筆頭10柱編⑬ 耳元でゲスって来る貴公子
アルベールさんと会ってから、思いのほかにウヨーリ教こっそり浸透計画は順調。
慰労会に向けての、新しい商品開発や劇の方も含め、もろもろの準備も順調で、なかなか調子がいい。
劇に関しては配役も決まって、今日も芝居の稽古だ。
一応監督という役割ではあるので、皆がお芝居をしているところを見せてもらってるんだけど、なんかみんな楽しそうに練習していてそれだけでなんか、私もう楽しい。
何かの準備段階って、なんでこんなに楽しいんだろう。
……けれど、一点、気がかりがあるとすれば、グエンナーシス領のこと。
サロメ嬢が戻ってきて、一気に笑顔5割増しになったカテリーナ嬢だけど、あの図書館の救世の魔典通いは止まらない。
無理をして通い続けるカテリーナにサロメ嬢が心配そうにたしなめたり、たまにあの仲良し2人が口論したりするときもある。
グエンナーシスの現状がすこぶる気になるところだけど……。
そんなことを考えながら、講堂のステージで行われている劇の練習を見ていると、今まさに私の頭を悩ませていたカテリーナ嬢とサロメ嬢をはじめとした護衛の方々がやってきた。
しかもカテリーナ嬢の顔色がまたもや悪い。
足元もふらついてる様子で、隣でサロメ嬢が彼女の背中を支えている。
カテリーナ嬢、やっぱり今日も、救世の魔典を見に行ったのかな。
「リョウさん、様子を見に来たわ。稽古は順調かしら?」
カテリーナ嬢が、そう声をかけてくれたけれど、その声もやっぱり疲れが見える。
「はい、順調ですよ。それにしても、カテリーナ様、顔色が悪いようですけど、まさかまた、救世の魔典を見にいかれたのですか?」
元気のないカテリーナ嬢の登場に、席から立ちあがってそう声をかけると、カテリーナ嬢は元気なく頷いた。
「……ええ」
「あまり体に良くないですよ。自分に向いていない魔法を行使して、寝たきりになってしまった人を知っています。あんまり無理しない方が……」
すると寄り添うように傍にいたサロメ嬢も、心配そうな顔でカテリーナ嬢に声をかける。
「リョウさんの言う通りよ。カテリーナ」
「でも……」
とカテリーナが深刻そうに呟くと、周りにいる護衛達を見て、言葉を止めた。
サロメ嬢がそんなカテリーナ嬢の姿に少し傷ついたような顔をする。
カテリーナ嬢、やっぱりなんか隠してる、よね。
護衛の方々は、見張りって感じだし。
そう思って無骨な鎧を着た学園には似つかわしくない護衛達を見る。
護衛の方々は、常にカテリーナ嬢の側にいる。
カテリーナ嬢が私たちと接触するときは、より神経をとがらせている気がするし、同じようにサロメ嬢のことも厳しい目を向けている雰囲気すらある。
サロメ嬢も見張られている立場なのだろうか。
もし何か、困っていることがあれば、話して欲しいと思うのだけど、こんな状況だとなかなか難しいのかな……。
そう思っていると、サロメ嬢とふと目があった。
真剣な目が、私に何かを伝えようとしているような気がする。
何とか、彼女と二人きりで話し合える機会があれば……。
と考えていると、バンと大きな音が響いて講堂のメインの扉が開かれた。
誰だろうと思って、そちらに目を向けると、予想外の人が立っていて、思わず息をのんだ。
「やあ、久しぶりだね。ひよこちゃん」
そう言って、ゲスリー殿下がぞろぞろと数人の護衛の騎士を引き連れて、劇の稽古中の講堂にお越しになられた。
うわー。なんか堂々とした足取りで面倒なのがきたぁ。
突然の殿下のおいでに、稽古はもちろん中断。
私も、カテリーナ嬢ご一行も、稽古中の生徒も跪いて殿下をお迎えした。
「ああ、いいよ。楽にしてくれて。稽古の様子を見に来ただけなんだ。普段通りにしてほしい」
と表向き綺麗なヘンリー殿下がそうおっしゃったので、一応この場の責任者である私がまず立ち上がった。
「ありがとうございます。それでは皆さん、殿下のお言葉に甘えて稽古を続けましょうか」
私がそう促すと、生徒達はぎこちない動きで、元の立ち位置に戻ろうとしてくれた。
ぎこちなくなる気持ち、わかるよ。突然のゲスリー殿下は緊張するよね。
「殿下、私どもは、少し様子を見に来ただけなので、このまま失礼させていただきます」
カテリーナ嬢がそう言って、淑女の礼をとった。
ヘンリー殿下は、カテリーナ嬢に視線を移すと、面白そうに微笑む。
「ああ、グエンナーシス伯のお姫様か。顔色が悪いみたいだけど、大丈夫かい?」
「……何も問題ありませんわ。それでは失礼させていただきます」
そう答えたカテリーナ嬢は、護衛達を引き連れて講堂を去っていった。
なんというか、あの二人のやり取り、なんか、緊張した。
だって、王族と、怪しい動きが見えるグエンナーシス勢だし。
それに、カテリーナ嬢、稽古の様子見に来たのついさっきだったのに、すぐに戻っちゃったのは、ゲスリーがきたからだよね。
なんだか王族に後ろ暗いことがあるからなような気がして、私気になるんだけど……。
私が悶々と考えていると、すぐに立ち去ったカテリーナ嬢のことを、気に留める様子のないヘンリー殿下は、私の近くの席に勝手に座り始めた。
「それにしても、ヘンリー殿下、前触れを出してくださればお出迎えいたしましたのに」
と、勝手に隣に座り始めたので、仕方なく完璧な笑顔を作って突然来られては困りますーということを婉曲にお伝えすると、ゲスリーは「突然見に行きたくなってね」と笑顔で答え、私にも座るようにと手で促してきた。
どうやらこれからも突然来たりしそうなゲスリーに、心の中で盛大にため息を吐き出して、彼が連れてきた護衛の騎士の方にも席を座るように伝えようと思ったら、その護衛の騎士のなかにカイン様がいらっしゃった。
「カイン様!」
まあ! カイン様! カイン様よ!
