筆頭10柱編⑰ ルビーフォルンご一行が王都にやってきた
劇の稽古に、商会の経営、アルベールさんとのウヨーリ教の話し合い、それに暴走カテリーナ対策本部……思いのほかにハードワークな毎日で、いつの間にか、慰労会の開催期間も迫ってきている。
対策本部でも話していた通り、もうすぐ慰労会がはじまるというタイミングで、続々と地方の有力な貴族の方々がこの王都に集合してきていた。
そしてその貴族の一人であるバッシュさんも、王都にやってきたという知らせを受けたので、挨拶するためコウお母さんと一緒にバッシュさんが宿泊する宿に出向くことにした。
教えてもらった宿についてみるとなかなか結構な高級店。
しかも、この高級そうなお宿をなんと、ルビーフォルンからきた使用人分も含めて貸しきりにしてもらってるとか。
いやールビーフォルンも豊かになったものです。
「バッシュったら、立派な身分になったものねぇ」
なんて、コウお母さんが言うので、うんうんと頷く。
まあ、もともと領主様なんだから、結構な身分ではあったんですけどね。
しかしほとばしる貧乏感があったからね……。
「ルビーフォルンの発展は、リョウ殿のおかげであります! ここ最近のルビーフォルン領の勢いは、本当にすごいであります!」
と護衛としてついてきたアズールさんが自慢気に胸を張った。
お酒の生産地、マッチの製造地としてルビーフォルンはもう王国内でもトップに躍り出るほど豊かな領地になろうとしている。
というか、今のところ多分、経済的には一番豊かな気がする。
ただ、今の所は良くてもね……。
ルビーフォルンにはウヨーリ教という爆弾を抱えているから……。
そういえば、バッシュさん達と一緒にルビーフォルンの使用人のみなさんが来てるってことは、王都にウヨーリ教徒がいるってことだ……。だって、ルビーフォルンのほとんどの人はウヨーリ教徒。
気をつけないと。
そんなことを思っていると、ちょうどそのバッシュさんが泊まっている宿の外門から、王国騎士の鎧を着ている人が出て来た。
すれ違いざまに軽く会釈をすると向こうも会釈を返してくれた。
何か声をかけてみようかと迷ったけれど、そのまますれ違った。
でも、なんで、王国の騎士の人が……? だって、この宿はルビーフォルンの人たちで貸し切りにしてもらってるはず……。
ハッ!
ま、まさか早速ウヨーリ教徒が何かやらかした!?
「リョウ君!」
私が内心怯えていると、名前を呼ぶ声が聞こえてそちらに顔を向けた。
バッシュさんが、宿の玄関前で元気そうに手を振っている。隣にはグローリアさんもいた。
私は、外門をくぐってお二人に駆け寄った。
「お久しぶりです! お二人ともお元気そうで何よりです」
いやー、なんかいつもルビーフォルンにしかいない2人が王都にいるって不思議な感じだ。
「しかし、リョウ君。確か君が来ると言っていたのは、明日ではなかったかな?」
とバッシュさんがおっしゃったので、私はわざとらしく目を見開いて驚きを表現した。
「ええっ!? 明日!? いえ、今日のはず……あ! もしかしたら、すみません! 私、日取りを間違えてしまったかもしれません!」
と言って申し訳なさそうにバッシュさんに上目遣いをしてみせると、バッシュさんがいつもの温和な笑顔を見せてくれた。
「リョウ君が、日取りの間違えをするとは、珍しいことがあるものだね。いや、いいんだいいんだ。この後なら私も空いているし、リョウ君はもうすぐ王都の10柱にもなる大商人だ。忙しい身の上、たまにはこういうこともある」
「すみません……」
と言ってしおらしく頭を下げると、バッシュさんの隣にいたグローリアさんが微笑んだ。
「私もリョウさんと語らいたかったけれど、悪いわね。私、これから人と会う約束があって、行かなければならないの。今まさに出かけようとしてたところなのよ」
とグローリアさんがおっしゃった。
うん、知ってます。これからグローリアさんは、兄であるトーマス校長先生に会う予定ですもんね。
私がトーマス先生に、妹さんと会うならこの日が良いですよって、そそのかしておいたので知っています。
そう、すべては私とバッシュさんが二人きりで話をできるようにするため……。
だって、親分の話とか聞きたくて……すみません。
でも、ここまでは計画通り。
「すみません、私が日取りを間違えたばかりに。でも、今度友人も連れてまたお伺いする予定ですので、その時には是非お話しさせてください」
「まあ、リョウさんのご友人を? それは楽しみね。絶対に、是非いらしてね。今度はおいしいお菓子を用意して待ってるわ」
グローリアさんはそう言って、笑顔を向けてくれた。
ああ、なんだかその綺麗な笑顔が胸にいたい。
すみません、本当に!
