小間使い編⑨-町の市場へ 後編-
「いますね、蛇」
キャアと野太い悲鳴が聞こえた。アランとカイン坊ちゃまを守るためなのか、自分を守るためなのか、子ども二人を抱きしめながらおびえている騎士の声だった。
アランとカイン坊ちゃまは強く抱きしめられた男のたくましい腕を前にもがいている。
あの騎士は使い物になりそうにない。
私は、長めの枝を2本集め、さっき買ってもらった乾燥ヨモギを、こぶし大とってぐちゃぐちゃ丸めて持ちやすいようにした後、二本の枝でその丸めたヨモギをつかみ、ランタンの火に当てた。
火がついたのを見計らってから取り出し、少し振って、火をけし、煙だけが出ているような状態になったのを確認して、蛇穴のなかにヨモギを突っ込んだ。
燻して、蛇を出て行かせる作戦だ。それにヨモギの煙ってのがなんか蛇にききそう。
結構煙が出ていたので、効果はすぐにでた。蛇が穴からニョロニョロと2匹出てきたのだ。1匹だけかと思ったが、2匹もいたのか。ご夫婦かしら。
後ろで護衛騎士がまた、キャアと野太い声が聞こえたが、そっちに蛇はいってない。蛇は大木の奥の草むらへとニョロニョロと去っていった。
ヨモギをいったん取り出して、もういちど枝を突っ込んで、他に蛇がいるかどうかを確認したが、見た感じ大丈夫そう。確信はないけれど。
「蛇、追い出したのか?」
キャアといって怯えている護衛騎士からすり抜けてきたようで、アランとカイン坊ちゃまがこちらにやってきていた。
「おそらく、確実ではありませんが、もう穴には蛇はいないと思います。1匹だけだと思っていたので、2匹出てきたことには驚きましたが・・・・・・3匹目はいないかと思います。たぶん」
私はそういって、蛇がいた穴に思い切り手を突っ込んで、穴をまさぐり、銅貨らしいものを見つけて取り出した。手の届くところに銅貨があってよかった。蛇ももういなようだ。
「こちらをどうぞ。もう落とさないように」
私は、銅貨を落としてしまった子どもにコインを渡した。子どもはしきりにお礼を言ってくるので、早く行かないと薬屋がしまりますよと伝えると、あわてて、最後にお礼を言って市場のほうへ向かって走っていった。
お母さんのために必死になって、泣かせるねぇ。
「おい! リョウ! お前何やってるんだよ!」
しみじみしていた私にいきなりアランが、私の肩を押さえてすごい剣幕で怒鳴った。
「何って、銅貨を子どもに返しただけです、が?」
「そんなの見たからわかってる! そういうことが言いたいんじゃない!」
アランがいきなり怒っている。正直意味がわからなかった。このクソガキはいつもいきなり怒り出す短気なガキであるが、怒っている原因を察することはできた。でも今回ばかりは怒っている原因にまったく見当がつかない。
頭にはてなマークを飛ばしている私に、いいタイミングで、馬車を連れて、もう一人の護衛騎士が帰ってきた。
「何か、ありましたか?」
うずくまっている同僚と、なにやらアランに怒られている私を交互に見て、カイン坊ちゃまに話しかけていた。
「うん、ちょっと色々あったけれど、大丈夫。帰ろう」
そういって、カイン坊ちゃまが馬車のほうへと足を向けたので、アランも舌打ちしてから、後を追っていった。
私は首をかしげながらも、二人に追従して馬車に乗った。
馬車の中の空気は最悪だった。なんか重苦しい。蛇に怯えて情けない姿をさらしてしまった騎士が蒼白な顔で座っているというのもあるが、やっぱりカイン坊ちゃまも私に対して怒っている感じがする。
私はあの蛇事件の中で何か怒られるようなことをしたのか考えるために記憶を呼び起こしていたが、やっぱりわからない
「リョウ、アランや僕が怒っている理由がわかっていないみたいだね」
ポツリとカイン坊ちゃまがそう言った。アランを怒らせるのは日常茶飯事だが、カイン坊ちゃまを怒らせるようなこと、私してないと思うんだけども。
「恐れながら、すみません。怒っている理由がまったくわかっておりません。カイン様も怒ってらっしゃるんですね?」
「もちろん。・・・・・・リョウはもう少し自分を大切にしなきゃいけない」
自分を? といいますと?
「リョウは言っていたじゃないか。『穴に蛇がいないとは確実にいえない』と。つまりいるかもしれないと言う考えもあった、違う? それなのに迷わず穴に手を突っ込んだ。僕もアランもびっくりして固まったよ」
つまりどういうことなんだろうか。結果的には、蛇もいなくて、銅貨を拾えたんだし、問題ないじゃないか。何で怒っているんだろう。
「まだ、わかってない顔してるね」
するとカイン坊ちゃまに鼻で笑われた。カイン坊ちゃま、鼻で笑ったりするんですか!優しいカイン坊ちゃまの鼻笑いの攻撃力は高い。
「つまり、アランは、もちろん僕もだけど、リョウのことを心配したんだ。勝手に危険なことをしたことについて怒っているんだ。もし蛇がいたら、どうしてたの? 蛇には毒をもつものもいて、最悪死んでしまう可能性だってあるんだ」
心配? 私、心配されて、おこられたの?
カイン坊ちゃまの隣を見れば気まずそうにアランがぷいっと外を眺めている。
「それに、リョウは前からそういう、自分の体を大事にしないところがある。アランの決闘を受けたときもそうだったし、他にも色々・・・・・・もう一度言うけれど、もっと自分を大切にしてほしい」
それから私は、すみません、わかりました、気をつけます的なことをなんとか答えて、その後の馬車の中ではずっと無言だった。
8歳の男児に諭される私。でも、なぜだか悪い気持ちじゃない。
今まで、誰か私のことを心配して怒ってくれた人がいたかな、と記憶を手繰り寄せてみたけれど、思いつかなかった。あまり危険なことには手を突っ込んでなかっただけかもしれないけれど。そうえば最近の私はなんか投げやりな感じなのかもしれない。でも、だからと言って、こんな小さい子に心配されるとは。
あのときのアランの怒った顔や、カインの顔を思い出すと、なんだかひどく暖かくて、飲み込めないようなものが胸の辺りでつっかえている感じがする。なんとも表現できない感覚。
小間使いとして、意外と甲斐甲斐しくお世話をしてはいたけれども、不思議と、この子たちのために、小間使いとしてではなく、私の出来る限りのことをしてあげたいという気持ちになった。









