筆頭10柱編⑭ グエンナーシス勢の憂い 前編
本編始まる前に、皆さまに一つ重要なお知らせがあります…。
なんと、今まさに皆様がお読みになろうとしている転生少女の履歴書、
その書籍版の5巻が!!
今月末、9月30日に発売されます!!!(でーん!)
皆様、ご購入いただいて本当にありがとうございます。おかげさまで第5巻です!
すでにアマゾン等で予約が始まっておりますので、ぜひぜひ見てみてくださいね!
神々しい綺麗すぎるリョウが表紙です!
ポタポタと、蒸留器から生成された液体を見ながら、サロメ嬢とカテリーナ嬢のことを考える。
寮の部屋で、香水関係の研究中なわけだけど、あまり集中できない。
……やっぱり、あの2人のことはほっとけないよ。
どこまで踏み込んで良いものかと、迷う気持ちもあって、2人が話してくれるまで、と思うところがあったけど。
このまま放置できない。
それに、2人は話したくても話せないような状況なのかもしれないし……!
まずは私が話せるきっかけを作らないと。
見張りの目を盗んで、どこかで話ができる時間をつくれないだろうか。
カテリーナ嬢の寮の部屋には、いつも女性の騎士の人が見張っているし、アレを撒くのは厳しい……。
だからといってサロメ嬢は、学園の外の宿でカテリーナ嬢の護衛騎士の人たちと一緒にいるらしいし、見張りの目の数で言えばサロメ嬢の方が多い。
どちらかといえば、カテリーナ嬢の方が接触しやすいかもしれない。
最悪、壁を伝って、窓から侵入すればいける?
でも、あの引っかかりの少ない壁を伝って、カテリーナ嬢の部屋まで行く自信がない。
いや、アランに協力してもらって、足場を作ってもらえればあるいは……。
と、考えにふけっていると、窓がこんこんと音が鳴った。
え、怖い、二階なんだけど? しかも結構な夜中だし……。
と思って、恐る恐るカーテンをのけて窓の外を見ると、なんと、窓の縁にフードを被ったサロメ嬢がいかにもお忍びな様子で足をかけていらっしゃった。
さっきまで、どうやって彼女らと接触しようか、と悩んでいたからとうとう幻覚が?
と、戸惑っていると、サロメ嬢が早く窓を開けて、という動作をしたので慌てて窓を開ける。
「サ、サロメさん? どうしたんですか?」
「今、時間大丈夫かしら?」
いや、それは大丈夫だけど。サロメさん、まさか、壁を伝って、ここまで上ってきたの?
ここ二階なんだけど!?
私はとりあえずこくんと頷くと、私は一応周りの人影を確認してからサロメ嬢を部屋に招く。
カーテンをしっかりと閉め直すと、サロメ嬢は、やっと黒いフードをとった。
「サロメさん、その、どうしたんですか?」
というか、多分見張りの目を抜け出してきたんだよね?
まさか、さっき私が妄想したみたいに壁を登って……?
さすがサロメお姉様……。
私が行かなくては2人を救えない! などと一瞬思いあがっておりましたのは、私の傲慢の極みでございました。
サロメお姉様なら、私が出しゃばらなくたってお忍びで会いに来ちゃう。しかも壁を登って。そう、サロメお姉様ならね。
「ごめんなさい、突然で驚いたわよね」
そんなさすがのサロメお姉様はそう言って、申し訳なさそうに笑った。
「いえ、大丈夫ですよ。あ、とりあえず椅子に座ってください。ちょっとテーブルの上が散らかってますけれど」
と言って部屋に案内する。
今は香水の開発で部屋の中に草花がたくさん散らばっているし、テーブルには小さ目の蒸留器が置かれている。
「すごいわね。それに花の良い香り。バラの香りかしら?」
そう言いながらサロメ嬢が物珍しそうに蒸留器をみたり、周りの置かれた草花に目を向ける。
「本物のバラは使ってませんが、バラの香りに似た樹木があるんですよ。今はそちらを使って、新商品の開発中です。もう少しで完成しそうなので、慰労会までには販売にこぎつけられそうです」
私はそう答えながら、飲み物を用意して、テーブルに置いた。
「ちょっと待ってくださいね。焼き菓子もあるんです」
と言って、棚からお菓子を取り出そうとしたら、「そこまで気を使わなくても大丈夫よ。なんだか悪いわ」と言って遠慮してきたけれど、そのままクッキーを取り出す。
「全然、気にしないでください。ただ私が、甘いものが食べたいだけなんです」
そう言って、この前市場で買ったウサギの形の可愛いクッキーをお皿に並べてテーブルに置いた。
