慰労会編⑥ 休日の過ごし方
今日は、慰労会での仕事や商会の仕事も全部オフの1日自由な日。
というのも、もともと今日という日は、ミスコン優勝者の賞品の1つである私とのデートのために予定を空けていたのだ。
しかし、ミスコンの優勝を華麗に掻っ攫っていった謎の美少女は、姿を隠してしまい名前もわからず、デートは中止。
謎の美少女が気になるけれども、せっかくの久しぶりの1日フリーのお休みなので、コウお母さんのところに遊びに行くことにした。
「それでですね、最後にとびっきりの美少女が出てきたんですよ! 名前もわからなくて、リッツ君も頑なに教えてくれないし、誰なのかさっぱりわからないんですけどね! 本当に綺麗な子だったんです」
コウお母さんと昼食をとりながら、ちょっと前に行われたミスコン&ミスターコンの話をすると、コウお母さんはとっても嬉しそうな様子で相槌を打ってきた。
「あらーそんなに綺麗な子が出てきたのー?」
と言って、いつもよりも二マニマした顔で私に聞いてくれる。
「ものすごく綺麗だったんですよ! 綺麗な長い黒髪で、儚げで! 同性の私でもドキドキしちゃいました。あんな綺麗な子にうちの商会の新商品の香水を使ってもらえたら良い宣伝になったんですけどね。でも、ミスコン以来見かけなくて……本当に、うちの学園の子だったのかなぁ」
とちょっと前のミスコンに流星のごとく現れた謎の美少女に想いを馳せながらそう呟く。
彼女、本当に誰だったんだろう。
リッツ君は固く口を結んで話してくれないし、もしかして、学園外の人が混ざってきたのかな?
「そう……。どうやらアタシったら罪作りな恐ろしい子を世に放ってしまったかもしれないわね」
「え? 罪作り?」
「ううん、なんでもないの。こっちの話よ」
こっちの話ってどっちの話なんだろう。
その後もやけに興味津々な様子で、ミスコンのことを聞いてくるコウお母さんと話をしていると、来客がやってきた。
その来客は、手慣れた様子で扉を開けると、軽くコウお母さんに挨拶をし、勝手知ったる我が家の如くな動きで、私達がいるリビングへとやってきた。
そして私と目が合うと「あ、リョウもいたのか」と言った。
そう、来客とはアランである。
というか、このアランの我が家に帰宅した感はなんなのだろう!
「アラン、まだコウお母さんのところに入り浸ってるんですか?」
私は、思わず声を大にしてそう言うと、アランは悪びれる様子もなく頷いた。
「ああ、ちょっと、コーキさんに相談してたことがあったからな」
ええ、相談!? 何、私に内緒でコウお母さんに相談とかしてるの!?
「そ、相談って? 何か悩みがあるなら、私だって話ききますけど」
私が恐る恐るそう聞いてみるとアランが、首を横に振った。
「……いや、悪いけど、リョウには言えないんだ」
私には言えないのに、コウお母さんには相談してるの!?
どういうことだ……と思わず恨みがましく子分を見ていると、「リョウちゃん、男の子にはね、女の子には言えない悩みがあるものなのよ」と、アランの分の食事を持ってきたコウお母さんが言った。
女の子には言えない男の子の悩み?
なんだろう……。
いや、でも、そういうのも、あるのかもしれない。
アランだって、年頃なんだし。
そう思うと、なんだか気恥ずかしい気分になったので、私は「そうですか」と答えてすごすごと引き下がった。
うーん、でも気になるなぁ。なんだろう、相談って……。
私がモヤモヤしつつも、アランも一緒の昼食会を再開する。
しかし、先ほどの話が気になって仕方ない。
たしかにアラン、ここ最近元気がないんだよね。
いつからだろう。たしか、ミスコンが終わったあたりから?
相談ってことは、アラン、何か、悩みがあるのかな……。
というか、アランはわざわざ相談するためにコウお母さんのところに来たのに、私がいるから相談できないんじゃないかな?
それはそれで申し訳ない。
よし……!
昼食をちょうど食べ終わった私はアランの方に顔を向けた。
「アラン、私、お店の方に出てますね」
だから、その間にコウお母さんに相談したいことがあるなら相談してねという雰囲気で、空気を限りなく読み切った私はそう言って、席を立った。
そして、コウお母さんにちょっと店番してきますと一言声をかけて、コウお母さんの店のカウンターの方へと移動する。
お店のカウンターは、壁一枚隔てた隣の部屋。
これでアランも気兼ねなく相談できるに違いない。
そして、私はさりげなく耳をダンボにさせた。
壁一枚隔てた隣の部屋とは言っても、一部布を垂らして仕切っているだけのところがある。
耳をすませば、隣の部屋の話の内容を聞き取れるのだ……。
二人の相談事を勝手に盗み聞くなんて、いけないとは思いつつも……だって、気になる!
