの距離感を見間違えると思ったからだ。……だが、今はカテリーナに、君という友人がいて誇らしく思う」
そう続けて話すグエンナーシス卿に、カテリーナ嬢が驚いたように目を見開き、「お父様……」と小さく口にした。
私も思ってもみない言葉に少しばかり驚きながら口を開く。
「そんな……恐れ多いお言葉です。私こそ、カテリーナ様はかけがえのない友で、私の誇りの一つです」
私が本心でそう答えると、グエンナーシス卿はホッとしたように目元を緩めた。
「ゆっくり話をしたいが、すまない。他にも挨拶をせねばならない者がいる。ここで失礼する」
そう言って、グエンナーシス卿はカテリーナ嬢と一緒に去っていった。
グエンナーシス卿、本当に、想像よりも温和というか、落ち着いているというか。
去っていく二人の背中を複雑な気持ちで見守っていると、アランが「なんていうか、思っていたのと違うな」とポツリと呟いた。
「そう、ですね」
私もアランの言葉に頷いた。
だって、サロメ嬢の話では、グエンナーシス卿は、もう国に反乱する気満々だった。だから、もっと、こう、とんがっている感じの人なのかと思っていたのだけど……どちらかというと穏やかな印象の方だった。
あの穏やかな顔の下で、国への反乱という激しさを持ち合わせているのかもしれないと思うと、なんだか、複雑だ。
でも、グエンナーシス卿は、良い領主様なのだろうと思う。
実際に、大雨の災厄が来る前は、王国内でもっとも力のある領地だった。そこまでの統治を成せる力がある。それにカリスマ性とでもいうのかな、少し話をしただけで、思わずついていきそうになった。
そんな人が、魔法使いじゃない私に助けられたことで大切なことに気付けたと、礼を述べてくれた。
グエンナーシス卿は、私が目指している国のあり方に近い統治ができるんじゃないかと、そんな気にさせくれる。
いらぬ混乱を招くのを防ぐために、グエンナーシス卿の反乱を止めたいと思うのは、間違いなんじゃないかと言う気になってくる……。
でも……あまりにも、無謀だ。
親分の顔が一瞬脳裏によぎった。そして、先ほど去り際に見せたカテリーナ嬢の思いつめたような顔を思い出す。
正直、グエンナーシス領の反乱なんて大きなことをどうにかしようだなんて、今の私では尻込みしてしまう。
でも、私にとって大切なかけがえのない友人のために、できることはあると思ってる。
……カテリーナ嬢の暴走をとめなくては。このまま彼女を止めなかったら、カテリーナ嬢自身の身が危ない。
「アラン、ちょっとこちらに来てくれますか?」
私はそう言って、アランの手を取ると、にぎやかなパーティー会場から外のテラスへと移動した。そしてそのテラスの端っこに向かう。
ここは人が少ない。
人には聞かせられない話をするには、もってこいだ。
ちょっと離れたところのテラスでは、男女のカップルが愛を囁きあっている感じだし、私とアランが何かこそこそ話をしてても不審に思われることはないだろう。
無言でついてきたアランをテラスの奥に押し込めて、私がその隣を陣取って、早速本題に入ろうとアランの方を見ると……。
「アラン、お酒、飲んだんですか? 顔、赤いですよ?」
もう、慰労会中は何か起こるかもしれないから、お酒は控えてねって言ってたのに!
あと、確かに子供でもお酒は飲める国ではあるけれど、ルビーフォルン商会は推奨してないからね!
「べ、別に、飲酒はしていない!」
じゃあ、その顔の赤さは何だ。
私が、ジト目で見ていると、アランはさらに顔を赤くさせて目を泳がせた。
「いや、本当に飲んでないからな! だ、だって、リ、リョウが、いきなり手とか繋いで、こんな……だいたい近すぎる! いや近すぎて悪いってことじゃないが! でも、心の準備とか、んぐ」
なぜか荒ぶるアランが結構大きめな声をだすので、私は慌ててその口元に手を出して止めた。
「アラン、静かに。これから大事な話があるので、声を落として。目立ちたくないんです」
私がそういうと、アランはおとなしく口を押さえられたままこくんと頷いたので、手を離した。
「だ、大事な、話っていうと、もしかして、リョウ、とうとう俺の……」
「ええ、とうとうカテリーナ様が動き出しそうです。おそらく今夜動くと思います」
そう、カテリーナの暴走を止めるために結成した暴走カテリーナ対策本部、通称カ対の出番がとうとうやってきた。やってきてしまった。
私が、他の人には聞こえないように声を抑えてそう言うと、アランの目が見開いた。
なんかめちゃくちゃ驚いてる? 時が止まったかのように固まってるし。
そんなに意外だった!?
アラン、さっき『とうとう』とか言ってたからある程度察してたのかと思ったのだけど。
あと顔色も、先ほどは真っ赤だったのに、普通に戻ってきてるし。
お酒は飲んでなかったのかな。
ランプの明かりでそう見えただけだったのかも。
しばらくアランの様子を見守っていると、ハッと正気を取り戻したようなアランが、ふーと息を吐き出した。
「悪い、俺、ちょっと勘違いしてた」
ちょっと落ち込んだようにアランがいうものだから、少しばかり心配してしまった。
カテリーナ嬢が動き出すって聞いて動揺したのかも。そうだよね。今までそういう可能性を考えてはいても、実際に直面すると、戸惑うよね。
「今夜動くって、どうしてそう思うんだ?」
私が心配していると、アランは復活したみたいでそう聞いてくれた。
「カテリーナ様が私のそばに来た時、微かに独特な匂いがしました。あの匂いは、以前カテリーナ嬢に眠り薬を分けて欲しいと言われて、お渡しした睡眠薬の匂いです。あの薬、水に溶かすと匂いは消えるのですが、乾燥した状態だと独特な甘い匂いがするんですよ。おそらくこのパーティーが終わったら、護衛に睡眠薬入りの飲み物でも振る舞うのでしょう。そして護衛が寝静まったところで、ぬけ出るつもりだと思います」
私がことの経緯を説明すると、アランは難しい顔をして頷いた。
「わかった。カテリーナが晩餐会の会場から出ていったら、後をつけて見張ればいいか?」
あ、そうか、確かに、アランさんのストーカーレベルならば、気づかれずに後ろからつけることもできるのか。
でも、そこまでしなくても、カテリーナ嬢が最終的に向かう先は分かってるわけだし……。
「そう、ですね……でも、つきっきりでなくていいです。遠目で構いません。カテリーナ様が向かう先はだいたいわかっていますから。おそらく図書館。カテリーナ嬢は、図書館にやってくると思います」
私がそう返すと、アランは「ああ、救世の魔典か」と苦々しくつぶやいた。