「これ、かわいいわね」
「可愛いですよね。思わず買っちゃいました」
慰労会で学園内に出店するお店の下見で市場を回って思わず買ってしまったクッキー。
かわいいよねぇ。シルバさんが最近買収した菓子店なのだそうだ。
挨拶も兼ねて伺ったけれど、慰労会の時は、ルビーフォルンのお酒を使用した大人のお菓子を作って販売する予定と聞いて、私も楽しみにしてる。
一つ手にとって口に入れるとさくっといい感じの感触で甘さもちょうどよくて、美味しい。
「そうなのね。美味しいわ」
と、サロメ嬢もクッキーを口にしていってくれたけれど、その顔はどこか元気が無い。心ここにあらずというか……。
サロメ嬢の手を見れば指先が赤くなっていた。やはり壁を登ったのだろうか。どちらにしろ、結構無茶をして、ここまできてくれたんだよね。
きっと、大事な話をするために……。
「あなたのところにこうやって一人で行くのって、これで二回目ね。一回目のこと覚えてる?」
そう言ってサロメ嬢がかすかに微笑みながら私に視線を向けた。
「覚えてますよ。カテリーナ様のことでしたよね。あの頃はツンケンしてて」
と言ってあの頃のカテリーナ嬢のことを思い出したら、自然と口が緩んだ。
いやーあの時のカテリーナ嬢ったら、私のお顔を見るなりふん! って言ってくる女の子で……いまじゃあ考えられないな。
私がしみじみと昔を懐かしんでいると、サロメ嬢も懐かしそうに微笑んでいた。
「あの時は、ありがとう。本当に、感謝してる。私も、カテリーナも」
「いや、そんな風に言われるほどのことなんて、別に何もして無いですけどね」
私がそういうと、サロメ嬢は曖昧に微笑む。
そして、サロメ嬢は、何か考え込むように下を向いて、しばらく私とサロメ嬢の間に無言の時間が訪れた。
何か話したいことがあるから、今日、ここにきてくれたんだと思うけれども……あの思い切りのいいサロメ嬢が、躊躇しているように思う。
しばらく無言の空気のなかサロメ嬢の出方を待っていたら、サロメ嬢がポツリと、「また、相談があるの」と言った。
急に真面目な顔でサロメ嬢がそう言ってきたので、思わず背筋が伸びた。
「相談ですか?」
私がそう先を促すとサロメ嬢は頷いた。
「ええ、リョウさんって、確か一時期、救世の魔典について調べようとしていたわよね?」
そう言われて、私は学園に入学して2年目のことを思い出す。
そう、あの時は、救世の魔典が読みたくて、デモ活動したり、アランやシャルちゃんといった仲のいい子にだけ魔法のことについて色々と聞いたりもしていた。
「ああ、はい。そう、ですね。魔法のことが知りたくて……」
「最近は調べようとしている様子は無いけれど、どうして?」
射抜くように見られて、思わず目線を下げた。
「それは、えーっと、調べようとしても、もう調べられないと諦めたからですよ。守りは厳重ですし、複雑で古い魔法がかけられているらしくて、許可の降りた魔法使いでないとあの部屋には入れませんから」
と、伝えたけれど、本当は違う。
私は自分の前世の知識をもとに救世の魔典もどきを作り上げることに成功したから、わざわざ見なくてもいいかと思っただけだ。
もちろん見る機会があれば見てみたいという気持ちはあるけれども。
「そう……あなたでも諦めてしまったのね」
そう落ち込んだようにこぼすサロメ嬢。
「最近、というか学園に戻ってきてからというもの、カテリーナ様が無理して救世の魔典を見ようとしていたのが気になっていらっしゃるんですか?」
「そう、なの。カテリーナ、思いつめたように、呪文を覚えようとしていて……。私は非魔法使いだから、そもそも救世の魔典を見ることはおろか、よくわかってもいないし、彼女の力にはなってあげられない……」
「サロメさん……」
「リョウさんが、以前、調べていたから何か聞けないかしらって思ってみたのだけど」
「すみません、お力になれなくて……。カテリーナ様は、どうして無茶をしてまで、救世の魔典を見ようとしているんでしょうね。何か聞いてますか?」
「卒業する前にたくさん勉強をしたいらしいわ。私には、そう言っていた。……でもたぶんそれは嘘。あの子は正直だからすぐにわかる」
そう言って、サロメ嬢は悲しそうな顔をした。
あのカテリーナ嬢が、サロメ嬢に嘘を?