いやいや、違う。これは別に、盗み聞きしようとしているわけではなく、こう、たまたま耳に話が入ってきちゃっただけというか……。
と、自分の行いをどうにか正当化しようとしていると、元気のないアランの声が聞こえて来た。
「コーキさん、俺だめでした。すみません、色々手伝ってもらったのに……」
「あらアタシはべつに良いのよ。楽しかったし」
「リッツに止められたんだ。俺の名誉のためだって言われて……」
「友達思いの子なのねぇ」
「ああ、すごく良いやつなんだ。でも、俺は、そんなことで俺の名誉はなにも傷つかないって、リッツには伝えたんだ。でもリッツは、それでもいつか必ず後悔するって言って……。俺は何もしなかった時の方が、絶対に後悔するから全力を出したいんだって、リッツには言ったのに、それでもリッツが止めるから……。あんなに必死になっているリッツははじめてで、だから今回はリッツの意思を汲もうと思うんだ」
アランが悔しそうにそう言うのを私は首を傾げながら耳をすませて聞いていた。
一体、コウお母さんとアランはなんの話をしてるんだ……?
これが相談事?
アラン、リッツ君と何かあったのかなぁ。
そういえば、アランとリッツ君、最近なんか微妙な雰囲気だったような気がしないでもないような。
そうか、リッツ君とも私は友達だし、それでアランは私に相談できなかったのかも……。
でも、元気のないアランなんて、アランらしくないというかなんというか。
アランとリッツ君の間に何があったのかはわからないし、相談にはのれないかもしれないけれど、気晴らしぐらいなら、私、付き合えるのに。
その後も、アランは、コウお母さんに手伝ってもらったのに悪いとかを繰り返しおっしゃって元気のない様子。
そうこうしていると相談が終わったのか、アランが私がいるカウンターの方にひょっこり顔をだしてきた。
「リョウ、俺はそろそろ戻る。……リョウは、また商会の方にいくのか?」
「いえ、特に、今日は……」
と答えながら、アランのなんだか元気のない感じが心配になってきた。
気晴らしか……。
「あの、アラン、今日これから、時間空いてますか?」
私が唐突にそう声をかけると、アランはキョトンとした顔をしながらも頷いた。
「別に、空いてるけど」
「よかったら、王都を一緒に周りませんか? 慰労会中は出店も多いし、遊べるところもあるし……楽しいと思うんですけど、どうですか?」
私がそう提案すると、アランが信じられないものを聞いたかの如く目を見開いた。
「えっ!? いいのか!? 本当か!? だっていつもリョウ忙しいのに!」
「今日は、1日予定を空けてあるんです」
ミスコンの優勝者のためのお休み。それが中止になってコウお母さんとのんびり過ごすのも良いなっておもってたけど、子分のためなら一肌脱ごうじゃないか。
「あらー、良かったじゃない、アラン君。リョウちゃんと二人でいってらっしゃい」
と言って、コウお母さんが嬉しそうにウィンクする。
すると、アランはようやく事態を飲み込めたらしく、私の方を見て何度も頷いた。
よし、今日は思う存分アランの気晴らしに付き合おうじゃないか。
その後、二人で王都に繰り出して、出店の食べ物を買い食いしたり、服や小物を見に行ったりといったショッピングを中心に楽しんだ。
意外だったのが、アランが何故か女性ものの服の流行りを熟知していたことだ。
アランめ、モテるために色々と学んでいるのかもしれない。アランのくせに。
なぜか、女性物の服や小物に詳しいアランのすすめでかわいい髪飾りと生地を購入したりと、アランの気晴らしに付き合うつもりが、私自身も思いのほかに楽しんでしまった。
寮の門限が近かったので、夕食を二人で食べて気晴らしの旅は終わったけれど、アランは終始笑顔だったし、楽しんでくれたようで何より。
ふんふん鼻歌でも歌いそうな気分で自分の寮の部屋に戻ろうとしたら、部屋の前に見知った縦ロールのご令嬢が待っているのに気付いた。
カテリーナ嬢だ。
そしてカテリーナ嬢の後ろを見れば、いつもの護衛の人。
「カテリーナ様? こんな夜更けに、私の部屋の前でどうしたんですか?」
私がそう声をかけると、なぜか少し緊張したようにカテリーナ嬢が私に体を向ける。
「ちょっと、話したいことがあるのよ。部屋に入れてくれないかしら?」
カテリーナ嬢が暗い声でそうおっしゃるので、私は頷いて部屋に通した。
見張りの護衛の人は、私の部屋の前で待機するらしく中には入ってこなかった。
良かった。流石に、よく知らない人を部屋にはあげたくないし。
「あの、リョウさん、ちょっと用意してもらいたいものがあるのだけどいいかしら?」
カテリーナ嬢が私の部屋に入って挨拶もそこそこに、焦った様子でそうおっしゃった。
「私に、用意できるものなら」
「何か一時的に眠らせる薬のようなものってあるかしら? 即効性があるものがいいのだけど」
カテリーナ嬢が私の耳元でこそこそとそんなことを言ってきた。
私もカテリーナ嬢にならって小さな声で聞き返す。
「……眠り薬みたいなものですか?」
「そう」
「それなら今部屋にありますけど……何に使うんですか?」
「べ、べつに、そのただ、そう、最近眠れないから、自分用に……」
と言って視線が泳ぐカテリーナ嬢。
完全に嘘だよね?