その後、グローリアさんはバッシュさんといってらっしゃいの頬のキスをすると、使用人を伴って去っていった。
そして、グローリアさんを見送ると、私とコウお母さんは、広めのお部屋に案内された。護衛として連れてきていたアズールさんには馬車を預かってもらっている。
私とコウお母さんが案内されたお部屋でテーブルにつくと、使用人の方がお茶やお菓子を持ってきてくれた。
というか、こちらのお茶を運んできてくれた使用人さん、ルビーフォルンに置いてきた商会の人だ! 確か親子で勤めてくれていたアリーシャさん!
「アリーシャさんも王都にいらしてくださったんですか?」
「はい。会長、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
そういって、ルビーフォルン商会支部においてきた私の商会のメンバーの一人が挨拶をしてくれた。
ルビーフォルン商会支部の頼りになる女性であり、そして、重度のウヨーリ教徒……。
というか、ルビーフォルンの屋敷で働く使用人は、誰もがウヨーリ教徒だけれども。
「アリーシャさん、ルビーフォルンの商会はいかがですか? なにか困ってることとかもありませんか?」
「やはり、会長がおりませんと、なかなか上手くいかないこともございます。でも、いまのところ大きな問題を起こすことなくやれておりますので、ご安心ください」
「よかった。また後で、お話聞かせてくださいね」
そういって、また改めてお時間をもらう約束をするとアリーシャさんは部屋から出て行った。
せっかくだし王都にいる商会の人に会わせたいな。遠いところにいるから今まで接点はないけれど、同じ商会に働く人同士だもんね。
それからバッシュさん、コウお母さんとお菓子をつまみながら、談笑。
ここまでくる旅のことを聞いたり、王都でオススメのお店を教えたり、ルビーフォルンの現状の当たりさわりのないことを伺う。
そしてしばらくするとコウお母さんが、「あら、いけない。私この後、お薬の相談の約束があって、そろそろお店に戻らないとダメなのよ」とおっしゃった。
「ええ!? もう戻るんですか!?」
と、私は驚いたふりをしたけれども、実は知っていました。
知っていたからこそ、今日と言う日にバッシュさんのところに訪問したのです。
すみません、コウお母さん、これもすべてバッシュさんと二人きりで話す、ため……!
実は私は、グエンナーシス領で親分が活動しているかもしれないということをコウお母さんに話せていない。
だって、もしそのことを話すとなると、グエンナーシスの現状のことまで伝えなければならなくなる。
アラン達にはサロメ嬢も信頼できる間柄だから話せたけれど……。
いや、私にとってコウお母さんは世界で一番信用できる人だけれども、サロメ嬢にとってはそうではないのだ。
だから、コウお母さんには、言えなかった。
なんでも話すことができるコウお母さん、あの魔法のことだって、コウお母さんには打ち明けたというのに……。
ああ胃が痛い。
しかも隠しごとの内容は親分のことだし。
なんていうんだろう。この気持ち。
両親がお別れして母親の方についていったけれど、実は父親ともたまにこっそり会っていて、それを母親に言えないでいるみたいな、この感覚!
私がなんだか、内心気まずい思いを抱えていると、コウお母さんが私の方に顔を向けた。
「ずっと前からある約束なのよ。リョウちゃんはどうする? 一緒に戻る?」
とコウお母さんが尋ねてきてくれたので、私は首を横に振った。
「せっかくなので、まだバッシュ様とお話ししたいと思います。商会関係のことも確認したいことがありますし」
と笑顔で答えると、コウお母さんが私をじーっと無言で見つめてきた。
あ、あの目は……完全に疑いの眼差し!
