筆頭10柱編⑲ 隠れウヨリアン イン 王都
帰りは大きめな馬車を借りられたのでタゴサク教徒を連れて、馬車に乗る。
それにしても馬車内の空気が悪い。タゴサク教徒が意気消沈しているからだろう。
私がこのまま帰れと言って、領地行きの馬車に乗せたら、彼らは間違いなくルビーフォルンに帰る。
タゴサクさんは、バッシュさんでも手に負えない変人だけど、私には逆らわない。
そんなことを思いながら、向かいの席で元気なく座るタゴサクさん達を見る。
そういえば、こうやってタゴサクさんとゆっくり話せそうな機会は久しぶり、かも。
あの大災害で、ウヨーリ教に救われていた命を見てから、一度タゴサクさんと話をしてみたいと思っていた。
でも、復興などで忙しい日々の中でなかなか話せず、しかもそのうちバッシュさんがタゴサクさんをはじめとするタゴサク教徒のみなさんを辺境に追いやってから、話す機会がなくなってしまった。
これは、予期せぬことだったけれども、良い機会なんじゃないだろうか。
私はそう思って改めてタゴサクさんに向かって声をかけた。
「タゴサクさん、実は、私、以前からタゴサクさんがウヨーリの名を使って広めていることを、国策として国から提示するつもりなんです。そのことをどう思いますか?」
私が唐突に切り出すと、タゴサクさんがぽかんとした顔を上げて私を見た。
「国からの提示というのは、どういう意味でしょうか?」
「今、ルビーフォルンで広まっている農法や薬の知識や、獣害対策、生活の知識、それらが国の法として、国中の人が知ることになるってことです。そこにはウヨーリの話は出てきません。国の法、政策として知れ渡るのです」
今まで推し進めてきたウヨーリ教国策化計画の懸念点の一つは、ウヨーリの教えもどきを国から政策として施行した時のウヨーリ教徒の反応だ。
今まで彼らが行っていたことを改めて国から推し進められるということにどう感じるだろうか。
そう思ってタゴサクさんに声をかけると、タゴサクさんの隣に座っていたタゴサク教徒の人が、何か言いたそうにムズムズ動いている。
「あの、何か言いたいことがあるのでしたら、お気軽にどうぞ。口とか爛れませんし、私を見ても目はつぶれませんよ」
私がそう声をかけると、ムズムズしていた人が、バッと顔を上げた。
体格の良いおじさんだ。もとはルビーフォルンで騎士として働いてた人かな?
「あの! もし、そうなれば、教えに接するとき、もうこそこそと地下に籠らなくてもよくなるのでしょうか! 堂々と! 堂々とできるのでしょうか!?」
そう一筋の希望に縋るようにおじさんが確認してきた。
なんか、そんなに必死な感じで言われると、今までウヨーリ教が広まらないように抑えようとしていた私が悪いことをしていたようで、なんか居たたまれない気持ちになってくるのだけども……。
いや、別に、弾圧していたわけじゃないんだよ。ただね、ほら、国に知られるとやばいって思ったからね、君たちのためなんだよ……。
私は、かろうじて笑顔を浮かべて、隠れウヨリアンに頷いた。
「そうですね。”ウヨーリ”の存在が、国策としてどうなるかによるところもありますが、基本的には、今よりは堂々とできるはずです。ただ国から施行された法を守っているだけなのですから」
私がそう回答すると、多少制限付きだとしてもウヨーリの教えに触れる機会が増えることが嬉しいらしく、彼は晴れやかな笑顔になって、天を仰いだ。
天に感謝の言葉のポエムを送っている……。
よく見れば他の人も嬉しそうになにやら、感謝のポエムをつぶやいている……。
そ、そんなに辛かったのだろうか。
いや、まあ、最近なんて辺境の地に追いやられてたしね。今でもなんかせっかく王都にたどり着いたというのに、追い返されようとしているからね。
でもね、追いやったのは私じゃないよ、バッシュさんだよ。
私は静かに喜びを表現する隠れウヨリアンに言い訳しつつ視線をタゴサクさんに移した。
タゴサクさんは珍しく、真剣な顔をしていた。
「タゴサクさんは、以前、私がウヨーリの教えを禁止したいと言った時、これからは何を頼りに生きていけばいいのかと訴えてきたことがありましたよね。タゴサクさんは、希望が必要だと言った。ウヨーリが希望だと。だから魔法使いを頼ることができないルビーフォルンの民たちは、ウヨーリを希望にして、よりどころにした」