カテリーナ嬢、嘘下手すぎるよね?
「ご自分用の眠り薬ですね? 本当に、そういうことで良いんですね?」
私は、念を押して確認してみると、カテリーナ嬢は目に見えて慌てた様子で、視線を泳がせた。
「も、も、も、もちろんよ。それ以外に何に使うっていうの!?」
と言ってきた。
そうですか……。
見るからに嘘っぽいけども、ここは一旦カテリーナ嬢の言葉を信じたふりをしておこう。
私は頷いて、薬などいろいろなものを保管している棚に手を伸ばした。
「眠り薬、ですね。私いいもの持ってますよ。最近、薬関係は、こころ強い研究仲間を見つけて、色々開発したんです。これもその一種で……」
そして、私は、グレイさんが、いい香りのする花をもとに最近作った眠り薬の粉が入った瓶をカテリーナ嬢に差し出す。
「ほんのひと匙飲み物に混ぜてみてください。すぐに瞼が重くなって、眠りにつきますよ。あ、用量は守ってくださいね。危険ですから。ほんのひと匙です」
「ほんのひと匙ね……。ありがとう。これはお礼よ。とっておいてね」
そう言って、カテリーナ嬢は私に金貨を握らせた。
見返りにしてはあまりに高いので、返そうとしたけれど、静かに! みたいな感じで目力で抑えられた。
「いいの。もらって。その代わりこのことは誰にも言わないで。本当に、ありがとう」
そう言って、カテリーナ嬢は眠り薬を危ない目で見つめてから大事そうにポケットにしまった。
カテリーナ嬢、行動が不審すぎるよ。
そしてそそくさと私の部屋から出て行こうとするカテリーナ嬢。
あまりにも怪しげな動きで私、心配。
と思っているとやはり怪しすぎたので、出迎えた護衛の人が何の話をしていたのかと聞いてきた。
完全に不審に思っている。
カテリーナ嬢は、「べつに、何だっていいでしょう!」と言っているけれども、護衛の女性の目は緩まない。このままだと、カテリーナ嬢は持ち物検査とかされそうだったので、助け舟を出すことにした。
「すみません、本当に大した話じゃないんです。うちの商会の新商品をカテリーナ様に使ってもらって感想を聞きたかっただけなんですよ。まだ発売前の美容液だから、できればあまり他の人には知られたくなくて、カテリーナ様には、口外禁止にしてもらったんですけど、よかったら護衛の方もいかがですか? これで、今日のことは秘密にして頂けると助かります」
私はそう言って、薄紫色の液体が入った綺麗な小瓶を護衛の方に差し出した。
「ルビーフォルン商会の美容液……?」
護衛の方はそう言って、恐る恐る私から小瓶を受け取る。
彼女の声がちょっと上ずって聞こえるのは、きっと驚いているからだろう。
最近絶賛売り出し中のコウお母さん監修の美容液は、ルビーフォルン商会の主力商品の一つ。
もちろん効果も素晴らしいので、王都の女性の間では、我が商品の美容液が手に入るならば、金に糸目をつけない勢いだ。
ルビーフォルンの美容液は、女性なら誰もが知っている憧れの一品だけれども、なんだかんだ裕福な方の嗜好品で、下々の者はなかなか手を出せない。
それが、今目の前に手元にあるのだから、この女性の内心も穏やかでないはず……。
生唾を飲み込む勢いで、護衛の方が小瓶を受け取ると、それをまじまじと見つめた。
「今まで発売していた美容液よりも有効成分を大量に投入した至高の一品です。香り高くつけ心地も最高ですよ。これでお肌のお悩みは全て解決です」
私がそう伝えると、見張りの女性は、「お肌の悩みが全て解決」とつぶやいて固まった。
そしてしばらくして、見張りの女性がそわそわと懐に小瓶を入れた。
「……そういう事情なら、承知した。で、では、カテリーナ様、部屋に戻りましょう」
そう言って、護衛の方は、カテリーナ嬢を伴って、去っていく。
カテリーナ嬢が、護衛の追及から逃れて、ほっとしたように息を吐くと、私をみてありがとうと、口だけ動かした。
貸しですよ、カテリーナ嬢。
この貸しは、近いうちに必ず返してもらいますからね。