私と目が合うと、カイン様はいつもの優し気な微笑みを向けてくれる。
「リョウ、久しぶりだね。アランから聞いているよ。慰労会のことで忙しくしているようだね。あまり無理はしないように」
相も変わらずお優しい言葉!
というか声が前よりも低くなってる……?
騎士の格好も様になってるし、こう体ががっちりしてきて、そういえばもうカイン様は17歳、ぐらい……?
すごく大人って感じがする。かっこいい……。
「カインも連れてきたんだ。私の護衛騎士だからね」
そうヘンリーさんがおっしゃったので、カイン様の近くにいる他の護衛騎士を見てみると、みんなしてカイン様と負けず劣らずの美青年だった。
絶対ヘンリー様の趣味だ。
毛艶がよくて、健康的な感じのヘンリー好みの家畜、じゃなくて騎士を集めてる! 絶対!
「芝居には参加しないが、あの場面だけ出ることになった」
ゲスリーの選抜試験を見事勝ち抜いた騎士の方々を見ていると、ゲスリーがポツリとそう呟いた。
「あの場面だけ、ですか……?」
「魔法で魔物を倒す場面だよ。そこだけ、私がでて魔法を使うことになる。他の魔法使いでは真似できないだろうし、周りから出るようにとうるさく言われているんだ」
と言った後にゲスリーは私の耳元に顔を近づけ、「代役にやられて、私のかわいい家畜達を傷つけられたら大変だしね」とささやかれた。
やめて、勝手に耳元でゲスいことを囁かないで。
私の耳元で囁く権利を持っているのは、カイン様並みの素敵貴公子のみである!
だいたい、『私のかわいい家畜達を傷つけられたら大変』って、ゲスリーなんて何食わぬ顔で平然と人を傷つけてきそうだけど……と思って今までのことを思い返してみると、意外と傷をつけたりといった乱暴な行為をしていないような気がしてきた。
言動は恐ろしいものだけど、危害を加えてはいない……。
むしろ魔物を倒してくれたり、私たちを守ったりしていた。
なんだか気に食わなかったけれども、とりあえず私は頷いた。
「わかりました。でも、そのあとはどうされますか? 魔法を使うシーンだけ、でしょうか? そのあとも少し芝居が続くのですが」
「ああ、君との恋物語が続くんだったね。あれは笑ったよ。よく考えるものだ。まあ、昔から獣と人の恋愛を題材にした本もあるわけだし、需要があるのかな?」
とナチュラルにおっしゃいますけれども、いやいやちょっと。ちょっと待って。
劇のテーマを勝手に美女と野獣みたいな立ち位置のものにしないで。
どちらかといえば身分差恋愛ものだから。
異種族恋愛ものじゃないから。
私が無言で不満をアピールしていると、再びゲスリーは口を開いた。
「勝利の女神役は君がするのかい?」
「4年生の騎士科の生徒の女の子が演じる予定になっています」
私がそう答えると、ヘンリー様は「ふーん」みたいなことを言って、稽古のご様子を観察された。
ヘンリーの視線の先には、一生懸命お芝居の練習をしている生徒達。
ヘンリー様の視線を感じた生徒達、特に女生徒達がキャと言って、お芝居の稽古を再開するけれども緊張したご様子。
ヘンリー様がいらっしゃるということで、芝居にも力が入っているけれど、力が入りすぎて顔が赤い。
そう我らがゲスリー様は女子に大人気なのだ。
芝居を見に来ちゃうと舞い上がっちゃうのだ。
しばらくゲスリー王弟は芝居の様子を見てから、ぽつりと言った。
「君が、自分の役をやるというのなら、私もその先の物語を演じてもいいよ」
何言ってんだこいつ、と思ってゲスリーの方に顔を向ける。
ゲスリーはいつもの胡散臭い笑顔で稽古をする生徒達の様子を見ていた。
「いえ、私は忙しくて無理ですね。それに、もう演者も決まって練習も始まっていますし、残念ですが。では、ヘンリー様は魔法を使う場面だけってことでよろしいですね」
はい、決定。
すっごく残念だけど、ヘンリー様がヘンリー役をやってくれたら、そりゃあすっごく話題になるし、いいと思うけれど。
こればっかりはしょうがないよね。
面白そうな顔で私を見て微笑むヘンリーが「そう? 残念だね」といったので、私も神妙な顔で「残念ですね」と頷いた。