私がそう切り出すと、タゴサクさんは、真剣な顔で頷いた。
「そうです。おっしゃるとおりでございます。私どもは、弱いのです。……標が必要なのです。リョウ様は、いえ、ウヨーリ様は我らの標でした」
「これからは、国が法として、今までルビーフォルンを助けてくれた教えを伝えてくれます。私たちの拠り所が、標が、法になるということです。国全体に、その法が広まっていく。これからこの国の人達は、その法を頼りにして、生きていくのです」
私がそう話している間、タゴサクさんは目をつむって、うんうんと何度も頷いた。
そして私が話し終わると目をあけて、私と視線を合わせた。
「それは、素晴らしいことです。あの教えがより多くの者の知ることになることこそ、ずっと私どもが望んできたことでございます。リョウ様が……天上の御使い様が、お知らせになってくれたものを、すべての者が知り、実行し、豊かになっていく。……私の願いの、全てです」
そう祈るように手を組んだタゴサクさんが他の隠れウヨリアンと同じように晴れやかな顔をした。
なんだかいつもの見慣れたタゴサクさんのはずなのに、なんだかとっても神聖な感じがしてきた。
だって馬車の窓の隙間から西日が入ってきて、ちょうどタゴサクさんの頭が厳かに光っておられて……いやいや! 私までタゴサク教に汚染されそうになってどうする!
別にただ頭が光ってるだけじゃないか! 落ち着いて私!
私はごほんと咳払いで気持ちを切り替え、目に力をいれてタゴサクさんを見つめた。
「本当にわかってます? 今までと同じかといえばそうでもないです。皆さんが信じているウヨーリなるものが、タゴサクさんが思っている存在じゃなくなるかもしれない。国の意向によっては、存在そのものがなくなるかもしれないし、魔法使いだったということになるかもしれない。それを受け入れてくれますか?」
「構いません。それで多くの者に救いがおりるのならば。……それになにより、私どもは、リョウ様のお決めになられたことに何もいうことはないのです。私どもは皆、リョウ様の僕でございますので」
いや、僕にしたつもりはないけれども。
基本的に思考回路が、信者なのがタゴサクさんの恐ろしいところだ。
でも、少なくともタゴサクさんは、ウヨーリの教えが国からの政策になろうが、反対するつもりはないようで安心した。
まあ、その政策を引っ張っているのが私だって知ってるからってのもあるだろうけれど。
ただ、タゴサクさんさえ抑えられれば、他のウヨーリ教徒の対応だってやりやすいはず。
なんといっても大司教タゴサク様であらせられるわけだし。
今も西日が反射して、後光のように輝いているわけだし。
それにしても、ガリガリ村でちょっと話したことが、ルビーフォルン全体に広まって、国全体に広まるかもしれないなんて……すごいことになったもんだ。
タゴサクさんは、すべてのものが豊かになっていくことが願いだったと言った。
タゴサクさんの暴走のせいで、こんなことになったわけだけど、ここまでの流れが全部彼の策略だったとしたら、相当な策士である。
「これから王都では、リョウ様の輝かしさを広める催しが慰労会という形で、開かれるのですなぁ。遠いルビーフォルンの地にて、我らがリョウ様の尊さを祈っております」
タゴサクさんがすこし残念な感じを出しながらもそう呟いた。
そう、タゴサクさんは、これからルビーフォルンに帰る。
こっそりバッシュさんの後をつけて王都にきちゃったから、追い返される隠れウヨリアン。
ああ、すでに迫害が……。
どうしようか。
タゴサクさんは変人だから、正直王都にいると何をしでかすか分からないところが、やっぱりある。
これからは私にとっても大事な局面だし、ルビーフォルンに帰ってもらったほうがいい、ような気もするけれど。
でも……あの時のバッシュさんの反応が、すごく気になるんだよね。
いつものバッシュさんじゃ、なかった。
本当に、予想外の展開に、焦っているように見えたし……。
私はしばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「タゴサクさん達が、おとなしくしてくれるんでしたら、私の商会の建物の地下にならいても良いです。でもバッシュさんに知られたら、追い返されると思うので、本当にこっそりですよ」
「「「「誠でしょうか!?」」」