なにか心の中を探られているようで、冷や汗が出る。
コウお母さんは察しがいいし……。
だからこそ、私とバッシュさんの会話をあまり聞いて欲しくないのだ。
私が親分の話題やグエンナーシス領の話に触れれば、色々と察してしまう気がする。
けれどもその察しのいいコウお母さんの疑惑の目が今まさに私に降り注いでいる!
「あ、あの、コウお母さん、ど、どうしたんですか?」
「なーんか最近、リョウちゃん私にまた隠し事があるみたいなのよねぇ」
ギクリと背筋が伸びそうになるのを、どうにか抑える。
ダメだ、動揺すれば勘付かれる。
ここで見破られるわけにはいかない!
「そんな、私がコウお母さんに隠し事なんてあるわけないじゃないですかぁ」
と、コウお母さんの目を合わせ、ることはできなかったので、鼻のあたりを見つめてそう言う。
少しばかりの沈黙の後、コウお母さんが口を開いた。
「リョウちゃんも、とうとう私に秘密を持つ年頃になってきたってことね」
と言って、寂しそうに笑った。
あ、コウお母さんにこんな顔させるつもりじゃないのに!
と思っていたら、コウお母さんが「そう、リョウちゃんにもとうとう気になる男子が出来ちゃったのねぇ」と続けた。
……え? 気になる、男子……?
「アタシにも覚えがあるわ。彼の鍛え抜かれた筋肉、そして鋭い眼光に見つめられた時……その日は、何も手につかなかった! リョウちゃんの珍しい日程違いも、そのリョウちゃんの心を射止めた罪深い人のせいね。あーん、わかるわー。私も最初にアレクと出会った日は、恥ずかしくて親にも相談できなかったもの」
コウお母さんの思わぬ方向の会話で少しばかり理解するのに時間がかかったけれど、私はなんとか笑顔を作って口を開いた。
「あ、はい、じつは、そうかも、しれないです。い、いやだな。は、恥かしいなぁ。やっぱりコウお母さんには、お見通し、ですね!」
どうにかそう答えると、コウお母さんは「あら、やっぱり!」と言って嬉しそうな様子をみせると、椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、アタシはもう行くわ。バッシュは恋愛方面には疎いから、相談相手としては不向きよ」
とコウお母さんはおっしゃった後、ウィンクをしてから部屋を出て行った。
……。
よ、よし、これでバッシュさんと二人きりで話ができる。
できるけれど、なんだかコウお母さんに変な勘違いをされたような……。
……まあ、いいか。
私は改めてバッシュさんの方に向き直ると、何故か困惑した様子で私のことを見ていた。
どうしたんだろうと思って、目を合わせると、バッシュさんが重々しく口を開いた。
「コーキの言う通り、私は恋愛相談には不向きというか、そういうのをされるのは初めてで、自信がないのだが、それでも、いいだろうか?」
不安を隠し切れない様子のバッシュさんである。
なんだか、変な気を遣わせてしまって、すみません、バッシュさん。
突然ですが、
カーディンからアイリーンへ宛てたラブレターが、間違ってこちらに届きましたのでご紹介します。
(※キザなポエムに耐性のない方、閲覧注意)
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愛しのアイリーン、私の全て、最愛の妻へ
君にどうしても伝えたいことがあって、思わず手紙を書いてしまった。
直接いえばいいのにと思ったね?
それはなかなかに難しい相談だ。
私は君を前にすると、まるで初めて恋に落ちたうぶな少年のようになって、
君の美しさにただただひれ伏すことしかできなくなるんだ。
それは美しすぎる君の罪だよ、アイリーン。
ああ、いけない!
私の愛のすべてをこのまま伝えてしまいたいけれど、紙一枚では足りなくなってしまう!
だから、まず、君に知ってほしいことを言うね。
転生少女の履歴書5巻は9月30日発売。
大事なことだから、もう一度言わせてほしい。
転生少女の履歴書5巻は9月30日発売なんだ。
愛しい私の姫君へ、どうしてもそれだけ言いたかった。
アイリーン、私の全て、私の永遠。
君の微笑みは、愛と言うのが永遠であることを教えてくれる。
愛しているよ。
貴方を最も愛していることだけが誇りの、つまらない男カーディンより
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と、いうことで……(震え)
カーディンさんもおすすめの転生少女の履歴書は9月30日発売です!