考えられない。
「救世の魔典って一体なんなのかしら。私達、非魔法使いにとっては、あまり馴染みのないものだし、カテリーナがどうして、あそこまで固執するのか正直よく分からないの」
サロメ嬢が必死なご様子でそう言うので、私はしばらく考えてから口を開いた
「救世の魔典は、魔法使いにとっては、ものすごく大事なものらしいです。すべての呪文が書かれていて、魔法使いが入学する時は必ずその本を見るみたいですよ。呪文を読めるか読めないかでその人の扱える魔法の質が分かるらしいので」
「でも、救世の魔典とは別に、よく使う呪文は、別の紙に書き起こして、授業に使っていたりするんでしょう? それなのに、救世の魔典を特別視するのは、なんだかよくわからないわ」
「そうですけど、すべての呪文を書き起こしているわけではないですからね。難しい魔法ほど呪文を読める人は少ないらしくて、魔典の中には、今までどの魔法使いも読めない、別の紙に書き起こせない未知の呪文も載ってるんだと思います。だからこそ、魔法使いにとっては救世の魔典は特別なんだと思います。それにこの国の成り立ち的にも、その魔典があったからこそ、魔法使いを中心にして建国できた部分もあるので、魔法使いにとっては、実用的な意味だけじゃなくて、精神的な支柱のようなものなのかもしれません」
と説明しながら、授業で習った建国神話のことを考える。
呪文というものを介さず魔法を行使できていた魔法使いは神と呼ばれる存在で、それはもう悪逆非道を尽くして非魔法使いを虐げていたという。
しかし、鉱物で武器を精製する技術を見つけた非魔法使いが反旗を翻し、泥沼の大戦争になる。
腐死精霊使いの女王の大暴走で、戦争はなんやかんやで終結したものの、愚かな行いで争いを起こした報いなのか、その後、何故か魔法使いが魔法を使えなくなる。
だが、救世の魔典が天から降りてきて、そこに記載された呪文を唱えることで魔法使いがまた再び魔法を使えるようになったのだという。
その魔典を手にした人が王となり、魔法使いと非魔法使いが共存する国を作る。
授業で習った神話はだいたいこんな感じだった。
魔法使いにとっては、救世の魔典というのは、どちらかといえば、実利的な意味合いよりも、そういう歴史背景による心の拠り所のようなものの意味合いの方が大きいのかもしれない。
「魔法使いにとっての精神的な支柱……。そう、なるほどね」
サロメ嬢はそう言って、また無口になった。
顔は険しい。
多分だけど、サロメ嬢が本当に聞きたいこと、話したいことは、先ほどまで私に相談してきた内容とはまた別にあるような気がした。
「サロメさん……?」
私がそう言って、話しかけると、サロメ嬢は私と視線を合わせて、何故か悲しそうに微笑んだ。
「ありがとう、リョウさん。相談に乗ってくれて。……こんな遅い時間までごめんなさいね。そろそろ私も出るわ。それじゃあ、またね」
そう言って、立ち上がったサロメ嬢の手を私は無意識に掴んだ。
だって、顔が、本当に辛そうなんだもん。
「サロメさん、もし他に相談にしたいことがあるなら、聞きますよ! 力になれるかわかりませんが、できる限りのことはします。私は、サロメさんのこと、友達だって思ってますから!」
私がそう言うと、サロメ嬢は目を見開いて、驚いた顔をした。
そして少し逡巡するように視線を下に向けると、改めて私に視線を合わせてきた。
いつも余裕のある大人っぽいサロメ嬢の瞳が、心細そうに揺れていた。
「ありがとう、リョウさん。私も、あなたのこと友達だと思ってる。……本当に私、あなたに、甘えてもいい?」
「もちろんですよ!」
むしろどんどん来てほしいよ!
私が力強く答えると、サロメ嬢は頷いて、意を決したように口を開いた。
「あなたに、言っておきたいことがある。グエンナーシスのこと……」
その声はひどく小さくて、そして暗かった。
「できれば、今から私が話すことは誰にも言わないで欲しい。特に、王国側には絶対に知られたくない。もし知られたら、カテリーナの身が危険に陥る、そういう内容なのよ」
サロメ嬢がそう言って私と目を合わせた。
カテリーナ嬢の身が危険になるような、王国に知られたくない内容ということは、きっと、グエンナーシスの今の状況のこと、だよね。
私が少しばかり息を飲んでいると、サロメ嬢がわずかに微笑んだ。
「……なんてね。私の目的のために一方的に話すのに、そんなお願いするなんて、わがままよね。きっと私はグエンナーシス領にとっては裏切り者。でも、あなたには知ってもらいたい。カテリーナを、守るために」
そう打ち明けたサロメ嬢の瞳には覚悟があった。
私は頷いてその覚悟を受け取る。
私だって、カテリーナ嬢のことを守りたい。
私にできることがあるならば。
「誰にも言いません。もし誰かに言ったとしても、それはカテリーナ様やサロメさんのためになるって思った時だけです。約束します」
私がそういうと、サロメ嬢は頷いて重い口を開いた。
そして、「リョウさん、驚かないで聞いてね」と、切り出したサロメ嬢は、混乱を極めるグエンナーシス領の現状についてを話してくれた。
前書きでも書きましたが、今月末に転生少女の履歴書の書籍版の5巻が発売ということで、
今月は、web版の更新ペースをもう少し早くする予定です。
皆様に感謝の気持ちを表すのに、一番いいのが更新ペースなのかなと言う気がしたので、頑張ってみます!
とりあえず、今回の更新分は、続きっぽい終わりなので、明日か明後日には更新する予定です。