タゴサクさんをはじめとした隠れウヨリアンのみんなが一斉にハモった。
想像以上にすごい迫力にちょっとたじろぎながらも、頷いた。
「せっかく王都まできたのに、このまま帰らせるのもアレですし。でも本当におとなしくしててくださいね。基本的に、自由はないですよ?」
「ああ、なんと慈悲深きリョウ様! それでもかまいません! 是非リョウ様のお膝元に我らを! リョウ様の輝かしさが、王都に住まう人々に知れ渡る歴史的瞬間に、お側に侍ることこそ、我らの幸せ! 浄化されゆく同じ空気を吸えるだけで本望でございます! ああ、私はその瞬間に吸った息は2度と吐き出さぬ覚悟でございますぞ!」
いや、それだと息継ぎできなくて死にますよ、タゴサクさん。
やはり発想がおかしい。王都に置こうとしたのは、失敗だったろうか。
なんだか、不安な気持ちが……。
「ほ、本当におとなしくできますか?」
私が慌ててそう確認すると、タゴサクさんの隣にいたウヨリアンが、「おまかせ下さいませ! 我らはこっそりと過ごすことには慣れております!」と言って、満面の笑みを作った。
こっそり過ごすことに慣れていらっしゃるとは、さすが隠れウヨリアンである。
そのスキルを駆使して、バッシュさんの後をつけてきたんだね。
うーん、王都にタゴサクさんたちがいるということに関して、やっぱり不安な気持ちもあるけれど、でも、それでも、なんとなく、彼らにはこのまま王都にいてくれた方が、良いような気もする。
どちらにしろ、変人タゴサクさんに関しては、王都にいてもルビーフォルンにいても辺境にいても、何をしでかしているか分からない不安はついてくるし。
目の届く場所に置いておいた方が良い気もする。
バッシュさんのこともあるし、グエンナーシスのことだって気になる……。
なにが、という理由は正直ないけれど、たまには自分の勘にしたがってみよう。
そう思って、ふと馬車の窓から外をみた。
ぞくぞくと貴族たちが王都に集まっているようで、いつもよりも外が賑わっている気がする。
もうすぐ、慰労会がはじまる。
引き続き転生少女の履歴書5巻発売を前にして、何故かレインフォレスト家の手紙のやり取りが届くので、ご紹介いたします。
---------
親愛なるお父様へ
こんにちは。アランです。
まさか手紙の返信が来るとは思っていなかったので、驚きました。
愛とかはよく分かりませんが、心臓を氷漬けというのはとても寒そうです。
暖かくしてお過ごしください。お体お大事に。
追伸:お父様、転生少女の履歴書を確実に入手するためには予約してください。
アランより
--------------------
私の自慢の弟、最愛の弟アランへ
転生少女の履歴書5巻9月30日発売に向けて、1巻から4巻を読み返していたら、アランからの手紙が届いて嬉しく思いました。
しかし、私に宛てた手紙かと思っていたら、お父様に宛てたお手紙のようだね。
お父様とアランがお手紙のやりとりをされているのを想像すると、微笑ましくもあり、少し羨ましくも感じます。
アラン、どうか私にも手紙を書いてくれると嬉しいな。
そして、9月30日に一緒に本屋につきあって欲しいのだけど、どうだろうか?
何を買うかは、聡明なアランなら分かるよね。
追伸:すこし言いにくいのだけど、あのアランの手紙の内容だと、お父様は少しがっかりされてしまうかもしれない。
お父様はとても愛情深い人でいらっしゃるからね。
こまめに愛を囁くことをお勧めします。
今流行りの恋愛詩文などを参考にするのも良いかもしれない。
その一文に近いものを添えるだけでも、お父様はお喜びになると思います。
最近は夏の暑さも和らぎ、とても過ごしやすくなりました。
でも季節の変わり目は体調を崩しやすいから、アランも気をつけるように。
転生少女の履歴書5巻にアランのカラーイラストがあると聞いて楽しみでしょうがない兄
カインより 愛を込めて
ーーーーーーーー
それにしても、レインフォレスト家手紙風宣伝文が、まさかこんなに続くとは!
そして次で、こちらのレインフォレスト家手紙風宣伝文シリーズは最終回を迎える予定です!
もうネタがない……。
次はタゴサク大司教様のお力を借りようかな。
ということで、転生少女の履歴書5巻は、今週の土曜日9月30日発売です!
手元にあれば最高の週末間違いなし!なにせ表紙から後光が出てますからね!